聖なる夜はヤドリギの下で街が色とりどりの電飾で輝くこの時期は、恋やら愛やらで呪いも増える。
術師になって1年目の時、聖なる夜は大切な人と過ごすのは不可能だと覚悟した。
「あんたさっき、補助監督に声かけられてたみたいだけど」
書類が積まれた私のデスクの端に、硝子が寄りかかった。
「今晩食事でもって言われたけど、断った」
「じゃあ、私と一緒に飲まない?」
「せっかくだけど、報告書残ってて。それでさっきのお誘いも断ったの」
硝子は書類を手に取り、パラパラとめくっていた。
「この業界にいる以上、クリスマスはまともに過ごせないよね」
覚悟は決めていたけど、術師になって数年、クリスマス前後は本当に忙しくて、一緒に過ごす相手といえば、同じ現場の補助監督くらい。
私の想い人は術師だけど、多忙を極めている。
普通の日ですらまともに会えないのに、この時期になるとほとんど顔を見ない。
そんなことを思い出し、本日何度目かの深いため息をついた。
「五条は予定あるって言ってたけど」
「え、そうなの?」
硝子がぽつりと呟いた言葉に驚き、勢いよく椅子から立ち上がってしまった。
ただでさえ、この時期は会えないというのに、別の誰かと予定があるなんて。
「あんたも早く片付けて帰りな。この報告書、丁寧に書きすぎ」
硝子は手に持っていた書類を私の頭にぽすっと当てた。
その後は硝子の言った通り、書類は丁寧に書きすぎないようにした。というか、五条の予定を埋めた誰かが気になって、仕事があまり手につかなかったというのが本音。
書類がほとんど片付き、時計に目をやると、短い針は8を指していた。
少し休憩を挟もうと、デスクに頬をぺたりとくっつけ、瞳を閉じる。
最近は祓ってばかりで、全然書類仕事できてなかったな。毎日出てたから、体力も限界に近いかも……。
少しだけ、ほんの少しだけでいいから、彼に会いたい。
「おーい。起きてる?」
薄目を開けると、アクアマリンのように美しく輝く瞳がこちらを見つめている。
「え、あれ……ほんとに出てくるなんて」
夢の中でいいから会いたいと思っていたけど、私の頭の中は欲望を叶えてくれたらしい。
「なんか、寝ぼけてる?」
彼がニヤッと笑い、私の頬をつねった。
「い、いはい(痛い)」
「やっぱ、寝ぼけてるね〜」
私は頬を撫でながら机から顔を離した。
「あ、あれ……五条?」
「ようやくお目覚め? まぁ、寝顔見てるのも悪くはなかったけど」
満足そうな笑みを浮かべている彼は、私の額を小突いた。
「どうしてここに?」
「お前、今日何の日か知ってる?」
「クリスマスでしょ。予定があるって硝子から聞いたから、今年は任務入ってなかったんだ。珍しい」
「いや、急いで片付けてきたんだ」
急ぎで片付けるってことは、よほど今晩の予定が楽しみなんだ。ふと、時計を見ると、先ほどより針は進んで10を指している。
これから会うのかな……こんな時間から会うなら、きっと明日も一日中一緒にいるんだろうな。
クリスマスに彼に会えたことの嬉しさよりも、先ほどからチラつく想い人にショックを受けた。
きっと顔に出ていたのだろう。彼が私の顔を心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫。それより、何でここにいるの?」
「これ、お前に渡したくて」
はい、と渡されたのは、赤いリボンとヒイラギの飾りで口を留めた緑色の袋。一目でクリスマスプレゼントとわかった。
袋を開けると、中には植物の枝のようなものが入っていた。
「え、これがプレゼント?」
「そう。ヤドリギだよ」
彼のことだから、てっきりハイブランドのバッグやら香水やらを想像していた。
私は袋からヤドリギを取り出し、思わず笑ってしまった。
「なんか、かわいいね」
「僕ナイスガイなのに、そこにかわいいも入ったら、いよいよ最強だね」
彼は私が手に持っていたヤドリギを取った。
「お前は、ヤドリギの逸話って知ってる?」
私は首を横に振った。
「クリスマスの夜、ヤドリギの下でキスをすると、ヤドリギの祝福を受けられるんだ」
彼はヤドリギの枝を持った方の腕を、自分と私の頭上に伸ばす。
「それ、拒んだらどうなるの?」
「ヤドリギの下にいる女性は、キスを拒んだらダメなんだって。だから、お前に拒否権はないの」
そう言った彼はゆっくりと顔を近づけてくる。
今までで一番近い距離で見る好きな人の顔に見惚れていると、唇が軽く触れ合った。
私、好きな人とキスしたんだ……。
実感がじわじわと後から湧いてきて、だんだん恥ずかしくなってきた。
「目は閉じるもんでしょ」
私の紅く染まった頬に手を添えながら、くしゃっと笑う彼。
「ヤドリギの祝福ってなんだったの」
「こういうこと」
彼はポケットから青いベルベットの箱を取り出して開けた。
「これって、ダイヤの指輪?」
黙って頷いた彼は、緊張した面持ちで口を開いた。
「僕と結婚して」
両想いだった嬉しさとか、付き合う過程を飛ばした驚きとか、色々な感情が置いてけぼりだけど、私が持ってる答えなんて、ひとつしかない。
「だって……私に拒否権ないんでしょ?」
紅潮した頬のまま彼を見上げると、少年のような無邪気な笑顔を私に向けていた。
その瞳は、聖夜の星空に雪が降ったような輝きを湛え、きらりと光った。