3着物の女性は「五条凪(なぎ)」という。
五条家当主の元へ嫁いで来た五条家の遠縁という話だった。
その当主は当主としての仕事が色々あるらしく、殆ど本家に帰る事はないとの事だった。
ある日彼女は寂しそうにそう教えてくれたが、「短い期間に実と赤ちゃん、家族が2人も増えるなんて私はラッキーだわ」と笑った。
彼女が私の元を訪れた二日後だったと思うが、私は和室から出され、彼女の居室で彼女と生活する事になった。
広い洋室で、ベビー用品がたくさん置いてある陽当たりの良い部屋だった。
その日から彼女と食事をし、お風呂に入り、用意してもらった私のベッドを彼女のベッドに並べて眠った。
今思えば大きなお腹で6歳児の面倒を見るのは大変だったと思うが、彼女はできる限り人の手を借りず私の世話をした。
それが彼女の手元に私を置く条件の一つだったのかもしれない。
彼女は本当に私によくしてくれた。
よく笑い、よくしゃべる彼女は、私に絵本を読み聞かせ、一緒に歌を歌い、お風呂であひるの競争もした。
両親に会えない寂しさで泣いてしまう夜にも、彼女は初めて会った時のように抱き締めてくれた。
私は彼女の胸の中で安心して眠る事ができた。
彼女はいつも着物を着ていて、私にも着物を着せてくれた。二人で手を繋いで屋敷の中を案内してくれ、入っていい場所、入ってはいけない場所を教えてくれた。
また、散歩をするのが日課のようで、屋敷の敷地から出る事は許されていなかったようだが、広い敷地の庭や屋敷裏の森の中までくまなく散歩した。散歩をしながら呪いや呪術の事、「帳」という呪霊が入れない結界が敷地に張られている事、五条家の歴史や天与呪縛の事、私の「ギフト」が何なのか分からず家の偉い人たちが困惑している事等も少しずつ教えてくれた。
週に一度は屋敷の裏にある森の中にある小さなお社に行き、お社の中と外を丁寧に手入れしそこでおやつを食べた。
彼女が子供の頃はよく本家に遊びに来ていて、同じく分家の子供達とお社まで探検に来ていたということだった。
「ずーっと昔から五条の家を見守ってくださっていたのだから、きちんとお礼をしないとね。でも、赤ちゃんが生まれる頃には来れなくなりそうだから、実にお掃除お願いしてもいいかしら?」そう言われて、私は二つ返事で「やる」と答えた。
彼女のお腹がますます大きくなり、子供心にもそろそろ赤ちゃんが生まれると分かったので、動くのが辛そうな彼女の手伝いを自然とやるようになった。彼女は私が手伝うと必ず「ありがとう。実は本当にいい子ね」と微笑んで言ってくれた。
私は彼女を好きになっていたし、赤ちゃんが生まれるのも楽しみにしていた。私が彼女のお腹に手を当てて話しかけると、お腹からぽこんぽこんと返事がくるのがたまらなく愛しかった。
12月1日、彼女が言った。
「実、お社にお掃除に行ってくれるかしら?」
私はまだ知らなかった。
五条凪という女性は、強い呪力を持たない代わりに聡い女性だったのだ。