おそろい お揃いは嬉しいのう、きゃっきゃ!
そんな言葉が頭によぎり、手に取ったのは二着の洋服。
身長分装飾の数が変わったり、ブレザーやリボンが黒と白で色が違ったりするものの、デザインや形はほとんど同じである。
つまり、お揃いだ。
「はぁ……」
つい、出来心。そう誤魔化すには、あまりにも己の欲が見えている。
やってしまった、と思った。
ファウストを連れて、双子たちの暮らす家を訪れることになった。その時のための、着ていく服を見繕うつもりだった。
何せ、彼は普段はあまり見た目を気にしたいタチだ。動きやすい、脱ぎやすい、シワになりにくい。きっと、その辺りのことしか考えていない。
せっかくなら、ちゃんとした格好をさせてやりたい。
はじめての弟子なのだ、可愛がっているところを、可愛いところを自慢したい。自分もちゃんと師匠をしているところをアピールしておきたい。できればとやかく言われたくない。
そんな自分都合もあり、せっかくならと見た目を整えることにした。懇意にしているブティックに行き、事情を話せば、目の前に服が並べられた。どれもフィガロ好みであり、ファウストに着せてやりたいものばかりである。
そんなとき、この服たちを見つけてしまった。デザインもシックで落ち着いたもので、白と黒でどこにでも使いやすい。派手すぎない装飾でありながら、カットが綺麗なジャケットとパンツは、きっとあまり華美な装いを好まないファウストにも気に入ってもらえるだろう。
どちらのお色もフィガロ様にお似合いです、サイズも調整できます、なんて言われたとき、ふと双子たちの言葉が頭の中で反芻した。そうしたら、つい、注文してしまったのだ。
そして、今日、その服が届いた。双子たちと会うのは明日で、ファウストは部屋で自習中である。
「どうしようか……」
フィガロは、自分の容姿にほどよく自信を持っていた。だから、たとえ千六百歳ほどの年齢差があっても、若者と同じ格好をして見た目が劣ることはない。
しかし、これは気持ちの問題なのだ。
できあがった服をよくみれば、当たり前にどう見てもフィガロ好みのデザインであった。それはあの双子たちならすぐに見抜かれることであり、逆にそれで揶揄される気すらしてしまう。加えて、自分の好みをファウストに押しつけてしまうことへの小さな罪悪感もあった。
フィガロは洋服を箱から取り出し、ふわりとベッドの上に広げてみた。
気まぐれとはいえ気に入っている。ちゃんとしたものでもあり、お金もそこそこ握らせた。己の感情だけで部屋の隅に重ねるにはあまりにも惜しい。
さあ、どうしようか。
そんなことを思いつつ、フィガロは洋服と共にファウストの部屋へ向かう。扉をノックすれば、パタパタと髪を無造作に結んだ弟子が現れた。
「フィガロ様、どうなさいましたか?」
こちらを見上げたまま、ファウストは不思議そうに首を傾げる。
大きな紫の瞳、高い鼻、ふわりとしたウェーブのかかった髪の毛。美麗な顔立ちは幼さと大人びた表情を併せ持つ。ラフな装いですら、どこかきちんとした、いわゆる真面目さが残るのは、きっと彼の持つ気質からだろう。
きっと、似合う。心の中のフィガロが満足げに頷く。きっと、いや、絶対似合う。
「明日の洋服を持ってきたんだ。一度着て欲しくて」
「……すみません。あまり、綺麗な装いのものを持っておらず。お手間をおかけしてしまいました……」
カアア、と顔を赤くするファウストに、フィガロはゆるゆると首を振る。首までほんのりと色づいているのがどうも目に毒だ。
「早速だけど、着替えてしまおうか」
「は、はい!」
ぶぉん、とフィガロがオーブを出せば、ファウストは背筋をしゃんと伸ばす。そう教えこまれている。
「《ポッシデオ》」
その瞬間、ファウストの周りに光の粉がひらひらと舞う。白いブラウスと動きやすいパンツは、あっという間にカチッとしたセットアップに姿を変えた。
髪の毛は後ろで束ね、白いリボンで結ぶ。靴も、艶やかに光るドレスシューズで、歩けばカツと品のある音が鳴った。
「わぁ……!」
己の魔道具で姿を確認したファウストは、喜びの健気な声を上げる。そんな反応を見れば、フィガロも安心と喜びと嬉しさと、この世の善の感情がどんどんと溢れ出す。
「その、こう、なんと言いますか」
くるくるとその場で回ったファウストは、フィガロに向かって恥ずかしげにはにかむ。
「何だかフィガロ様のお召し物に似ていて……嬉しいです……!」
ああ、やはり自分の判断は正しかったらしい。
「……ふぅん」
フィガロは悪戯っぽく笑い、親指をパチンとと鳴らす。ゆら、と水面のように彼の服が揺れれば、揃いの服装を見に纏っていた。
「似合う?」
目を丸くする弟子の肩をフィガロはそっと抱き寄せる。
そして、悪戯っぽくウィンクをした。