前日譚かもしれない寒い。もう何日ここを歩いているかわからない。どうやってここに来たのかもわからない。ここに来るまでになんとか仕留めたウルフの毛皮で耐えてはいるけど、シープのようにもこもこじゃないからとても冷たい。
黒いトカゲのような、竜のようなひとたちがお父さんや弟、皆を連れ去ってしまった。ゼルだけは、と母さんが必死に逃してくれたけど、なんで僕だけなんだろう。
もうそれもわからない。目の前には真っ白な雪ばかり。ずっと暮らしてた所とは全然違う。
足がだんだん重くなってきて、動かなくなる。昔お父さんが言ってたなあ。"誇り高きイ族は自然とともに生きて、共に死ぬのだ"って。初めて聞いたときはよくわからなかったけど、今みたいなことなんじゃないかってちょっと思う。
でも、あの怖い黒いトカゲの人たちに連れ去られるより、こっちのほうがマシなのかな。もう足は動かない。倒れて雪に埋もれると、歩いているときよりも身体じゅうが冷たくなってきて、目を閉じる。
眠くなるような、不思議な何かが頭いっぱいになって。僕はここで死ぬんだろうと思ったのに。なのに。
目が覚めたらとても暖かった。今まで生きてきて触ったことのないふかふかな何かの上で横になっていた。周りを見ると、焚き火と、それを囲う柵のようなものがあって、それのおかげで暖かいのだとわかった。ぼろぼろだった服も、とてもなめらかで綺麗な服になっていた。
とっても冷たくて痛かった足や手も、手当をしてくれたのか、包帯が巻いてあった。
周りを見渡していると、誰かが来る足音がした。急に怖くなる。僕もあの黒いトカゲの人の仲間に連れ去られたのかもしれない。そうじゃないとしても、知らない人の場所にいる。家族のみんなはもういない。一人で戦わないといけない。
扉が開く音がして、二人ぐらい人が入ってきた。一人は背の高いおじさん。髭が生えててちょっと偉そうな人だ。耳が僕と違って真横についてる。
もう一人は女の人。同じように真横に耳がついてる。偉そうではないけど少し怖い。
「無事目が覚めたか。衛兵を巡回に向かわせていて良かったよ。北部森林に近い場所で君が倒れていたものでね。酷い凍傷だったんだ、生きていて良かったよ。」
女の人が僕の横に温かい飲み物を置いてくれた。匂いは怪しくないけど、何が入ってるかわからない。
「とりあえず温かい紅茶でも飲んで、落ち着くといい。」
紅茶、というらしい。容れものを持ち上げて匂いをもう一度嗅ぐと、花の優しい香りがした。匂いを信じて、飲んでみよう。
「…おいしい。」
「美味しいだろう。アルジクラベンダーという希少な花の紅茶だ。」
お腹が温かい紅茶で満たされて、身体がぽかぽかしてきた。熱いから少しずつ飲んでいると、髭のおじさんが微笑む。
飲み干すまでに、色々なことを聞いた。ここがどこで、どんな場所か。僕と同じミコッテはいるのか。おじさん達はどんな人なのか。黒いトカゲの人たちのことも勿論。
おじさんはぜんぶ丁寧に教えてくれた。お話を聞いて、僕はずいぶん長い道を歩いてきたんだなあと思ったけれど。必死だったからきっと気にしなかったのかもしれない。
「さて、聞きたいことがあるのだが。君、行く宛はあるのかい。」
僕が首を横に振ると、おじさんは少し考えた後に僕を見つめた。
「私の家に来ないか。息子として君を出迎えよう。」
そうして始まったんだ。とっても大変なお勉強の日々と、大好きな人に出会える生活が。