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    きもいさん

    @kimoisan

    なんかできたら置いていきます。

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    きもいさん

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    支部の再録。2016年9月ですって。なるみかというより2-Bとみかちゃん。
    エルミタージュの後だとちょうどいいかも…?ナチュラルに女装(人形役)です。
    辛うじてすうぃっちは実装されたけどまだ三毛縞はいなかった頃に書いたお話。
    凛月がみかりんなんて呼ぶ前に書いてたので、結構冷たい感じです。
    あんな仲良しだなんて思わねぇじゃねぇ〜かよ〜〜!

    #なるみか

    一羽のカラスと一人の騎士の物語/なるみか(&宗みか)「フツーの文化祭らしいことって言われてもなぁ……」 

     2年B組の教室で、企画書を片手に衣更真緒は軽く唸っていた。教室内を見渡して、各々好きな事をしている同級生達にすでに頭痛を覚える。
     数時間前にプロデューサーである転校生に渡された企画書と共に、お願いされてしまったのだ。クラスの皆に先に軽く説明をしておいて欲しいと。後で直接各クラスに企画の説明自体には来てくれるようで、その前にある程度の概要は伝えて欲しいとの事だ。
     今回の企画は、各クラスでの歌劇。普通科の生徒から見れば、言ってしまえば毎日が文化祭のような事をしていると思われているかもしれないアイドル科だが、ユニット単位での仕事やイベント参加が多いので案外クラス単位での行動は少ない。比較的どのクラスにも各ユニットの人間がバラけている事に気付いた転校生の考えらしい。
     今のうちにいろいろな人間と一つの作品を作るのに慣れさせる為と、先輩達の手を借りないで自分達でやるという練習の為。あとは、普段仕事としてやっているものとは違い、少しの息抜きも必要だと思ったようだ。歌劇というよりはもっと気楽に、文化祭のクラスの出し物のような感じで舞台をやって欲しいという要望だった。
     逆にそのフツーの文化祭というイメージが掴みにくい。ちなみに夢ノ咲に入る前の真緒の中学では、クラス展示と出店はやったがクラスで劇や演奏の発表等はなかった。同じクラスの人間同士で演技をするというのもいまいちピンと来ない。
    「演目はもう決まっているんでしょうか?」
     おそらくこの中では唯一、真緒の話を聞く姿勢になってくれているであろう伏見弓弦がメモを取りつつ聞いてきた。その辺りの細かい事は転校生が来てからの説明になるだろう。
     まともな人間がいてくれて助かったと見てみれば、弓弦の机の上にはメモ帳の他に、何かピンク色が目立つ写真のようなものが見える。確認しなくとも主人の写真だろうと予測できるが、それを話し合いの場で眺めながらというのはどうなんだ。まともな顔をして自由か。
    「ハッ、なーんかこのメンバーで舞台とか、違和感しかねえよなぁ」
     てっきり聞いていないと思っていた大神晃牙が、鼻で笑いながらそう言う。
     机に足を乗せてイヤホンをしていたので大方聞いていないだろうと思っていたのだが、案外ちゃんと話し合いには参加してくれていたらしい。実は真面目な性格だし良い奴なのだとは、皆知っている。
     それよりも、と真緒はついため息を吐く。それよりも問題は、あと二人だ。
    「凛月! 起きろ! ちゃんと話聞けって!!」
     話し合いの中、堂々と机に突っ伏して寝ている幼馴染み・朔間凛月を叩き起こす。案の定不満そうな声を出すが無視して、しゃんと背筋を伸ばさせる。すぐに元に戻ろうとするのを背骨に添って腕で支えながら後ろの席を見た。
     寝てる方も寝てる方だが、話し合いだというのにこいつも何なんだ。何をしているのかと思えば、いくら手芸部とはいえ何で教室で刺繍……? それ今やる事なのか……?
     少しアッシュ系の緑色がかった黒髪と、金色と空色のオッドアイ。静かに俯いて刺繍をしている姿はどことなく造り物のようで、まるでドールハウスでそういった事をしている風に装って座らされている人形に見えてくる。
     が、いかんせん今は話し合いの最中だ。自由すぎるだろう。
    「……影片、聞いてたか?」
    「…………んあ? ……聞いとったで?」
    「ふぁ……俺も聞いてた聞いてた~……」
     そっと聞いてみると、その自由すぎるお人形・影片みかは視線も上げずに独特な方言で答えた。
     静かに座っているとどこか人を寄せ付けない綺麗な人形のような雰囲気なのに、口を開けばその方言のせいなのか、本人のポヤ~ンとしたしゃべり方のせいなのか。ずいぶんと印象が変わる。
     しかしそうは言いつつも、作業をしながらだったのでちゃんと聞いていたのかは怪しい。じっと見ているとみかは一瞬だけ目を上げた。真緒と目が合うと、途端に視線をあちこちにさ迷わせてから俯いてしまう。
     ……若干怪しい。やはり聞いてなかったのではなかろうか……。
     ついでにテキトーな事をぬかす、絶対に聞いていなかったであろう凛月の為にも仕方なくもう一度、最初からかいつまんで説明をする。
     俯きながらもチラチラ真緒を見てくるみかは、今度はきちんと聞いてくれているようなのでホッとする。
     この学院は大体どのクラスにも自由すぎる人間は多いだろうが、このクラスの難点はそんな人間に加え、リーダーシップを取れる人間が不在という事ではないだろうか。
     比較的まともそうな人間は真緒と弓弦、あと用事があるらしくまだ来ていない鳴上嵐も言動が女性的で初見は驚かれる事も多いが、その実かなりまともだ。だが三人共補佐をする事には慣れていても、どちらかと言うと自分から率先して何かをするタイプではない。
     暴走するのを止めるのは一苦労でも、その点で言えば隣の2Aには明星スバルのような常に周りの人間を巻き込むような形で引っ張っていってくれるタイプがいるのはある意味羨ましい。
     早くも先が思いやられていると、一通りの説明を聞いてから。ふーん……と呟いた後に、みかが何て事なさそうに言ったのだ。

    「おれ、裏方でええで」

    「は……?」
     あまりにしれっと言うので、気づけば弓弦以外の三人の口が同じ音を発していた。音に出ていないだけで、弓弦の口も同じような形に開いている。
    「え……? はい? 裏方……?」
    「んー、あんま目立つのとか好きやないし……言うてくれたら衣装でも小道具でも照明でも何でもやるで? みんなが舞台の上でやるん見とくわ~」
    「はぁ……!?」
     つい真緒が聞き返すと、悪気もなくそう続けるみかに凛月と晃牙の声がハモった。
     ハモったついでに二人とも立ち上がって身を乗り出している。
    「そんなのズルい! じゃあ俺も裏方が良い」
    「いやお前、そんな事言って絶対本番中にも寝るつもりだろ!? つーか、てめえもまがりなりにもアイドル科だろうが!! 自分で立てよ! 舞台に!!」
     よもやの声を上げた理由がズルいって……と凛月にツッコミ損ねている間に、晃牙が代わりにツッコんでくれる。おまけにみかにも正論をぶつけてくれた。
     急に全員の視線を集めて、みかがびくっと、端から見ても分かる程に肩を震わせた。
     手にしていた刺繍の布を掴む指先に力が入り、先程よりさらに挙動不審に視線を動かしているみかに、晃牙が詰め寄って行く。
    「せ、せやかておれ……そういうん苦手やし……」
    「はぁ!? 何言ってんだ!? Vaikyrieでステージ立ってんじゃねぇか!」
    「あ、あれは、おれちゃうやん……。お師さんが作ってくれてる舞台やから……」
    「はぁぁぁ!?」
    「大神様……っ!」
     顔も上げずにしどろもどろに応えるみかの言葉が理解できないのか、晃牙がこめかみに青筋を立てながらみかの襟首を掴みだすので慌てて弓弦が止めに入った。急いで真緒も三人の元へ走り寄る。
     晃牙を羽交締めにして止めている弓弦の横を通りすぎ、みかの肩に手を伸ばす。
    「大丈夫か……?」
    「……っ、……やぁ……ッ」
     しかしみかは、完全に怯えた目で真緒を見てから肩にある手を振り払い、刺繍の布と共に胸元を押さえて俯いた。
    「ちょっと……! せっかくま~くんが心配してやってんのに何それ!?」
    「凛月っっ!」
     今度は凛月が詰め寄ろうとするのを、何とか体で止めてみかを見た。
     みかは、胸を押さえたまま小さく短い呼吸を繰り返して肩を上下させている。前髪の隙間から周りを窺うその瞳は忙しなく揺れていて、明らかに何か様子がおかしい。
     呼吸も苦しそうで、まるで過呼吸でも起こしているのではないかというように見える。そして、晃牙と凛月が声を上げる度にまたびくっと肩を震わせていた。

    「ごめんなさいね~。他ならぬ椚先生の呼び出しで遅くなっちゃって~。…………あら? みんなどうしたの?」

     ……と、ドアを開ける音がして、この場の空気にそぐわない明るい声が響いた。
     ピリピリした空気の中、声の主である鳴上嵐は教室の中を見渡して何事かとキョトンとしている。
    「…………、……な、る、……ちゃ」
     皆が一斉に嵐の方を振り向いた隙にそんな消え入りそうな声がして、それを打ち消すように派手な音を立ててみかが立ち上がった。
     そのまま机や椅子にぶつかりながらも嵐の元へ駆け寄り、その背中にしがみつくように隠れてしまう。
    「……みかちゃん?」
     肩越しにそんなみかを見ながら嵐が名前を呼ぶが、みかは震えたまま嵐の背中から離れようとしない。
     他の人間に視線を戻した嵐は、んもうっ! とわざと怒ったような顔になり、腰に手を当てて仁王立ちになった。
    「何したのよ~? 男の子が寄ってたかって! みかちゃんこんなに怖がってるじゃない~っ!」
     まるで、ちょっと男子~! と怒り出す小学生女子のような口調で、嵐はプンプン怒っている。
    「はぁ!? 怖がるって、なん……っ」
    「晃牙ちゃんおだまり! みんなが一斉に来るからみかちゃんがびっくりしちゃったでしょ!?」
     文句を言おうとする晃牙に指先を突きつけて、嵐がさらに言い放つ。
     さっきの怯え方はびっくりとかそんなレベルではないだろうとは思いつつも、このタイミングで嵐が来てくれた事に真緒は心底ホッとした。
     晃牙と凛月がぶーたれようとする度に、おだまり! とか、だまらっしゃい! とチェックを入れながらも、よしよしと背中を撫でながら軽い調子で嵐がなだめてくれているので、ようやくみかも少し落ち着いてきたらしい。呼吸も静かになってきて、やがて、なるちゃんごめんなぁ……と聞こえるか聞こえないかくらいの声がポツリとした。
    「もーぅ、いきなりびっくりさせないでよッ。一体何があったのよ~!?」
     みかの背中を軽くポンポンと叩きながら、嵐が唇を尖らせてこちらを見る。
     聞かれて皆がゆっくりお互いを見て、そのうち全員の視線が真緒に集まった。説明しろという事らしい。
     どうやら今回、この中でのまとめ役は真緒になるようなので、心の中でまたため息を吐きながら仕方なく嵐に事の成り行きを説明し始めた。


    「……えぇ~っ、みかちゃん一緒に舞台に立ってくれないの~っ!?」
     真緒の話を聞くや否や、嵐がそう横に座ったみかに振り向いた。
     言われたみかはばつの悪そうな顔になって、だが先程の怯えた瞳ではなく困ったように上目遣いで嵐を見てから俯いた。
    「何でっ!? もったいない! みかちゃんあんなに舞台映えするのに~ッ!」
    「……それ、お師さんがすごいだけやもん……」
    「そんな事ないわよっ! みかちゃんだってすごいに決まってるじゃない!!」
     相変わらずネガティブな発言しかしないみかの手を強引に握り、それを嵐がブンブン揺らしながらみかを説得している。
     どうやら嵐には普通に受け答えできるらしいみかに、真緒も弓弦もそれぞれ凛月と晃牙がまた興奮しないように注意しつつ、皆近くの席に座って見守る。というより、凛月も晃牙ももはや怒る気もなくなってきたらしい。
    「何かこんな図、昔クラスの女共がやってんの見たな……」
     落ち込む女子と友達アゲに勤しむ女子が頭をよぎって、晃牙が肘をついた手に顎を乗せながら呆れたように呟く。
    「こういうのきっと長くなるから、俺寝てていいよね?」 
    「ダメに決まってんだろ……」
     同じような状況を思い浮かべているのか、凛月が欠伸をして机に突っ伏そうとするので襟首の後ろを掴んで阻止する真緒である。
     確かにこの女子特有のようなやり取りは、永遠に続きそうな気もする。それにしても嵐はまだしも、みかもこのノリで会話をできている事が少し意外だった。さっき嵐が言っていた、男の子が寄ってたかってというのも案外本当にそれで怖がっていたのかもしれない。
     ……もしそうだとしても、普通科ではないこちらの校舎には転校生以外は男しかいないのだが。
    「ふむ……確かにもったいないですね。Vaikyrieでの影片さまのステージはあんなにも素晴らしいのに。……影片さまは、何故そんなにもご自分が舞台に立たれるのが嫌なのでしょう?」
     考え込むように話を聞いていた弓弦が、微笑みながらみかに聞く。
     みかは、うんと……と何度かまばたきを繰り返し、おずおずとようやく弓弦を見た。
    「……ゆっくん、褒めてくれておおきに……。せやけど……あれは、お師さんがおれをVaikyrieのお人形として、それなりに見えるように作ってくれてるだけやから……。おれ自身は、何もできひんねん……」
     その言葉を聞いて、ハッ。と、晃牙があらぬ方向を見ながら鼻で笑う。
    「何もできないって奴が、あんな動きについてこれるかよ……」
    「俺も、Vaikyrieのライブを初めて見た時は圧倒的すぎて鳥肌が立ったけどな」
     吐き捨てるように言う晃牙は、口調とは裏腹に顔はどこか楽しそうだ。真緒も同意すると、みかは、やめてぇな~……とひたすら困ったように唸りながら嵐の腕に掴まって隠れてしまった。
     どうやら相当褒められ慣れてないらしい。Vaikyrieは今でこそかなり活動頻度も低下し昔の三人の時のようなステージではなくなってはいるが、それでもこの学院のトップクラスのユニットだ。そのメンバーだというのに、どうやったらここまで自分の価値を低く見積もれるのかも分からない。
     そもそもが、こんなに自身の評価が低い人間もこの科には珍しいだろう。あくまで自分が舞台に立てるのは、お師さんと呼ぶ斎宮宗の力量なのだと本気で思っているようだ。それだけであの難易度の高いダンスや歌がステージ上で苦もなくできる訳もないのに。
    「……でも演技するなら自分自身って事じゃないじゃん~?」
     嵐の腕にしがみついたままみかが全く顔を見せてくれないでいると、そのうちまた欠伸をしながらも凛月がそう呟いた。
    「……ぇ、」
    「自分として舞台に立つのが嫌なんでしょ? でも演技してたらその役の人間になってるんだから、自分じゃないじゃん。それVaikyrieの時と何が違うの~?」
     めんどくさそうに、むにゃむにゃと口許を緩ませながら凛月が言う言葉に他の人間は皆動きを止めた。
     みかも、少しだけ顔を上げて凛月を見ている。
     しかし言った本人はそんな大層な事を言ったつもりもないのか、そのまま机に突っ伏して、結局寝息を立て始めてしまった。
    「………………マジかよ……」
    「凛月が……。まともな事を……」
     心地よい寝息を立てる後頭部を眺めながら、つい晃牙と真緒が呟いてしまう。  
     戸惑うように視線を動かしているみかに、嵐がクスッと笑った。
    「凛月ちゃんが言う事も一理あるわ。ね、みかちゃん。確かにその通りじゃない? 演技をしていたら、それはその人の人生であってみかちゃん自身じゃないもの」
    「その人の、人生……」
    「そう。だから、今回はVaikyrieのお人形じゃなくて。このクラスの役者さんになって、一緒に頑張ってみましょうよ?」
     首を傾げてみかに聞きながら、嵐は握っていたみかの手にもう片方の手も重ねる。
     このクラス、と言われたみかが、他の四人を見た。
     それぞれと目が合う度にすぐに下を見てしまうが、それでも何とか顔を上げたままでいてくれる事に真緒と弓弦は気づいている。
    「それに、こんなバラバラのユニットのメンバーで何かできる機会なんてめったにないでしょ? あたし、みかちゃんと一緒にお芝居ができるのすごい楽しみだわ~っ」
     そんなみかの様子に誰より気づいているだろうに、さも何て事ないように嵐が嬉しそうに言うので、おもわず真緒も弓弦も、そして晃牙も。少し表情が柔らかくなった。
     みかはまた何度かまばたきをして、やがて、ふんわりと。俯き加減ではあるものの、ようやく少し微笑んだ。
    「……おれも。なるちゃんと一緒にやれるの、うれしい……」
     その言葉を聞いて、嵐は頬を染めて涙目になりながら「みかちゃん……っっ!」と喜びのあまりみかに抱きついている。
     何とか話がまとまったと胸を撫で下ろしつつ、この女子っぽいやり取りがこれからずっと続くのかと。
     苦虫を噛み潰したような顔をする晃牙に、真緒と弓弦が苦笑した。



    ***



     各々台本が手渡され、プロデューサーである転校生から説明を受けた途端、みかが低い声で呟いた。
    「…………おれ、無理やわ……」
     この世の終わりのように俯くみかに、またかよ……と晃牙がつい舌打ちしてしまう。
     そんな光景を目にしてまた苦笑しながらも、それも仕方ないと思わないでもない面々である。
     何か他の所で問題が起こったらしく、緊急の呼び出しを受けた転校生がすぐに戻りますと走って行った直後だ。みかは顔面蒼白で台本を手に呆然としている。
     今回のシナリオは、転校生が書いてくれたオリジナルだった。イメージ的には、人魚姫のような感じの話だという。それぞれメンバーの個性を活かしたいらしく、本人とさほどキャラが離れていないような役どころを考えてくれたらしい。
     ざっくりとしたあらすじを言えば、一羽のカラスがある日通りすがりの騎士に助けられ、その騎士に会いたくて人間になりたがったはずが人間ではなくしゃべる事もできない人形に姿が変わっていたというような内容だ。そして、そのカラスの役は、みかなのだ。すなわち。
    「……えー。主役がこんなんなの~?」
    「りーつー……っ! 人をこんなんとか言うな!!」
    「むむむ、無理やって~……っ!」
     そう、実質主役がみかという事になる。不満を隠しもせずに声に出す凛月を真緒が諌めるが、みかはそれどころではなく完全にパニクっている。
     ただでさえあれだけ舞台に上がる事すらも躊躇していたのだから、半泣きになって、なんやねん! 嫌がらせか! と唸るみかに多少の同情は禁じ得ない。
    「良いじゃねぇかてめ~は! 俺様なんて、猫の役だぞ!? 狼だっつーの!! おまけに後半は盗賊とかぬかされてんだぞ!! どんな役どころなんだよ!?」
    「あかんあかんこれあかんやつや……! 無理むりムリ……! 絶対無理やって……ッ」
     混乱し続けているみかに晃牙が怒鳴る。しかしみかはうずくまってガクブルしているのでまったく気づいていないところが、端から見るとちょっと面白い。
    「わたくしも、盗賊などになるのは人生で初めてですね……これは何かの陰謀でしょうか……」
    「俺も、王様とか柄じゃなさそうだけどな……」
     そんな二人を眺めながらも、それぞれ思うところはあれど、ひとまずは苦笑いするしかない。まだ台本を最後まで読んだ訳でもないのだから、文句を言おうにも言えないだろう。 
     台本をパラパラとめくっていた嵐が、ふーん、と小さく何度も頷いていた。
    「でもみかちゃん。みかちゃんの役は本当に途中からお人形さんみたいだから、そこからは全然台詞もないわよ?」
    「…………ぅえ、ほ、ほんまに……?」
     言われて真緒も弓弦も、台本に目を通し始めた。みかは嵐の声で、眉毛をハの字にしながらも顔を上げる。
     カラスが途中から姿を変わる人形は、瞳が貴重な宝石になっているという設定らしい。その人形を所持している国王と、王に仕える騎士達。宝石を狙う商人に扮した盗賊達とが主な登場人物のようだ。ちなみに晃牙は冒頭部分はカラスにやけにちょっかいをかけてくる野良猫の役だった。
    「動かなくて良いんだったら楽なんじゃないの~? 普段から人形やってんでしょ~?」
    「いや、逆に難しいんじゃないか……? 人形って事は、動いたらダメなんだろ……?」
    「え~……そんなの退屈すぎて俺にはムリ……絶対寝る……」
     さして興味もなさそうに言う凛月に真緒が考え込むように言えば、すでに今にも寝そうな顔で凛月は首を振る。
     普段から人形役をやっていると言われても……と不安そうな顔のみかに、嵐は軽く手招きをした。みかは不思議そうに、しかし大人しく嵐の方へ寄っていく。
     自分が座っていた椅子を引いて、嵐はみかを座らせた。
     まだ涙目のみかの肩に手を置きながら、みかの前に台本を開いていく。
    「……転校生ちゃんは、相当みんなの事を考えてくれているのね。当然、みかちゃんの事も」
    「……おれのこと?」
    「そう。多分、来年残されるアタシたちみんなの事をね」
     嵐の言葉にキョトンとしているみかの頭を、嵐が撫でる。そして、それを聞いて他の人間も台本を各々開いた。
    「来年になれば、大体のユニットは先輩達がいなくなるでしょ? 特にVaikyrieは、今はみかちゃんとお師さんて人しかいないんだから。みかちゃんだけが残されちゃう」
    「…………」
    「だからきっと、みかちゃんが一人でも立派にやっていけるって、転校生ちゃんはお師さんに見せてあげたいんじゃないかしら」
     事実を突きつけられて泣きそうな顔をするみかの頭を、さらに嵐が優しく撫でていく。
     確かに、ここにいるメンバーのそれぞれのユニットも。Trickstar以外は、来年になれば誰かしらがいなくなる。これからは先輩に頼る事もできなくなるのだ。だからこそ、先輩の力を借りない、今回の企画を考えたのかもしれない。
     とりわけ、みかだけが残されるVaikyrieには花を持たせてあげたいのかもしれないとは、考えすぎでもないのだろう。
     すっかり大人しくなったみかの後ろから手を伸ばして、それにほら見て! と嵐が嬉しそうな声を上げた。
    「みかちゃんの役のカラスを助けるの、あたしなのよ? はぁ~、みかちゃんに好きになってもらえる、立派なナイトにならなきゃ~っ」
     嵐が開いたのはカラスが人間になりたがるシーンのページで、その台詞を指差してから嵐はうっとりとしてあらぬ方を見上げている。
     その場でくるくる回りながら浮かれている嵐はとても女性的でしなやかな動きをしていて、今は到底そのような格好良い騎士などには見えないかもしれないけれど。しかしその優しさは、みかも十分感じ取っているのだろう。
     なるちゃんがナイトさまとか、まんまやん? と少し微笑むみかに、俺もなんだけどとポツリと凛月が自分を指差すので、みかが目を真ん丸にしている。
    「じゃあ俺も王様役、頑張るな」
    「猫……まぁ、しゃーなしでやってやるか……。狼だっつーの……」
    「盗賊……。わたくしが……盗人だとは……」
     笑顔でどんと自分の胸を叩く真緒の横で、晃牙と弓弦はまだぶつくさ言っているのを見て。
     八重歯が見える程に、みかが口許を開けて笑顔になった。



    ***



     風呂場から戻ってくる足音に気づき、斎宮宗は手元の台本から目を上げた。
    「お師さん~。お風呂終わったで~」
     声と共にドアが開けられ、首にタオルを掛けたみかが部屋の中に入ってくる。
     陶器のように白い頬は血色が良くなり、桜色になっている。すでに瞼がだいぶ重くなってきているようなので、これは自分でスキンケアをやらせても無駄だろうとみかを座らせて化粧水の瓶を手に取った。
     手早く順番に保湿をして行きながら、気持ち良さそうに瞼を閉じているみかを眺める。撫でられて眠くなる猫のように目を閉じる整った顔に、長く黒い睫毛が影を落としていた。
    「どうだね、進抄は」
    「うーん……なかなか全員が揃わへんくて、ようやく始まったって感じやろか……。お師さん、それもう読んだん?」
     それ、とみかが片目を開けて宗が机に置いた台本を見た。白い瞼から、トパーズの色の瞳だけが姿を現した。
    「フン、まるでただの童話なのだよ。子供騙しだ」
    「なんや、人魚姫みたいなイメージやねんて。けっこーメルヘンやね、あの子。女の子やなぁ……」
     みかを風呂に行かせる前に、台本を見せるように言ったのは宗だ。特に内容を他の人間に教えてはいけないとも言われていないらしく、みかはいたって普通に台本を出してきた。
     もっとも、みかならば。たとえ見せるなと言われていようが、ほんまはあかんねんけどと言いながらも宗には見せただろうが。
     肩のタオルで髪の水気を拭き、ドライヤーで乾かして行く。されるがままになっているみかはまた瞼を閉じた。
    「…………まったく。余計な気を遣わせてしまったようだね……」
     ドライヤーの風でかき消される程度の音量で、宗が呟く。
     おそらく、Vaikyrieから離れたみかが自分の足で立ち、出来うるギリギリの範囲での事を考慮して作られた役なのではないかと思う。
     台詞はさほど多くはない。それどころか途中からはまったくない。それでも人形になる前の部分だけで、素直で好感が持てるキャラクターだとは十分理解できる。要所要所で歌もあり、最後には全員でも歌うようなので見せ場もきちんと作ってくれている。
     それに、台詞はなくなったとしても確実に主役ではあるのだ。
     他の登場人物が人形を巡って悲喜こもごもの物語を紡ぐ間、その後ろにはずっとその人形が座っている。舞台にいる時間が一番長いのはみかだし、登場人物がその人形について言葉にする度に、必ず目が行く。存在感はあって当然だろう。
     凡俗な人間ならば動いてはいけないという事が難しいのだろうが、普段から人形として舞台に上がっているみかだ。動くなと命令すれば、何時間でも動かずにじっとしていられるはずだ。他ではすぐにちょろちょろと落ち着きなく動いてしまうので、あくまでステージの上限定での話だが。
     何よりも人形の役だというのが、みかの為だけに考えられたのだろうと窺い知れる。どうせ無理だの出来ないだの言うみかに、いつも通りの事をすれば良いのだと、そう考慮してくれたのだろう。
     だが、ふと宗には気になったのだ。
    「…………影片。この台本は、これで完成台本なのかね?」
     声を掛けられて、ゆっくりみかは瞼を開けた。ぱちぱちと何度かまばたきをしてから、ようやく宗を見上げた。今度はトパーズとサファイアの色の、両方の瞳で。
    「……? そうやと思うんやけど……何か変なとこあったん?」
    「いや……。別に、大した事ではない。君が気にする必要はないのだよ」
     不思議そうに見上げてくるみかの肩に手を置けば、また骨が浮き出てきたように思える。すぐに肉が落ちてしまう体質はどうにかならないものかと宗はひそかに嘆息する。
    「また採寸をし直さねばならないようだね。あと、マッサージをするから横になりたまえ」
     採寸、と聞いて、眠そうだったみかの瞳がパッと輝いた。
    「お師さん、何か新しい衣装作るん!?」
    「小娘が、今抱えている仕事はあるかと聞いていた。どうせ今回の舞台の衣装でも依頼して来るのではないかと思うがね」
     それぞれのクラスで先輩の力を借りないと言ってはいるが、実際人手は足りていないのだろう。衣装程度の協力ならば惜しまないと、言葉には出さないが宗も思ってはいるのだ。
     だがみかは、宗のシャツを掴んで、え? え? とその二つの異なる色の瞳を忙しなく瞬かせている。
    「お、お師さんが、今回の衣装作ってくれるん……?」
    「言われなくとも、君の衣装だけは端から自分で作るつもりではいたのだよ。僕の人形の衣装なのに、僕が作らなくてどうすると言うのだね」
     眉間に皺を寄せながら、そんな当たり前の事を聞くなというように宗が言い放つと、みかの二つの宝石の色の瞳がさらに煌めいて、徐々に頬の筋肉が緩んでいく。
     ……なるほど。宝石の瞳を持つ人形の役とは、よく考えたものだ。
    「だらしない顔をするなといつも言っているだろう! そんな間抜けな表情の人形などいないのだからね!」
     見上げてくる瞳がやけに室内の灯りを反射して眩しく見えるので、わざと乱暴にベッドへと押しやる。お師さん堪忍やでと言いながらも、まだみかは嬉しそうに笑い声を漏らしている。
     本当に、この出来損ないの人形には皮肉も通じなければ、自分から空気を読むという機能もないのでほとほと呆れる。
     おまけに平素から加減というものも出来ないのだと身体のあちこちを触ってみると、案の定どこもかしこも硬く張っていて相当疲労が溜まっているようだ。
     クラスメイトとはいえ、普段は大して関わりを持とうともしないであろう人間達に囲まれて練習をしているのだ。人が苦手なみかが教室を同じにして授業を受けているだけの同級生、しかも全員が男だ。そんな中で、上手く立ち回れるとも思えない。おそらくは常に気を張っているのだろう。宗ですら、そんな情況は考えただけで目眩がしてくる。
    「……おれ、がんばるわ……。お師さん……」
     疲労困憊なのに自分では気づいていないであろうみかが、うつ伏せたままそう呟く。その声はすでに半分夢の中で、先に髪を乾かしておいて正解だったと宗は指先に力を込める。
     無駄に心がざわめくので、悔し紛れにかなりの力を入れてふくらはぎを揉んでいるのにみかは痛がりもしない。起きていても痛がらないだろうが、今はマッサージをされている事にすら、もう気づいていなさそうだ。
    「……ふんッ。あまり頑張ってもらわなくても結構なのだけれどね……」
     程なくして静かな寝息が聞こえてきたので、宗は小さく鼻で笑いながら、乾かしたばかりの艶やかな黒髪に指を伸ばした。



    ***



    「てめ~何度言わせんだよ!! 真面目にやれっつってんだろうが!!」
     レッスン室に晃牙の怒鳴り声が響いて、他の人間が皆おもわず声の方を振り向いた。
     晃牙の前には、肩をすくませたみかが立ち尽くしている。また練習着の胸の辺りを掴み、顔面蒼白で俯いている。
    「……どうした?」
    「昨日やったシーンを通そうとしていたのですが……」
    「全っっ然だめ。そりゃあわんこも怒るよねぇ~……」
     他のクラスメイトと違うシーンの打ち合わせをしていた真緒が二人を見ていた弓弦に聞くと、横でつまらなそうな顔の凛月がお手上げのポーズを取っている。
    「昨日は出来てただろ! なん~~っっで、今日はできねぇんだよ!?」
    「ご……ごめ……」
    「謝るくらいならやれよ! あと、ちゃんと俺様を見ろ!!」
     興奮している晃牙と完全に怯えているみかを見てこれはまずいと、急いで真緒が休憩を入れた。
     その辺に当たり散らしながらどこかに向かう晃牙に念のため声を掛ければ、飲みもん買ってくるだけだと返す晃牙に炭酸飲料買ってきてと凛月が余計な事を言う。知るかっ! と振り向きもせずに晃牙はガラ悪く歩いて行った。
    「…………影片、大丈夫か?」
     真緒がみかに駆け寄り、先日のように驚かせないよう慎重に声を掛ける。
     俯きながらも微かに頷くみかに、今日は真緒をちゃんと認識してくれているらしいと少し安心して、ゆっくり座らせた。
     弓弦が水筒から暖かいお茶を淹れてくれるので、真緒が受け取り俯くみかの視界に入るように下の方から静かに差し出すと、ごめんなぁ……と小さく応えてみかが自分から紙コップを受け取った。白い指先はまだ震えている。
    「も~、ムラありすぎ。こんなんでホントに大丈夫なの」
    「凛月。お前ちょっと黙ってろよ……」
    「だってそうでしょ。一日でもうだめになるとかさ~」
     ムラどころか普段気分で動く自由すぎる人間に言われたくないと思ってしまう真緒だが、確かに昨日とはまったく動きが違うので弓弦も押し黙ってしまう。
     昨日と今日の、何が違うのか。
    「…………鳴上さま、でしょうか」
    「え……?」
     昨日は練習中にあって、今日はないもの。それは、みかを気遣ったり励ましたりする、嵐の声ではないだろうか。
     そう思い至って弓弦が声に出すと、あぁ……と真緒もみかを見た。
     今日は嵐はモデルの仕事が入っていて、それが終わり次第の合流になるらしい。ただでさえ慣れないクラスメイトに囲まれて緊張している中で、唯一心を開いている人間が不在なのは相当心細いのだろう。やる気がない訳ではなくとも、確実に影響はしていそうだ。
    「でもナッちゃん来てないんだから、やるなら駄犬との二人のとこやるしかないじゃん。あとは座ってるだけなんだし」
    「それは……そうなんだけどさぁ……」
     お菓子を開けながらちゃっかり弓弦に自分の分のお茶も淹れてもらっている凛月が、しれっとそんな事を言う。
     ずいぶんな言い様だが、確かにみかが人形になってからのシーンに関しては、基本稽古の時にみかは人数に組み込んでいない。あとは通し稽古くらいまではみかが人形としてじっと座っている事はないだろう。その間にみかには小道具を作ってもらう予定だ。
     今後もこんな事もあるだろうに、嵐がいないというだけで稽古が進まないというのならそれはそれで問題だろう。
     保護者のように慕っている人がいないと不安になってしまうのは仕方ない事です、と優しく微笑む弓弦は、真緒の分のお茶も淹れてくれる。
     サンキュ、と礼を言いながら紙コップを受け取り、保護者かぁ……と真緒は静かに呟いた。
     そう言う弓弦の頭の中には、当然のようにあの生意気なクソガキ……もとい、主である姫宮桃李がちらついているのだろう。あの雛鳥の面倒を常に見るなんて、真緒なら絶対一時間程でキレてしまいそうだ……。
     と、ふと。雛鳥、という言葉でおもわず真緒はみかを見た。
     台本に書かれているのは、カラスという言葉だけだ。それ以外には特には表記もなければ、細かい設定もないらしい。が、人間に恋をしてしまう程なのだから、もしかしてこのカラスも成鳥ではないのではないだろうか。
     そしてここにいるみか本人も。言われてみれば、言動もまるで小さい子どものようだ。それだけ人とあまり関わらなかったせいでスレていないという事なのか、それとも成長段階で何か問題があってそうなってしまっているだけなのか。
     嵐があれだけ普段から、ともすれば子どもに接しているように話し掛けても怒ったりしないのだから、本人はさしてそこは気にならないのだろう。
    「…………さっきやってたのって、どこのシーンだ?」
     急に明るい顔になって真緒が弓弦と凛月に聞いたからだろう。二人は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐにどのシーンかを教えてくれる。
     騎士に助けられた後のカラスが、野良猫相手に、人間になりたいと言うシーンだった。
    「……な、影片。お前、あのセリフ、どんな事考えて言ってる?」
     横でみかの顔を覗き込むように、自分も顔を傾けて極力明るく笑顔で話し掛ける。
     聞かれたみかは戸惑っているようで、真緒から視線をあちこち逸らし、あー……とか、んー……とか、困ったような顔で唸っている。せっつく事なくみかが話してくれるまでニコニコしながら待っていると、そのうち「あんな……」と悪い事をしたのを白状するような小さい声で、みかが上目遣いで真緒を見てきた。
    「せ……、セリフ、間違えたらあかんって……」
     怒られるのかとびくついているようなみかに、真緒は苦笑する。
     案の定だ。同い年の男と思って接するよりも、小さい子どもと話すようにした方がみかは応えてくれるらしい。
     おまけに思っていた通りの答えに、さらに苦笑してしまう。頑張って台詞を言っていただけで、そこに感情などは付随していなかったのだろう。だから晃牙が怒った。紐解いてみれば、そんな事だろうとはすぐに想像できた。
    「でもそれは、セリフ間違えるのはっていうのは影片であって、カラスが考えた事じゃないんだよな。……普段影片はライブ中どんな事考えながらやってるんだ?」
    「ライブ中は……なんも考えてへん。お師さんのお人形やから。お師さんのいうとーり動いたらええから。お人形はなんも考えんでええって」
     そっと肩を寄せ合うように首を傾げて聞けば、ライブの話をする時のみかは嬉しそうな顔になる。
     しかし、だからこそ今のこの演技には向かないのだろう。普段と違う事をしてもらうにはどうすれば良いのか。
    「そっか。でも、カラスは自分の意思で騎士の事を好きになるし、騎士に会うために人間になりたがるんだよなー」
     うーんと大袈裟に考え込むふりをすると、みかも、うーん……と首を傾げながら一緒に考えようとしてくれている。
     だいぶ真緒の話を聞いてくれるようになったみかに、母親や父親のような気分になってくる。雛鳥に懐かれるのって、こんな感じなのだろうか……。
    「簡単じゃん。ナッちゃんのこと好きになればいいだけじゃん?」
     二人で唸っていると、食べていたお菓子を落とした凛月が、落としたのが胡座をかいた自分の足元だったので、セーフ……と拾いながら適当な事をぬかす。セーフっていうか、今それ完全に床の上だっただろというツッコミはみかの横にいるのでこの際飲み込む真緒だ。
     さすがにそれは極論すぎるだろうと思っていれば、何か思いついたように、そうですねと弓弦もポンと手を打った。
    「子役の方たちは、よく身近な人で想像してその気持ちを作ると聞きます。泣く演技の時は、ご両親がもし亡くなったらと想像したりですとか……」
     子役の話を持ち出す弓弦は、真緒の話し方が変わった事に気づいたのかもしれない。言いながらも、慈しむような微笑みでみかを見ている。
     いろいろな事を言われたみかは、ちょっと待ってぇなぁ~……と頭の中を整理しようとしているようだが、それでももう俯いてはいない。
    「……じゃあとりあえずは、鳴上の事を考えながらセリフ言ってみたら?」
    「なるちゃんの、こと……」
    「~~おいッ!! もうとっくに休憩の時間終わるんじゃねえのかよ!!」
     落ち着かせるようにみかの頭を撫でてそう提案したと同時に、わざとらしく大きい音を立てながら晃牙が戻ってきた。
     つい派手にびくっと体を跳ねさせるみかをじっと見て、それでも先程より顔は上を向いていて。そして何より。ビビりながらも晃牙の目を見ているみかを見て。晃牙は微かに笑った気がする。
     さっきと同じとこからやるぞと、羽織っていたジャージを脱ぎながら凛月に炭酸飲料の缶を投げた。なんだかんだでちゃんと買ってきてくれている。本当に良い奴だ。
    「では行きます。野良猫がカラスの木に来る所から」
     弓弦の声で、みかも立ち位置についた。
     先程の悶着が気になってか、他のクラスメイトも手を止めて皆二人を見ている。
     みかは、木の枝という事にしている机に座って、声には出さずに何かを呟いている。なるちゃん、と口が動いているように見えるのは、気のせいではないだろう。
     弓弦の合図で、レッスン室の中がしん……と静まった。
     もう演技は始まっている。先程は晃牙が出てくるまで所在無さそうに座っているだけだったみかが、今はどこか嬉しそうな表情で座っている。口は相変わらずもごもご動いているようだが。
    「よう、ニヤけてどうしたんだよ。気持ちわりぃな……」
     しきりに肩の後ろの辺りを気にしながら、晃牙が上手側から登場する。顔をしかめている。怪我をしているらしい。
     鳥と猫という関係ではあるが、何となく一羽と一匹は仲は悪くはなかった。このカラスと野良猫は、いわば落ちこぼれ同士なのだ。今日も餌にはありつけず、他の猫や鳥、そして人間に追いかけられ、攻撃され、いつもどこかしら怪我をしてボロボロだった。
     いつも舞台役者のように、詩人のように、大仰な台詞で世界を悲観する事しかしないカラスが、今日は様子がおかしい。
     積極的に聞きたい訳ではないが、暇だし。お腹は空いているし。気を紛らわすために、野良猫はカラスの話を聞く事にした。
    「……ここまではきちんと台詞も言えてますね」
    「あぁ。結構な長ゼリフなんだけどな。あと、さっきと全然表情が違う」
     耳打ちをするように小声で、弓弦が真緒に囁く。腕組みをしながら見ている真緒も、みかの変化に驚きつつも満足そうだ。
     みかはどちらかというと、アイドルというよりは天性の舞台役者なのだと思う。
     自分には全く自信がないからこそ、自分自身ではないものを演じるのが上手いのだ。それも、本人が意識的に行っている訳ではないのに。それこそ天賦の才能と言っても良いだろう。
     Valkyrieのライブを見た事がなかったのであろうクラスメイトの何人かも、普段と違い堂々とそこに存在しているみかを食い入るように見つめているようだ。
     危うく命を落としかけたカラスを救ってくれた人間の事を、カラスは興奮したように語っている。
     強くて、格好よくて、その手で安全な場所まで連れて行ってくれたその人間の事をカラスは相当気に入ってしまったらしい。服装や特徴を聞いて、物知りな野良猫は、あぁ。あいつらの中の誰かか。と呟くので、知っているのかと食いついてくるカラスに得意気に教えてやるのだった。
    「それはきっと、隣の国の王さまの騎士団だな」
     その中の誰かまでは分からないらしいが、それでも大体どんな人間なのかが分かっただけでもかなりの収穫だ。
     だがそれと同時に、カラスには新たな不安もできてしまった。
     お城にこんな汚ないカラスが行ったら、また石を投げられるに違いないと。
     お城の王さまの騎士ならば、きっと普段はきらびやかなお城の中で、輝くような鎧を纏っているのだろう。綺麗な銀のスプーンやナイフやフォークで、ご飯を食べているのだろう。
     みすぼらしい自分とは住む世界が違うのだと、カラスは落ち込んでしまう。
     このままの格好では、到底あの人に会う事はできない。
     あの人に。……嵐に、会う事なんて、できないだろう。

    「なるちゃんに……、会いたいなぁ……」

     そっと呟くみかは、淋しそうに。それでも記憶の中のその人を想って幸せな気分にもなっているのか、微笑んでいるのだ。
     まるでそれは、本当に恋をしているように見えて。
     見ていた人間がおもわず見惚れてしまうような淋しそうな笑顔だったので、つい、その場の人間が呼吸をする事も忘れていたらしい。
     ……やがて、みかが不思議そうな顔で晃牙を見た。それでようやく晃牙は、自分の台詞を忘れていた事に気がついた。
     晃牙も動揺し、みかの集中力も切れたようで周りも何故か息をしていなかったのだと、はっとしている。
    「…………できるんじゃん。やれるなら最初からやってよね……」
     退屈そうに、ふぁ~っと大きな欠伸をして凛月が言った。
     その声をきっかけに、ようやく皆が動き始めた。何故か皆、変に渇いた笑いをしたり、頬を指先で掻いたりしている。
     晃牙も頭を掻きながら、今の感じで良いんじゃねぇのと無駄に咳払いをしている。完全にそれはただの照れ隠しなのだと気づいて、真緒が吹き出すと「笑ってんじゃねぇよ!」とすかさず晃牙が怒鳴った。
    「あーもう、今日はここはこんぐらいで良いだろ! 他のシーン行こうぜ! 俺様は疲れたから休む!!」
     さっき休憩したばっかじゃんという凛月のツッコミにもうるせぇと返して、晃牙が椅子にどかっと座る。
     そんな晃牙に皆笑顔になる。まだ不思議そうにまばたきをしているみかに、お前も休める時に休んでろと目で促すので、みかも開けたままだった口をようやく閉じて端の床に腰を下ろした。
    「……おまえ、練習すんのも良いけどよ。あんなハイペースで何時間やってんだよ。化けもんか」
    「……?」
     次のシーンの稽古に入ろうとする真緒や弓弦を見ながら晃牙が言うのを、顔がこちらに向いていないので誰に言っているのか分からずに横でみかが小首を傾げている。
     言わなきゃわからねぇのかと、嫌そうな顔の晃牙が首ごとみかの方を向いた。
    「おまえだ、おまえ。こないだもだったし、昨日も。歌んとこ練習すんのも良いけど、どんだけずっとやってやがんだよ。Valkyrieって普段そんなに長時間練習してんのか?」
     舌打ちしながら言われるが、んーと……とみかは考え込んでしまう。
    「お師さんとの練習入ったら確かに何時間か集中してやったりはするんやけど……。一人でやっとったら、なんや気ぃついたら知らん間にえらい時間経ってんねんな~。よくお師さんが止めに来てくれんねん」
    「はぁ……!?」
     ポヤポヤと何気なく言われる言葉に、晃牙がぎょっとして椅子から転げ落ちそうになった。
     まさか、止めない限りはずっと練習し続けているという事だろうか。どんな体力、あと集中力をしているのか……いや、そんな問題でもないのか。電池が切れるまで動き続けるおもちゃでもあるまいし、とは思うものの、昨日も晃牙が帰るまでは少なくともずっと練習をしているのは見た。ひょっとして、まさか。そんなバカな。
     悪気もなく見上げてくるみかに、嫌な予感しかしない。昨日は何時に切り上げた。誰か止めに来てくれたのか……?
     怖くて聞けずに嫌な汗をかいている晃牙とキョトンとしているみかの隙間に、気づいたら凛月が座ってきた。
     凛月はそのまま無言で、みかの膝の上に頭を乗せて寝始めようとする。
    「…………おい」
    「うわ、何この足。肉なさすぎじゃない? 硬くて寝づらいんだけど」
     ツッコむ晃牙の声など聞こえないのか、勝手に膝枕をさせた上に文句を言っている。それに対し、ごめんなぁ~と謝るみかである。
    「何でおまえが謝ってんだよ……。そもそも何やってんだてめえは……」
    「え、何。人形として動かないための練習に付き合ってやってんだから、感謝してよね」
    「うわ、そーなん!? おおきに!」
    「礼なんて言うな! てめえはテキトーな事ぬかしてんじゃねえよ!!」
     しれっと嘘を言う凛月の頭も、ころっと騙されるみかの頭も両方ひっぱたく。ツッコミ不在か! 疲れるわ!!
     結構な強さで叩いたので、凛月からは痛いしうるさくて眠れないと苦情がくるが無視だ。それよりまたびびって泣かれるんじゃないかと叩いてから晃牙がはっとしていると、みかは痛がりもせずに頭をさすりながら笑っていた。
    「へへ~。あ、飴ちゃんあげよか?」
     そして笑ったまま、ポケットから飴の包みを出して晃牙に差し出した。
     毒気を抜かれて、もう何でも良いと大人しくそれを受け取る。緑色の包みを開けて口に放り込めば、青リンゴの味が口の中に広がった。
     何気なく見てみれば、目を閉じたままみかの膝の上で凛月も口を開けている。
     赤いんと黄色いんと紫があんねんけどどれがええ? と凛月に聞くと、一番美味しいやつと返ってくる。みかはほなこれやなと赤い包みを開けて、凛月の口に落とした。それから黄色い包みを開けて、自分の口に入れる。
     んふふ、とみかが笑う声がして、何となく、晃牙も椅子から降りて床に座った。
    「みんなで飴ちゃん食べるん、めっちゃおいしーなぁ~」
     そんな間延びした声が続くので、今のうちに少しは休んどけと、晃牙はその頭をわざとくしゃくしゃになるように撫でてやった。


     2Bが借りているレッスン室に着くなり、嵐が手にした紙袋を見せながらごめんなさいね~と謝ってドアを開ける。
    「学院に戻るって言ったらお土産もらったの。だからみんなで……」
     入るなり中にいた人間が皆、しーっと人差し指を口許に立てて嵐を見た。おまけに奥の方を指差すので、何かあるのかと人の波をかき分けて進む。
     ある程度まで行くと、楽しそうに笑いながら、鳴上こっちこっち! と真緒が小さい声で手招きをしている。
     真緒の視線を追って行った途端に、あら! と、嵐も口許に手を当てて、すぐに目尻を下げて微笑んだ。
     レッスン室の壁にもたれながら座る晃牙の肩に寄り掛かるように、みかが頭を預けて座っている。そのみかの足を膝枕にして、凛月が寝転んでいる。
     三人とも熟睡しているのか、横で弓弦を始め他の生徒が写真を撮っていても全然目を覚まさない。おもわず真緒を見ると、真緒も困ったように眉はハの字で、しかしクスクス笑いながら嵐を見た。
    「起こすに起こせなくってさ……」
    「ずいぶん仲良しになったのねぇ~……」
     眠る三人のセットが意外なのにやけに可愛らしくて、弓弦が「まるで天使ですね」と微笑んでから、坊っちゃまの次くらいに。と続けるのを、ナチュラルに聞かなかった事にするクラスメイト達だった。



    ***



     毎日の練習であっという間に日にちが経ち、いよいよ明日が本番になった。
     最後に本番と同じように通し稽古を一本やって、最終確認をしてから解散になる。各々帰る方向が同じメンバーで途中まで帰り、それぞれの家へと帰って行く。
    「みかちゃん、帰りちょっと付き合ってもらってもいいかしら?」
     途中まで数人で帰る間に、嵐が耳打ちした。
     みかも何となく嵐としゃべりたい気分だったので、ええよと頷いた。
     他のメンバーと別れて海辺の公園を二人で歩く。
     少し歩くと、噴水の近くの広場に出る。ちょっとしたステージとコンクリートの観客席があるここは、よく流星隊がヒーローショーをやっている場所らしい。夜間用の照明や設備がある訳でもないので、今は公園の街灯でわずかに照らされているだけだった。
     暗いので気をつけてねと嵐が言うのを、なるちゃんもな~っと声を掛けて、みかは観客席の階段をステージ側へと下りて行く。
     ステージまで到着すると、1mもない高さとはいえ軽やかにみかはステージに飛び乗る。
     まるで、羽根でも持っているかのように。音もなくふわりと、ステージへとみかが立ったように見えた。
     振り返ると、嵐は観客席の最前列に立ってそんなみかを見ている。暗いのに、眩しいものでも見ている時のように目を細めながら。
     そんな嵐に、みかは制服の胸元をきゅっと掴んで。あんな。と、声を掛ける。
    「…………なるちゃん、あんな。……おれな、ほんまはまだ……、めっちゃ怖いねん……」
     だいぶ周りに打ち解けたように見えて。笑う回数も多くなった。それでも完全に皆の輪の中に溶け込める訳もなく、何よりも自信なんてそう簡単につくものでもないのだ。
     暗闇の中なのに、その金色の瞳と空色の瞳が煌めいて揺れた気がした。
    「なぁ、なるちゃん。…………おれ、ちゃんとできるんかなぁ……?」
     不安そうな顔も。本当は人懐こいその笑顔も。
     出来る事なら、自分だけが知っていたら良かったのに。
     それでも少しずつ周りの人間と話せるようになる姿を見るのも、戸惑いがちに、それでも溢れ出る笑顔を見るのも、素直に嬉しかった。この怖がりなカラスの雛鳥が、少しずつ世界を広げて行くのは近くで見ていてこんなにも嬉しくなるのだと。そうこの三週間程で気づかされたのだ。
     本当は鳥籠に閉じ込めておきたい時もあるけれど。それでも、自由に翼を広げた姿は何物にも代えがたいから。
     みかちゃんなら大丈夫よと微笑んで、ゆっくり歩を進める。
     ステージの前に立つと、嵐は右手をみかへ向けて伸ばした。
    「みかちゃん、踊りましょう?」
     ステージに立っている分、嵐より高い位置にいるみかが面食らっている。
     だがすぐに笑って、ステージの手前の端まで来てくれた。膝をついて、その手を伸ばして嵐の手を取ってくれる。
    「なんでいきなしそんなん言うん~? ダンスのシーンなんてあれへんやん」
     そうおかしそうに笑いながら、それでも嵐が手を引くとゆっくりステージから飛び下りてくる。みかの身体を受け止めても、大して重みは感じなかった。
     ダンスのステップもろくに知らないみかに、基本のステップだけ教えてしばらくそのまま踊っていた。
     ステージはあるのにステージの上ではなく。
     音楽もなく、眩しい照明も当たってはいないけれど、それでも二人だけの舞踏会はとても楽しかった。

    「……明日は、アタシのことを好きになってね」

     踊りながら、みかの頭にコツンと。軽く頭を当て。
     祈るように、まるでおまじないをかけるように。嵐は、みかにそう呟いた。



    ***



     最後の稽古だからと、また時間を全く見ずに無茶な練習をするのではないかと迎えに行こうとした宗は、家を出る寸前にみかからの連絡を受けた。
     もうすぐ帰るという文面だけでは今どこにいるのかは分からないだろうと舌打ちし、今のうちに見るからに出掛けようとしていたと分かる服を着替えておくべきかと、そんなどうでも良さそうな事に悩んでいると程なくしてみかは同級生の鳴上嵐と共に帰ってきてしまった。
     また明日と別れる二人は至って普通で、部屋着ではない事につっこまれる前に自ら、別に君を迎えに行こうとしていた訳ではないのだよと念のため言ってみたものの。そんな事には気づきもしない程、みかはのぼせたように微かに頬を上気させどこか上の空だった。
     大方また無理をして熱でも出すのではないかとひやひやしたが、朝になるとみかは元気そのものだった。
     それも今日で終わりだ。おそらく今日までの練習期間中、ずっと気を張っていただろうみかもこれで解放される。最後に無様な姿だけは晒さないようにと、こうして観客席で出来映えを確認しようとしているところだ。
    「……おや、珍しいのぉ。よもやおぬしが客席から観るとは」
     懐かしい声がして見てみれば、かつては五奇人などと呼ばれ、宗の数少ない友と呼べる存在である朔間零が微笑みながら立っていた。
     宗に声を掛け、都合よく宗の隣の席が空いているのを見てそのまま勝手に座ってくる。実際は帝王こと宗の隣の席には座りがたいと皆躊躇して、意図的に空けてあっただけなのだが。
     座った後で、ここは良かったかのぉ? とわざとらしく聞いてくる零はさすがである。仲良く観るつもりなどないが、まだ見ず知らずの人間が座るよりはましだと判断したのか、宗も好きにするがいいと返す。
    「てっきり、裏でお人形の着付けをすると思っていたのじゃが。今回の衣装はおぬしが作ったのだろう?」
    「それはあの小娘がやってくれるそうなのだよ。僕にはあくまで、客席から観ていて欲しいそうだ」
     まったく大口を叩くようになったものだと言いながらも、そんな宗の表情はどこか嬉しそうだ。
     三年生にはぜひ観て欲しいと、ステージの裏で自分が衣装を着せると言った宗を説得していた小さな姿を思い出す。本音を言えば、さほど観たい訳ではないのだとは……言えるはずもなく、みかと目が合ってとりあえずは引き下がった。
     宗がいなくても、自分の足で立ち上がれる人形など。仁兎なずなだけで十分なのだ。
     …………いや、もっと正直に言えば。宗がいなくとも、自分の力で立ち上がり、羽ばたいて行くみかの姿を観たくないのかもしれない。
     そう思いながら座っていると、幕が上がってしまった。
     いかにも童話のようなナレーションで始まり、冒頭はみかと晃牙の二人芝居からだ。
    「ふふっ、わんこがにゃんこの耳を着けておる。これでは元々どちらなのか分からんのぉ」
     猫耳を着けた晃牙に、零はご満悦のようだ。客席からも、二人共可愛いと柔らかい声が漏れる。
    「おぬしのお人形も、実に可愛いらしい。白い肌に黒い翼は良く映える」
    「……ふん、黙って観ているのだよ」
    腕を突ついてくる零の手を払い落とし、宗は腕を組んで座り直した。
     見た目ならば、この後の方がみかの容姿を最大限に活かせるのだ。何故ならあそこに立っているのは、宗の大切な人形なのだから。可愛いらしいという言葉は、それから言ってもらいたい。
     それにしても、忌々しい。カラスが人形になるなどと。まるで本当にみかの事そのものではないか。
     しかし自分でもちゃんと気づいているのだ。この舞台によって、みかがその事実に気づいてしまうのではないか。という事を、自分が最も恐れているのだろうと。
     そう、来年には宗はもうこの学院にいなくなる。
     その時になったら。みか自身が望むのならば、この手を離さなければならなくなるのだろう。
     なんせあの子は本当は、操り人形などではなく、

     自由に羽ばたける鳥なのだから。



    ***



     舞台は順調に進んでいた。
     みかが人間になりたがるシーンは練習の時以上の演技になったのか、人間になりたいと月にお願いする内容の歌を歌い踊り終えた時にはすでに大きな拍手が起こっていた。
     歌を終え、登場人物達によって人形が紹介されるまでの間にみかは一旦控え室に戻り、今度はカラスではなく人形になるべく着替えとヘアメイクが施される。
     普段のValkyrieの時の衣装とも違う、本物のアンティークドールが着ているようなフリルがたくさんついたワンピースドレスだ。人形だ人形だと言われていても、ライブは動く事を想定してあるのでスカートではないし、何よりみかの外見を変える訳ではないので、こんなにも本格的に人形らしい格好になるのは初めてだった。衣装合わせの時につい驚いて奇声を発してしまい、いつも通り宗に怒られたのは記憶に新しい。
     袖を通して動いたのは衣装合わせのその日だけで、昨日の通し稽古でもこの衣装は着るなと言われていた。
     こんなにもお姫様のようなお人形になるのに、髪は黒いままだという。転校生いわく、元はカラスだという事が分かりやすいように、との事だ。ウィッグではなく、みかの髪の毛の襟足に長めのエクステを着ける事になった。
     コルセットから何から、いくつもの部品のような服を順に身につけ、エクステを転校生が緩く巻いていく。
     手早くメイクを施す転校生を、この子なんなん……すごすぎるんちゃうん……と思いつつ大人しくされるがままになっていたみかは、出来ました! という声と共に目を開けて、鏡に映った人形をまじまじと眺めてしまった。
     まるで、初めて宗の作る衣装を着た時のような衝撃だった。
     なんでお人形が、おれと同じ動きしてるん? そう呟いて、宗に鼻で笑われた気がする。
     用意はできましたかと呼びに来た弓弦が、みかを見た途端に目を丸くした。二、三秒ほど動きを止めていたが我に返り、そろそろ出番ですとエスコートしてくれる。
     通り過ぎる人間が皆みかを見ては唖然としていく中を舞台袖まで進み、人形が座る椅子の横にいた晃牙がみかを見て、ハハッと笑った。
    「馬子にも衣装じゃねーか」
    「めっちゃお人形さんみたいやろ?」
    「しゃべったら台無しだけどな!」
     笑いながら、椅子に座ろうとするみかを手伝ってくれる。それぞれの手を弓弦と晃牙が持って、スカートに気をつけながら転校生が座らせてくれた。
     お人形っていうより、大事にされすぎてお姫さまみたいやな。そうほくそ笑んでいたら、舞台上から真緒の声が聞こえた。
     このシーンが終わったら、この椅子が運ばれて行くのだ。そうすれば、もうみかは動かない人形になる。
     一人の騎士に恋をしたのに、その人がすぐ近くにいても。目すら動かす事の出来ない人形になるのだ。
    「なんでお人形って、しゃべられへんねやろな……」
     瞼を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。
     今から自分は。助けてくれた騎士の事だけを想う、人形になるのだ。その想いだけを、胸に秘めて。
     ただの独り言だったのに、指先を握られた気がした。大丈夫です、と。この校舎で唯一、男性ではない声がする。
     たとえしゃべる事は出来なくても。
     ……でも、生きています。
     その言葉はすっと心に染み込んできて、せやんな。と、みかは心の中で返事をして、椅子が動き出した振動に瞼を開いた。


     人形のみかの周りで、いろいろな人間の思惑が動いている。しかしみかは誰の言葉にも何も反応しない。人形だからだ。
     人形の周りにまずいたのは三人の男。
     一人はとある小さな国の国王だった。国王は、亡くなった王妃の代わりにこの人形を手に入れたらしい。妻のように、時に娘のように。この人形を慈しんでいた。左右違う色の瞳も愛しいと、とても大切にしていた。
     国王の騎士団には二人の英雄がいた。一人は黒髪の青年で、もう一人は亜麻色の髪の青年。この亜麻色の髪の青年こそが、カラスを助けてくれた青年だった。
     せっかくの再会を果たしたのに、カラスであった人形はそれを喜ぶ事も出来ない。ただそこに座っているだけだ。
     しかし、やがて小さな奇跡が起こる。
     亜麻色の髪の騎士が、ひそかに人形に恋をしたのだ。
     本当はお互い想い合っているのに、その想いが決して結ばれる事はないとは、何という皮肉なのだろう。
     そんな折、国王の元に旅をしている商人だと名乗る二人がやって来た。
     尊大な態度の主とその従者である男達は、どこからか噂を聞きつけて王の人形を見に来たらしい。人形の価値が分かる人が来てくれたのだと、国王は二人を人形に引き合わせてしまう。が、本当にその人形の価値が分かっていなかったのは、国王の方だったのだ。
     人形の瞳に埋まっていたのは、それはそれは貴重な宝石。しかも二つ。まさに商人を名乗る二人が狙っていたのは、これだった。
     二人は国王に人形を譲ってくれるよう頼むものの、国王は頑として聞き入れない。ならばと、二人は王の騎士に話を持ちかける事にした。
     いくら優れた騎士がいようと、大軍で攻めてこられたらこのような小さな国は滅んでしまう。こちらにはその用意があるとした上で、条件を出してきた。人形の瞳を、このガラス玉と入れ替えてくれないだろうかと。そうすればこの国と、王には何もしないと約束すると。
     黒髪の騎士は、その話を受け入れた。国と王の為ならばと人形の部屋に向かうと、そこには亜麻色の髪の騎士がいた。
     話を聞いて、亜麻色の髪の騎士は激昂した。瞳を入れ替えるだなんて、とんでもない。それではこの人形が可哀想だと。
     まさにここが、ある意味見せ場中の見せ場なのだ。
     Knightsのメンバーである嵐と凛月が、舞台上で戦うというファンには堪らない演出になっているのだ。しかも、騎士の役で。転校生も、ここがこのクラスの発表の肝ですとまで言い切っていたくらいには。
     あとは人形として最後まで舞台に座っていれば良いと思っているみかが、つい目を動かしたくなるのは仕方ないだろう。
    「そんなに俺と戦いたいの?」
     剣を抜いて冷たく言い放つ凛月は、いつもの眠そうな感じなどどこにも見受けられない。実に爛々とした瞳は赤く怪しい輝きに満ちている。
     対して嵐は、無言で剣を抜いた。人形を背にして、凛月の前に立っている。
     観客もシン……と静まり返る中、突然凛月がステージの床を蹴った。一瞬で間合いを詰め、嵐に向かって剣を突いてくる。間一髪で、嵐の剣がそれを弾いた。カァァン……ッと渇いた音が響いて、危うくみかは声を上げてしまいそうになった。
    「遅いね!」
     振り向き様の攻撃も素早く、何とか剣で受け止めた嵐だが、片膝をついた。さらに来る追撃を、ギリギリの所で横に跳んで避ける。
     いつも眠そうな凛月が唯一やる気になったのも、このシーンがあるからだった。
     え? ナッちゃんを、公衆の面前でボコボコにしても良いってこと!?
     説明を聞いて急に起き上がった凛月はそう言って、嵐に、ちょっと凛月ちゃん……。ボコボコって……。と引きつった笑みを向けられていた。そんな嵐を何も気にせず、じゃあ頑丈な武器用意しといてと転校生にリクエストしていたくらいだ。
     殺陣の稽古もお互い木刀でやっていて、そこ模造刀とかじゃないのかと皆に思われていたのだが。
     ……はたしてこれが、本当に打ち合わせをした殺陣だと言うのだろうか。
     殺陣というのは、こんなにも体に実際攻撃が当たるものなのだろうか。先程から幾度となく、凛月の剣が嵐の体を擦って行くので、徐々にみかは不安になってくる。
     観客は臨場感溢れる戦いに興奮したり、固唾を飲んで魅入っている。
     あまりに一方的すぎる攻撃に、嵐の息が上がってきている。その息づかいは聞こえるのに、そちらを見られない事がこんなにも歯痒い。
     また、攻撃が当たったらしい。嵐が痛みに息を飲む声が聞こえた。
     次の瞬間、カンッッ……! という音が響いたと同時に、嵐がみかの足元に倒れてきた。半テンポ遅れて、嵐が持っていた剣も床に転がった。
     嵐が急いで剣を取ろうと手を伸ばすと、その後ろにはもう剣を構えて振りかぶっている凛月が見えた。
    「………っっ! なるちゃん……っ!!」
     おもわず、みかは叫んでいた。
     叫んでしまってから、しまったと思ってももう遅かった。
     だが凛月が一瞬驚いた顔でみかを見て、その隙に嵐の放った一撃が、凛月の剣を弾き落とした。
     呆然と立ち尽くす凛月と、声を発してしまった事に動揺するみか。客席も、ざわついている。
     お人形やのに……。なんでおれ、叫んでもうたんやろ……。混乱しすぎて、真っ青になっているみかの瞳にだんだん涙が滲んでくる。
    「お前達……。これは一体…………、何が……」
     狼狽えているような真緒の声がして、舞台を台無しにしてしまった後悔でみかはついに俯いてしまった。
     せっかく皆で作ってきた舞台だったのに。こんなにも役に配慮してもらったのに。ただ座っているだけで良い人形だったのに。
     ……やっぱり自分は、出来損ないの人形なんだと。みかの瞳から、ポタッと。
     涙が一粒、零れ落ちた。
    「我が王よ。申し訳ありません……」
     すぐ横で、声がした。
     誰が謝ってんねやろ……謝らなあかんのは、おれやのに……。そう思って目を瞑ったら、また一粒、涙が落ちて行く。
     そのまま動けずにいると、俯いてスカートの上に置かれていたみかの手が、そっと握られた。

    「私の忠誠は、この人形に捧げられてしまったのです」

     続けて近くでそんな声がして、瞼を開けると。
     ……片膝をついてみかの右手を持った嵐が、その手の甲に口づけていたのだった。
     二つの宝石の瞳を極限まで見開いているみかと目が合うと、嵐は愛おしそうに、優しく微笑む。
    「人形のお嬢さん。どうか私と、踊って戴けませんか」
     そう微笑む嵐は、昨日踊りましょうと手を差し出してくれた姿と。頭をコツンと当てて、明日は自分の事を好きになって欲しいと言った、あの姿とも重なって。
     みかの瞳から、今度は一粒や二粒ではなく。大粒の涙が、次々と零れ落ちて行くのだ。
    「なるちゃ……ズルいわぁ……。かわいいしキレイやし……、ッ、おまけにかっこよすぎるとか……ズルいやん……」
     泣きながら笑うみかを本当に愛おしそうに、自分も泣きそうな顔で眺めて、嵐は白い手袋をした指先でみかの頬を拭う。
     それからみかの背中と膝裏に腕を差し入れ、軽くターンをするようにずっと座らされていた椅子から人形を抱き上げた。
     今はもう、自分の意思で。泣いたり笑ったり、しゃべったり出来るようになった人形を。
     途端に客席からは歓声が上がり、嵐はみかを床に下ろしてくれる。そしてみかは、元はカラスであった人形は。
     自分の足で、地面に立ったのだ。カラスの時から憧れた、大好きな騎士に支えられながら。
    「そういう事なら仕方ないだろう……」
     眉間に皺を寄せて苦悩の表情を浮かべていた国王が、唸るようにそう言った。
    「大切な人形を渡したくはないが、本人が嵐を選ぶというのなら話は別だろうか……」
     だが次の瞬間には笑顔になり、二人を、元は一人と一羽だった二人を見つめて、手を挙げた。
    「皆の者! 祝いの準備を!!」
     真緒が演技を続けている事に気づいた兵士役の人間も、そんな真緒に応えている。驚いた顔をしているのはどうやらみかだけのようで、舞台の上ではもうお祝いムードが漂って祝杯の準備まで整おうとしている。
     みかが忙しなくまばたきをして周りを見ていると、はぁ~やれやれと剣を拾った凛月が微笑んでいる。
    「……ま、楽しかったから俺は良いけど。ナッちゃん、またやろうね」
    「凛月ちゃん……ほんと勘弁して……。アタシこれきっとアザだらけよ……?」
     客席には聞こえないくらいの音量で、嵐が苦情を申し立てている。やはり演技の殺陣ではなかったらしい。
     そして舞踏会の準備まで進んでいる端で、弓弦と晃牙がその様子を眺めていた。気づいた嵐がみかの肩を引き寄せ、凛月は爛々とした瞳で、え? まだやるの? と嬉々として剣を構えた。
    「…………さて、どうしますか?」
     全く大変そうではない口調で、弓弦が聞いている。
     晃牙は腕を組みながら、舌打ちして苦々しい表情でふんぞり返る。
    「ケッ、どうするもこうするも。動かない人形ならまだしも、生きてる人間の目は抉れねえだろーがっ」
     吐き捨てるように言い、引き上げるぞ! と踵を返す晃牙の悪役っぷりが実に清々しい。実際はあんなに良い奴なのに。
     立ち去る間際に、晃牙がみかに振り返った。
    「……よかったな、ちゃんと人間になれてよ」
     その一言で、みかにも何となく分かったのだ。
     きっとこの盗賊は、月にお願いしたら人間にしてくれるらしいぞと、カラスに教えてくれたあの野良猫ではないかと。
    「……そっちも! 良かったわぁ……!」
     こんな事は台本になかったけれど。気づけばみかもそう言って、笑顔になっていた。


    「……~~~~っっ、みんな…………ほんまにごめん……っ!!」
     幕が下りて控え室に戻るなり、みかは半泣きで頭を下げていた。
     自分のせいで舞台をぶち壊してしまったと、もはや土下座しそうな勢いで顔面蒼白になっている。
     そんなみかに、皆顔を見合わせてばつの悪そうな顔をしている。もうこれ絶対怒ってるやつやん……と、震えているみかを見て、全員の視線が真緒に集まった。
     ……やっぱりこんな役回りになるのかよと、天をまず仰いでから真緒は、誰よりもばつが悪そうに、あー……と唸り始めた。
    「えーと……影片、顔上げてくれ。実は、俺らも影片に隠してた事があるんだ……」
     申し訳なさそうに首の後ろを掻いている真緒の言葉に、おそるおそるみかが顔を上げる。
     それでも言おうか言うまいか悩んでいそうな真緒に再び視線が集中して、分かったよ! 俺が言えば良いんだろ!? と、若干逆ギレぎみの真緒がみかをまっすぐに見据えた。
    「実は……。影片と俺らの台本、途中から内容が違ってたんだ」
    「…………へっ?」
     まるで寝耳に水なみかの口から間抜けすぎる声が出て、これはちゃんと全部説明しないとダメなのかと、真緒が盛大にため息を吐く。
     そのまま自分の鞄を持ってきて、実物をみかに見せる。
    「……ほら、ここな。凛月と鳴上が戦うシーンから先なんだけど…………」
     そのページを開いて見せると、みかはその貴重な宝石とやらの二つの色の瞳をぱちぱちと瞬かせて、台本を覗き込んだ。
     違う色の瞳が書いてある文字を追って、みかが自分でもその文字を音読する。
    「……もし人形がうごいてしまったら……その後アドリブで……。って……?」  
    「即興力を養う練習だとよ。あの女、案外いい性格してるぜ」
     不可解そうな顔をしたままのみかに、晃牙がそれでも楽しそうに続けた。
    「え……? えっ……?? ほな、どないなるか、わからへんかったってことなん……?」
    「まぁ……。あ、それでも一応各々大体こんな感じにしようかなってのはあったんじゃないか?」
     混乱を極めているみかを見て、真緒はテキトーな希望的観測を言ってみた。
     まぁ、とか、一応……とか呟く面々に、渇いた笑いしか出てこない。何とか無事に幕が下りて、本当に良かったと思わざるを得ない。
    「なるちゃんも……?」
    「え? アタシ? んー、アタシは~、王様がお人形さんくれないんだったら~。もう奪い去って一緒に海にでも飛び込もうかしらって~っ」
    「てめえが人魚姫になってどうすんだよ!?」
     恥ずかしそうにクネクネ体を捩りながら答える嵐に、すかさず晃牙がツッコんでいる。
     ちなみに他の面々も、凛月は凛月で、本当に目を抉ってみようかと思ってただの、弓弦は大神様を亡き者にしてわたくしがお人形を戴こうかと思っていましただの、かなりのカオスになりそうだったようなので本気で無事に話が丸く収まって良かったと、心底思ってしまう真緒である。
    「……でもね。転校生ちゃんは、きっとみかちゃんのお人形は動いてくれるだろうって。それを見越してたと思うわよ?」
     そうでなければ、みか以外の人間にはそんな台本を渡さないだろう。
     ……でも、生きています。
     指先を握って言った、あの声がみかの頭の中に響く。

    「だって、お人形さんには、魂が込もっているんだもの」

     嵐が、また愛おしそうにみかを見た。
     みかの頭を撫でる嵐を見て、唐突に。凛月も同じように手を伸ばした。何となく真緒も手を伸ばしたら晃牙の手ともぶつかる。
     ああっ……! 皆さまズルいです……! と言いながら弓弦まで加わるので、そのうちみかの頭はぐしゃぐしゃになった。そういえばエクステも着けたままだ。
    「何にせよ、とりあえずは! 拍手もいっぱいだったし大成功だったと思うよなっ!」
     真緒が笑ってみかに手のひらを出せば、みかは不思議そうな顔でその手を眺めるだけなので、勝手にみかの手を持ち上げてハイタッチをする。
     それを見た他の人間も皆手のひらを上げるので、みかもキョロキョロしながらも同様に手のひらを上げた。
    「よぉぉーーし! 2Bの舞台、これにて終了だぜええええ!!」
    「イエエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!」
     晃牙が叫んで、全員でハイタッチをし始める。
     慣れない様子でもみくちゃになりながらも、みかも笑ってそこに加わっていた。



    ***



     皆でひとしきり騒いで、メイクを落としたりしながらも差し入れを食べたりして。
     ふわふわとした高揚感のまま、みかが外に出るとそこには宗が立っていた。
    「……お師さん、待っててくれたん!?」
    「待ってなどいない。ただの通りすがりだ」
     嬉しそうに走り寄るみかの後ろで、クラスメイト達が次々声を掛けて帰って行く。何だ何だ? とか、帝王だ、との言葉の他にも、ただのツンデレか、とかも聞こえた気がするが、宗が一睨みするとすぐに静かになって帰って行った。
     途端に不機嫌な顔になる宗だが、みかにとっては宗が舞台を観てくれて、しかも待っていてくれた事の方が重要らしい。
     ご機嫌でニヤけながら歩き出そうとしたみかは、宗の手元を見てアレ? とようやく違和感に気づいたらしい。
    「マド姉ェは一緒やないん?」
    「帰りにどうせ大きい荷物を持って帰らねばならないと思ってね。留守番を頼んであるのだよ」
    「……んぁ? おおきい……荷、もつ、って……?」
     宗の言葉に何も思い当たらないのか聞き返そうとしながらも。
     言っている途中で、みかの身体が徐々に傾いて行く。
     本人がまだ何が起きたか分からないような顔をしている間に、さらにその身体が大きく足元から崩れた。
     だが、そうなる事が最初から分かっていたように。みかが倒れる前に宗がその身体ごと受け止めていた。
    「…………まったく……。どうやったらこれ程まで、余力も残さずに全力を使いきれるのだね……」
     呆れるように呟く宗の腕の中で、みかはすでに瞼を閉じて動かない。
     さすがに公演当日だけあって、練習期間など比にならないくらい今日は朝からずっと緊張状態だったのだろう。いつも以上に体力の消耗は激しかったに違いない。
     だからといって、普通の人間はここまで完全な電池切れにはならないだろうが。
     平熱が低いはずのみかの身体が、少し熱い。これはもしかしたら、しばらくは寝込む事になるかもしれない。
     説教は目が覚めてからにしてやろうとその身体を持ち上げると、みかちゃん、と名前を呼ぶ声が聞こえた。
     振り向けば、手に何かを持った嵐が小走りで向かって来る。
     途中で嵐も宗に気づいたようで、近づいてくるに従い徐々に速度を落としていた。
    「……これ、みかちゃんの忘れ物なんで。お願いしても良いかしら」
     宗の目の前に来ると、首を僅かに横に倒しながらそう言う。嵐の手には、みかの着替えやタオル等が入ったサブバッグがそのまま握られていた。
     忘れるというより、持って帰るという事自体、完全にもう記憶になかったのだろう。
     黙ってそれを受け取り、みかの身体を背中に乗せる。
    「……ずいぶん世話になったようだね」
     ボソッとそれだけ言うと、嵐はクスクス笑ってから宗を見る。お友だちですから、と言う嵐は、笑顔だが宗には胡散臭い偽の笑いだと判断された。
    「……連れて帰るの、お手伝いしましょうか?」
    「結構だ。僕の人形なのだから僕が面倒を見るのは当然だろう」  
     有り難い申し出だが、丁重に断る。みかに手を伸ばしてくるので、体の向きを変えて触れさせないようにすれば、あらやだ! 信用がないのね~! と楽しそうに笑う。今度は本当に笑っているようだった。
     自分でも馬鹿げた事だとは分かっている。それなのに、確かにあの舞台を観てから。人形師は心をざわつかせられたのだ。
     この人間に触れさせると、人形は容易く人間になってしまうのではないか。先程の舞台を観てから、どうもそう思ってしまうのだ。
     何よりも、人形自身が。
     この人間に好意を持っているのだ。用心に越したことはない。
    「……あまり冷たい態度ばかり取ると、そのうち愛想を尽かされちゃうかも知れないわねぇ~」
    「……君には関係ないだろう」
     宗の方が歳上なのに、嵐はやけに余裕の態度で宗を見てくる。
     冷たくなってきた夜の風が、その亜麻色の髪を揺らした。
    「さぁ……どうかしら。気を抜いていたら、そのお人形さんをそのうち……」
     雲の隙間から、月が顔を出したらしい。
     嵐のその亜麻色の髪が、月の光に照らされてさらにその輝きを濃くしたように見えた。


    「どこかの騎士が、拐いに来ちゃうかも」


     そう微笑む姿は、ひょっとしたら。月そのものだったのかも知れない。
     今さらながら、あの小娘の台本が面白く感じてきた。もし仮に、月が拐いに来るのだとしたら。どこから仕組まれていたのだろう。最初からではないのか。
     そうだとすれば、人形の姿に変えたのも。カラスも野良猫も、あぁ、そう邪推する事も出来るのか。それは楽しい。小娘の台本すらも、月に操られていたのかも知れない。
     ……皆の愛しい人形を拐いに来るとは。
     まるで騎士というより、怪盗だな…………。
     そうひそかに肩を竦めようとして、人の形をした重い荷物を背負っていた事を思い出して宗はわざと眉間に皺を寄せた。
     操られていたとすれば、それは人形師か。劇作家か。観客か。
     こんな事を勘繰っても、全くそんな事もなさそうな所が良い。実に面白い。
     目の前のこの騎士とやらも、そう思わせてしまうとは、大した役者ではないか。愉快になってきて、宗はフフンッと無意識に笑っていた。
     気分が良い。新しい作品に取りかかりたくなる。
     その為には、この背中に乗っている人形が目を覚まさないと始まらないのだが。
     
    「…………おやすみなさい、みかちゃん。良い夢を」

     立ち去る前に振り向けば、そう言って。
     嵐は、月の光の下で愛おしそうに、みかに微笑んでいたのだった。



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    MOURNING支部の再録。2016年9月ですって。なるみかというより2-Bとみかちゃん。
    エルミタージュの後だとちょうどいいかも…?ナチュラルに女装(人形役)です。
    辛うじてすうぃっちは実装されたけどまだ三毛縞はいなかった頃に書いたお話。
    凛月がみかりんなんて呼ぶ前に書いてたので、結構冷たい感じです。
    あんな仲良しだなんて思わねぇじゃねぇ〜かよ〜〜!
    一羽のカラスと一人の騎士の物語/なるみか(&宗みか)「フツーの文化祭らしいことって言われてもなぁ……」 

     2年B組の教室で、企画書を片手に衣更真緒は軽く唸っていた。教室内を見渡して、各々好きな事をしている同級生達にすでに頭痛を覚える。
     数時間前にプロデューサーである転校生に渡された企画書と共に、お願いされてしまったのだ。クラスの皆に先に軽く説明をしておいて欲しいと。後で直接各クラスに企画の説明自体には来てくれるようで、その前にある程度の概要は伝えて欲しいとの事だ。
     今回の企画は、各クラスでの歌劇。普通科の生徒から見れば、言ってしまえば毎日が文化祭のような事をしていると思われているかもしれないアイドル科だが、ユニット単位での仕事やイベント参加が多いので案外クラス単位での行動は少ない。比較的どのクラスにも各ユニットの人間がバラけている事に気付いた転校生の考えらしい。
    32204

    きもいさん

    MOURNING支部より再録。2017年の自分が元気すぎる、9月の東京のブリデに行けず悔しくて
    当時関西在住だったなるみかのフォロワーさんと2人だけでエアブリデをした時に作った本?紙の束?です。
    体育祭2のお師ジャーにたまげましたねっていう…。
    支部ではどうでもいい感想が加えられてたので省きました😇
    ブリデにエア無配/なるみか「…………あ」
    「……んぶぅ、っ、……んぁ」
     ふと思い出した事があって足を止めたら、背中に『ぽすっ』という軽い音と共に痛くはない程度の衝撃があった。
     肩越しに振り返ると、鼻を押さえたみかちゃんがほっぺを膨らませている。
    「なるちゃん~、急に足止めんとって~」
    「ごめんなさいね。あぁもう、泉ちゃんに渡してって言われてたものがあったのに。さっき渡し忘れちゃったわぁ~……」
     体育の時間の前に、更衣室に向かっている途中だった。
     体育服への着替えは、更衣室でなくても別に良い。めんどくさい人は教室で着替えたり、部室で着替えたり。とりあえずは着替えさえできたらどこでもかまわない。
     男ばかりだからぶっちゃけどうでも良いなんて皆思っていたらしいけど。今年からは女の子が、転校生ちゃんが来たので、特に隣の2―Aはそういう訳にはいかなくなったみたい。普段からそういうデリカシーを持っていないからダメなのよね。この学院の男の子達は。
    6480

    きもいさん

    MOURNING支部より再録。2017年4月。元気にモリモリ書いてたんやな、この頃…。
    お花見行って妄想して書いたら感謝祭(わたし仕事で行けなかった)で嵐ちゃんがみかちゃんとお花見とかいうネタがあったらしく、公式やん…!って壁に頭打ちつけたってキャプに書いてました。
    元気やったんやな、自分…。
    桜と宝石、キラキラしたもの/なるみか 人が多い場所は苦手だって事はよく知っているけれど、それでも一緒にどこかに出かけたくなる。しかも、できれば人が多い人気スポットとかに。
     一緒にお出かけして、この可愛い子は。アタシと仲良しなんですって、皆に見せびらかしたいのかも知れない。

    「お花見? ええよ~」

     それは春うららかなある日。
     午後の授業が突然の査察だかで急になくなったのを良いことに、どうせ断られるだろうと思いながらもためしに提案してみたら、存外軽く了承されてこっちが心配になる。
    「……みかちゃん、ほんとに良いの……? お花見って事は、花見客がいっぱいなのよ? 昼間っからお酒飲んで良い気分の人達もいたりするのよ?」
    「そらお花見やねんから花見客なんちゃう? 買い物客とかやないやん。ん~、人は多いやろけど……今日曇ってるからそない多くないかもやし、なるちゃんが行きたいんやったらええよ」
    12515

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    12515

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    「ごめんなさいね。あぁもう、泉ちゃんに渡してって言われてたものがあったのに。さっき渡し忘れちゃったわぁ~……」
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