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    むらた

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    むらた

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    高校3年生になった京の前にゆいちが幽霊になって現れた!?の話のプロローグのようなものです!続きます

    幽霊京友 最初は陽炎の類かと思った。だってその人はアスファルトの上にゆらゆら揺れて、汗が噴き出るような真夏に長袖の黒パーカーを着ていたから。疲れてるんだ、きっと。ここ最近、朝練や夜練だってあったし。京は目を擦る。それから、陽炎なんかじゃない、とすぐに気づいた。だってゆっくりこっちを振り向いたから。そして、僕と視線がぶつかったことを悟って、真っ黒な瞳をまん丸に見開いたから。
     京は迷わずアスファルトを蹴った。トモダチゲームが終わったあの日から、彼にぶつけたい言葉は次から次へと湧き出し、京の頭を占領し続けた。それなのに、まさに今、何一つ頭の中でまとまってくれない。足がもつれて、転びそうになる。京は必死に足を動かして、もう何年も呼んでいなかった、忘れることさえできなかったその名前を呼ぶ。もがくようにその手首を掴んだ。

    「友一先輩!」

     正確には、掴もうとした、だ。実際に京の指が捉えたのは空だった。それもよく見れば、指先が友一の手首を貫通している。何度も何度も同じように手を動かすが、全てが虚しく空を切った。友一の手首越しにアスファルトや路肩に生えた雑草が見える。

    「お前、見えてるのか?俺のことが」

     頭上から驚いたような声が降ってくる。この声が鼓膜を震わせるのもいつぶりか。

    「なに、言ってんの。2年ぶりに顔見せたと思ったら、それ?見えてない訳ないだろ」

     そうだよ、僕には友一先輩が見えている。烏の羽のように黒くてぼさぼさの髪、眦にくっついた薄い隈、不健康そうな青白い肌。ほらね、やっぱり、とほっとしたような声が喉まで出かかる。何一つ変わらない、いつもの友一先輩じゃないか。そう、2年前から、何一つ。
     友一の身体に触れないこと、見ているだけで暑苦しい格好でも汗ひとつ浮かべていないこと、ちらちらとこちらを見る歩行者が京ばかりに視線を送ること。回転の速い頭が京の沸騰した気持ちとは裏腹に、次々と冷静な論理を組み立てていく。自分の鼓動が激しくなっていくのがはっきり分かった。

    「京」

     友一が眉を歪めた。

    「俺、死んだんだ」











    「いわゆる、幽霊ってヤツだな」

     まあ、まさか自分がなるとは思ってなかったけど。隣を歩く友一があっけらかんと言う。なにそれ、とその台詞に京は思い切り顔を歪めた。

    「僕だって、2年前突然消えた先輩が、幽霊になって現れるなんて思ってませんでしたよ。僕、幽霊なんて信じてなかったのに」
    「俺も信じてなかったな。不思議なもんだ。なんて言うんだっけ、こういうの。事実は小説よりも、」
    「奇なり」
    「そう、それ」

     歩きながら、友一は道端を歩く野良猫をぼんやりと目で追いかけている。京は改めて友一の姿をまじまじと見た。目つきの悪さや色素の薄さ、真っ黒な髪は相変わらずだが、京がじっと目を凝らすと小さく揺らめいてやがてその輪郭は淡く滲み、背後の風景を映し出した。瞬きをすると、その姿はすっかり元に戻っている。友一が不思議そうにこちらを見つめ返していた。
     本当に幽霊になったのか。京は唇を噛み、拳を固く握った。本当に、鬼畜で最低で、だけど誰よりもクレイジーで最高なこの人は死んでしまったのか。

    「……証明して下さい。先輩がもう死んで、幽霊としてここにいるって。やっぱり幽霊なんて非科学的な存在、信じられません」

     友一が苦笑する。

    「そう言われてもな。証明か。役所に行ったら交付してくれるかもな」
    「なにを」
    「幽霊証明書」
    「ふざけないで下さい」

     気づけば、京は弾かれたように声を荒らげている。その語調が強かったからか、友一は身体を後ろに反らし、眉を上げて驚いたような表情を浮かべる。勢いのまま、胸ぐらを掴もうと手を突き出すが、その手はあっけない程簡単に黒いパーカーをすり抜けた。

    「……これが、唯一の証明じゃないのか。今、お前の手は俺を掴んだか?お前は俺に触れない。そして、俺もお前に触れない。お前は生きてるけど、俺はもう死んでるんだ」

     友一の声は静かで、落ち着いていた。小さく微笑みを浮かべて京を見つめている。淡々と、癇癪持ちの子供をなだめるような雰囲気すらあった。なんだよ、それじゃあ、僕は癇癪を起こした子供かよ。馬鹿にして。
     腕をだらりと下ろして、京は力なくうなだれた。反論は何も口から出てこなかった。視界に映った友一の靴先は、見つめ続けるとやはりぼやけて、やがてアスファルトを映した。

    「まあ、お前の言いたいことも分かるよ。偉そうなこと言って、俺だってまだ実感なんかないんだ。今朝だっていつも通りバイトに行こうとしたし」
    「今朝?……そういえば、先輩はいつからその状態なんですか?というか、なんで死んだの?ねえ、トモダチゲームは、あの後どうなったの?」

     京は弾かれたように顔を上げて友一に詰め寄る。そうだった。京は大人のトモダチゲーム第2ゲームの後半で脱落し、同じく脱落した聡音、天智と共に病室のベッドの上で友一や志法が進んだ最終ゲーム、『友断ちゲーム』を観戦していたのだった。そして、ゲームが完全な終わりを迎える前に、京たちは半ば放り出されるように病院を後にした。その後すぐ、友一は行方不明になった。2年間も。そして今、幽霊となって京の目の前にいる。
     トモダチゲームの黒幕の正体、その目的、友一たちとトモダチゲームの因果。そのすべてを京は知らない。だけどそのどれか、または全てが今の友一の状態と関係しているのはどう考えてても明らかだった。
     目の色を変えた京に友一は少したじろいで、うーん、それがな、と困ったように頬をかいた。

    「分からない」
    「は?」
    「分からないというか、覚えてないんだ。俺がなんで死んだのかも……思い出せない」
    「えぇ?そんなことって、あります?」

     驚いてつい大声を出した京に、友一は慌てて馬鹿、京、と声をひそめて挙動不審に周りを見渡す。京もその通りにすると、通り過ぎる歩行者たちがちらちらと怪訝な視線を遠慮なく京にぶつけてきていた。こちらを見てこそこそ話している人たちもいる。
     そりゃそうだ。京はかっと自分の顔に熱が集まるのを感じた。僕には先輩が見えているが、傍から見れば僕はさっきからひとりでぼそぼそ話し、さらには大声で叫ぶ不審者だ。コソコソ話を吹き飛ばすようにわざとらしく咳払いをして、京はそそくさとその場を後にする。

    「……ちょ、ちょっと!早く言ってくださいよ!僕、完全に変質者じゃないですか!ああ、やっちゃったなあ、ここらへんご近所さんなのに……」
    「お前が勝手に大声出したんだろ!俺は止めた!」
    「ああもう、これ以上外で話すのは僕の評判的にマズいので、僕の家に行きましょう。ここからすぐです」
    「えっ、お前、学校は?天才様はこんな昼からおサボりか?」
    「テスト期間なので学校は午前で終わりなんです。部活もないし、今ちょうど帰るところでした。百太郎先輩たちも卒業して、僕、今はキャプテンなんですよ。すごいでしょ」
    「へえ……背は伸びてないみたいだけど?」
    「関係ないでしょ!」

     先輩がいないままの2年間は緩やかに流れ、京は高校3年生になった。今の京はいつの間にか友一を追い抜き、友一よりも京の方が年上で『先輩』になっていたのだった(背は追い抜けてないけれど)。彼の2年間は止まったままだ。止まったまま、もう二度と流れることはない。こうやって誰かと話を交わすのも2年ぶりなんだろうか。京は少しだけもどかしいような、泣き出したいような気分になった。




    「へぇ、綺麗にしてるんだな。うん、すごいお前らしい。机の上なんか、特に」
    「褒めてる?それ……。まあいいよ、適当な所に座って」

     持っていた鞄を机の横に立てかけて、まあ別に、几帳面な京は机の上を汚くすることなどほぼないのだが、そわそわとペン立てをいじってみたり、埃を払うふりをしたりする。友一先輩が僕の部屋にいるなんて。信じられない、良い意味で。京は落ち着かない気分で友一を横目で追いかけた。友一はふーん、へー、と未知の領域を探索するように京の部屋をじろじろと眺め、机の横にある本棚に視線を置く。
     
    「東京大学?京、ここに行くのか?」
    「ん?ああ、ただの候補ってだけだけど。受験生だしね、一応。進路のことはそれなりに考えてるよ。まあ、僕は天才だし、僕の頭脳よりレベルの高い大学は日本にはないわけだけど」
    「……お前のそういうとこ、変わんないよな」

     友一はやたらと大きく太い黒字で大学名が書かれている赤い本の背表紙を物珍しそうに眺めている。代わりに取り出して机に広げてやると、それを覗き込み素早く数式を目で追った友一が、さっぱり分からない、と苦笑して肩をすくめる。でしょうね。京も笑う。

    「それよりさ、先輩。本当になんにも分からないの?」
    「ん……さっぱりだ」
    「じゃあ、一体どこまでなら覚えてるのさ」
    「うーん」

     机のそばの椅子に腰掛けて、友一が首を捻る。閉じられた瞳の眦、僅かに寄せられた眉や、薄く色づいた唇を、京は目に焼き付けるように見つめていた。細い記憶の糸を切れないように手繰り寄せるのは大変な作業のようで、友一の眉間の皺はますます深くなっていく。

    「うーん、俺は、トモダチゲームに参加して、最後の友断ちゲームをクリアしただろ。そして、黒幕に、会い、に…………」

     友一がそれは大きなため息をついて、俯いたままゆっくりとかぶりを振る。それから、片手で自らの黒髪をかき混ぜた。

    「ダメだ。ここから先は何も思い出せない。霧がかかったような、頭の中がぼやけて……曖昧になる」
    「黒幕の正体以前に、会ったかどうかすらも分からないわけ?」
    「うん」
    「う〜ん……そこまでは、僕も知ってるしなぁ。結局、僕が分かってることと先輩が覚えてることの範囲は一緒ってわけか……」

    京はため息をつく。友一先輩はどうして死んだのか。いや、もっと正しく言うのなら、『死んだ』じゃないかもしれない。『殺された』のかもしれない。なら、誰が。何のために、先輩を。
     そこまで考えて、京は乱暴に頭を掻いた。さっぱり分からない。京の脳みそは至極優秀で、回転がずば抜けて速く、果てには読解力にも優れている。京も周りも認める客観的事実だ。だけどそれを抜きにしても、とてもじゃないがこれじゃあ推理のしようがない。

    「京。どうだ?天才で無敵のお前なら、この状況をどう推理する?」
    「どうって……。情報が足りなさすぎますよ!大事なことがひとつも分からないし。この状況は推理って言うんじゃありません、情報が少なすぎる推理は妄想です!」

     分かります?と京は友一に向けてぴんと人差し指を突き差した。友一は京の勢いに圧されたのか少し目を丸くして、苦笑した。

    「それもそうだな。天才王子の言う通り」
    「……ね、さっきからちょっとイジってる?」
    「イジってない。本当、なんで死んだんだろうな。予測できない事故が起きたのか……黒幕の誰かに始末されたのか……それとも……」

     友一はそう言ったきり黙ってしまって、ぼんやりと視線を空中に浮かべた。それとも。不思議とその言葉尻が気になって、京の頭は無意識にその後に当てはまる言葉を探した。それとも、なんだ?それとも、それとも、それとも……。

    「とりあえず、目下の疑問点は2つだな。1つ、『俺はどうして死んだのか』」

     友一がぴんと人差し指を立てる。京も小さく頷く。続けて、
      
    「2つ……『どうしてお前にだけ俺が見えるのか』」

     と言って、同じように中指も立てて、ピースサインのような手の形になった。

    「え……あ、僕だけ、だったんですね」
    「そうだ。街中にはたくさんの人がいたけど……誰も俺と目は合わないし、人通りの多い交差点に突っ立ってみたりもしたけど、誰も俺を指差したりこそこそ噂したりしなかったし。お前、特に霊感が強いのかもな。他の幽霊を見たり、金縛りに遭ったりしたことは?」
    「や、えっと……、ありません」
    「そうか、じゃあなんで俺だけ見えるんだろうな。心当たりある?」
    「………………」
    「まぁ、ある訳ないか」

     あります。それは僕があなたをそういう意味で大好きだからです。
     京は教会で懺悔する罪人さながら、全てを白状してしまいたくなる。トモダチゲームの最中から、あなたに惚れてしまいました。だから、最終ゲームであなたが血を流す度に、それは全てあなたの手のひらの上なんだろうと分かっていながらも、歯痒い思いをしました。行方不明になった後は、馬鹿だと笑うかもしれないけど、数ヶ月ろくに眠れませんでした。それほど、あなたのことが、……。許してください、神様。
     まあ実際に言えるだけの度胸は京にはまだ無く、また、今更告げてなんになるのかという自嘲の思いもあり、それは軽い愛想笑いだけにとどめられた。

    「でもさ」

     友一が呟く。

    「お前がいなかったら、きっと俺は今でもどこかに突っ立ったまま、途方に暮れてたと思う。お前と話して、今はだいぶ頭の中も整理できたし、ていうか、俺と話せる人も街にはいなかったから」

     ゆっくりと友一が視線を京の両目に合わせる。少し恥ずかしそうに眉を歪めた後、

    「だから……お前があの時俺を見つけてくれて、俺の名前を呼んでくれて、本当に助かったよ。ありがとな」

     そう言って、照れ臭そうに、あるいは嬉しそうに、京に向かって微笑んだ。ああ、先輩を好きでいて良かった。そんな思いが即座に京の全身を駆け巡り、つむじの上で爆ぜて、幸福感となって京を包み込む。僕が勝手に2年間も、しかもかなり一方的に、先輩を好きだったせいで見えただけなのに、お礼なんて言われることじゃないのに。そんな後ろめたさはあれど、それでも、この笑顔がたった今京だけに向けられていることを思えば、京の心は麻痺して幸せだけを感知する。よくやったぞ、僕のしぶとくてしつこい恋心。
     先輩がどこにいても見つける自信があります、なんて。頭をよぎった言葉、それは流石にまだ言えない。

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