Second time around.ウェド・ディアス…その青年と知り合ったのは重なった勘違いの偶然からだった。
彼と肌を重ねることになったのも巻き込まれた偶然みたいなもので、
彼はリムサ・ロミンサでも屈指のモテ男、誘われれば誰の誘いも断ることがない色男だった。
誘った訳ではなく彼とそういう夜を過ごした人間は実は稀なのかもしれない。
…まぁ一対一の行為ではなかった時点で稀なのだが。
彼の噂はあちこちで耳にした。
仕事面でも信頼出来る腕の立つ冒険者、性格も人当たりがよく好青年で、ハンサムで身長もあって、当然モテる。男女関係なく。
とはいえ浮いた話は全くなく、一晩ベッドを共にしたとしても、”それ以上はない”らしい。
リムサ・ロミンサ一の美女ですら落とせなかったと聞く。
力のある男なら色遊びは当然なものだろうけど、遊びにしたってお気に入りの女性すら作らない。所謂一夜限りの関係を好むそうだ。
相手に困らないとそういうもんなのか…。
とぼんやりと噂も聞き流していたが、どうにも自分の知っているウェドとは違和感があった。
ウェドは普段からとても女性を敬っていて、それは下心がある訳じゃなく、どうやら故郷の教えらしい。
そんな男が食い歩くなんて不誠実なことをするだろうか。
彼との出会いはまさに、彼がモテるが故に招いた痴情のもつれに巻き込まれたのが発端で、自分も当初はウェドをだらしのない男だと思っていた。
だけど、知れば知るほどそうは思えなくなった。
ぼんやりとここまで考えて、不意に好奇心が湧いてしまった。
理由が知りたい
不躾な質問だということは承知で「なぜ一晩だけなのか」を聞いてみたい。
甘えた考えだが男同士だし、
酒の席ならば許されるだろうか。
こういう時の自分の行動力には呆れるものだ。
足は既に「溺れる海豚亭」へ向かっていた。
ガヤガヤと賑わう酒場。
既に夕飯時は過ぎ、今いる人間はほぼ酔っぱらいと言ってもいいほど場は出来上がっている。
ウェドはいつもここにいる訳では無いし、居たら仕掛けてみようか、程度の気持ちだったが運がいいのか悪いのか、彼はそこに居た。
ウェドは数人でワインを飲んでいた。
顔色から察するに、酔ってはいなさそうだ。
意を決して自分もカウンターでジョッキにエールを貰い、ウェドの居る卓へ座る。
「やぁ!みんなお揃いで 混ぜてもらってもいいかな?」
少しぎこちなかったかもしれない。
「テッド お疲れ 珍しいな。」
ワイングラスとジョッキを寄せカチャンと音が鳴る。
やはり、他のメンツは酔っ払っているがウェドはまだまだという顔である。
「うん、ちょっと飲みたい気分なんだ。」
「付き合うよ。」
1時間もしないうちにもう一本、もう一本とワインボトルが空き、卓にいた人間はみんな潰れてしまった。勿論ウェドを除いて。
俺はちびちびとエールを飲んでいたお陰で、まだ大丈夫。酔ってない。多分。
いつの間にか溺れる海豚亭も人が疎らになり、店仕舞いといった空気だ。
楽しく飲んで、危うく目的を忘れるところだった…
「……ねぇ、ウェド。」
「うん?」
「変なこと聞いてもいい?」
「変なことって自覚ある質問か 何だい?」
ウェドが少し笑う。
「一晩きりの相手を、もう一度抱きたいって思ったこと、ある?」
「確かに急な質問だな……俺にはそんな権利ないんだよ、初めから、ずっとね。」
悲しげでどこか諦めが滲む予想外の返答だった。
適当にあしらった答えでは無いのがわかる。
なにか意味があるのだろう。
それでも、なんだか無性に腹が立った。
権利?権利って何?
誰かを気に入ったり、縁を繋ぎたいと思うことに権利なんかいる?
自身の半生を振り返っても、逆のことばかりだった。
心を寄せた相手からは裏切られる。
縁を繋ぎたいと思っても、一方的に置いていかれる。
はたから見たら全部もってるような街一番の色男…
そんなあんたが持ち得てない権利って何?
捨てられてばかりの俺も、手を取ってもらえる権利がなかったってこと?
じゃああんたはアルみたいに、相手の気持ちも知らないで”勝手に手を離す権利”は持っているっていうんだ?
誰もそんなことは言っていない八つ当たり事がふつふつと湧き上がる。
ウェドには関係の無い人物の事すら浮かんでくる。
あとから思えば、これは完全に酔っていた。
酔うと楽しくなって服を脱ぎ出してしまうか、水面下に沈めていた面倒くさい不安が肥大して溢れ出してくる両極端な所は俺の良くないところだ。
しかも今日の症状は後者。前者ならば誰から見ても酔っ払いで制してもらえるのに…
湧き上がった憤りに、どうしてもこのまま「はいそうですか」と帰る訳には行かないと思った。
「…あんたのいうことが本当か確かめさせて。奥の部屋で待ってる。角の6号室だから!」
口をついて出た言葉。
ウェドはグラスを口に運ぶ手を止め、意を突かれたように目を丸くする。
ウェドが何か言う前に、先手をとって少し乱暴に席を立った。
振り返ることなく一目散に今日の宿部屋6号室へ駆け込んだ。
そのままシャワー室へ飛び込む。
(え、俺、今もしかしてウェドのこと誘った?)
思わず出てしまった言葉に自分でも困惑した。
自分から男を誘うなんて、何時ぶりだろう。
正直抱かれることに良い思い出はないというのに。
(ウェドが本当に来たらどうしよう…)
いや、来るわけない。
(それでも支度はしておく…?)
シャワーで汗を流しながら念の為処理を済ます。
(俺はウェドとシたいの?)
わからない。この前は優しかった…
でも、あれはただの性欲処理だ。
それくらいわかる。
(大丈夫、ウェドは来ない…明日、ごめん酔ってたって言えば大丈夫。)
そうだ、来ないのだから、考えたところで仕方がない。
ぐるぐると忙しない自問自答を終え、ふぅ、と胸を撫で下ろし、シャワー室を出たところで
コンコン
扉をノックされ心臓が飛び上がる。
「うそ…」
来た。
来てしまった。
本当に?どなたか部屋を間違えてらっしゃる?
『テッド 起きているかい?』
扉越しにウェドの声。
この気持ちはなんだ。戸惑い?喜び?緊張?
控えめにそっと扉を開いて隙間から外を見る。
ウェドだ。本当に。
「テッド…?」
「あ!うん!えと」
「…入ってもいいか?」
「え!勿論、そう、俺が…うん…呼んだんだから…」
しりすぼみに声が小さくなる。
さっきまで”権利”を確かめる!なんて息巻いていた勢いも、勝手に抱いていた憤りももう無い。
ウェドの顔が見れない。なんて言えばいいんだ?来てくれてありがとう?いや、違う気がする…
何か言わなくちゃ。そう慌てて口から出たのは
「えと、ウェド、俺と二回目…シてくれるの?」
なんて、再び誘う言葉。
(何を言ってるんだ俺は!)
アルコールのせいなのか、気持ち的なものなのかわからないけど顔が熱い。
「あ!でもこの前のはその、カインも一緒だったし、二人きりは一回目になる…のかな?」
慌てふためいてフォローしようとして更に墓穴を掘る。
ふっ、と息がこぼれる笑い声がして顔を上げると真っ青な瞳と視線がぶつかる。
その青は面白そうに煌めいていた。
─こんな少年みたいな顔もするんだ…
思わずぼんやりと見惚れてしまう。
「確かめてくれるって聞いたんだけどな?」
片眉を下げて笑うウェド。
ドキドキする。
ウェドの手がそっと頬に触れ、唇が重なる。
そこからはもう、止められなかった。
最もらしい事を言っても、俺はウェドを求めてた。
本当は、権利なんて寂しい壁を作らないで欲しかったんだ。
アルコールのせいなのか、ウェドも熱っぽく性急に触れてくる。
それがなんだか嬉しくて、触れられた箇所が甘く痺れる。
この人の言う権利が何かはきっと今の俺には分からないけど、いつかこの人の抱える寂しさに触れることが出来るのだろうか─
これから自分の近くに彼の姿があるような、そんな予感を感じながらウェドの指にするりと指を絡ませた。