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    Blue Trap:前編「こんにちは、お兄さんたち」

    男ならば思わず笑顔で振り向いてしまうような軽やかでよく通る愛らしい声に呼び止められた。
    しかし美しい少女を目の前にした彼らの反応はらしからぬもので、空気がピリッとヒリつき意識が街中の喧騒を遠くさせる。
    驚きと戸惑いで強張り固まるテッドを庇うようにウェドが前に出る。

    「ウェド、1週間ぶり!やだ、そんな怖い顔しないでよぉ」

    アルダシアを大事な人と慕うこの少女…まさか再び白昼堂々往来のあるリムサ・ロミンサに…しかもテッドの前にも現れるとは。

    「サリア…とか言ったか」
    「あたしの名前覚えてくれてたのっ?嬉しい〜!」
    「な、何しに来たんだお前!」
    「はぁ?お前なんて呼ばないでくれる?チビのくせに。最低。」
    「なっ…!?」

    ウェドに向けた猫撫で声からワントーン落とした飾り気のない声でテッドに吐き捨てるとサリアは後ろに手を組み、大きく一歩近づくと下から覗き込むようにウェドを見上げにっこりと笑ってみせた。薄青の瞳が瞼にそって弓形に細くなる。愛らしく人差し指を顎に添えて、形の良い唇を少し尖らせ誘うように言う。

    「言ったでしょ、続きはまたねって」
    「させるわけないだろ!?」

    ウェドに庇われていたテッドが顔を真っ赤にし、押し退けるようにサリアとウェドの間にずい!と割って入る。
    二人の視線がぶつかり、見えぬ筈の火花がバチバチと散っているのが見えるようだ。

    「テッド!不用意に近付かない方がいい!」

    ウェドは慌ててテッドの肩を抱き寄せ一歩二歩、と後退する。ウェドの言葉が届いているのかいないのか、距離が開いても二人は睨み合いをやめず、先に折れたのはサリアの方だった。ふいっと視線を外し呆れたように肩を竦めてみせる。

    「はぁ、 ほんとに目障り」
    「こっちのセリフだっ!」
    「なぁお嬢さん、悪いがこの通りデートのお誘いは間に合ってるんでね。テッドを焚き付けてどういうつもりだい?」

    ウェドはテッドの肩に置いた手をするりと降ろし腰を引き寄せる。

    「そんなつもりないわ。あたしはただ、本当にただ貴方に会いに来たのよイケメンくん。でもそいつがプギルの糞みたいに離れないから。」
    「はぁ!?」

    テッドは少し負けん気が強く直ぐに喧嘩を買ってしまうところがある。こうなってしまったら落ち着くまで暫くかかるだろう。
    自身が酷い目にあわされたどころか、大好きで仕方ない恋人にモーションを掛けられているのだから尚更だ。

    「まぁいいや。今日は帰ってあげる。ウェド、またねぇ」

    ひらりひらりと手を振って少女は駆け出すとマーケット通りの人混みへと消えていった。

    「な……っにあれ!!!!」

    キャンキャンと子犬が鼻にシワを寄せて吠えるようにテッドはマーケットに向けて声を荒らげ、もう姿見えぬ少女をどこまでも睨みつけている。

    こんなに簡単に挑発にのってしまって困ったものだ、という気持ちと、そんな直情的な所も可愛いのだが…と人の事を言えない直情的な気持ちが浮かび、ウェドの口元が緩む。

    「む…なに笑ってるのさ!」
    「いや、愛されてるなと思ってね」
    「こっちは真面目なんだよぉ!」
    「俺だって真面目だぜ?」

    ニヤリと笑うウェドに際ほどまでとは違う理由でテッドの顔が赤くなる。愛し合う仲になってしばらく経つが今でも彼が自分を愛してくれているなんて、なんて贅沢な事だろうと時折胸が一杯になる。彼への恋心は何時までだって色褪せないだろう。

    「…ってそうじゃなくて!本当になんなのあれ…」
    「ふむ…警戒するに越したことはなさそうだ。きっとまた、時と場所を選ばず来るだろうな」



    ─そう思った通り、サリアはその後頻繁に姿を現した。

    しかし、やはり何をするでもなく現れてはウェドを誘いテッドを煽り、時には綱引きのように左右からサリアとテッドでウェドを取り合いちょっとした騒動になることもあった。

    ついそれがここ最近の"いつもの流れ"になっていた。
    今となっては後悔しても遅いが、もっとしっかり状況を見極めるべきだった。まだ幼さの残る容姿、そして女性であること、彼女を前にするとテッドが食ってかかってしまうこと、その全てがウェドの判断を鈍らせた。
    この少女はあの男の仲間だと言うのに。

    警戒するに越したことはない、そう自ら言ったはずが、ウェドたちはサリアが現れることに対して警戒が薄れてしまっていた。これがサリアの手法だったのだろう。やはりアルダシア・ガラムと近い人間なだけはある。ここまで見事に相手の思惑にはまってしまうなんて。

    サリアは決まって二人揃っている時に姿を現した。だから、二人別行動の今日は現れないと、どこかそう思い刷り込まれてしまっていた。

    「こんにちは、ウェド。やっと2人になれたね」

    ギルドで請け負った依頼人との待ち合わせ場所、指定された宿屋の前…グレーブルーの髪がリムサ上甲板の風に揺れサリアが妖しく微笑んだ。
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