marry me「なぁ、カナ」
「なんだい」
いつもの様に視線も向けず薬剤の調合をしながらカナは生返事を返す。
「その…なんて言うか…」
珍しく歯切れが悪く、もごついた様子のウェド。前にも一度こんなウェドを見た事がある。いつだったか──
「テッドに…ぷ、プロポーズ…しようと思うんだ…ッ」
「ああ、なるほど。プロポーズね、ぷろ…んぇえ!?ウェドきみ…まだしてなかったの!?」
調合中の薬草が手から零れ落ちるのも気にも止めずカナは驚き顔を上げた。
額に手を当て顔を隠したウェドは小さく頷く。
そうだ、以前見た"こういう"ウェドもテッドくん絡みだった。
「え、ちょっと待って…君指輪渡してなかった?」
「渡した」
「その時はなんて言ったの?」
「俺を君だけの男にしてくれ…って言ったかな」
「うわ、よく言えるよ…」
これだから色男は…とじとりとウェドを見るカナに反してウェドは何の事なしにけろりとしている。
「勿論、愛してるって事も伝えたさ」
「そうじゃなくて、それってもうプロポーズみたいなもんなんじゃないの?」
「いや、あれは…その……交際の申し込み…だろ」
今度は少し恥ずかしそうに視線を落とすウェドに「乙女か」と喉元まで出かけた言葉をカナは飲み込む。薬剤のついた手を手拭いで片しながら丸い小ぶりな眼鏡を正し、きちんとウェドに向き直した。
「僕はてっきり、君達はもう誓いを立てたもんだと思っていたよ」
「テッドを護ると誓いはしたさ」
「…なんていうか、君達は本当に─」
恋愛を知らないんだね
と脳裏に浮かんだ言葉も再び飲み込む。知らなくて当然だ。むしろ、この先ウェドがソレを知ることも、経験することも無いかもしれないとすら思っていた。
そりゃ、自分だって人の事は言えない。それでも客商売をしていれば噂話や流行り話は耳にする。ウェドだって知識だったら自分なんかより余っ程知っているはずだし、手段としてなら幾度となく振舞って来たはずだ。
それでも当事者になるという事は彼をここまで鈍らせるのだ。ウェドをここまで"ただの男"に出来るなんて、やっぱり君は凄いよ テッドくん。
そう独り言ち沈黙するカナにウェドは落ち着かず口を開く。
「やっぱり変だろうか こんな俺が…テッドと一生添い遂げたいだなんて 彼の側に居たいだなんて…傲慢だ…」
「ちょちょ、待って!君はもうテッドくんの男なんだろ?護るって約束したんだろ?」
「それは…そうだな」
「じゃあ大丈夫さ。そうだなぁ、改めて形にするってのも悪くないんじゃない?エオルゼアにも誓いの儀式があるじゃないか」
「ああ、実はプロポーズを思い立った切っ掛けもそれなんだ」
ウェドは先日ウルダハで花嫁に目を奪われているテッドを見て、同じように暖かな祝福を彼に手渡したいと強く思ったのだ。
「真っ直ぐ、もう一度誓えばいいんじゃない?」
「…ああ、ありがとうカナ」
「あ、旅路にはこれ持っていくこと!今作ったばかりだから!」
「それ喋りながら作ったやつだろ」
「僕の仕事にケチつけるとは上等だね」
茶化すウェドの手の甲をきゅぅと抓ったあと両の手にしっかりと薬を握らせる。
「少し早いけど、おめでとうウェド」
早いなんてことは無い。遅いくらいなんだ。本当はずっとずっと言いたかった。過去の日陰から歩き出した君達を、僕はずっと祝福していたよ。
自然と溢れそうになる涙を堪えカナは微笑んだ。
***
今日は久しぶりにウェドがクガネに出掛けている。ここ数日、ウェドは何か思い詰めているような、悩んでいるような、どこか上の空だった。
以前もそうしたウェドは隠し事をしていて、命を落としてもおかしくない…ううん、生きている事が奇跡みたいな大事件になった事がある。
もう隠し事はしないって約束したし、クガネならカナを頼っての事だろう、そこまで心配はしていないけど…単純に寂しさが積もる。
(こういう時はカナに勝てないんだよなぁ)
テッドは「はぁ」と大きく溜息を漏らしぼんやりした手つきで鍋を掻き回す。
ウェドはテレポでクガネを行き来出来ることから帰りは然程遅くないはずだが念の為冷めても温め直せるよう今夜はシチューにした。
そうしてシチューの香りに呼ばれるように扉が軋んだ音を立てる。
「あ、ウェドおかえり!」
ぱたぱたと入口に駆け寄るテッドをウェドはしっかりと抱き締める。ふわりとスパイスとお日様の混ざったような香りがウェドの鼻腔に届く。
「いい匂いだ」
「ふふ、今日はシチューだよ」
「そっちもだけど、俺が言いたいのは君の事さ」
「なにそれ」
くすくすと笑い体を離すと視線が絡み合う。
いつものウェドよりもなんだか熱っぽくて真っ直ぐな瞳にどきっと心臓が跳ねる。
良かった、もう悩み事は消えたみたい。
「…テッド、君に伝えたい事があるんだ よく聞いて」
「うん?」
ウェドはするりと身をかがめ、それをテッドの瞳が追いかける。テッドの瞳には片膝をついたウェドが映っている。ウェドは無骨な大きな手でテッドの手を取りしっかりとテッドの瞳を見詰めた。
「テッド、どうか俺と、久遠の絆を結んで欲しい 君を愛してる」
突然の事で目の前がチカチカする。ウェドに初めて会った時と同じ煌めきだ。鮮明にウェドの言葉はテッドの魂を揺らし、溢れ出る幸福感に喉が詰まる。
「勿論…っ!」
口にした瞬間、弾けるようにテッドはウェドに抱きつき2人で床に転がった。今の言葉を零さないように封じ込めるように何度も唇を重ねる。
「ウェド、嬉しい 本当に俺、ずっとずっとウェドの隣にいていいんだ」
「ああ、ずっと君の隣に居させてくれ 君なしじゃ駄目なんだ」
腕の中で堪らずわんわんと泣きじゃくるテッドを包み、ウェドは愛おしさでどうにかなりそうだった。こんなに眩しい気持ちが自分の中にあったなんて、テッドに出会わなければ知る事も無かっただろう。
「折角のシチューが冷めちゃうな」
「すぐに温められるよ」
鼻の頭を真っ赤にしたテッドがニッと笑う。
「シチューを食べながら君と俺のこれからの話をしよう」