青汁逃亡劇 突然だが、月見里 貴音は紅茶が好きだ。ヒーローの給料の使い道はそれだと言っていいだろう。なるべく、紅茶やそれらに合う茶菓子に金を使いたいため、節約できる所は節約する。そういう男だ。紅茶専門店に行っては茶葉を買い、はたまた、綺麗なティーカップやポットを見て、そして茶菓子を買い、一人でアフタヌーンティーを楽しむ。貴音にとってはそれが唯一の趣味で、ストレス発散と言ってもよい。
そして、貴音とバディを組んでいる宿木 鵺朧も紅茶が好きだと知っている。それを知った時は同じ紅茶が好きだということもあり、テンションが上がったものだ。なら一度紅茶を飲ませて欲しい、そう頼むと相手は二つ返事で了承し、少し待てと言って貴音を座らせた。ここは鵺朧の家で、窓から覗く綺麗な庭園がますます貴音を心躍らせる。綺麗なところだな、こんな所で飲む紅茶はさぞかし美味しいだろう、そう期待に胸をふくらませていた時、鵺朧がティーカップを持って貴音の目の前に置く。紅茶が来た、と貴音が一目見て顔をひきつらせた。
ティーカップの中は、湯気のたつ真緑の液体だった。
その中身は、一目見るだけで寒気がするほどの悪寒が走った。貴音が青汁恐怖症だとかいう、人が聞いたらふざけたような恐怖症を引き起こす原因とも言える、目の前の真緑の液体──青汁だった。
貴音にとって、青汁は恐ろしい飲み物だ。忘れもしない、まだヒーローになりたてだったあの日、鵺朧は貴音の貧血を治すために、青汁を作ってくれた。その時は鵺朧の気遣いが嬉しく、お礼を言って飲み、いつの間にか自分はベッドの上にいた。話を聞くと、どうやら青汁のあまりの不味さに気絶をした、という話である。
それが原因で、鵺朧の作る青汁は不味い、と認識してしまい、尚且つ、青汁を見るだけで冷や汗や手の震え、恐怖が押し寄せてくる。これが、先程の青汁恐怖症に繋がるわけなのだ。
内心に混み上がる怒りが滲み出てしまったが、貴音は隣に立っている鵺朧の腕を掴む。
「おいコラお前! これどう見ても青汁だろ!」
「何言ってるんだ、グリーンティーだ」
「ふざけんなよ! 大体な! 青汁は英語でグリーンジュースだ! お前の言っているそれは緑茶だ!」
「ええい! 細かい! 飲むんだ!」
何故そこまで知っているんだ、青汁恐怖症なのに。と言われそうだったが、鵺朧がカップを持つと、貴音の口にねじ込もうとする。それを回避するため、貴音は急いで身を翻し、距離をとる。
「いやまて! お前それ熱いだろ! 火傷するわバカ!」
「なに!? この天才植物学者の俺に対してバカだって!?」
「天才なら美味しい青汁作れ! バーカ!」
あっかんべ、と舌を出した後急いで部屋を飛び出す。チラリと見えていたが、鵺朧の傍に茨が見えた気がするのだ。茨、それは鵺朧のそばに寄り添うようにいつもいる青薔薇の茨だった。いつも鵺朧がレディ、と言っているのを聞いていたため、貴音は女の子なんだな、と思い、親しみを込めて青薔薇ちゃんと呼んでいた。
あの一人と一輪が自分に青汁を飲ませようと捕まえるなんて、安易に予想ができた。だがしかし、この状況は貴音の方が不利だった。まず鵺朧の家であり、貴音は部屋の間取りとか当たり前だが知らない、あと青薔薇も厄介だ。以前捕まったことがあり、青汁を飲まされたことがあるのだ。そういう所でコンビネーションを見せないで欲しい、苦い思い出が蘇って顔を青くする。そうしているうちに、鵺朧が追いかけてきていた。
「顔が青いぞ! 貧血じゃないか! さぁ青汁を飲むんだ!」
「なんでお前後ろにいるのに顔青いとか分かるんだよ!」
貴音にとってはほんの少しだけ鵺朧に意識を向けてしまった。それが間違いだったと気づいたのは、自分の足に茨が巻きついた時だった。