その日から、二人ぼっちの科学王国の建国が始まった。毎日素材を集め、試行錯誤を繰り返していく。ただし、残念なことに互いに肉体労働は不得手だったため、素材回収だけで一日が終わることもままあった。
ドイヒーな強制労働、などと嘯きながらも、その日々自体を苦痛に思ったことはなく、千空が作り出す様々なアイテムに、ゲンは内心胸を踊らせていた。
千空は次々と、科学で便利なものを作り出していった。
それが広まり、少しずつ周りに人が増えてきて、賑やかになっていったけれど、依然として麒麟も王も現れる気配がなく。
周囲の村や里は、今も荒れ放題だった。
二〇年もその麒麟はなにをしてるんだろう。どうして戻ってこないんだろう。
……俺がもし麒麟だったら、すぐに千空ちゃんを選ぶのに。そしたら、千空ちゃんの望みを叶えてあげられるのかなあ。
ぼんやりそんなことを考えて、馬鹿馬鹿しいと自嘲する。もしかしたら、なんて仮定は科学じゃ意味がない。千空ちゃんならそう言って呆れるだろう。
ふいに、つきんと額が痛んで。触ると少し熱を持って盛り上がっていることに気付く。
どっかでぶつけたっけ?
その瞬間、見つけた、と意識の片隅に微かな声。けれど、周りを見回しても誰もいない。
気のせいかなと思って横たわると、額の熱が全身に広がって動けなくなってしまった。
「 おい、ゲン、どうかしたか? 」
異変を察したのか、千空が隣のラボから様子を見にきた。額に触れるひんやりした手に、なんだか安心する。
「熱があんな。……ちょっと待ってろ。薬作ってくる。いつからだ?」
冷静にテキパキ処置を進める千空に、さっきから急に、と答えると、再度冷たい手のひらが額に触れた。……きもちいい。
「 ……うん? オイ、このコブみてーなのどうした? 」
「 ……わかんない。覚えてないけど、どっかぶつけたのかも 」
いらえに、千空の表情が険しくなる。
「 頭打って発熱してんならどっかヤベーとこ損傷してる可能性もある。
吐き気とか他に様子おかしいとこあったらすぐ言えよ。」
相変わらずぶっきらぼうで。でもやさしい言葉に、知らず、笑みがこぼれる。
「千空ちゃんやさしいなあ。大丈夫だよ。んでも、なんかあったらすぐ言うね。」
「あ"ぁ"、そうしろ。」
そう言い残すと、千空は薬の調合のため隣のラボへ向かった。
ふと気配を感じて。
視線を動かすと寝台の下からぬぅっと白い腕が伸びてきて、既視感を覚える。……これは、あの時の。
逃げなければ、と後ずさるも逃げ場がない。
ずるずると引きずるような音を立てながら、なんだかよくわからない、ヒトのようなそうでないような形がゆっくり視界に現れる。
伸ばされる腕に身を縮めていると、制止の声が入った。
「お待ちなさい、公が怯えていらっしゃる。そのように急くものではない。」
玲瓏とした声の主を見上げると、長い金の髪をした、この世のものとも思えない美しい女性。ついさっきまで、ここには誰もいなかったはずなのに。
この女性も、白い腕の主も。どこから現れたのだろう。
床から……生えた?そんな馬鹿な。
視線が合って、にこりと笑みを向けられる。
「 お探ししておりました、公 」
探していた?探される心当たりなんてない。
目の前の女性も、オバケも。
知らない。見たこともない。
混乱するゲンに、彼女は困ったようにもう一度微笑んだ。
時間がないので掻い摘みますが、と語られた内容は衝撃的すぎてほとんど頭に入らなかった。自分は二〇年近く前に行方不明になっていたこの国の麒麟で、ずっと行方を探していたこと。少し前に蓬萊で見つかり、連れ戻されたこと。腕の主は、本来であれば自分の護衛と乳母を務める女怪であったこと。
転移途中に逸れ、再度捜索中であったこと。
そして、王を選ぶためにここを離れ、直ちに蓬山に向かう必要があること。
「ちょ待!俺はちゃんと人間で、病院で生まれて、写真だって……!」
動揺するゲンに、彼女は彼が流されたのはまだ孵化する前の卵の時であったこと、蝕で流された卵果──こちらでは生物は木に生った卵から生まれるらしい。最早どこから突っ込めばいいかわからない──の状態であったため、流された先で一番形質の近い胎児として母胎に宿り、ヒトの殻を被って生まれる仕組みであることを説明してくれた。
それでなんだか、ああ、と腑に落ちる部分もあった。小さい頃からどうにも周囲から浮きがちで、それをカバーするためヒトの心の動きに敏感になった。他人にとって快適な自分を作るのが上手くなった。テレビで見たマジックに憧れてマジシャンになり、ますます人を楽しませること、偽ることが容易になった。嘘で塗り固められた、欠落だらけの薄っぺらな自分。その欠落は、そも自分が異物だったせいなのだろう。それならそれで、まあ仕方ない。でも、ここでの暮らしだけは楽しかった。
だから、今興味があるのは一点だけ。麒麟は王を選ぶ。選べる。……千空ちゃんの望みを叶えられる。