「 その蓬山ってとこに行けば、王様を選べるんだね? 」
確認するように問いかけると、彼女はゆったりと頷いた。しゃらん、と音がして、なんだかいい匂いがした。
「 ……じゃあ、行く。」
ではすぐに、と彼女は二匹の蛇が絡まったような、銀色の環を床に置く。原理はわからないが、どうもワープ装置のようなものらしい。おっとりした様子にそぐわず、意外とせっかちだ。
「 待って!俺ここの人にゴイスーお世話になってんのよ!挨拶くらいさせてよ!」
「 ……まあ、それは配慮が足りず、申し訳ありません。こちらでお待ちしておりますので、どうぞごゆるりと 」
口ではごゆるりとと言うものの、きっとそう長くは待ってもらえない。
いざとなれば、強制的に連行することも辞さないのだろうから。
意を決して、隣のラボへ向かう。
「 千空ちゃん、メンゴメンゴ〜!すっかり良くなったよありがと!……あのね、それでね、俺ちょっと行かなきゃいけないとこが出来ちゃったから、しばらく留守にするね。
でも絶対戻ってくるから!千空ちゃんの科学王国に、俺の席残しといてね!」
千空は怪訝な顔をしながらも、なにかを察した様子で。
「 あ"ぁ、行ってこい 」
そう、見送ってくれた。
両脇を挟まれるようにして蓬山に戻ると、さながらお祭り騒ぎだった。なにしろ、二〇年ぶりの帰還だ。
……こちらには、そんな記憶はないけれど。
代わる代わる、ひらひらした着物の女性たちが来て、口々に帰還を祝われた。
どうせすぐに王を選んで去る場所なのだ。
一時留まるだけの場所での祝辞など興味はない。
「 お祝いなんていいから、早く王様を選ばせてほしいな。俺が好きな人を王様に選んでいいんでしょ? 」
ちょっと態度が悪いかなと思いはしたが、ここに来たからには一日でも早く王を選びたい。選ぶ相手は、もちろん決まっている。
「公はお仕事熱心であらしゃる。そう急かずとも、じきに夏至。公に選ばれるため、我こそはと言う英傑俊才が大勢昇山して来よう。公はその中から、天帝がより王に相応しいと啓示を下された方を選ばれよ。」
女仙の言葉に、愕然とする。それでは話が違う。
「俺が選べるわけじゃないの?神様が決めるの?そんで、このバイヤーな山を昇ってこれるだけの体力ないとダメなの?」
「もちろん選ぶのは麒麟。麒麟は天意の器。天帝がいいようにしてくださる。それに沿って、公はこれと思われる方を選ばれれば良い。
無論、王は昇山の者に限るわけではない。実際に市井から選定されることもある。今少し気楽に構えておかれよ。」
なんだか受け流されているようで。不安を拭い去りたくて、質問を続けた。
彼を王にしたくて、今の状況を受け入れたのだ。彼を王に出来ないのなら意味がない。
「神様が選ぶってどうやってわかるの?お告げみたいなのがあるの?最初から決まってるなら、麒麟て何するの。俺要らないじゃない。神様が直接選べばいいだけでしょ。そしたらあの国だって二〇年も荒れ放題にならなくてすんだじゃん。」
当然のような顔でとてつもない理不尽を突きつけられて、彼は絶望した。
けれど何を言っても、女仙たちは国のことを本当に真摯に考えている、仕事熱心な麒麟としてしか見てくれない。
天帝がきっといいようにしてくださいます。
その言葉は、もう呪いのようにしか聞こえなくなってしまった。
それでも、腐っていても仕方がないのでとにかく空いた時間で知識を吸収し続けた。
蓬山に伝わるもののみで、麒麟自身の手記等は見当たらなかったが、あらゆる分野のあらゆる書を紐解いた。
国とは。王とは。宰輔とは。王の選定とは。
麒麟の持つ能力とは。
蓬山とはどう言った場所なのか。
この世界に存在するヒエラルキーとは。地理はどうなっているのか。
式典、祭礼について。言語について。異界からの来訪者について。
市井からだって王は選べる。
天意の器だと言う自分がこれだけ心を惹かれているのだから、彼が王である可能性だってゼロじゃない。
いざその時になって、何の知識もないのでは役に立てない。そして、無能な宰輔として王の評価を下げることだけは避けねばならない。だから、可能性の糸がどれだけ細くても諦めず出来ることをしよう。
最悪、彼が王でなくても。彼の力になれるよう、彼を取り立ててもらえるよう、得意の口八丁手八丁を駆使して、ベターな状態に持ち込めば済むことだ。
そう決めてからは腹が据わった。
ブランクが長すぎるため不安がられていた獣身への転変についても、己の身を守るための妖魔の折伏についても、彼は女仙たちが拍子抜けするほどそつなくこなしていった。