「 ……ククク、虫歯退治のお時間だぜ」
診察台に座る少年に、ドリルを片手に凶悪な顔で笑いかけるのは、この歯科医院の若き院長先生だ。
虫歯よりむしろ先生の顔が怖い。
そう震え上がる少年に、隣の愛想の良い男がヘラヘラと笑いながら手を振った。
そのままばさっと滅菌カバーを広げて首から巻きつけると、痛かったら手をあげてくださーい♪と声をかける。
「 大丈夫、千空ちゃんは上手だから痛くないよ〜♬」
「 ……誤解招きそうな言い回しするんじゃねぇよ」
千空ちゃん、と呼ばれた若い医師はてきぱきと手際良く治療を進めながら、苦虫を噛み潰したような顔をした。
……確かにほとんど痛みを感じないが、ドリルで歯を削られる時は流石に怖くて。
思わず手を挙げると、心得たように隣の男が笑った。
「 オッケ〜〜♬痛いの痛いの飛んでけ〜♪」
男がそう言って両手を広げた瞬間にバサバサと鳩が飛び出した。
……なんだこれ。
唖然としているうちに、治療が終わって。
診察室で鳩を出した男は滅菌舐めんな!と医師に叱られながら後片付けをしていた。
「 うし、退治は終わったぞ。あとは毎日歯磨き欠かすんじゃねぇぞ」
「 よく頑張ったね〜♪えらいえらい!」
医師の言葉に続けて、男が頭を撫でてくれる。そして、そのまま滅菌手袋を嵌めた手で頬に触れた。
なんだかちょっとドキッとしてしまったところで、口の中から万国旗が引っ張り出される。
「 うわ!ふっしぎ〜☆虫歯の代わりに万国旗が生えちゃった♪」
えええ!?
流石に目を剥いていると、すかさず医師が男にデコピンした。
「 ……おいコラ歯科衛生士、テメーいい加減にしろよ」
「 メンゴメンゴ!ちゃんと滅菌素材だってば〜!あっ!君の今日の治療は終わりだよ〜♬また来てね」
……なんだろう。自分は歯の治療に来たはずで。確かに治療はしてもらったけれど。
ここはどこなんだっけ?
そんな宇宙猫顔で、少年は歯科医院をあとにする。
……後日、そこが地元でも有名な、『腕は良いけどなんか変』な病院であることを知って、なんだか納得してしまった。
けれど、なんとなく。
病院に足を運ぶのが苦痛ではなくなったような気がする。