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    sayura_gk

    18↑。右鯉のみの字書きです。

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    sayura_gk

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    部活の先輩後輩なDK尾鯉という設定で、ぎんたろさんとコラボSSを書く機会をいただきました!
    ぎんたろさんのお話楽しみすぎます💕
    私は全年齢です。

    無言のいざない無言のいざない

    「……っ」
     隣に座る尾形の手が触れた。狭いソファーに並んで座っているのだから仕方がない。鯉登は失礼にならないようそっと、自身の手を移動させた。
     といっても、その距離は五センチもないだろう。鯉登の右側は壁で今以上の空間を作るために詰める事もできない。触れたままにしないのであれば、僅かであろうとも手を動かすしかなかった。
     もっと座席が広ければと思うものの、それもまた仕方のない事だ。鯉登はその気持ちを宥めるために、そして盛り上がる周りに気付かれないようそっと息を吐いた。
     突然来る事になった、安さとボリュームが人気のログハウス風レストラン。鯉登は初めて訪れた店だが周りはそうでもないらしく、それぞれがお気に入りのメニューをオーダーしていた。
     テーブルいっぱいに並んだのはピザとスパゲティ、唐揚げにフライドポテト。それらはあっという間に消えて、食べ盛りの男子高校生十数名の腹を満たした。今はドリンクバーをお供に、二時間制の残りを自由に過ごしている。
     自分たち以外の客に配慮しつつ、それでも時に盛り上がらずにはいられない。それもそのはず、話題は今日行われた地区予選大会の事ばかりだった。
     鯉登が所属する第七高校弓道部は県大会出場常連校だ。日頃から県大会及び全国大会出場を目差しているが、地区予選突破も嬉しいもの。また明日から練習に励むが、今日は喜びに浸りたい。そんな気持ちから部員全員でこの店へと訪れたのだった。
     鯉登は今回団体戦メンバーとして選ばれている。元々鯉登が得意とするのは剣道だが、残念ながら第七高校には部活どころか同好会もなかった。弓道は小学生の頃に二年ほど習った事があり、剣道ができないのであればと、他と迷う事なく入部を決めた。
     ブランクはあったものの体が覚えているらしく、加えて身体能力と運動神経が抜群に良い鯉登の成長は著しかった。そんな鯉登の指導部員が、今鯉登の隣に座る尾形である。
     尾形の指導内容は的確で、久しぶりに弓を引いた鯉登の癖も瞬時に見つけて改善させた。彼本人の実力は誰もが認めるところで、次年度の部長と目されている。
     普段から尾形は口数が少ない方だ。同学年とは話しているのは見かけるが饒舌というほどでもない。それが一年生相手となると、鯉登以外と話す事は滅多になかった。
     だから今日のように部員全員で集まる時は、必然的に尾形とペアのようになる。練習中も指導部員である事から二人で組む機会が多く、尾形が隣にいる事は鯉登にとっても慣れたもの。だから先ほどのように少し手が触れるのもよくあることだ。
     そもそも練習時には姿勢を正すために背後から腕を回されたり、手を握りしめられたりという事も繰り返している。耳のすぐそばで声が聞こえるという事も珍しくない。
     どきりと胸が高鳴る事もあるが、それは至近距離で静かに名を呼ばれるからだ。または吐息が耳裏を掠めるせいで、それを特別な何かだと思うべきではない。そんな事を思っていては、教えてくれる尾形に失礼だ。
     部活中での事と、今のような状況での無意識の接触は種類が違うだろうと思ったのだ。不意に手が触れてしまうのは、よくあること。だから言葉にもせず、何事もなかったように白い手から距離を取った。
     尾形の指先がほんの少し触れただけ。わざわざ指摘するまでもない、きっと向こうも同じ気持ちだろう。そう思った。
     だが。
     掠めることがないよう距離を取った筈の手が再び触れた。ちら、と尾形に目を遣るが白い横顔は動かない。向かいの二年生と今日の試合や県内の強豪校ついて熱心に話している。そちらに熱中するあまり、自身の手が後輩に触れている事に気付いていないのかもしれないと、鯉登は思う。
     先ほど自分の腿に付くようにしたため、もう横への移動はできない。ならば、少し後ろに引いて壁際に置くか。
     そんな事を思いながら、先輩たちの会話へ耳を傾ける。向かいに座る一年生は違う事を考えている鯉登と違い、とても真剣な表情だ。先ほどまでは鯉登も先輩二人へ交互に視線を転じながら、熱心に聞いていた。
     今後の対戦相手となりうる情報は貴重なものだ。だから手が触れた事を伝えるためだけに、話の腰を折るのは申し訳ない気もする。グラスを掴む振りをして左手をテーブルの上に出せばいいだろうか。
     でもその時には、さすがに尾形も自分の手が鯉登に触れていた事に気付くだろう。避けたように思われるのも、何がしかの謝罪を告げられるのも気が進まない。
     どうしようか。そんな数秒ほどの迷いに気を取られた鯉登の手の甲が、そっと撫でられる。それは指先が触れるかどうかの、擽ったさを感じる手前の絶妙な動き。
    「……ッ」
     ゾクゾクとした何かが肌を走って、思わず息が止まる。巫山戯ているのか、揶揄われているのか。それとも意味があるのか。
     分からないが、いずれにせよ尾形の指が触れているだけだ。その手は普段からよく話す先輩のもので、練習中には弓を引く手を背後から包まれた事もある。そう、知らないものではない。だが与えられる感触は未知のものだった。
     尾形の指先が、鯉登の手の形を念入りに調べるように触れていく。まるで羽毛の先で撫でるような、簡単に振り払う事ができるほどのそれ。だが強い力ではないからこそ、意識させられてしまう。
     ゆっくり、ゆっくりと輪郭を辿る白い指先。指の根元から発して関節を乗り越え、形の良い爪を撫でて、また関節を経て戻ってくる。緩く開いた指の股を尾形の爪先ですり、と擦られると鯉登の体は小さく震えた。
     そうやって五指を辿られる内に、鯉登の意識は全て自身の左手へと向けられた。先ほどまで尾形の手から距離を取ろうとしていた事など、すっかり消えてしまっている。
     だが意識を奪われながらもなんとなく、周りからは秘めなければならない気がした。現に尾形は会話を続けたままで、鯉登を振り向きもしない。尾形が鯉登に触れている事など、誰も気付いていないだろう。だから鯉登も、表面上は先輩二人の会話を熱心に聞いているように振る舞う。
     その行いは鯉登を昂ぶらせた。テーブルの下、互いの体で誰からも見えない位置。そんな隠れた場所で左手の全てが隣の尾形を意識している。ゾクゾクとした何かが肌を走る感覚は同時に胸をざわつかせて、落ち着かない気持ちになるのに振り払う事ができない。
     そんな鯉登に気付いているのかどうか。尾形の指は褐色の甲に少し浮き出た血管をなぞるように辿っていく。今まで意識したことのなかった肌の内側にあるその流れ。二方向へと分かれる箇所で指が止まる度、どちらに進むのかと胸が掻き乱されるような心地がする。
     骨と血管によって生まれる凹凸。その一つ一つを記憶していくように動く白い指。時折硬い爪が肌を擦ると擽ったいような、でももっとその感覚が欲しいような、初めて味わう刺激に鯉登は息を飲んだ。
    「……ッ」
     そんな自分を誤魔化すようにグラスを口にするが、冷たいだけで味が分からない。カランと転がる氷の音が遠くに聞こえる。
     与えられる感触を誤魔化そうとしたのが伝わったのか。甲に浮かぶ関節を行きつ戻りつしていた手は、するりと鯉登のそれを裏返す。同時に掌を指先がそろりと走って、思わず「ぁ…っ」と声が漏れた。
     聞かれたか…っ。
     素早く三人に目を遣るが、こちらを意識する者はない。鯉登は気付かれないように、小さく安堵の息を吐いた。
     今まで発した事もないような、甘さと切なさを纏った自身の声。そんなものを漏らした自分に驚きつつも、そこに嫌悪感はなく。やはり尾形の手は振り払えない。
     それどころか、今度は掌へと全ての意識が向かってしまう。先ほど一瞬だけ走った刺激。それを用心するような、期待するような自分でもよく分からない感覚が鯉登の裡に生まれている。
     だというのに尾形には鯉登の事が分かっているのか。今度は五指が掌と手首をすりすりと遊びだした。手の甲よりもずっと敏感に尾形からの刺激を拾ってしまう。
     指先が掌の溝を辿り、剣道でできた胼胝を爪が擦る。親指は手首の内側を優しく撫でた。どの感触も無視できずに追いかけてしまう。気を抜けば先ほどのような声が溢れそうで、鯉登は腹筋に力を入れた。
     尾形の指が鯉登のそれに絡まる。徐々に触れる箇所は広がり、やがて掌までぴたりと重なった。自分とさほど変わらない骨っぽい手。
     この手が自分に優しく触れていた。改めてそう意識すると、ドキドキと鼓動が早まった。
     重なり合う二人の手。互いの体温から、掌にじんわりと熱がこもる。それでも不快ではなくて。今度は尾形の手がどう動くのか、そちらの方が遥かに気になった。
     味が分からなくなったドリンクを一口。その際にちらりと隣へ目を遣る。尾形は相変わらずこちらを振り向く事はない。
     だが重なった中指が、トントンとノックされる。まるで「こちらを意識しろ」とでも言うように。
     尾形の手は僅かに動くと、二人の指を互い違いに組み合わせた。尾形がゆっくり手を閉じようとしている。それが分かった鯉登は尾形を真似た。
     少しずつ、互いを捕まえるように閉じられていく指。それに合わせて、相手を迎えるように指と指の間が開かれていく。ぴったりと指の付け根同士が合わさると、もっとと寄せ合うように指先が相手を求めた。
     どう動かすかなど、鯉登は何も考えなかった。分からなかった。だが重なり合った掌は、やがてこうなるのが当然だとでもいうように、自然と動いて尾形を迎えた。ただ重なるよりも尾形と密着している気がして、頬が熱くなる。
     尾形先輩もドキドキしてるのかな…。
     そんな事を思いながら、もう一度視線を向ける。だが尾形は動かない。寂しいと感じた鯉登は、親指を動かして白い人差し指の側面を撫でた。
     それが予想外だったのか、尾形の肩がぴくりと揺れる。意識してもらえたのが嬉しくて、鯉登は親指を内側に潜り込ませた。
     自分の掌を尾形の爪が掠めるように走った、思わず声が漏れたあの時。一瞬、体の奥を擽られるような心地がたしかにあった。
     それを思い起こしながら、爪で尾形の掌を擦る。尾形にもあの感覚を返せたらと思っての事だが、反応はない。先ほどのようにぴくりと肩が揺れる事もない。
     刺激など何も受けていないというように、尾形の親指が鯉登の手首の内側へと伸ばされる。白い指が薄い皮膚をそっと擦った。それだけで鯉登の肌は尾形からの刺激を思い出す。
     それを察したのか、尾形の指先は掌と手首の境を円を描くように幾度も撫でた。指の腹だったり、爪の先だったり、その両方であったり。その度に鯉登の肌は違う感覚を拾う。鼻の奥で漏れそうな声を飲むが、それが零れたらどこか甘えるような声音だろうと自分でも思う。
     尾形先輩…この感じは、なに…?
     部活中に分からない事は教えてくれる尾形なら。鯉登に初めての感覚を齎した尾形なら。
     ゾクゾクすると同時にもっとと思ってしまう。胸の中を掻き乱されるようで落ち着かないのに、どこか甘さもあって抗いがたい。こんな今の自分に答えをくれるだろうか。
     尾形先輩。胸の裡での呼びかけを声に乗せようとしたその時──
    「そろそろ帰るぞ〜! 一人二千円を各テーブルで集めてくれ」
    「…っ、…!」
     部長の声にハッと我に返る。いつの間にか尾形以外の存在や声や音が、鯉登の中からすっかり消えていた。耳を傾けていたはずの会話さえ、何も覚えていない。どれほど時間が経ったのかは分からないが、手に触れる尾形だけが全てだった。
     耳に届く店内の喧騒よりも、自分の内側で繰り返される鼓動の方が大きく聞こえる。あり得ないのに、隣に座る尾形には聞こえてしまうんじゃないか。そう思ってずっと空いていた右手で胸元のシャツをギュッと掴んだ。
    「鯉登、一人二千円だって」
    「…あ…うん、分かっ、た…」
    「大丈夫か?」
    「ちょっと、疲れたのかもな」
     向かいからかけられる声になんとか返しながらも、尾形と繋ぎあった手はそのままだ。なんとなく離れがたくて自分からは解けそうにない。
     でも財布を出さなければならないし、会計が済めばすぐに外へと出ることになるだろう。このままでいられる訳がない。
     尾形も同じ状況だ。財布を出すためだろう、繋ぎあった尾形の手がするり抜けた。熱の籠もった掌に空気が流れる。ひやりとしたそれは鯉登の心にも吹き込んだ。
     だが、それは一瞬のこと。骨ばった白い手は鯉登の手をぎゅっと握り締めた。そしてギリギリまで触れていたいとでもいうように、ゆっくりと離れていった。
     手の甲に残る尾形の余韻。鯉登はそれを追いかけたかったが、向かい側からもう一度促され慌ててお金を渡した。
     隣をそっと窺う。先ほどまで見ていた横顔はない。会費を集める部長と話をしているらしく、こちらに向けられるのは背中だった。
     きゅっと胸が締め付けられる。こんな気持ちは初めてのことだ。これは今だけのものなんだろうか。それを寂しいと思う。
     鯉登は今日の尾形を知らない右手で、左手を包み込んだ。まだそこに残る感触を思い返す。甘いような苦しいような胸のざわめき。
     掌にあった二人分の熱はすっかり冷えてしまっている。鯉登は取り戻すように、左手を胸元へと引き寄せた。

     そんな後輩を尾形はそっと見つめる。その唇が小さく弧を描いた事を、鯉登は知らない──。

     




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