わんわんわん 黄色い葉を降り散らし、実りの秋も過ぎようとする森は日に日に肌寒さを増していくよう。けれども、昼間の陽だまりを吸った落ち葉の山に寝転がると暖かいようで、冬に備えて食糧を蓄えるいろんな動物たちが温もりを求めて集まってきます。
冬支度に駆け回って疲れた獣がまた一匹、二匹……いえ、二人。
向かい合って背中を丸め、ぴったり身を寄せ合って眠っているのは十代前半くらいの兄弟。お揃いの青髪、丸い頭頂部には、これまたお揃いの狼の耳が。兄、充はフウスウ上下する弟の横腹に毛むくじゃらの手を乗せて、柔らかそうな髪に鼻先を埋め。弟、光は鋭い爪のついた指をきゅっと丸めて、フンスとかかる鼻息に耳をピコピコ震わせ。採ってきた果物を寄せ集めたこんもり山のそばで眠る姿は、まるで獣そのものですが、普段は人里に住んでおり、村の人間と同じ言葉を使って人間と寸分違わぬ生活をしています。
冷たい風が一陣吹いて、乾きかけた葉っぱを充の顔に落とします。すると瞼がぴくりと痙攣し、青い瞳を薄い隙間から覗かせます。ほとんど夢の中にいる状態の充は大きくあくびをし、外敵がいないことを確認した後、まだ眠っている弟の横顔に鼻を近づけました。スンスン鼻をひくつかせながらにおいを嗅いでいるのは、ほどよく丸みのあるほっぺた。
ブヨブヨはしておらず、けれども痩せこけてもいない、弾力がありそうなそこに、充はガブリと噛みつきました。
「――っ?!」
いきなり噛まれた光は尻尾を跳ねさせて目を覚まします。対する充も急に瞼が開いたことにびっくりしてか、噛みついていたほっぺたから口を離しました。牙を突き立てられた箇所は唾液ですこしだけ濡れこそすれど、出血はしていません。充は光を攻撃したのでなく、じゃれ合いの範疇に収まる甘噛みをしたのです。
そのことは噛みつかれた光がいちばんよくわかっていました。けれど、寝ぼけ頭の人狼は、けしかけられたじゃれ合いに勝とうと兄の鼻先を優しくガブリ。
普段は「狼の耳と尻尾がついているだけで、僕はみんなと何も変わらないよ」と吹聴している充も、今は寝ぼけた狼。やり返されたことで闘争心に火がつき、ゆったりした動作で光に覆いかぶさりました。上を取られた光は腕を伸ばして下方から充の喉元を狙いますが、それを見切った充に両方の手首を掴まれて落ち葉に押さえつけられてしまいます。それならばと首を伸ばしますと、充はそれを待っていたとばかりに無防備になった首筋にガブリ。
最初こそ逆転しようと抵抗していた光でしたが、急所をかぷかぷ食まれていくうちに、この狼には勝てないと本能で判断したようで、三角耳を倒すと腹を晒して尻尾を振り、クウン、クウン、と情けない鳴き声を発しました。
屈服のポーズという人狼にとってはなによりの醜態を晒す光を見下ろし、充は満足そうにグルルと唸って噛むのをやめました。それから噛み付いたところや落ち葉のベッドに縫い付けた手のひら、ぺたっと寝かされた耳を舐めてやります。
「くすぐったいよ兄ちゃん」
「そっちがその気にさせたんだろ」
人間らしく言葉でやめさせようとする光に、充も人間らしく言葉を返します。どちらともなく息を吹くような笑いが漏れ出て、仲直りのしるしに二匹の人狼の鼻先がすり合わされました。
兄弟を暖める太陽の位置は変わっていません。ぽかぽか陽気に眠気を思い出した充はあくびをし、光の上から退いてぱったり横たわります。空に向けられたままのお腹を撫でられた光の眠気も盛り返したようです。光はじゃれ合いが始まる前の姿勢に戻り、既に夢の中に行ってしまった兄を追いかけるように瞼を閉じました。
さわさわと乾いた葉が揺れる森、さむぅい冬はもう少し先。