どうやって部屋に戻ったんだろう。腕いっぱいに抱えた仏像を棚に並べて、立香はしばし立ち尽くす。
わかってはいた。一緒に駆け抜けた偽の盈月の儀の最中、ことあるごとに、傍で見てきた。
片方が記憶を失っていても、あの二人の絆は強固なものであると。その間にぽっと出のマスターが割り込むなんてもっての外だと。わかっていても。
「……はぁ…」
それでもやっぱり、寂しい。
そのやりとりを微笑ましいと思っていたのは確かだ。戦闘時には抜身の刃の化身のような鋭さを持つ青年の雰囲気が、彼の相棒が一緒だと柔らかく変化していく。それを見ているだけで十分だと、最初はそう思っていた。
ただのマスターとサーヴァント。その垣根を超えるような接触をしてきた者は他にもいた。けれど立香はそれでもマスターでいられた。一人の人間としてではなく、サーヴァント全員のマスターとして。そうあることが自分の存在価値なのだと割り切っていたからだ。
彼に出会って、その均衡が崩れた。そしてそこから失恋するまであっという間だった。
兄弟のようで、友人のようで。それよりももっと、先の関係にも見えるような。
そんな風に笑い合う二人が羨ましく──ほんの少しだけ、憎らしい。
「……」
画面にちらと走るノイズのように。僅かな棘が、立香の胸の奥に刺さって抜けない。二人とも大切な仲間なのに、先程の出来事を思い出すだけでこんなにも心が苦しくなってしまう。
このまま部屋にいては、自己嫌悪で動けなくなってしまいそうだ。
「……食堂にでも行こうかな」
もうすぐ夕飯時だ。今から行けば誰かしらいるかもしれない。他愛のない会話で気を紛らわせることができれば、少しは楽になるだろう。
気落ちしていた立香は、だから思い至らなかった。食堂の出入り口前で立ち尽くす。
「ほら伊織!君もちゃんと並んで!」
「わかった、わかったから……そう強く腕を引っ張るな、セイバー」
食堂の中から聞こえる賑やかな声と戸惑う声。
二人がこちらに気づいていないのが幸いだ。このまま引き返せば、顔を合わせずに済む。
無意識に一歩、足を下げた時だった。
「どうした?」
疑問を伴った低い声が耳に入る。振り向けば、上着の鮮やかな赤が目を引いた。
「…晴信さん」
「顔色が悪いぞ。体調でも崩したか?」
「いえ、大丈夫です。なんでもないですから」
「……」
訝しげな銀の瞳へ首を横に振ってみせるが、咄嗟に出た返答はお気に召さなかったらしい。
取り繕った笑みを浮かべる立香の様子に、武田晴信が眉根を寄せる。
「ここでは言えないことか」
「…ほんとに大丈夫です、なんでもないですよ」
「それなら何故中に入らない」
「えっと……所長に報告書渡すの忘れちゃって。その後でまた来ます」
それじゃあ、と踵を返そうとした立香の腕が取られ、引っ張られる。
「え、晴信さん!?」
混乱する立香の声を無視し、晴信の足は食堂を離れ淀みなく進んでいく。後ろの方で誰かが声をあげたような気がするが、晴信について行くのが精一杯の立香に振り返る余裕はなかった。
すれ違うサーヴァントやカルデアのスタッフ達の驚く顔が見れなくて、立香はとっさに俯く。
「着いたぞ」
やがて立ち止まり、顔を上げた立香は目を瞠る。そこは立香の部屋でも、所長の部屋でもない。誰もいないラウンジは静かで、誰かが置き忘れたらしいぬいぐるみがソファの端に腰かけているのが見える。
「あの…?」
「下手な嘘をつくな。それにあの場にいれば嫌が応にも目立つだろ」
「……ごめんなさい」
「わかればいい」
そこでようやく気を遣わせてしまったのだと気づく。いたたまれない気持ちで落ち込む立香の頭に、大きな掌が乗せられた。
「何があった」
「……」
「…言えないのならいい。落ち着くまで一緒にいてやろう」