【読切ドラロナ】『キミ専用の口説き文句』 退治人君を口説き落とすのは、一筋縄じゃいかない。
長く歩んできた吸血鬼生の中で、恋愛要素を含んだ娯楽を無数に嗜んできたが、それらから得た『懸想した相手をこちらに振り向かせる方法』を手当り次第に彼に試してみたけれど、振り向きかける気配すら見せないのだから、それはもう相当に手強い男だと言える。
私がいくら優しくしても、ユーモアを見せても、甘い言葉を囁いても、手料理をふるまっても、かの男はいつもシンプルな感謝を口にするだけだ。「そりゃどーも」と。
それでも出会った頃よりは、ずっといろんな貌を見せてくれるようになった。
彼の中にある私の肩書きは『ドアバンした吸血鬼』から『相棒の吸血鬼』になったし、手料理だって最初は視界にすら入れてくれなかったのが、どうにか口に運んでくれるようになったし、彼専用に整えた我が家の客間でたまに仮眠も取ってくれるようになった。
だけれども、私に向けられる君の態度はそれほど変わらない。
唯一特別な反応があったのは、私がいかに畏怖かっこいい吸血鬼であるかということを、一度しっかり見せてやろうとして、畏怖感マシマシの吸血鬼らしいことをしてやった時くらいだ。それには随分と嬉しそうにしていたけれど、イキイキしながら銀の弾丸を込めた銃を取り出し、こちらに向けてきたので「……そうじゃないんだよ」と情けない声を上げながら死んで以降、あの赤い退治人の前では畏怖ってない。
君は私にとって無いものをたくさん持っているひとだった。
いっそ苛烈なほどに魅力的である。
心も、体も。
君が欲しくてたまらない! と、私の全細胞が求めはじめ、君の全てをこの手の中におさめてしまいたくなるまでには、それほど時間は要さなかった。
だけれども嫌がる君を閉じ込めるのは趣味じゃない。私にはそれが出来ないことではないのだけれど、しなかった。だって君の自由を奪うのは私にとって造作もないことだ。いつでも出来たのだ。だからしない。まだ、その時ではない。
なにより、私は何としてでも君を口説き落としたいのだ。
きみ自ら、私と共に在りたいと心から望んで欲しいから。
私の持ちうる全てを使って、ありとあらゆる愛を君に与え続ければ、きっと私の事を好きになってくれるはずなのだから。
それなのに、膨大にあるはずの私の知識をもってしても、君は難攻不落の男だった。
どうすれば君も私を好きになってくれるのだろう。
どうすれば君とこのままずっと一緒に居られるのか。
そう考えながら君と過ごしていたら、うっかり三〇年くらい経っていた。
だけれど、君は相変わらず振り向いてくれる気配はない。
私はそんな君に飽きることなく、相変わらずせっせと愛を伝え続けている。
ユーモアを交えながら優しく接しつつ、甘い言葉を囁いて、試行錯誤しながら君好みの味付けをした手料理を振る舞い、君が寝泊まりする部屋が少しでも快適になるよう日々のアップグレードに努めている。
君はそれを、三〇年間ずっと変わらぬ貌で受け取り続けている。
君専用の最強の口説き文句を、この三〇年間ずっと考えていたけれど、どれもこれも君には効果がなかったようで少し残念だが、難攻不落こそ落としてみたくなるのが私である。
私が求めてやまない愛しい男は、私から彼への専用の口説き文句を日々山のように受け取りながら、今日も変わらず「そりゃどーも」とシンプルな感謝と共に、三〇年間変わらぬ笑顔を私に向けるのだ。
私は、できればこの日々が一日でも長く続けばいいと思っている。