6.B-(side:H) 担任であるベレト親子がよく逗留していたというルミール村で異変が起きた。疫病か呪いか分からないため調査に当たっているマヌエラが席を外していることが多いのに少し寒くなってきたせいかリシテアが体調を崩すことが多く困っている。
「病気や体質によっては治癒魔法を使わない方が良い場合があって私にはまだそこの判断が……」
「マリアンヌさんは功を焦らず線引きがきちんと出来ていることを評価した方がいい」
伏せっているリシテアの部屋から申し訳なさそうな顔をして出てきたマリアンヌをローレンツが庇った。彼女の心に届きやすいよう彼の好きな気障な言葉遣いを控えている。
「ローレンツなんでお前がここにいるんだ?」
「君が煎じたおかしな薬を自己判断でリシテアさんに飲ませようとしたら止めるためだ!」
「扉一枚向こうに病人がいるんだから大きな声を出すなよ……被験体にするならお前みたいに頑丈なやつにするさ」
彼はクロードをだしにしているがマリアンヌを庇うためにくっ付いてきたことをヒルダは知っている。もしかしたらローレンツ本人は気が付いていないのかもしれない。
「もー!ローレンツくんのこと分かってるくせに煽らないで!それとクロードくん穴場教えてよ。静かなとこ!」
そそくさと去ろうとするマリアンヌと腕を組みヒルダは言い争いをしながら歩くクロードとローレンツの後ろをついて行った。ローレンツは一人で歩いていると恐ろしく足が早いのだが今はクロードに歩調を合わせている。旧礼拝堂の地べたに座り込んだクロードを見たローレンツが座りやすそうな瓦礫の上に手巾をさり気なく二枚広げてくれたのでヒルダは礼を言ってマリアンヌと共に手巾の上に座った。
「もしかしたら次の課題でルミール村へ行くことになるかもしれない。調査の補助でな」
「だがまだ疫病か呪いか判明していないのだろう?」
疫病なら病弱なリシテアを出撃させるわけにはいかないと言うのがこの場にいる四人の共通認識だった。
「あの、調査にあたっている皆さんの装備を見れば結論はともかく騎士団が現時点でどう判断しているのかはわかるかもしれません……」
「なるほど護符か……さすがマリアンヌさんだ。クロード、後で確かめてこい」
呪いの場合はその対象が人か土地かで対応が変わる。土地が呪われているなら正しい護符を身につけておけば影響を受けずに済む。
「お前日頃俺のこと雲隠れするなとか散々非難しておいてよくもぬけぬけと……」
セイロス教会は必ずいつも何かを隠そうとしてきたのだ、という認識が皆の中に芽生えている。英雄の遺産に危険な面があることを十傑の子孫たちにすら告げず長い間隠していたからだ。当事者に伝えないなんてひどい話だ、とヒルダは思う。
「現状を把握することと礼節を守ることが矛盾するなら前者を優先せねば。リシテアさんの健康がかかっているのだからな」
「ローレンツ、お前さあ……貴族の誇りだとか責務じゃなくて日頃からそういうところを押し出せよ」
ヒルダは彼の考えが印象より遥かに柔軟であることに驚いたがローレンツへの礼節を守るためその驚きを表面化しないことにした。
結局、事態は急変し疫病よりも呪いよりも更におぞましい真実が明らかになった。試しにやってみただけで別にこの村でなくてもよかったのだという。正気を失った村人が我が子を手にかけ自らの家に火を放っている。リシテアが見つけた怪しい者たちは一旦放置しラファエルの提案通り皆でまだ生きている村人を正気狂気は問わず分離して確保することになった。
「どいてください!消火します!」
ブリザーが使えるマリアンヌは地獄と化した村中を駆け回っている。火を消しながら怯えて泣き叫ぶ人々の元へ駆け寄り回復魔法をかけてから安全な場所へと逃していた。
マリアンヌは足が早いから良い修道士になる。
ベレトの言葉通りだった。正気を失い己に向かって刃物を振り翳してくる村人のことなど気にせず彼女は地獄の中を走り抜けていく。助けを求める怪我人の元へ駆けつけるためだ。彼女が走り回れば走り回るだけ救いがもたらされる。
マリアンヌの活躍もあり救出可能だった村人は皆救うことが出来た。ジェラルドとベレトから作戦終了の合図が告げられるとマリアンヌはその場にへたり込んでしまった。骨折した怪我人のために持ち歩いている添え木を支えに立ち上がろうとするのだが上手くいかない。肩を貸してやりたいがヒルダも疲労困憊だ。
「マリアンヌちゃん待ってて!フレンちゃん呼んでくる!」
救助した村人の治療に当たっているフレンを連れ出し向こうでうずくまっているマリアンヌに治癒魔法をかけてほしいとヒルダが頼むとフレンが唇の前に指をあてた。
「しーっ!しーっですわよ!ヒルダさん!」
若草色の瞳がきらきらと輝いている。彼女の視線の先にはマリアンヌとローレンツがいた。彼は疲れて立ち上がれなくなったマリアンヌを抱き上げている。二人の服は泥と血に塗れているがそれでもマリアンヌが身につけている修道着が元は白いのでまるで横抱きにされた花嫁のようだった。二人は何か話しているのだが聞き取れないことが悔しくて仕方がない。いつかマリアンヌの口からきけるだろうか。それは悪夢の終わりを告げるに相応しい本当に美しい光景だった。