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    ラジオデアドラの第一話から第三話まではここです。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13857111
    第四話
    https://poipiku.com/1455236/6698868.html

    第五話
    https://poipiku.com/1455236/6864178.html

    ラジオデアドラ第六話 マリアンヌとヒルダはヒルダの家に転がり込んでいるが始終一緒にいるわけではない。ふらふらと街を歩きがちなヒルダよりマリアンヌの方が早くラジオ局に着いていることが殆どだ。しかし今晩は珍しくヒルダは余計な寄り道をせず局内で調べ物をしていたらしい。今は目処がついた、とのことで気分転換なのか自分の席に座って夕刊に目を通している。へヴリングにある炭鉱が閉山するという記事が一面を飾っていた。確かに水上バスも蒸気船は減ってきている。

    「おかえりマリアンヌちゃん」
    「はい、ただいま戻りました。今から台本を書きます」
    「これ、今日かける予定の曲一覧ね。曲紹介も台本に書いてあげて。レオニーちゃんもそのうち曲飛ばしとかするようになっちゃうのかなあ……。あれ地味に困るのよね、始末書書くの私だもの」

     話が盛り上がり過ぎて尺の中に収まらなくなってしまった結果、かけるべき曲をかけられないことを曲飛ばしという。レオニーは番組当初と比べて更に喋りが達者になって来た。たまに書いておいた台本を無視することもある。彼女が直接ヒルダから曲一覧を受け取りマリアンヌの書いた台本を必要としなくなる日がそう遠くないうちにやってくるのだろう。

     マリアンヌは愛用している大きめのノートに縦の線を引いた。速記もどきでメモした内容を対比出来るように清書していく。よく葉書を送ってくる不眠症の理容師に意見を求めるのも良いかもしれない。名指しすると律儀に皆、返信の葉書を寄越すのだ。マリアンヌもそちら側だったので気持ちはよくわかる。

    「うちのリスナーって頑固かと思いきや結構新しもの好きよね」

     マリアンヌの手元をヒルダが覗き込んでいた。ヒルダは液体シャンプー派でゴネリル邸の広い浴室に何種類もの瓶が整然と並べられている。別々に入浴した時にヒルダがどのシャンプーを使うのか予想するのはマリアンヌの密かな楽しみで的中したらコーヒーにひとつ余計に角砂糖を入れることにしている。

     番組では冒頭でレオニーは今日がどんな一日であったのかを話す。レオニー本人のことを話すときもあれば番組スタッフのことを話すときもある。よく出歩き観察眼の鋭いヒルダの話は受けが良いのだが今日は出歩いていなかったようなのでレオニーにはマリアンヌのことを喋ってもらうことにした。労働争議の現場で番組の名前入り名刺を大量に配ったからだ。

     レオニーは最終の一本手前の市電で放送局に通っている。酔っ払いが多いのではないかとヒルダたちに心配されているが今のところ特に問題はない。放送局に着くと関係者用出入り口にラファエルが立っていた。

    「ようレオニーさん!遅くから仕事で大変だな!」
    「ラファエルこそ遅くまでお疲れさま!」

     すっかり友人になった二人だがそれでも規則は規則なので入館証を見せて局内に入っていく。当然まだスタジオには入れないのでレオニーはいつもヒルダが用意してくれる会議室でマリアンヌの台本に目を通す。手狭だが心地良く過ごせるように飲み物も軽食も参考資料も用意してある空間でヒルダとマリアンヌが地図を見ながらああでもないこうでもないと話し合っている。

    「次の企画の相談でもしてるのか?」
    「うん、でもまだ雲を掴むような感じでしっくり来なくて」

     ヒルダは眉間に皺を寄せながら眠気覚ましのテフに口をつけた。耳元では彼女お手製のイヤリングが輝いている。ヒルダは華やかな業界にいる華やかな女性だが案外地道な手作業も好きなのだ。

    「ヒルダさん、把握しているのに敢えて言及しない、と把握できなかったから言及すら出来なかった、には天地の差があります」
    「マリアンヌの言ってることが哲学的でよく分かんないぞ」

     実際には途中から話を聞いたせいだがレオニーはわざと見当違いなことを言った。レオニーは放送中、番組を途中から聞き始めた人にもわかるように何の話をしていたのか説明を入れるようディレクターのヒルダから指示されることがある。その際の要約もマリアンヌは台本に書いておいてくれる。実に分かりやすい文を書くのだが実際に喋らせると本当に何が言いたいのか伝わってこない。

     その晩のレオニーは番組の冒頭で台本通りマリアンヌの話をした。

    「頼めば葉書が山のように来るわけだからさ、待てばいいと思うんだよ。でもうちの作家は待てが出来なくてすぐ直接話を聞きにいっちゃうわけ!」

     目の下の隈は色濃く鏡を見る間を惜しんで必死にペンを走らせたせいで結い上げた水色の髪は崩れている。そんなマリアンヌを陰気で不器用と評価する者は多いし本人の自己評価も変わらない。だがレオニーやヒルダには私たちは新聞より早く伝えることが出来て新聞より人々の本音に寄り添うことが出来る、と誇らしげに語るマリアンヌが輝いて見えるのだ。
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