Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    111strokes111

    @111strokes111

    https://forms.gle/PNTT24wWkQi37D25A
    何かありましたら。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 290

    111strokes111

    ☆quiet follow

    本にする時には合間合間にいかがわしい場面が入る予定です。

    「願い骨」本編はこちら↓です。
    https://poipiku.com/IllustDetailPcV.jsp?ID=1455236&TD=8601273

    「願い骨」その後:一晩目 父エルヴィンから指摘された通りローレンツは感情表現が豊かな方だ。自覚してからは領民を安心させるためにも顔の筋肉がどう動いているのか気にかけるようにしている。
     ただ、クロードといる時は本当に自制がきかなかった。学生時代からそうだったが彼は本気でローレンツの感情を揺さぶってくる。彼の前では素直で飾ることのない時を過ごせた、と言えるのかもしれない。
     フォドラとパルミラの国境にある要塞、通称フォドラの首飾りで国王同士の会談が執り行われることとなった。迎え入れる側なのでベレトとローレンツは先に現地入りしている。
     この会談が実現にこぎつけるまでローレンツはパルミラの使節から何を言われても優雅さを失わなかった。怒り出しそうになってもクロードの方がもっと酷かった、と思えばすぐ冷静になれる。そうやってクロードを支えに取り乱すことなくやってきた。
     そんなローレンツの心にとって錨のような存在と予想外の状況で再会している。しかも彼は今や隣国の王なのだという。喜怒哀楽の全てが一気に押し寄せてきた。きっと彼が相手でなければもっと簡単に笑顔で蓋が出来ただろう。緑の瞳は何ひとつ見逃さないと分かっている。ため息のひとつも迂闊につけなかった。
    「あー、もっと面白がってもらえると思ったんだがな……」
    『我が王がお待ちですのでこちらへ』
     度重なる交渉を経た結果ローレンツもこれくらいのパルミラ語なら話せるようになっている。会談を行なう大広間へ案内する最中にクロードがフォドラ語で話しかけてきたが全て無視した。
    「あとで少し時間取れないか?」
    『意図がわかりかねます』
     案内などせずとも大広間だ、と言えばそれだけでクロードは勝手に向かうだろう。だが建前は守らねばならない。ローレンツは高貴な客人のため恭しく扉を開けた。

     ベレトはローレンツよりも肝が据わっているせいか他人からの評価を気にしない。懐かしい教え子の顔を見たフォドラの王は真顔でクロードに手を小さく振った。
    「元気そうだ」
     同席する通詞は何も知らないのか困惑しつつもベレトの言葉をパルミラ語に訳していく。
    「そちらも元気そうで何よりだ」
     フォドラ側で用意した通詞も困惑しつつパルミラ王の、クロードの言葉をフォドラ語に訳していく。円卓会議で諸侯相手に舌戦を繰り広げた者が話せないふりをするのだから白々しい。だが王同士の会談は和やかな雰囲気で終わった。この調子でいけば和平条約も近々締結できるだろう。

     その晩、ローレンツの部屋の窓を叩く音がした。デアドラの上屋敷に滞在していた時と回数が変わらない。書き置きのひとつも残さず消えた者のために窓を開けてやるのは業腹だったが、かつて情を交わした者のために窓を開けてやるのは嫌ではなかった。
    「どういうつもりだ。火遊びの相手が懐かしくなったのか?」
     窓を開ければ冷えた夜の空気が入り込む。寛ぐために早々に寝巻に着替えていたローレンツは思わず腕を擦った。一国の王になったというのに場を引っ掻き回すことを好むのは変わらないらしい。目敏いクロードは寝台の上に畳んで置いてある大きな布を手に取って広げた。縁の刺繍が美しく軽いので持ち歩いている。
    「怒られにきたんだよ」
     そう言いつつクロードはローレンツの首にそっと布を巻いた。首や肩を冷やすと頭が痛くなる、ローレンツの体質を覚えていたらしい。

     ローレンツは顎に手を当て、目の前にいるクロードをじっと見つめた。彼の周りに気の知れた者はいるのだろうか。
    「どの件で?」
     可能な限り平静さを保ったつもりだがローレンツの揺らぎを感じ取った緑の瞳が嬉しそうに細められる。今の自分はどうしようもない駄々っ子も同然でガルグ=マクにいた頃より抑えが効かない。
    「全部言ったら三日三晩かかる」
     多忙な彼が単なる昔馴染みにそれだけの時間を費やすのは不可能だ。ローレンツは大きなため息をつき、クロードに椅子をすすめた。湯を沸かしている間に茶器と茶葉を一揃えにしてある小さな箱を開く。ローレンツのため父エルヴィンが職人に作らせた携行用の小さな物だ。
    「茶を飲んだら自分の部屋に戻れ」
     だからきっとすぐに飲み終わってしまう。王として無益なことに熱中しようとするクロードをたしなめる。
    「学生時代もそんなこと言ったよな、お前」
    >>>中略>>>
     消灯後こそが自由時間、と嘯いていたクロードが寝巻き姿のままローレンツの自室に転がり込んできたのは、ルミール村で惨劇が起きた晩のことだった。あの晩でなければ彼が扉を叩く音に応じなかっただろう。
    「俺、あそこで先生と会ったんだよ」
     クロードの思い出は陰惨な光景で塗り潰されていた。ローレンツは惨劇が起きた日までルミール村へ訪れたことはなかったが自領にある村とそう変わらなかった筈だ。領主がしっかりしなければ自領の平民たちがあんな恐ろしい目に遭うのか、と考えただけで気が滅入ってしまう。
     与太話でもすれば気がまぎれるのかもしれない。そう考えて招き入れたがローレンツが提供できるのはため息だけだった。だが、クロードをすぐに追い返す気にもなれない。
    「茶を飲んだら自分の部屋へ戻れ」
     茶菓は人間関係の潤滑油になる。黒魔法で湯を沸かし、不眠に効くというカミツレの花茶を淹れてやった。持ち手に指は差し込まず摘んで持つのが礼儀作法としては正しい。だがクロードは茶器の胴体を掴んで飲んでいた。
    「行儀が悪いぞ!それにそんな持ち方をしては熱いではないか。火傷をしたらどうする?この間、僕が教えた通りに持ちたまえ」
    「指先が冷えすぎて眠れないんだよ」
     ルミール村で行われていた人を狂わせる実験の影響を受けたのかもしれない。心配になったローレンツはクロードの手を取った。
    「これは確かに……回復魔法が効くかもしれない」
     凍傷でも起こしたかのように指先が冷たい。だが疲労困憊なローレンツの身に魔力は残っておらず、呪文を唱えても魔法は発動しなかった。
    「すまない」
     これではクロードの役に立てそうにない。食事と入浴を済ませたのに魔力が多少なりとも戻っていないのは村の光景があまりに衝撃的だったからだ。
    「でも触られただけで少し楽になった」
     そういうとクロードは再び茶器の胴体を直接掴んでカミツレの花茶を飲み干した。褐色の指の冷たさがローレンツの指先にまだ残っている。確かにこれは辛いかもしれない。
    「ではせめて手入れをしてやろう」
     ローレンツは差し出された手に香油を塗ってやることにした。弓と槍では負荷のかかる場所が異なるが、お互いに胼胝だらけの手をしている。
    「ありがとうな、ローレンツ先生」
     冗談めかしているがこれは本当に辛いだろう。冷え切ったクロードの手に香油を塗っているとローレンツは違和感を覚えた。左手の甲に傷跡がある。微かなものなので直接触れなければ分からなかった筈だ。
    「う、そこは……」
     クロードの肩が軽く跳ねた。何かを堪えるかのように眉間に皺が寄り、目も潤んでいる。
    「古そうだがまだ痛むのか」
    「いや、大丈夫だ。何でもない。ありがとう、ローレンツ。どっちの手も随分と楽になったから多分これで眠れる」

     でもあの晩の彼は素直に自分の部屋へ戻った。現在の彼は素直に自分の部屋へ戻るだろうか。
    >>>中略>>>
     祖父オズワルドが健在で目を光らせていた時期にデアドラまで父が潜入できたこと、考えることに疲れた母が手を取ったこと、後ろ盾のない身で無事に出産まで漕ぎ着けたこと。この三つの奇跡が重なってクロードはこの世に生を受けた。だからクロードは脆い地盤に建てられた家のように安定しない環境で育っている。
     ブリギットとは違い、大王になれるのは王の息子のみ。父は国境を安定させるためフォドラ以外の国境を接する国全てから妃を娶っている。仮の話だがフォドラと国交があったならクロードはここまで追い詰められずに育った筈だ。
     百年かけても征服出来なかったフォドラに親パルミラ国家を樹立させた功績でクロードは王位を継いだ。クロード、いや、カリードの母ティアナも王太后となっているが同居していない。退位した父が全ての妃を連れて旧王宮へと移ってくれたのでようやく一息つけている。慣習に従っただけ、と強弁出来るのがありがたい。
    「話を聞いて欲しいからまだ帰らない」
     クロードは一口だけローレンツが淹れてくれた紅茶に口をつけた。首飾りの中はフォドラなので当然だが茶器は硝子製ではなく持ち手が付いている。茶葉もローレンツが好む薔薇の香りがするものだ。パルミラの紅茶には林檎の香りがついていることが多い。
    「では何故無言で消えたのだ」
     大切な仲間たちだけではない。リーガン領の領民も家臣も、主を殺した国の民もクロードは放置した。長居すればするほど愛着が湧き、離れ難かったが未練がましい態度を見せればそれは弱みとなる。
    「巻き込みたくなかった」
     ローレンツの眉間に皺が寄る。彼の表情がくるくると変わるところが子供の時から好きだった。
    「どの口がそんなことを……!!」
    「俺の国にもタチの悪い連中がいるんだよ。ヒューベルトが対処しきれなかったような連中がな」
     ただしパルミラにアガルタの民はいない。失踪後もクロードはフォドラに密偵を放っていた。だから戦後、ベレトたちが行った調査結果もある程度は把握している。
    「あの類の者を相手にしているのなら尚更こちらにも情報提供をすべきだろう」
     ベレト相手に隠しごとをするのは骨が折れるのだ。以前、二人きりの場でレアは死んでいた方がいいのか、と淡々と聞かれた時には流石のクロードも肝が冷えた。
    「いや、人ならざる者って訳じゃあない。ある意味人間らしさを極めたような連中だ」
     続きを促すようにローレンツは口を閉ざしている。倦んだレアが人に嘘をついたのも今のクロードなら納得できてしまう。今の世界が正しいと思い込んでいる者たちに親の罪と子を切り離して判断せよ、という命令を出しても従わない。
    「ひたすら無責任で合理的なのさ。責任を負わないから平気で他人の生命も身体も精神も運命も弄ぶ」
     クロードは眉を顰めた。彼らはそれぞれ得意分野が違い、毒の専門家も呪術の専門家もいる。子供時代のクロードは彼らから最も大切にしていた物を奪われた。

     取り戻したのはルミール村で悲劇が起きた晩のことだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏💞💞👍👍👍😭👏😭👏🙏🙏🙏💘💘💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator