蓮の実と指先 淀みなく会話をしながら視線は斜め下の手元に向けられ、絶え間なく指先は小さな採れたての蓮の実を剥いては、ひょいと藍曦臣と江澄の皿と交互に放り込んでいる。その江澄の慣れた手つきに見惚れながら藍曦臣は自分の皿から蓮の実を親指と人差し指で軽くつまんで口に放り込んだ。つるりと綺麗に剥かれた蓮の実は美味しく藍曦臣の口角は自然と上がった。
「美味しいね」
「あぁそうだろう。今朝採れたばかりだ。乾燥させれば時期以外でも食べることはできるが……。矢張りこの時期に食べるのが一番旨いからな」
蓮花塢の蓮が褒められてご満悦なのか江澄は機嫌がよさそうだ。
「あの、ところで江澄」
「なんだ?」
「ずっとさっきから私の分も蓮の実を剥いてくれているけれど、剥き方も教わっているし流石に私も自分で剥けるよ?」
洗濯は壊滅的に出来ないが食事に関しては薬草を煎じたりすることもあるため、上手いかと言われると微妙ではあるが食べられる程度の物を作ることは出来る。剥いてくれるのは嬉しいし気持ちの持ちようだとは思うが、江澄が剥いてくれた蓮の実の方が自分で剥くよりも美味しい気がするが流石にずっと剥いてもらうのは気が引ける。
ピタリと淀みなく動いていた江澄の指が止まった。
「あぁすまん。つい。気を悪くしたか?」
「いえ。気は悪くしないけれど……。あの、まさか江澄は客人には常に手づから蓮を剥いて?」
「いや、流石にそれはしない。あなたと金凌が幼かった頃くらいだ」
幼い子ども扱いなのか…と少しばかり落ち込むと「あー」と江澄の唸り声が聞こえた。
「子ども扱いしているわけじゃない。こんなでかい子どもがいてたまるか。第一あなた昨日俺に何をした。あんなこと子どもとするか」
江澄の言葉に昨夜から今朝にかけて牀榻の上で二人でしていたことを思い出してしまう。今蓮の実を剥いている指先が藍曦臣の抹額に絡み、背中に可愛らしい傷を付けた。
「おい、何を思い出しているか知らんが、思い出すな」
呆れたように指摘され、素直に謝る。江澄は指先で剥いた蓮の実を弄び出す。
「昔な、姉上が俺や魏無羨に蓮の実を剥いてくれていて。金氏に嫁いでからは金子軒に剥いてやっていて。本来ならば家僕が剥き終わった物を持ってくるべきなんだが、採れたて剥きたてが美味しいし、大事な人には美味しいものを食べて欲しいから、と言っていて」
江厭離らしい物言いだと藍曦臣は頷く。懇意にすることはなかったが、時々見かけた江澄や魏無羨への態度から言っている姿が容易に想像が出来た。姉君と同じように自分にも剥いてくれているのだとしたらこれ以上に嬉しいことはない。ありがとうと告げる前に、江澄が言葉を続ける。
「昔、魏無羨が来る前。まだ父上と母上の仲がそこまでこじれてなかった時、たまたま夜二人がこの四阿で多分酒だったんだろうな。飲んでいるのを見たことがあって。その時父上が剥いた蓮の実を母上が嬉しそうに食べていたのが今でも記憶に残ってて。俺も、あなたには俺の剥いた蓮の実を食べさせたいと思ったんだ」
江澄は行儀悪く顎肘をついて、視線はあらぬ方を向いている。ただ、耳の先はほんのりと赤くなり照れているのが分かった。
江家にとって、蓮花塢の象徴であり生活に根付いている蓮の実を相手に剥いて食べさせるのは愛情表現の一つなのだろう。言葉にされていないだけで、江澄からむけられる情に藍曦臣は頬が赤くなるのを感じた。心が浮き足立ち、今裂氷を心のままに吹けば随分と陽気な音になるだろう。
藍曦臣は卓の端に山積みに置かれた茎付きの果托を一つ手にとると、そこから蓮の実を取り出し皮を剥いた。
「では、あなたが私のために剥いてくれた蓮の実は私が食べて、私はあなたのために蓮の実を剥きましょう。私が剥いた実、食べてくれる?」
江澄ほど素早く綺麗には剥けなかったが艶々と白い蓮の実を江澄の口元に運ぶ。藍曦臣の顔と差し出された指先を江澄が交互に見てくる。そしてにぃと悪戯を思いついた子どものように口角を上げた。
「喜んでいただこう」
江澄の唇が藍曦臣の指先ごと蓮の実を食べる。まさか指ごと口に含まれるとは思わず、指先を江澄の唇から抜こうとすると、手首を捕まれ固定された。指先にはもう蓮の実はないのに、江澄の舌が藍曦臣の指先を嬲り軽く歯を立てる。腹の奥で小さな欲が火を灯す。藍曦臣は江澄を睨んだ。
「……阿澄。思い出すなと言ったのはあなたですよ?」
江澄は器用に藍曦臣の指を唇に含んだまま口角を更に上げた。江澄の指が先ほど剥いた蓮の実に伸びる。唇から指先は解放されないまま、口元に運ばれた蓮の実を、藍曦臣は江澄と同じように指ごと唇に含んだ。
蓮の実は、今までで一番甘かった。