Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💙 💜 🍉 🍌
    POIPOI 101

    takami180

    ☆quiet follow

    長編曦澄13
    兄上、自覚に至る(捏造妖怪を含みます)

    #曦澄

     姑蘇の秋は深まるのが早い。
     清談会から半月も経てば、もう色づいた葉が地面に積もる。
     藍曦臣は寒室から灰色の空を見上げた。
     彼の弟が言っていた通り、今年は寒くなるのが早かった。今にも雪が降りだしそうな空模様である。
     藍曦臣の手には文があった。十日も前に送られてきた江澄からの文である。
     まだ、返事を書けていない。
     以前は書きたいことがいくらでもあった。毎日、友に伝えたくなる発見があった。
     それが今や、書きたいことといえばひとつしかない。
     ――会いたい。
     顔が見たい。声が聞きたい。朔月に飛び乗ってしまいたくなる衝動が襲う。
     もしこの欲求をかなえたら、自分は次に何を願うだろう。
     彼が寒室に泊ったときを思い出す。あの朝、たしかに髪に触れたいと思った。そうして前髪に触れたのだ。
     許されるならば、額にも、まぶたにも、頬にも触れてみたい。
     もはや認めざるを得ないところまで来ていた。
     断じて、彼が言っていたような義弟の代わりではない。だが、友でもない。あり得ない。
     ため息が落ちる。
     何故、という疑念が渦を巻く。己の感情さえままならない未熟を、どのようにして他人に押し付けるつもりなのか。
     藍曦臣ははっきりと自分自身に落胆していた。姑蘇の双璧、沢蕪君と世人は言う。しかしながら、皮を剥げば一人の前にうろたえる意気地のない男にすぎない。
    「返事を、書かなければ」
     机に向かい、筆をとる。
     まずは紅葉を見に行けそうにない、という謝罪に答えよう。
     ——気にしないでください、今度は私が雲夢に参りましょう。冬が来る前に……
     冬、蓮花塢の冬はまだ先だ。それまで、彼には会わないようにしたほうがいい。また失態をくり返さないように。
     絶対に友であることは手放したくないのだ。
     藍曦臣は料紙に筆先を落とした。
     ——ご都合の良いときをお知らせください。
     江澄は多忙である。忙しさにかまけて、忘れてくれるかもしれない。藍曦臣も暇ではない。都合を合わせるのが難しいこともある。
     藍曦臣は書き上げた文を師弟に託した。天気の崩れやすい季節である。雨が続けば蓮花塢に着くまで五日以上もかかることがある。
     寒室に戻る途中、藍忘機と魏無羨に出くわした。彼らは今晩、夜狩に出るという。
    「雨か、雪になるかもしれないからね。気をつけて行っておいで」
    「はい」
     弟は素直に頷いた。ところが、魏無羨は口をへの字に曲げていた。
    「沢蕪君、なんかさ、またやつれた?」
    「そうでしょうか」
    「なあ、藍湛もそう思うよな」
    「少し、お元気がないように思います」
     二対の瞳がじっと藍曦臣の顔を見る。いつも彼らはするどい。弟は口に出さないだけで気づいているし、魏無羨は必要と判ずれば口に出すことを厭わない。
     藍曦臣はうなずいた。
    「少し、疲れたのかもしれません」
     閉関を解いた後、猶予なく政務に戻り、それも慣れないうちに清談会があった。そのせいだと思ってほしい。
    「今日はもうお休みになられては」
    「ありがとう。そうさせてもらおうかな」
     藍曦臣は弟に笑顔を向けて、では、と拱手した。その背を追いかけて、魏無羨の声が飛んでくる。
    「あんまり無理しないほうがいいですよ」
     それはどういう意味なのか。彼の言葉に裏を読んでしまうのは杞憂にすぎない。
     藍曦臣は会釈だけを返し、寒室へと足を向けた。
     庭に咲く竜胆の花は、その数を減らしている。
     その晩は、凍えるような雨が降った。
     
     翌朝、藍忘機だけが戻ってきた。藍曦臣と藍啓仁を前にして、彼は妖を捕らえ損ねたという。
    「猿のような妖異でした。西に逃げたので、今は魏嬰が先に追っています」
    「猿か、よくない兆しでなければよいが」
     藍曦臣は災害をもたらすという猿妖を思い出した。姑蘇は今まさに例年にない寒さに襲われている。
    「忘機、その猿は早々に捕らえなければならない。山に入れば恵を流し、川に入れば水を暴す」
    「猾猿か!」
     藍啓仁が膝を打った。これは一大事である。
    「各世家に知らせを走らせよ。人を集めなければ」
    「私は魏嬰を追います」
    「頼むよ」
     雲深不知処はにわかに慌ただしくなった。
     西へ、と藍忘機は言った。
     山がある。そして、雲夢がある。
     できれば姑蘇の内で捕らえたい。
     藍曦臣は筆を取った。まずは川北に点在する世家へ。それから、西の江家へ。
     災禍を知らせるとともに助力を願う。
     猾猿とはそれほどの妖異である。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺👏👏👏👏👍👍👍👏👏👏👏👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👏🐒🐒🐒👍🐵👏🙏👏👏🐒🐒👏👏👏‼‼‼👍👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    takami180

    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

    takami180

    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

    takami180

    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

    recommended works

    takami180

    PROGRESSたぶん長編になる曦澄その2
    浮かれっぱなし兄上
     どうしてこうなった。
     江澄は頭を抱えたい気分だった。今、彼は舟に乗り、蓮花塢への帰途にあった。そして、向かいには藍家宗主が座っている。
     川の流れは穏やかで、川面は朝陽にきらめいている。豊かな黒髪を風になびかせながら、藍曦臣はまぶしそうに目を細めた。
    「江宗主、あちらにいるのは鷺でしょうか」
     江澄は答えずに疑いの目を向けた。
     これが本当に食事もろくに摂らず、叔父と弟を嘆かせていたとかいう人物と同一なのだろうか。
     昨日、あの後、雲深不知処は大騒ぎとなった。とはいえ、家訓によりざわめきはすぐにおさまったのだが、藍忘機と藍啓仁を筆頭に誰もが戸惑いを隠せずにいた。
    「叔父上、お許しください。私は蓮花塢に赴き、江宗主に助力したく存じます」
     いや、まだ、俺はいいとは言っていないのだが。
     藍啓仁を前にきっぱりと言い切る藍曦臣に、江澄ははっきりと困惑の表情を浮かべた。これは口を挟んでいいものか。
     そのとき、背後から肩をたたく者があった。
    「江澄、何があったんだ」
    「俺が知りたい」
     江澄は即座に答えた。魏無羨は肩をすくめて、顎をしゃくる。
    「沢蕪君が姿を見せたのは半年ぶり……、いやもっ 2059

    takami180

    PROGRESS長編曦澄15
    おや、再び兄上の様子が……
     あの猿は猾猿という怪異である。
     現れた土地に災禍をもたらす。
     姑蘇の、あまりに早く訪れた冬の気配は、疑いなくこの猾猿のせいである。
     猾猿は気象を操る。江澄を襲った倒木も、雨で地面がゆるんだところに風が吹きつけた結果だった。
    「何故、それを先に言わん」
    「あんな状況で説明できるわけないだろ」
     魏無羨はぐびりと茶を飲み干した。
     昨夜、江澄は左肩を負傷した。魏無羨と藍忘機は、すぐに江澄を宿へと運んだ。手当は受けたが、想定よりも怪我の程度は重かった。
     今は首に布巾を回して腕を吊っている。倒木をもろに受けた肩は腫れ上がり、左腕はほとんど動かない。
     そして今、ようやく昨日の怪異について説明を受けた。ちょっとした邪祟などではなかった。藍家が近隣の世家に招集をかけるような大怪異である。
    「今日には沢蕪君もここに来るよ。俺が引いたのは禁錮陣だけだ。あの怪を封じ込めるには大きな陣がいるから、人を集めてくる」
     話をしているうちに藍忘機も戻ってきた。彼は江澄が宿に置きっぱなしにした荷物を回収しに行っていた。
    「なあ、藍湛。江家にも連絡は出したんだろ?」
    「兄上が出されていた」
    「入れ違いにな 1724