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    takami180

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    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    続長編曦澄5
    あなたに言えないことがある

    #曦澄

     机上に広げられているのは文である。藤色の料紙に麗しい手跡が映える。
     江澄はその文をひっくり返し、また表に返す。
     何度見ても、藍曦臣からの文である。
     ——正月が明けたら、忙しくなる前に、一度そちらにうかがいます。あなたがお忙しいようなら半刻でもかまいません。一目、お会いしたい。
     江澄はもう一度文を伏せた。手を組んで額を乗せる。頭が痛い。
     会いたい、とは思う。嬉しくもある。それと同じだけ、会いたくない。
     会ったら言わねばならない。先日の言葉を撤回して、謝罪をして、そうしたら。
     きっと二度と会えなくなる。
     江澄にはそれが正しい道筋に見えた。誰だって、自分を騙した人物には会いたくないに決まっている。
     江澄は袷のあたりをぎゅっとつかんだ。
     痛かった。痛くて今にも血が吹き出してきそうだ。
     だが、現実に鮮血はなく、江澄の目の前には文がある。
     いっそ、書いてしまおうか。いや、文に書いてはそれこそ二度と会えなくなる。もう一度くらいは会いたい。
     自分がこれほど厚顔無恥とは知らなかった。
     江澄は文を片付けると、料紙を広げた。ともかくも返事を送って日取りを決めよう。
     まだ、日はある。それまでに考えればいいことだ。
     
     
     そう思っていたのに、この半月、自分は何をしていたのだろうか。
    「江澄、久しぶりですね」
     朔月から下りて笑うその人を、江澄は鬱々とした気分で出迎えた。
     まだ、どうしていいかわからない。別離の覚悟も決まっていない。でも、会ってしまったのなら今日を最後にしなければいけない。
    「曦臣、元気そうでよかった」
    「あなたも」
     ひとまずはいつも通りに、笑顔を見せる。互いに拱手して、回廊を歩く。
    「無理を申し上げましたね」
    「いや、問題ない。まだそれほど忙しくなってはいない。あなたのほうこそ、雲夢に来るには無理をしたのではないか」
    「実は、明日の朝には出なければならなくて」
     江澄は立ち止まって、まじまじと藍曦臣の顔を見た。笑顔ではあるが隠しきれない疲れの陰がある。
    「あなた、昼食はとったのか」
    「いえ……、まっすぐこちらに」
     すでに正午は越えている。江澄は行き先を変えた。
    「とりあえず、何か食べるぞ。包子でいいな」
     客坊より私室が近い。通りがかった師弟に頼んで、余りの包子や、つまめるものを運んでもらう。
     その間に江澄は茶を入れた。迷ったが、ひとまずはいつもの緑茶にした。
    「なんだか、以前あなたに叱られたことを思い出しました」
    「笑っている場合じゃないぞ、藍曦臣。きちんと食べなければ、今日はあなたに付き合わないからな」
    「それは困る。いただきましょう」
     黙食は藍氏の家訓のひとつだ。
     江澄は干しあんずをかじりながら、食事が終わるのを待った。
     こうしていると、何も変わらない気がする。考えすぎていたのだろうか。こんなふうに過ごすだけなら、わざわざ蒸し返す必要はない。
     ふと目が合った。藍曦臣が嬉しそうに微笑む。
     江澄は干しあんずに手を伸ばしてごまかした。
     たった半日だ。半日を友と過ごすために、姑蘇からの距離を御剣の術で来るわけがない。どうにもならないのに、夢想にすがる。自分はどうやら、藍曦臣との時間がそれほどまでに惜しいらしい。
    「江澄」と優しく呼びかけられて、はっとした。
     いつの間にか、傍らに藍曦臣が立つ。食事を終えたのか。
    「考えごとですか」
    「いや、すまん。すぐに片付けさせる」
    「江澄、その前に」
     立ち上がると、腕に捕らえられた。「会いたかった」と耳元でささやく声に体がかたまる。
     無理だと思った。
     本当のことなんて言えるわけがない。
     言わなくても、気づかれることはない。
     沈めてしまえばなかったことになる。
     江澄は、藍曦臣の肩に頬をつけて、白い衣の端を握りしめた。
     与えてもらえるぬくもりを、手放すことはできなかった。
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     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
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    PROGRESSたぶん長編になる曦澄その4
    兄上、川に浸けられる
     蓮花塢の夏は暑い。
     じりじりと照りつける日の下を馬で行きながら、藍曦臣は額に浮かんだ汗を拭った。抹額がしっとりと湿っている。
     前を行く江澄はしっかりと背筋を伸ばし、こちらを振り返る顔に暑さの影はない。
    「大丈夫か、藍曦臣」
    「ええ、大丈夫です」
    「こまめに水を飲めよ」
    「はい」
     一行は太陽がまだ西の空にあるうちに件の町に到着した。まずは江家の宿へと入る。
     江澄が師弟たちを労っている間、藍曦臣は冷茶で涼んだ。
     さすが江家の師弟は暑さに慣れており、誰一人として藍曦臣のようにぐったりとしている者はいない。
     その後、師弟を五人供にして、徒歩で川へと向かう。
     藍曦臣は古琴を背負って歩く。
     また、暑い。
     町を外れて西に少し行ったあたりで一行は足を止めた。
    「この辺りだ」
     藍曦臣は川を見た。たしかに川面を覆うように邪祟の気配が残る。しかし、流れは穏やかで異変は見られない。
    「藍宗主、頼みます」
    「分かりました」
     藍曦臣は川縁に座り、古琴を膝の上に置く。
     川に沿って、風が吹き抜けていく。
     一艘目の船頭は陳雨滴と言った。これは呼びかけても反応がなかった。二艘目の船頭も返答はな 2784

    takami180

    PROGRESS恋綴3-7(旧続々長編曦澄)
    別れの夜は
     翌日、江澄は当初からの予定通り、蔵書閣にこもった。随伴の師弟は先に帰した。調べものは一人で十分だ。
     蔵書閣の書物はすばらしく、江澄は水に関連する妖怪についてのあらゆる記述を写していった。その傍ら、ひそやかに古傷についても調べた。しかしながら、薬種に関する書物をいくらひもといても、古傷の痕を消すようなものは見つからない。
     江澄は次に呪術の書物に手をかけた。消えない痕を残す呪術があることは知識として持っている。その逆はないのだろうか。
     江澄は早々に三冊目で諦めた。そもそも、人に痕を残すような呪術は邪術である。蔵書閣にあるとしても禁書の扱いであろう。
    「江宗主、目的のものは見つかりましたか」
     夕刻、様子を見に来た藍曦臣に尋ねられ、江澄は礼を述べるとともに首肯するしかなかった。
    「おかげさまで、江家では知識のなかった妖怪について、いくつも見つかりました。今までは海の妖怪だからと詳細が記録されてこなかったものについても、写しをとることができました」
     たしかに江家宗主としての目的は果たせた。これ以上に藍家の協力を得るのは、理由を明かさないままでは無理なこと。
    「あなたのお役に立てたなら 2224