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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    恋綴3-1(旧続々長編曦澄)
    あのあとの話
    同じ轍を踏む兄上

    #曦澄

     西瓜は口に入れた瞬間に甘い果汁があふれ出て、とてもおいしかった。
     食べ終わるのがもったいないほどだった。
     さて、食べ終えたからには顔を上げなければいけない。
     江澄はひとつ息を吐いて背筋を伸ばす。
     向かいには、ものすごく機嫌の良さそうな笑顔があった。
    「おいしかったですね」
    「そうだな」
    「今日は何時までいられるのですか」
    「いや、急なことだったから、もう帰ろうかと」
     途端に藍曦臣はうなだれた。彼のそんな顔は初めて見た。
    「それはしかたありませんね。どちらで宿を?」
    「ぎりぎりまで飛ぼうと思っていたから、決めていないが」
     江澄は腕を組んで、天井を見上げた。今からであれば、日が沈む頃には姑蘇を出られるだろう。
     明日には蓮花塢に戻らなければいけないが、それは夕刻でも問題ない。最悪、明後日の朝一番に戻れれば……
     そこまで考えて、江澄はうっすらと頬を染めた。そんなことを言えば無茶をするなと叱られるに決まっている。だが、考えてしまうくらいにはここを離れがたく思っている。
    「あー、あのな、曦臣」
    「はい」
    「今すぐに発たなければいけないわけではなくて」
    「そうなんですか」
    「もう少しなら……、一時くらいなら」
    「日が沈んでしまいますよ」
    「別に今日姑蘇を出ないといけないわけでは」
    「江澄」という藍曦臣の言葉には、諭すような響きがあった。
    「私はとても嬉しいのですが、無理をしないでください」
     藍曦臣の言う通りである。頭では分かっているが、なかなか腹に落ちてこない。
     無理をしているのではなく、少しでも長く一緒にいたいだけなのだ。
    「江澄、少し、ここで待っていてください」
     唐突に藍曦臣が立ち上がった。彼は返事も待たずに寒室を出て行く。
     一人残された江澄は、しかたなく庭をながめた。並び立つ立葵は午後の風を受けて、少し元気がないようだ。薄紅の花がしおれているように見える。
     まさか、こんな結果を迎えることになるとは思っていなかった。藍曦臣との口づけを思い出し、顔に熱が集まってくる。
     江澄は口を手のひらで隠した。
     また、してほしいと思う自分は恥知らずなのではないか。
     別れる前にもう一度。
    「江澄、お待たせしました」
     戻ってきた藍曦臣は裂氷と朔月を手にすると、信じられないことを言い出した。
    「姑蘇を出るところまで送ります」
    「は?」
    「今、忘機に夜をまかせてきました」
    「しかし、そんなこと」
     江澄は慌てた。山門までならまだしも、姑蘇を出るまでとなるとちょっとの外出ではなくなる。
     藍曦臣は江澄の傍らに膝をつき、耳元でささやいた。
    「私も、あなたと離れたくないのですよ」
     そう言われては断れない。
     江澄はうなずいた。


     藍曦臣と二人で飛ぶのは気持ちよかった。傾いていく太陽の色を映して、雲が鮮やかな橙に染まる。その中を白い衣を翻して行く藍曦臣の姿に、江澄は見惚れた。
     姑蘇の端の町に着いた後は、すぐに宿に入った。
    「藍曦臣、夕食をどうする」
    「そうですね」
    「亥の刻も近いし、適当に買ってきてもらって食べるか」
     酒楼に行ってもいいが、藍曦臣には肩身の狭い思いをさせることになる。藍曦臣を連れて出るのも、ただ目立つことになって避けたい。
     江澄は宿の者に買い物を頼んだ。自分で行くよりも高くつくが、今日は贅沢をしたい。
     包子、炒菜、鶏肉の湯、それから乾燥棗と落花生。頼んでいないのに、天子笑が三壺も付いていたのには笑った。
     江澄は酒を飲みながら、藍曦臣は静かに、食事は進む。
     今晩はこのまま休むことになるのだろう。
     きっと、藍曦臣と一緒に。
     江澄は杯を重ねた。落ち着かない。まったくどうしていいかわからない。
     嫌でないことはたしかだが、これまでなんの経験もなく、予想をつけられないのがおそろしい。
    「少し、飲みすぎではないですか」
     二壺目を半分ほど過ぎたあたりで、藍曦臣が耐えかねたように口を開いた。
     彼は包子を二つ、炒菜も、湯も、食べ終えている。
     江澄は「そうか?」と言いつつ、壺から盃に酒を注ぐ。まだ、視界は正常に平衡を保っているし、気持ち悪いわけでもない。顔が赤いことは間違いないだろうが。
     ふと、江澄は気づいた。今なら顔が赤くなっても、酒のせいにできるのではないか。
    「なあ、曦臣」
    「なんでしょう」
    「そっちに行ってもいいか」
    「……どうぞ」
     江澄は藍曦臣の隣に座り、その肩によりかかった。勝手に手を取り、指をからませる。
     ずっと、こうしたかった。
    「江澄?」
    「……藍渙、と呼んでもいいか」
     言ってから、惜しいことをしたと思った。自分の顔が相手から見えないのはいいが、これでは藍曦臣の顔を見ることもできない。
    「もちろん。嬉しいです、江澄」
     こめかみのあたりに口付けられる。「江澄」と請うようにささやかれて、江澄は観念して顔を上げた。
    「ん」
     唇を合わせるのは気持ちいい。指を解いて、腕を首に回すと、腰を強く抱かれる。藍曦臣の体温を強く感じた。
     下唇を食まれて、口を開ける。入ってきた舌に、舌を擦り付けると、突然、体が傾いだ。
    「んんっ」
     のしかかってくる重みと、背中に感じる板の間の感触に、江澄は慌てた。慌てたがどうにもならない。
     舌が歯茎をくすぐれば背中が浮き、上顎を擦れば肩が震える。
     藍曦臣の舌は口腔を余すことなく舐め上げて、江澄はそれを受け取るだけで精いっぱいだ。
    「江澄」
     すっかり息が上がった江澄は、涙目で藍曦臣を見上げた。
     男に笑みはなく、細められた目に映るのは欲望である。
     再び近づいてくる美しい顔に、江澄はゆっくりと目を閉じた。自分の顔が強張っていることには気づいたが、どうやったら力が抜けるのかはわからない。
     藍曦臣の唇は、まず、額に触れた。その次には鼻梁に、続けて頬に口づけを落とす。
    「江澄」
     耳に吹き込まれるようにして名を呼ばれた。ぴちゃり、と音がして、耳を舐められたのだと知る。湿った感触は首筋を下りて、喉元に吸い付く。
    (もしかして、このまま、ここで?)
     ふわふわした心地が、一気に吹き飛ばされた。灯りはつきっぱなしだし、当然明るいし、こんな場所で見顕されたら。
     袷の下には傷がある。
     江澄は慌てて藍曦臣の肩を叩いた。
    「藍渙、あの」
    「もう少しだけ」
    「んっ」
     何故か再び口をふさがれた。江澄はあっという間に翻弄されて、必死で藍曦臣の衣を握った。長い指が首筋をくすぐって、袷をゆるめる。
    「やめろっ!」
     江澄は腕で思い切り藍曦臣を押し返した。
     藍曦臣は目を見開いて、江澄から手を離す。
    (しまった)
     誤解をさせた。すぐにそう気がついたが、なんと言ったらいいのかわからない。
     江澄自身も動揺していた。
     普段は気にもならない胸の傷を、どうして今思い出したのだろう。
    「すみません、江澄」
    「いや……」
     江澄は体を起こして、このやりとりは二度目だと気がついた。藍曦臣を見ると、以前と同じように江澄から離れていこうとしている。
    「藍渙」
    「はい」
    「嫌だったわけではないぞ」
    「はい?」
    「だから、その、あなたが嫌だったわけではなくて」
     胸の傷が見えてしまう。
     とは言えなかった。傷ごときを気にするような男だとは思われたくない。
     言葉を探していると、藍曦臣に抱きしめられた。
    「すみません、本当に」
    「謝らなくていい」
    「好きです、江澄」
     藍曦臣は江澄の背中をさすりながら、「好きです」とくり返す。
     江澄は「俺もだ」と答えて、体を預けた。
     まるでいつかの再現だった。
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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
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     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
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     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
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     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
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     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
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    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

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    PROGRESS続長編曦澄2
    あなたと手を繋いでいたい
     初冬の蓮花湖にはなにもない。花は言うに及ばず、葉もとっくに枯れている。
     見えるのは、桟橋に向かう舟の影だけ。
     だというのに。
     江澄は隣に立つ男を見た。
     藍曦臣は「どこに行きたい」と尋ねた江澄に、ここを希望したのである。
     冬になる前には、と言っていたもののそれは叶わず、藍曦臣の訪問は結局、冬の訪れを待ってからになった。
     猾猿が及ぼした影響は深く、姑蘇の地は冬支度がなかなか終わらなかった。
     それでも季節は移る。冬になってしまえばできることは少ない。宗主としての仕事が一段落すれば、正月までは特別な行事もない。
     そうして、今回、藍曦臣は三日の間、蓮花塢に逗留することになった。
    「あちらに見えるのが涼亭ですね」
    「そうだが」
    「あなたに蓮の実をいただいたのを思い出します」
     江澄に視線を移して、藍曦臣は笑う。
     なにがそんなに楽しいのだろう。江澄はまじまじと見返した。
    「どうしました?」
    「こんな、なにもない湖を見て、そんなに楽しそうにできるのはあなたぐらいだ」
    「そうでしょうか」
     風が吹く。北からの冷たい風が二人の背中をなでる。
    「きっと、あなたと一緒だからですね」
     江澄 1152