お野菜AU:出会い 藍渙が初めてその踊りを見たのは彼が九つの年だ。叔父に連れられ蓮茎の国である雲夢へと訪れた時だった。ちょうど暑くなり始め、雲夢自慢の蓮池に緑の立葉が増え始めた五月の終わり頃だ。蓮茎の植え付けがひと段落し、今年の豊作を願って雲夢の幼い公主と公子が蓮花湖の真ん中に作られた四角い舞台の上で踊る。南瓜の国である姑蘇でも豊作を願うが、舞ではなくて楽であったため、知見を広げるためにも、と藍渙は叔父に連れてこられた。
舞台の上で軽快な音楽に合わせて自分とさほど年の変わらない江公主と弟と同じ年か一つか二つ下に見える江公子がヒラリヒラリと舞う姿に目を奪われた。特に幼い藍渙の心を奪ったのは公主ではなく公子だった。
江公主は蓮茎の葉や花を現した衣を着て、江公子は甘藷の葉や花を金糸で刺繍された紫の衣を着ていた。蓮茎の国では代々江家の子は蓮茎を司るが、なぜか江公子は蓮茎を育てる力よりも甘藷を育てる力が強いと聞く。故に、甘藷を模した衣なのだろう。その紫の衣は江公子によく似合っていた。床すれすれの長さで背中で蝶結びにされた黄色い帯は小さく跳ねるのにあわせてふわりふわりと可憐に揺れる。胸元を彩る赤い帯もやはり蝶のようで、甘藷の花の蜜を求めにやってきた蝶にも見えた。紫色をした甘藷の花は実を結ぶことが出来なくなった際に咲くというから、藍渙は実物をまだ見たことないが、きっと公子のように可憐なのだろうと幼心に思った。
豊作祈願の祭りが終わった後、叔父に連れられて江宗主に挨拶をしに行くと、踊っていた時の着物まま江公主と江公子もその場にいた。挨拶を交わし、大人たちの会話の邪魔にならないようにと子どもは席を外すように言われた。江公主は彼女の母に呼ばれ、藍渙は江公子の案内で蓮花塢を案内された。蓮茎が沼の中で育っているのだと、一生懸命に教えてくれる江公子が可愛らしく藍渙はにこにこと聞きながら、先ほどの踊りと着ている衣を褒めた。
「江公子。先ほどの踊りとてもお上手でした。それにその衣、とてもよく似合っていますね」
思ったことをそのまま口にしただけだった。自分の言葉を嬉しいと思ってもらえればいい。できれば、自分のことも好きになってくれたらいい。そんな打算があっての言葉だったが、江公子はぎゅっと小さな手で衣を掴み、眉根をきつく寄せた。
「……ほんとうは、れんこんをそだてる力がつよくなきゃいけないのに。あーちょんはおいものほうがとくいだから」
ぎゅっと泣きそうな顔をする江公子に藍渙は慌てた。藍渙はまだ十にも満たなかったが、次期宗主であるにもかかわらず蓮茎よりも甘藷の力が強いことで、江公子が大人たちに何かを言われているだろうことを察する。はっとして、藍渙は慌てて江公子を抱きしめた。
「私はお芋もとても素敵だと思います。えっと、江公子。お名前を聞いてもいいですか? 私は藍渙といいます。南瓜を司ります」
「らんほわん? あーちょんはじゃんちょん」
「江澄? 江澄とお呼びしてもいいですか?」
「うん。……藍渙はおいも嫌じゃない?」
おずおずと腕の中で江澄が藍渙を見上げながら聞いてくる。藍渙はぎゅうっと一度強く抱きしめてから力を緩めると、江澄の目線と自分の目線を合わせるためにしゃがんだ。
「はい。お芋はとても栄養がありますし、いろんな土地で育つことが出来ますから、他の野菜が育たない土地でも育つことが出来て民が助かります。それに、甘くてとても美味しいでしょう?」
書で読んだ甘藷に関する知識を総動員して藍渙は江澄に甘藷の良さを語る。少しずつ江澄の眉間の皺がほどけてくる。
「でも、雲夢はれんこんの……」
「蓮根を育てる力もお持ちなのでしょう? であれば、江澄は蓮根とお芋の両方を司る素晴らしい才能を持っているということです」
「……そうかな?」
「はい」
力強く頷くと、江澄がへにゃりと嬉しそうに笑った。
「それに、お芋は私の南瓜と同じで蔓があります。お揃いですよ」
「お揃い?」
「はい。大きくなったら、江澄の蔓と私の蔓、絡ませましょうね?」
なんとか江澄と自分の共通点を見つけて、藍渙は約束を取り付けたかった。それがどういう感情から来るものかは分からなかったが、江澄とのつながりを何か欲しいと思ったのだ。甘藷も南瓜も蔓を持つ。手を繋ぐ、そんな感覚で「蔓を絡ませる」という言葉を使って約束をした。
「あーちょんのお芋と藍渙の南瓜、なかよくさせるの?」
「えぇ。仲良くさせましょう。約束です」
「ん」
江澄に差し出した小指に江澄の小指が、まるで蔓が絡まるようにぎゅっと絡まる。
「蔓を絡ませる」という言葉が閨を共にするという隠語であることは、聡いと言われている藍渙も流石にまだ知らなかった。
また来年も来ます。そう約束したが、藍渙と江澄が再び出会うのは字で呼ばれるようになって随分と経ってからのこととなる。