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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    曦澄ワンドロワンライ
    第七回お題「雨」
    体だけの関係の曦澄、雨の朝のこと。
    これから修羅場です。
    (名前だけ阿瑶が出てきます。ご注意ください)

    #曦澄

     蓮花湖の水面に波紋が広がる。
     小さな波紋が三つ四つと重なって、次第に波紋の隙間がなくなり、ただ細かく湖面が波打ちだす。
     蓮の葉にも、花弁にも、しずくが落ちて丸まって転がる。
     蓮花塢の蒸し暑い夏の朝である。
     藍曦臣はぼんやりと明けゆく空の下、欄干に手をついて、その様子をながめていた。中衣に深衣を羽織っただけの格好で、雲深不知処であれば絶対にこのような姿をさらしはしないが、ここに禁じる規律はない。
     振り返れば紗の帳子に閉ざされた牀榻がある。
     その内には先ほどまで腕に抱いていた人が眠っている。
     再び湖に視線を戻した藍曦臣の口からは、重たいため息が落ちた。
     閉関中に関係を持ち、その後宗主として再び世に戻っても、彼との交わりを解くことはできなかった。すでに一年以上をこうしてすごしている。
     このままではいけないと思うものの、月に一度、あるかないかの逢瀬ではどうしても言い出せない。会えばすぐにその肌に手を伸ばす、己にこらえ性がないのだということは承知しているが、考えるよりもひどく難しいことである。
    「藍渙」と甘い声で呼ばれれば、あらがえない。
     しかし、今朝は雨だった。たいていは翌朝すぐに発つことになるのだが、これでは御剣の術で姑蘇に帰ることはかなわない。
     機会を得たというのにひどく気が重い。
     そもそも、彼になんと言えばよいのか。
     関係を終わらせたいのではない。このつながりに名前をつけたい。だが、藍曦臣の思いとは逆に、彼はそれを望んでいないことはわかっていた。
    「気晴らしだと思ってつきあってくれ」
     初めに寒室へ乗り込んできたときに彼が言った言葉である。
     つまり、彼にとっては気晴らしでしかない。
     藍曦臣の気持ちなど重たいばかりで快く迎えられるものではないだろう。
    「阿瑤、助けてくれ」
     つい、口をついて出た。かつての義弟は心の機微に敏い、優秀な男であった。しかし、思い浮かべた金光瑤は「二哥、がんばってください」と笑うばかりである。
     しゃらり、と紗が触れ合う音がした。
     パッと振り返ると、帳子が揺れている。
     彼が起きたのだ。
     この機を逃してはならない。そうでなければ、この先もずっと気晴らしの相手に甘んじることになる。
     細かい雨はにわかに勢いを増し、湖面はさざ波立つ。
     藍曦臣は欄干から手を離した。

     *****

     江澄は寝返りを打った。
     むき出しの肩をあたたかい手のひらがなでて、それから絹の掛布がかけられた。
     しゃらり、と紗の帳子が揺れる音がする。
     目を開けると、薄い影の向こうで男が露台に出ていくのが見えた。
     男は背を向けたまま、眼下の蓮花湖をながめている。
    (なにを)
     江澄は体を起こした。
     この日のために特別に用意している絹が肩からすべり落ちた。
     ふいに男がこちらを振り返り、江澄はぎくりと肩を揺らした。しかし、露台からこの暗い牀榻の内側は見えないだろう。再び、男は湖を向く。
     雨が降っているようだった。
     細かい雨だ。
     空は灰色の雲に覆われて、すぐにはやみそうにない。
     江澄は胸をなでおろした。
     いつもは早朝に発ってしまう男も、この雨ではしばらく蓮花塢から出られないだろう。もしかしたら、もう一晩泊まっていくかもしれない。
     しかし、そう思ったのもつかの間、江澄の顔に影が差す。
    「気晴らし」ではじめたこの関係も、すでに一年以上が経つ。最近、男の雰囲気が変わったことに江澄は気がついていた。
    (潮時だろう)
     指先でそっと紗をよけると、白衣の広い背中が見える。
     ふいのことだった。「阿瑤」と声が聞こえた。
     江澄はとっさに手を引き、慌てて頭から絹をかぶった。
     息が止まりそうだ。
     かつて男には心から愛した人がいた。まさか、今でも彼のことを思っているとは。
     江澄はぐっと歯をかみしめた。
     そんな気はしていた。自分が「気晴らし」だと言ったのだから、本当にそうであったとして傷つくいわれはない。
     だが。
     少しは男の心にとどまれたかと思っていたのに。
    「起きましたか」
     江澄はぎゅうと掛布を握りしめた。今、顔を見られるわけにはいかない。
    「江澄? どうしました。顔を見せてください」
    「……いやだ」
     男の手がそっと絹をよける。江澄は力いっぱい抵抗したが、これではなにかあると言っているようなものだった。
    「泣いているのですか」
     わずかにあいた隙間から指がしのびこんで、江澄の頬をなでた。
     これまでだった。
     この男の手は不思議なもので、いつでも江澄の努力をむなしくする。
     江澄はゆっくりと手から力を抜いた。
     あばかれた顔はひどいものだっただろう。
     その顔を見下ろして、ほおをつたう涙をぬぐい、男は口を開いた。
    「あなたに、聞いてもらいたいことがあるのです」
     じっとこちらを見つめる男の瞳は真剣で、逃れられないとさとる。
     江澄は男の首に腕を回した。
    「聞きたくない」
     この願いは聞き入れられないと知りながら、それでも終わりは遠ざけたかった。
     朝の光は分厚い雲の向こう側にある。
     細雨は変わり、強い雨音が響いている。
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     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
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    「とりあえず、水を」
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     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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     机上に広げられているのは文である。藤色の料紙に麗しい手跡が映える。
     江澄はその文をひっくり返し、また表に返す。
     何度見ても、藍曦臣からの文である。
     ——正月が明けたら、忙しくなる前に、一度そちらにうかがいます。あなたがお忙しいようなら半刻でもかまいません。一目、お会いしたい。
     江澄はもう一度文を伏せた。手を組んで額を乗せる。頭が痛い。
     会いたい、とは思う。嬉しくもある。それと同じだけ、会いたくない。
     会ったら言わねばならない。先日の言葉を撤回して、謝罪をして、そうしたら。
     きっと二度と会えなくなる。
     江澄にはそれが正しい道筋に見えた。誰だって、自分を騙した人物には会いたくないに決まっている。
     江澄は袷のあたりをぎゅっとつかんだ。
     痛かった。痛くて今にも血が吹き出してきそうだ。
     だが、現実に鮮血はなく、江澄の目の前には文がある。
     いっそ、書いてしまおうか。いや、文に書いてはそれこそ二度と会えなくなる。もう一度くらいは会いたい。
     自分がこれほど厚顔無恥とは知らなかった。
     江澄は文を片付けると、料紙を広げた。ともかくも返事を送って日取りを決めよう。
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