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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    曦澄ワンドロワンライ
    第十二回お題「中秋節」
    本編終了後、付き合ってる曦澄。

    #曦澄

     まだ、月が満ちるには少しだけ日が足りていない夜のことだった。
     江澄は露台の端に座り込み、手すりの間から足を空に投げ出した。片手に持った酒壺から杯に酒を満たす。
     雲夢の、飲みなれた酒だ。
     味は良く知っているのに、今晩はそのおいしさが逃げてしまった。
     中秋節を数日後に控え、江澄は十日ほど前からひどく忙しい毎日を送っていた。屋台の仕切り、出し物の準備、食材の調達、ぜんぶ宗主の仕事である。
     そんな中でも楽しみはあった。同じく忙しくしているであろう藍曦臣から、どうしても一日だけ会いに行きたいと、時間を作ってほしいと文があった。
     互いに宗主の身である。多忙ゆえになかなか会うこともかなわない。それは承知の上だった。
     それでも、会えない日が重なれば寂しさもつのる。
     江澄は、けして文には書かなかったが、喜んで今日の午後を空けたのだ。
     それなのに。
     江澄は再び酒をあおった。
     藍曦臣はいまだ姿を見せない。
     遣いはあった。遅くなるかもしれないと伝言だけ受け取った。
     とはいえ、湖に映る月は西の空だ。
    「うらやましいな」
     月は空にあって、どこでも見下ろせる。藍曦臣が今どこにいるかも知っている。
     江澄のように待ちぼうけをしたうえで、結局会えないなんてことにもならない。
     亥の刻はとうに過ぎた。さすがに今晩、藍曦臣が来ることはないだろう。
     いまいましくなって、江澄は続けて酒をあおった。そうして酒壺が空になると、露台にごろりと寝ころんだ。
     雲が出ている。細くたなびく雲が。ちらちらと光る星の下を流れていく。
     江澄は目を見開いた。
     その雲の下に影が見える。その影はあろうことか剣に乗って、衣をはためかせ、細く尾を引いている。抹額の、尾だ。
     江澄は飛び起きて高欄に足をかけた。
     すべりおりてくる影めがけて身を投げる。
    「江澄!」
     すぐさま力強い腕にさらわれた。
     剣は流れるように空へと戻り、しばらく旋回した後、ゆるゆると動きを止めた。
    「な、なにをしているんですか、あなたは!」
    「あっはっはっは、驚いただろう」
    「驚きました!」
     江澄は藍曦臣の首に腕を回すと、険しい顔のその唇に、唇を押しつけた。
    「あなたが来るのが見えたから、つい」
    「つい、で身を投げられていたら心臓が持ちません」
    「悪い、あなたなら大丈夫だと思ったんだ」
    「万が一にも落とすことはあり得ませんが」
    「そうだろう? だから、そう怒るな」
     もう一度唇を重ねると、今度は藍曦臣も江澄の腰をぐいと引き寄せた。
     深く、舌をからめて、口づけを交わす。
    「……ん、なあ、どうしてこんなに遅くなったんだ?」
    「雲深不知処から出る間際に事故の知らせがありまして」
    「事故か。大変だったな」
    「いえ、お待たせして申し訳ありません」
    「いいんだ。無理してでも、来てくれたからな」
     藍曦臣はそれでも眉尻を下げたままで、江澄は首をかしげた。
    「どうした?」
    「あなたも無理をしてくださったでしょうに」
     どうやら、遅くなったことを相当気に病んでいるらしい。
     江澄は藍曦臣の額に、己の額をつけて言った。
    「そう思うなら、もっと抱きしめてくれ」
     藍曦臣の瞳がやわらかくほほえむ。
     江澄は再びまぶたを閉じた。
     きつく抱きしめてくる腕と、押し付けられる唇の熱に、体の奥がじりじりと熱くなった。


     江澄は藍曦臣から受け取った水を飲み干すと、もそもそと掛布の下にもぐった。
     月は沈み、星のきらめきだけが空に残っている。
    「なあ、それはなんだ」
     藍曦臣は牀榻に上がる前に、机の上に一抱えもある包みを置いていた。さきほどは気にもしなかったその包みが、今になって気になった。
    「あれは……、明日お見せしますが月餅です」
    「月餅? また、なんで」
     月餅なら蓮花塢でも大量にこしらえた。蓮の実の月餅も、こしあんの月餅も、食べきれないくらいの量がある。
     藍曦臣は江澄の隣に横になると、腕を回して江澄を引き寄せた。
    「あなたの月餅と交換していただきたくて」
    「別にかまわないが」
     江澄は藍曦臣の胸の上にあごを置いた。
     長い指が髪の毛をすいていく。
    「今年はあなたと月餅をいただくことはできませんが」
    「まあ、そうだな」
     今年と言わず、来年も、再来年も、何年たってもそうだろう。江澄には蓮花塢があり、藍曦臣には雲深不知処がある。
     しかし、藍曦臣は江澄の頬をなでながら小さく首を振った。
    「来年はあなたと中秋節をすごしたいのです」
    「いや、それは……」
    「家族になってください」
     藍曦臣の言葉の意味が分からなかった。
     江澄がきょとんとしていると、手を取られ、指先に口づけられた。
    「私の、道侶になってください」
    「……そんな」
     そんなのは、言われたって無理だろう。たとえ道侶になったところで、宗主同士ではずっと一緒にいることはできない。
    「私が蓮花塢に移りますので」
    「移るって」
    「何年も前から準備をしてきました。今年で宗主を下ります」
     あなたにどうしても伝えたかったから、今日は絶対に会いたかった。
     そう話す藍曦臣の顔は穏やかで、江澄はパッと顔を伏せた。
     白い衣を握りしめると、大きな手に包まれる。
    「江澄、ねえ」
    「なんだ」
    「顔を上げて」
    「無理だ」
    「来年は月餅を一緒に食べてください」
    「…………ああ」
     両腕で体を抱え込まれて、江澄はたまらずに顔を上げた。
     すかさず口をふさがれて、すぐに息もできないくらいの、深い口づけになる。
     全身で男の体温を感じながら、江澄は再び熱にのまれた。
     秋の夜は長い。
     湖は星のきらめきを映している。
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     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
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