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    ベルジャン(2009/09/23)

    #ラキファン
    lachrymalFan

    ここにサインをお願いします晴れてめでたくCR:5のボスに就任した俺だが、まあ普通に考えてついこないだまで鞄持ち上がりのチンピラだった奴がいきなり組織をまとめてなんていけやしない。
    俺の仕事はアレッサンドロの親父やカヴァッリの爺様を始めとするお偉方に尻を叩かれつつ、幹部たちから仕事を学び、あいつらが上げてくる書類に片っ端からサインをしていくことだった。

    「はいコレもね、ジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテ――っと」

    時代がかった羽ペンでの署名には、ようやくちょっと慣れてきたところだ。俺は机の上に詰まれた書類に、片っ端からさらさらと自分の名前を書き込んでいく。最初の頃よりも、随分と手馴れてきたものだと思う。
    だが、ハイペースで次々片付けていると言うのに、山積みになった書類の束は一向に減る気配が無い。
    いや、減る気配がないと言うよりは――

    「ジャン、はかどっているか? こちらの書類も確認し終えたから、署名を頼むよ」
    「またかよ!? さっきから書いても書いても持ってきやがって! あとどれくらいあるんだ!?」
    「フハハ、これでおしまいだよ。さぁ、あと一息、頑張ってくれよ、ボス?」

    どさりと重そうな音をたてて、新たな山がもうひとつ。
    そう、減ってはいるんだ。ただそれ以上のスピードで増えていやがるだけで。
    ペンを放り出してうんざりとため息をつくと、ベルナルドが笑いながら励ましてくる。涼しい流し目が憎いね、こいつ――ほんとに憎い。殴りたい。
    それでも持ち込まれた書類を決裁できるのは俺しかいないわけで。へばっていても仕事は減らない。唸りながらも追加された書類を手にすると、ベルナルドがペンを差し出してきた。

    「サンキュ、ベルナルド」
    「どういたしまして」

    羽ペンは丁寧にも持ち手の部分をこちらに向けて渡された。こういう些細なところでも、ベルナルドの自然な気配りを感じる。
    ベルナルドは、すごい。
    さらさらと記名した書類には、なんとかの協定がどうだのこうだのとややこしい単語が並んでいる。正直、半分も意味がわからない。
    俺がただの構成員だった頃、ベルナルドの仕事なんて別世界の次元のことで、まるで全容がつかめなかった。
    ボスになったら少しはわかるかと思いきや――今の俺には、やっぱり全然つかめない。以前よりも近い場所で働く姿を見るようになった分だけ、すげえなという実感ばかりが積み重なっていく。

    俺が次から次に名前を書いていく紙たち。
    中身なんてわかっていない。読んですらいない。
    それでも自分の名前を書くことを躊躇わないのは、俺の元に届く書類はすべて、ベルナルドが事前に中身を確認しているものだからだ。

    つか、この量全部中身読んで、判断を下していってるんだよな。それで名前を書くだけの俺よりもペースが速いって、どういうことよ?
    おたくほんとに人間ですか? 私の彼は実はロボットだったんです、なんて展開は勘弁してほしい。まあ、これだけエロいロボットもいないと思うけど。
    それにしてもありえない仕事量をこなしてけろりとしているベルナルドに対して、俺の評価はうなぎ登りだ。惚れ直しちまうぜ、ダーリン。

    「うん? そんなに熱烈に見られると照れてしまうな。どうした、あんまりいい男で見惚れちまったかい?」
    「――言ってろ、ばーか」

    実は見事にアタリ、なんだが。
    こんな小恥ずかしいこと、仕事中に言えるわけが無い。
    ジョークで紛らわせて口にするには、その感情は少しばかり甘酸っぱすぎた。
    俺は再び書類に名前を書く機械に戻る。書類のタイトルを流し見ながら、ベルナルドが付箋を貼っておいてくれている署名欄にペンを走らせる。

    一枚目、シカゴとの交渉に要する人員配置の計画書。はい了解、署名。
    二枚目、市長への裏工作? あのおっさん、アレッサンドロの親父と同じくらい女の尻に弱いのな。
    三枚目、あー、なんとか条約、に関わる、何? ……読めん。まあいい署名。必要ならあとでベルナルドが教えてくれるだろ。
    四枚目、幹部ルキーノ・グレゴレッティの経費清算書。ゼロの桁が異次元。ダーリン前髪死んでない?
    そして五枚目、婚姻届。そうそう、死が二人を分かつまで――って。

    「ちょっと待て!」

    婚姻届って何だ、婚姻届って!
    眼に飛び込んできた場違いな文字に、顔を上げるとベルナルドが笑っていた。

    「ハハ、ばれちゃった?」

    混ぜておいたら、さらりと書いてくれちゃったりするんじゃないかなと思って、じゃねえよこの馬鹿! 
    書きそうだったけど! もうちょい飽きて集中力途切れた頃にあったら書いてたかもしれないけど! 
    お前、仕事中にへんなイタズラ仕掛けんなよ――と。文句を言おうとした俺の口は、笑っているはずのベルナルドの顔、その中の緑の眼を見て固まってしまう。

    「ごめんごめん、ちょっとイタズラしたくなってね」

    へえ、そう。
    悪戯。
    その眼の色が、イタズラ、ねえ。

    ふぅん。

    イタズラですか。
    ま、いいけど。

    「騙まし討ちで書かそうとなんてすんじゃねえよ、この馬鹿」

    そんなんじゃ、あなたの愛が信じられないワ。
    おどけて悲しみながらしなを作ると、ベルナルドは苦笑して肩を竦める。
    愛の証がほしかったのさ、ハニー。
    ――なあベルナルド、それ、ほんとにイタズラ?

    俺はにやりと笑い、そして手に持っていた羽ペンに目一杯インクを吸わせると、何度も書きなれた自分の名前を、机の上に置かれていた書類にさらさらと記した。

    書類――ベルナルドが持ってきた、婚姻届に。

    「え、おい、ジャン!?」
    「んー? ナンですかぁー?」

    普段の冷静なドン・オルトラーニしか知らない部下が見たら別人かと疑うような、動揺しきった間抜け面がなめらかに滑るペン先を凝視していた。
    ベルナルドはすごい。すごいと思っているのに、なんだってこう仕事以外じゃ残念なんだ?
    時々思う。こいつ実は俺より馬鹿なんじゃないか、って。

    「ちなみに俺はマジメなので、大事な書類にいたずら書きなんてしません」
    「え……?」
    「法律で認められようが認められまいが関係ねえけどな、だって、俺マフィアだし? 男同士じゃ受け付けてもらえねえだろうし、そもそもCR:5のボスと筆頭幹部が結婚しますだなんて口が裂けても役所には言えねえからな。でも、その分、自分の名にかけて誓ったことは絶対に守るぜ? ――死が二人を分かつまで、ってな」
    「ジャン……っ! 俺も――」 

    意気込んだベルナルドが、俺の手からペンを奪う。あわてた手つきのせいで跳ねたインクが、脇に積まれていた別の書類にいくつもの黒点をつける。おいおい、あっちも大事な書類じゃねーのかよ? だがベルナルドの目は、もうたった一枚の紙しか見ていなかった。
    その手が伸ばされた瞬間に、俺はまるでチキンを掻っ攫って逃げていく野良猫みたいなすばやさで、ベルナルドの前からその紙を奪い去る。

    「はいダメー」
    「なっ……」
    「だって、アンタはイタズラでこの紙に名前を書かせようとしたんだろ?」

    アタシばっかり真剣だなんて、そんなの悲しいわ、ダーリン。
    赤くなったり青くなったり忙しいベルナルドは必死の形相で言い訳をまくし立てる。
    ち、違う! 俺はそんなつもりじゃ――なんて。
    わかってるさ。
    この書類を持ってきた眼がめちゃめちゃマジだったこととか、言葉を形にして残しておきたがるロマンチストな性格だって事とか、もちろん知ってる。
    ていうか不安なんだよな。
    眼に見える形で残らない愛の囁きは、どれだけ繰り返しても足りないからあんたはなんども言わせたがる。
    熱くなった肌を合わせてあんあん喘いでそれだけしか考えられなくなって、溶けちまいそうなほど溺れて抱き合ってもほんとに溶けてひとつになったりできないから、もう一度太陽が沈んだらあんたはまた俺を抱き寄せる。
    首筋のキスマークや背中の爪あとが消えそうになるのを寂しそうになぞってるあんたを、何度も見た。
    時間がたっても消えない証が、欲しいなら

    これは、ただのオシオキだ。

    なあベルナルド。
    俺はお前が筋金入りのダメ親父だなんてことは承知の上で惚れているけど。
    一番肝心なところで変な防御壁作って、外堀から埋めようとする小賢しいとこ、いい加減に直せよ。

    「ダーリンが本気と誠意を見せてくれるまで、書かせてあ げ ま せ ん」

    お前が持ってくる書類、俺が一度だってサインを拒んだことがあったか?
    馬鹿だよな。
    下手にふざけた振りなんかしないで、堂々と差し出してさあここに名前を書いて、と言ってりゃよかったのに。
    これだけ長い付き合いだってのに、そんなこともわからないようなダメダメ親父には、ご褒美はオアズケだ。 
    俺の隣に名前を書きたいんだったらせいぜい頑張れ。

    俺がメロメロになっちまうくらいマジに口説いてみせてくれよ。

    そうしたら。こんな紙っぺらだけじゃなくて、あんたのデコにでかでかと名前を書いてやるから。誰が見てもわかるように、『コレは俺のです』ってさ。
    ついでに、俺の身体にも書かせてやる。ただしデコは恥ずかしいから、見えないとこにな?

    片方だけ名が入った婚姻届を奪い取ろうと奮闘する残念な筆頭幹部の手の甲を、俺は羽ペンでえいとつつく。
    しょげかえった情けない声が名を呼ぶのを聞きながら、扉の外の兵隊たちまで聞こえそうな声で、俺は笑い転げた。








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