Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    pmpnnpe

    @pmpnnpe

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 42

    pmpnnpe

    ☆quiet follow

    イヴァジャン
    ※ ご注意 ※ 
    #:モブ視点(捏造イヴァンの部下)
    #:どうでもいい裏設定で捏造五人目の幹部の息子なためイヴァンを「叔父貴」呼び
    #:単に叔父貴という響きに萌えただけ
    #:本編から15年後ぐらい。ジャンもイヴァンも40歳前後
    #:IF展開ですのでご注意ください

    駆ける先に在りし駆ける先に在りし








    ※ ご注意 ※ 
    #:モブ視点(捏造イヴァンの部下)
    #:どうでもいい裏設定で捏造五人目の幹部の息子なためイヴァンを「叔父貴」呼び
    #:単に叔父貴という響きに萌えただけ
    #:本編から15年後ぐらい。ジャンもイヴァンも40歳前後
    #:IF展開ですのでご注意ください。






    『どうせ何かを見上げるんだったら、一番でかい背中を見上げて来い』

    十分にでかい図体をしていると思っていた親父に言われたのが十八の時。その日から俺はイヴァン・フィオーレの部下になった。
    あれから――四年か。瞬く間に過ぎ去ってしまったような錯覚を抱かせる歳月は、だが指折り数えてみれば存外に長い。その短かったようで長かった時間の間に、俺はあの日の親父の言葉の意味を知った。

    カポ・ジャンカルロと幹部イヴァン・フィオーレ。
    その名前を知らないヤツはデイバンにはいないだろう。今の時代、俺たちは自分の出自がイタリア系だろうとそうでなかろうと気にはしない。たったひとつ重要なのは、CR:5というこの組織へ命をかける覚悟があるかどうか、ただそれだけだ。
    イタリア系だからなどと言って出自を鼻にかける奴は時代遅れの血統主義者として鼻で笑われるし、アメリカ系だ、移民の血筋だということを言い訳にして底辺にのさばっている野郎は侮蔑の対象になる。だが、俺が生まれるよりも前の時代にはそうではなかったらしい。
    CR:5はイタリア系の血統が支配する組織であり、要職のほとんどはイタリア系の人間が独占していた。非イタリア系の兵隊達は、どれほど手柄を立てようが一生イタリア人の部下として、働き蟻の人生を送る。いくらコーサ・ノストラのルーツがイタリアにあるとはいえ、あまりにも馬鹿らしい制度だ。誇るべきものを履き違えているとしか思えないその仕組みを、ぶち壊したのがあの二人だった。
    非イタリア系として初めて幹部に成り上がったイヴァン・フィオーレ。最初は敵も多かったと聞くが、その後就任した二代目カポが彼に全幅の信頼を置き、共に組織の刷新を目指したところからCR:5は劇的に変化した。カポ・ジャンカルロはその血統に関わらず、CR:5の刺青を刻んだ人間を全て等しくファミーリアとして扱った。イタリア系を排斥し、アメリカ系を優遇したわけではない。単に、彼は家族に優劣をつけることをやめただけだ。そして今はもう、誰もが彼と同じものの見方をしている。
    道程は、平坦なばかりではなかったと聞く。俺は小さい頃、一時期家の外へ出ることを禁じられたことがあった。成長してから振り返れば、あれは世間では利権を奪われそうになったイタリア系と、待遇の改善を求める非イタリア系の間で派手な戦争が繰り広げられていた時期だ。ロースクールに通い始めたばかりの子供にすら累が及びかねないほど、あの頃の組織は殺気立っていたのだろう。
    俺が正式に構成員になってからも、その諍いの遺恨を引き摺った争いはぽつぽつと起こった。けれど、新しくこの組織に入ってくる連中はほとんどがもう、自分の血統など気にはしていない。あの二人が排そうと心血を注いだ古き慣習は、きっと老廃物が身体から押し出されていくように徐々にこの組織から抜け落ちて消え、いつしか新しいものに、完全に入れ替わる。
    彼らは、CR:5を生まれ変わらせることに、成功したのだ。

    俺がイヴァン・フィオーレの――叔父貴の、部下になったのはその混乱も収まりかけた時期のことだった。
    その頃には、叔父貴はカポ・ジャンカルロの右腕とか、相棒とか、とにかく彼の半身のように周知されていた。二代目カポが自分達を重んじていると知った非イタリア系たちが思い上がって暴走しそうになるのをこの人は見事に押さえて統制を効かせ、けれどイタリア系の古い人間達に屈することもなく部下達を守り抜いた。手腕の鮮やかさは周囲の目を見張らせ、彼の存在感を際立たせた。
    『一番でかい背中』 ――と。かつて、俺を追い出すときに親父が言った言葉を、俺はこの四年の間にこの眼で見て、確かめた。カポ・ジャンカルロの隣に立つその背中は、確かに誰よりも大きく、強く、そしてゆるぎなかった。この人の背中を追うということは、同時にカポ・ジャンカルロの背中を追うということでもあった。二人の背中は常に同じ方向を向いて、並んでそこに在った。親父が言った、でかい背中とは――もしかしたら、あの二人を合わせたものなのかもしれない。互いに背中を預けて戦ったり、時にはどこのガキだっていうくだらない理由で殴り合いの喧嘩をしたりもしていたあの人たち。だが、その背中は常に有言無言の信頼で結ばれていて、別たれることなど、ファミーリアの誰一人として想像もしていなかったはずだ。

    一年前――あの、理不尽に訪れた別れの日までは、誰も。





    叔父貴の部屋を訪れるときには、ノックの仕方が決まっている。
    それはもうずっと前から、叔父貴の直属の部下だけに知らされてきた秘密の暗号だ。自身の部下と、そうではない暗殺者を区分けする為の合図。今のCR:5に、叔父貴を害そうだなんて馬鹿な考えを持つ奴はいない。だが、ヤクザ者はいつどこで命を狙われたっておかしくは無い。一握りの信頼を受けた部下だけが知らされる決められた手順を踏んで、扉の向こうの叔父貴に呼びかける。

    「叔父貴、入るぞ」

    応答を待ってから、扉を引いた。叔父貴の執務室に踏み込んだ俺に、当然気付いているだろうに――叔父貴は、窓辺に佇んで外を眺めたまま、背中を向けて振り返ろうとはしなかった。
    部屋の内装は広く、重厚だが華美ではない。
    カポ・ジャンカルロも叔父貴も、自分の身の回りを飾り立てることにはまるで無頓着な人たちだった。彼らが拘るのは、もう何十年も前の型式のはずなのに、常に手を入れられ愛され続けてきた所為で今も現役の美しさを誇る純白のメルセデスくらいだ。
    ちなみにもっと下の――組織に入ったばかりの末端構成員どもが入れるような場所は、一目見て分かるほどギラギラとした高価な内装で飾られている。それは趣味とか権勢欲とかの表れと言うよりも、下っ端どもの野心を焚きつけてやろうと言う叔父貴の挑発だった。執務室のような内部の人間だけしか来ない場所は、いっそ簡素と言ってもいい。
    昔は、風呂もトイレも付いていない様なボロアパートを塒にしていたらしい。それでもまったく不自由はしていなかった、と叔父貴は常々語っていたから、多分筋金入りなのだろう。
    絨毯や、執務机などの備え付けの家具は最高級の品物ばかりだから、薄っぺらく見えることはないが、それでも幾分殺風景に見える部屋の中。無駄なものなど一切無い。あるのは仕事の道具と、そして、叔父貴が立つ窓辺に、写真立てが一つ。
    その中に納まっているのは、あの人だ。
    眩しい金の髪、くるくると色を変える鮮やかな瞳、顔中の笑顔。本当なら、写真越しなんかじゃなくて今ここに、叔父貴の隣にいなくちゃおかしいはずの人。繊細で美しく、どこか人を感傷的にさせるような縁取りの模様は、触れる叔父貴にも、中にいるあの人にも似つかわしくない。
    叔父貴はその写真たてにそっと指を触れさせ、けれど首は俯かせず、視線は窓の外――空へ向けていた。
    見たままを言うのであれば、叔父貴はさほど大柄な男というわけではない。むしろ、親父に似て馬鹿でかく育っちまった分今では俺のほうが上背も、肩幅もでかい。だが四十も過ぎて尚、最前線に立って指揮を取ることもあるこの人は、貫禄が違う。正装のスーツに収まった胸板の厚みも、肩幅の広さも、何倍にもでかく見える。そうしているのはこの人が歩んできた人生の厚みと、背負ってきた部下の信望と――そして、隣に立っていたあの人の、金色の輝きが照らし出していたからではないだろうか。
    そういえば、あの人がいたときにはこの部屋の中では金色の髪がきらきらと踊り、あの人と叔父貴の声が響き渡っていて、簡素だなんて気付きもしなかった。今更過ぎるような事を考えながら、俺は部屋の中に足を踏み入れる。足音は毛足の長い絨毯に吸い込まれて消えてしまっているが、この距離で、声まで掛けられて、近づいてくる誰かに叔父貴が気付かないなんてありえない。
    たった一人だけ、網の目のように張り巡らされた警戒心をかいくぐってするりと間近に入り込む人はいたけれど、それは俺ではなかった。だから、叔父貴はとうに、俺の訪問に気付いているはずだ。それでも、振り返ろうともしないのは――

    窓辺に佇んだ叔父貴の背後に立つと、ガキが青一色の絵の具で塗りつぶしたような、馬鹿みたいに真っ青な晴天が広がっていた。
    空の上には太陽がある。
    空の彼方は、あの人に繋がっている。

    ――だから、なのだろうか。



    「叔父貴?」

    振り返らない背中に、俺は意を決して声をかけた。やはり、俺の存在に気づいてはいたのだろう。叔父貴はゆっくりと、こちらを振り向く。煌々と明るい空を見上げていたせいか、その目許は僅かに、眩しそうに細められていた。目尻に刻まれた皺の数が、そういえば初めてあった頃よりも数本増えていたことに、不意に気付く。

    「なんだ? もう時間かよ?」
    「――あんた、年取ったナァ」

    振り返った叔父貴に、ポロリと、まったく無意識のうちに俺はそう零してしまっていて。

    「――っ!! っつ、い、……ってえぇええ……!!」

    抉りこむような強烈な拳が、容赦なく腹に叩き込まれる。
    思わず片膝を着きそうになるのを気力で押し留めるも、すかさず繰り出されたローキックでの追撃がそれを許さない。

    「わざわざ人の部屋来て何くっだらねえ事言い出しやがるテメェは!」
    「違う! 違いますって! 俺はドン・オルトラーニから言伝があって来ただけで、今のは叔父貴の顔見たら皺増えてたからついうっかり本音が!」
    「余計悪いじゃねえかファックアス!」
    「ちょ、痛! 脛は痛てえっすよ叔父貴!」

    容赦の無い蹴りと、ファックシットといつもながらの罵声の嵐。
    こうしているところを見ると、俺が入ったばかりの頃と何もかわらないように見える。そして多分、叔父貴が今の俺ぐらいの若さだった頃からも、だ。俺は当然その頃の叔父貴を知らないが、カポ・ジャンカルロがいつも、ファック、ファックと騒ぐ叔父貴を見ては「かわらねえなァ」と呟いていた。
    こんなところでも、あの人の面影を見出してしまい――だが、しんみりと感傷に浸っている暇も無い。
    無駄にデカくなってんじゃねえよと理不尽な怒りを混ぜ込みながら右足の脛へ一点集中型のローキックを繰り出してくる叔父貴から、俺は必死に逃げ回った。

    「痛てて……くそっ、痣になってる……」
    「だらしねえな、あの程度で」

    ひとしきり弾まないサッカーボールのように蹴られまくった後、俺のスーツは皺どころか、靴跡すらついていた。手ではたいても落ちそうに無いくっきりとした足跡を見て、叔父貴はにやりと口の端を吊り上げる。
    式が始まる前に、着替えてこなくてはならないだろう。面倒だが仕方が無い。晴れの舞台に、こんな格好で顔を出したりなんて出来るはずが無いからだ。

    ――今日、これから。
    叔父貴が正式なCR:5のカポとなるための就任式が執り行われる。
    叔父貴は、カポになる。
    カポ・ジャンカルロの跡をついで。

    叔父貴のボス就任。それはデイバンの事情を知るほとんどの者にとっては、ようやくかと言いたくなることだろう。カポの座は季節が一巡するほどの間、空位のままだった。それはこの人が頑なに、就任を拒んでいた所為だ。
    あの人がいなくなってから、事実上CR:5を切り盛りしていたのは叔父貴だった。その叔父貴のカポとしての就任に、文句をつける奴なんざいやしない。
    ラッキードッグのカポ・レジームとして有名だった幹部たちのうち、ベルナルド・オルトラーニはカポ・ジャンカルロの喪失と同時期に、幹部を引退して顧問に納まっている。ルキーノ・グレゴレッティとジュリオ・ディ・ボンドーネの二人は今も幹部の座にいるが、どちらも自身がカポとして立つ心積もりは無いようだ。そして両者とも、近々引退の噂が流れている。在任歴の長い彼らに対して、数度入れ替わった五人目の幹部は元々叔父貴の部下だった男。そもそも対抗馬が存在せず――対抗馬になり得る者も、誰もがカポ・ジャンカルロの後継としてイヴァン・フィオーレの名を上げたのだった。
    誰も、何も異論を唱えなかった。
    当たり前だ。
    カポ・ジャンカルロの残したものを引き継ぐべき男が、誰よりも彼と同じものを見つめてきたこの人以外であるはずが無い。
    ちょうど、一年。
    その時間は、もうあの金の髪が玉座には戻ってこないという事を、叔父貴自身が呑み下す為に必要な時間だったのだろうか。長いのか、短いのか、それは叔父貴にしか分からない。だがそれでも、この人は今日覚悟を決めて、カポの座を引き継ぐ。




    「おい、もう行くんだろ? スーツが皺になってんぞ」
    「誰の所為だよ……。いつもはスーツの皺なんて気にしない癖に」

    就任式の間はずっと立ちっぱなしなんだって事を分かっていて、人の足へ集中攻撃を叩き込んでくれた大人気ない上司がにやつきながら言ったのに、思わず歯を剥いた。

    「ルキーノのヤツがうるせえんだよ。最近やたらと人の格好や部下どもの服にまでグダグダと言い出しやがってファック」
    「伊達男に磨きが掛かっていますからね、ドン・グレゴレッティは。というか、皺だらけにしたのは叔父貴でしょうが」
    「デコの光り具合にも磨きが掛かってるけどな。ったく、俺はジャンじゃねえつうの」

    痛みに眉根を寄せている俺を尻目に、叔父貴は鼻息を荒くする。それを切欠に、俺はまた思い出す。ネクタイが曲がっているだのシャツの端が飛び出ているだの、センスがおかしい、だの。散々言われていた、人の姿を。

    「……もうすぐ、式なんですよね」

    ぽつり落ちた声は妙に感傷的だった。

    「そこの時計が狂ってるんじゃ無けりゃな」

    叔父貴のほうが、余程落ち着いている。いや、確かにこんなことで舞い上がるような性格の人ではなかったけれど。
    ただ、叔父貴がカポになるって言うことは、あの人がカポではなくなるということだ。勿論、事実上はもう、そうなっている。ただし、正式な式典を行ってしまうのとそうでないのでは、大きく違う気がした。

    「叔父貴」
    「――んだよ?」
    「いえ……」
    「気色悪ぃな」

    叔父貴、と呼ぶのも今日が最後だ。ガキの頃からの癖で、直属の部下になった後も叔父貴と呼び続けていたが、流石にボスとなったら「オヤジ」と改めなくてはならない。

    「あんたをオヤジって呼ぶの、なんか変な気分ですよ」
    「――ああ、確かに気色わりぃな」
    「ひでえ」

    笑い声が二つ、重なる。そしてその声が途切れた頃、叔父貴はぽつりと言う。

    「もう時間か?」
    「ええ。オルトラーニ顧問からの伝言です。式は予定通り十五時かだけど、お客人が来ているから少し早めに入って欲しいと」
    「ったく、面倒臭せえ。接待ならベルナルドのほうが得意だろうが――……」

    あいつにでもやらせておけ――とでも、言いかけたんだろう。ふつりと途切れた言葉。多分俺は、その理由がわかる。
    あの人もまた、次から次へと現れる客人の波にうんざりとして、よく叔父貴に押し付けて逃げようとしていた。その度に繰り広げられる大喧嘩は、俺たち部下の間ではある種の風物詩と化していた。そして喧嘩の後、いつの間にか仲直りをしていた二人が腹が減ったと言い出したときに、ホットドッグを買いに屋台に走らされることも。

    ――今日は、就任式の日。
    けじめの日だからだろうか。さっきから、やたらとあの人のことを思い出す。あの人が、ここで叔父貴と一緒に笑っていた頃の事を。
    そして、それは叔父貴も同じなんだろう。眉間に寄った皺、一文字に引き結ばれた唇。こみ上げてくるものを抑えるような顔をしていた。
    彼が思い出しているのは、どんな顔をしたあの人なんだろうか。
    笑っている顔、怒っている顔、機嫌の良い悪戯そうな顔、“マフィアのボス”な悪党顔。表情豊かな人だった。叔父貴と一緒にいるときは、特に。考え、そしてきっと笑っている顔だろう、と思った。何故なら、さっきまで叔父貴が触れていた写真立ての中にいるあの人は、眩しいくらいに、にかりと笑っていたからだ。

    「……別に、何もかわらねえよ」

    窓辺に戻された写真立て、その中で大きな笑みを浮かべる人の額を、叔父貴はぴんと指先で弾いた。

    「こいつがいた時と、一緒だ。CR:5は――俺達は、どんだけ変わろうが、あいつが居た頃と変わりゃはしねえ」
    「叔父貴……」

    矛盾しているようで、俺たちにとってはけして間違いでないことを言った叔父貴の声は静かだった。

    「――そうか。……そう、ですね」

    二つ、並んでいた背中。
    俺だってわかっていたはずなのに、あの人の姿がみえないという寂しさに惑わされていた。カポ・ジャンカルロとイヴァンの叔父貴。二人の背中はいつだって並んで、同じ方を向いている。同じ明日を目指している。
    これから、CR:5は変わっていくだろう。時代が同じ場所にとどまることを許してはくれないし、俺たちを率いるこの人は、鉛弾の嵐の中をさえあの純白のメルセデスで突き進み越えていく人だ。だけどその変化は――進化は、二人が望んだものだ。何が変わろうが、それだけは絶対に変わりはしない。
    叔父貴はいつだって、カポ・ジャンカルロと――一緒にいるんだ。
    例え彼がもう二度と、叔父貴と並んで歩くことは無いとしても。

    見上げると叔父貴は、実にこの人らしい悪党面をしてにやりと笑っていた。ヤクザの顔、だってのにどこかガキみたいな気配を残した、楽しそうな顔だった。
    写真の中のあの人と、お揃いの。
    すとんと。頭の奥に落っこちるみたいにして納得して、俺は笑った。腹の中に渦巻いていたもやもやとした余計なもんは、全部吹き飛んでいた。
    叔父貴の手がぐいと伸びてきて、勢い良く背を押された。押されたと言うよりも、叩かれたと言う方が正しい。よろめき、噎せるほどの衝撃に目を白黒させた俺をひとしきり笑った後、叔父貴はもう一度、今度は促すように背を叩く。


    「さあて。……一丁、行くとすっか!」


    力強い声が部屋の空気に染み込んで、重力を軽くさせたみたいに歩き出す。そんな叔父貴の引いた扉は、その向こうにあるものの素晴らしさを早く見せたいのだと言うように勢い良く――本当に勢い良く開いて。

    「――――っがッ!!?」







    良すぎる勢いのまま、――叔父貴の顔面に、激突した。

    「ひっさしぶりイヴァンちゃーーん! いやー途中で渋滞に引っかかりそうになったときはどうなるかと思ったぜ。間に合ったあっぶ……、ね、え。……って、あれ……?」

    叔父貴が戸を引いた瞬間、まさにぴったりのタイミングで、反対側からもその扉を開けようとした奴がいた。両側から力を加えられた扉は、叔父貴が想定していたよりも二倍のスピードで開き、バランスを崩した叔父貴の顔面を直撃していた。
    あまりにもな椿事を前に、俺は呆然としていた。いや、丁度角のところがめり込んでいる叔父貴の顔も十分に衝撃的だったが、――それよりも。

    「もしもし、イヴァン? えっと……顔の真ん中に、縦線がね、入ってるけど……だいじょうぶけ?」

    反対側から扉を開けた、突然の来訪者。
    意気高らかだったはしゃいだ声は、叔父貴の姿を目の当たりにして尻すぼみに小さくなっていく。はは、と乾いた笑い声を上げたかと思うと、――ガチャン。その人はおもむろに、扉を閉める。

    「…………っ、……!!」

    叔父貴の肩が震えていた。ああ、これはヤバイな。相当キレている。
    扉の向こうの人もまた、それを察知していた。扉はすぐにまた開いたが、出直したら無かったことになっていたりしないか? なんて考えているのが丸分かりに恐る恐るとだった。
    今度も、ノックも何も無かった。
    俺は――叔父貴の部屋の扉を、こんな風に無造作に開けることが出来る人を、たった一人しか知らない。


    「て、……んめぇ……ジャン! なにしやがんだこのボケえええ! いきなり開けてんじゃねえええええ!」
    「っだあああ悪かった! 今のは俺が悪かったスマン! だからキレんな。ちょ、痛てえ、痛っ、ギブギブギブ!」
    「ふ ざ け ん な このタコがあああああ!」
    「っだぁー!!」


    ラッキードッグ・ジャンカルロ。
    一年前――支配域こそデイバン一市と小さいものの、裏社会での発言力、影響力はシカゴやNYの大組織にも匹敵する影の大組織となっていたCR:5に対して捜査局の連中が一大攻勢をかけて来た。切欠となったのは、かねてよりCR:5と因縁があったというホーマー捜査官が連邦捜査局の長官に就任したことだった。
    CR:5への追求は執拗に続き、執念の捜査の末、カポ・ジャンカルロは逮捕されてしまった。
    勿論俺たちも手を尽くした。叔父貴も、他の幹部達も。だが、ホーマー長官の執念は凄まじかった。様々な司法取引や政治的圧力が入り乱れた工作の結果、カポ・ジャンカルロは国外退去命令を受け、永遠にアメリカを――俺たちのデイバンを去らねばならなくなってしまう。
    その後はイタリアで悠々自適の生活を送り、時折手紙や写真が送られてくる。一番最近の写真は、ついさっきまで叔父貴が見ていたあの写真立ての中だった。ナポリの街並みを臨むプール付きのテラスを背景に、あちらの眩い日差しにも負けないくらいの満面の笑みで写っていた。
    その写真の景色の中にいなければおかしいはずの人は、俺の目の前で間接をキメられて悶絶している。

    「いて……し、しかたねえだろ! すっげえ久しぶりに会えるからってちょっと浮かれてたんだって……痛っ、懐かしいだろ一年ぶりなんだぞイテェ! おいイヴァンマジでキマってるってちょっと離せ離して離して下さいお願いしますイヴァン様!」
    これは夢か幻だろうか……一瞬疑ったが、夢も幻もあんなに真に迫った悲鳴をあげたりはしないだろう。
    べしべしを叔父貴の腕を叩いて降参ともがいている人は間違いなく、本物のラッキードッグ・ジャンカルロ。叔父貴に、あんなに開けっ広げな笑い方をさせるたった一人の人だった。

    「大体なんでテメェがここにいんだよ! 入国禁止喰らってたはずだろうが。どうやって……!」
    「ンなもん密入国してきたに決まってんじゃねえか。俺を誰だと思ってんだよ、マジソン刑務所から脱獄すんのより全然楽だったっつーの」
    「んな連絡は来てねえぞ!?」
    「あ? あー……ホラ、敵を欺くにはまず味方から、的なさ。移動距離が長い分、時間も掛かるだろ? 途中で情報が漏れたら一巻の終わりだから、ほとんど誰にも言わないまま来ちまった」

    ようやく緩んだ腕を持ち上げ、カポ・ジャンカルロは、にぃ、と自慢げに口角を上げてみせる。
    イヴァンの叔父貴は口をぱくぱくと、まるで酸欠の金魚みたいな有様になっていた。
    脱獄と密入国では、危険性がまるで違う。隠居を余儀なくされたとはいえいまだに強い影響力を持つこの人が、単身で国境をふらふらとしているとあれば暗殺者のいい標的だ。万が一途中で兵士に見つかりでもした場合、最悪彼の素性などまったく関係ないままに一密入国者として逮捕される可能性だってある。国境警備兵と諍いを起こし、射殺されたという奴のニュースはものめずらしくも無い。
    そんな危ない真似をして、何かあったらどうするのだと問い詰める。

    「何だよ、心配してんのけ?」

    だがカポ・ジャンカルロは叔父貴の顔を覗き込み、たった一言でそれ以上何も言えなくなってしまう反則技を放った。

    「ラッキードッグの強運、信じてるだろ?」

    ……と。これは少しばかり卑怯な使い方だ。叔父貴は、信じてるけどよと言を濁す他にない。

    「それに、別に危ない橋を渡って来たわけじゃないんだぜ? 名作文学ゆかりの地を巡る~プリンス・エドワード島、赤毛のアンツアー~って旅行パックの客に紛れてきた。――あ、これお土産な。赤毛のアンクッキー」
    「はあああ!? なんだそりゃあ!」
    「いっやー、まさか警察も、赤毛のアンの旗持ったガイドに先導された一行の中にコーサ・ノストラのボスが紛れてるとか思わなかったらしくて警備とかすっげーゆるかったわー。まあ、俺はあっちのガイドツアーが終わったところで合流したから観光は全然出来てないんだけどなー。お、お前も食うけ? アンクッキー」

    突然可愛らしい包装のなされた小箱を渡されて、反射的に受け取ってしまう。
    帰ってくるなり叔父貴とじゃれあい始めたもんだから、てっきり気付かれていないのではないかと思っていたが、どうやら気付いてくれていたらしい。お前も久しぶりだな、と彼は白い歯を見せる。
    逆に、叔父貴のほうはカポ・ジャンカルロが現れた瞬間に彼以外の全てがすっ飛んでいたようだ。こちらを見た表情が、気まずさに引き攣る。

    「グラーツィエ、ボス。いただきます。――観光はしてこなかったんですか? せっかくの機会だったんですし、どうせなら見てくればよかったんじゃありませんか。赤毛のアンツアーなんて、あまり行く機会も無いですし」
    「ははっ、まあ色々とあってね。……一人で行っても意味はねえからさ」

    確かに、中々想像も付かないだろう。俺だって、赤毛のアンなんて、ガキの頃に姉貴が読んでいた姿を見た気がすると言う程度の記憶しかない。良くぞまあそんな道を思いついたものだと、受け取った少女のシルエットが描かれたクッキーを見下ろしながら感心した。
    カポ・ジャンカルロの、アンのシルエットを眺める目はやわらかで優しい。その眼差しが、ふと琴線に触れて疑問が湧く。

    「……もしかして、カポ・デルモンテの恋人は赤毛のアンが好きだったりするんですか? プリンス・エドワード島には、その方と一緒に行く約束をしているとか」
    「―――ぶっは!」
    「やっだーイヴァンちゃんいきなり噴き出したりして汚いー。ははっ、うんまあそんなとこ」
    「可愛らしい方なんですね。文学的な、知的な方なのかな、憧れちまいますよ。カポ・ジャンカルロが惚れるくらいの方ですから、きっとすげえ美人で、清楚で、上品な人なんでしょうねえ!」

    俺もそんな恋人に出会いたいもんです。
    真剣に羨んだ俺は、次の瞬間腹を抱えて爆笑しだしたカポ・ジャンカルロに面食らい。何故だか顔を赤くしたり青くしたりで大変なことになっているイヴァンの叔父貴に殴り倒された。……何か、変なことを言っただろうか?
    カポ・ジャンカルロは笑いすぎて涙の滲んだ目元を拭いながら、息も絶え絶えに顔を上げる。その視線がちらりとイヴァンの叔父貴を捕らえ――心底幸せそうに、惚気た。

    「ウン、ソウソウ。あんまり美人でも清楚でも上品でもねえけどな。――どんな危険を冒したって会いに来てえって思っちまうようなとびっきりに最高の、……ホンモノの相棒だよ」





    それから。
    いつの間にか顔が赤一色に染まっていた叔父貴が、今度はカポ・ジャンカルロを叩き倒した。なんだって叔父貴が真っ赤になっているのかも分からなかった俺には、カポ・ジャンカルロがまたも盛大に笑い転げ始めた理由も分からなかった。
    ただ分からないままでもとにかく楽しくて、俺は一年分のファックとシットをまとめて吐き出しているイヴァンの叔父貴を宥めながらカポ・ジャンカルロと一緒になって笑った。
    騒がしい声は、中途半端に開いた扉から外にも伝わっているのだろう。控え室の扉のそのまた向こうに、気配が集まっているのを感じる。いるはずの無い人の声、けれど聞き間違えるはずも無い声が、表の足音に動揺を広めている。中で何が起きているのか、確認したくて悶々としていることだろう。
    この二人の再会に居合わせることが出来たのは、俺の最高のラッキーだった。
    二人が顔を合わせた瞬間、まるで時間がまき戻ったかのように一年間の空白が溶けて消えた。彼ら越しに見た執務室は、さっきまでと何も変わっていないのに活気に満ちている気がした。窓の外に見える針葉樹の葉の一枚さえ、青々と輝きを増しているような。
    やはりこの人たちはこうでなくては。
    微笑ましい気持ちで細めた目に、ふと時計が飛び込む。長針と短針はもうすぐ綺麗な直角を描こうとしていて――

    「……やばいです叔父貴! カポ・デルモンテ! じ、時間が! 十五時には式が始まるってのに!」
    「――へ? う、うおわマジか!? もうすぐじゃねえか。お、俺まだ着替えてもねえのに!」
    「ばっ……ファック! もっと早く言え馬鹿野郎!」
    「どーすんだよ、俺これじゃネクタイもまともに結んでる時間ねえぞ!?」
    「テメェはまだネクタイもまともに結べねえのかよだあああ来い! おい、お前はベルナルドに言ってどうにかして引き伸ばさせて来い! 準備できたらすぐに行くつっとけ!」
    「い……イエス、ボス!」
    「おい、こらイヴァン、引っ張んな……こけるって、うわ、うわああ!」
    「何してんだファーーーーック!!」

    最早感動の再会の余韻も無い。
    だがこの上なくこの人たちらしい光景が、繰り広げられる。

    「はは! ああ……ったく、お前は……。ほんと、笑えるくらい全っ然変わってねえなあ!」
    「――当たり前だろうが!」

    先ほどの笑いの名残か、それとも――
    笑み崩れた金の眼の端に浮かんだ光るものを、叔父貴の手が乱暴に拭い、背を押した。
    彼らの開いた扉の向こうから、光が差し込む。

    俺は肩を並べて歩いていく彼らの背中を見送りながら、ああやっぱりでっかい背中だなぁと。無性に嬉しくなって、拳を握り締めた。










    10/12/26
    (気分は12月23日)
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works