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    ベルジャン(2009/12/12)

    夢と浪漫と贅沢な困惑・後パンと、卵が三個にホールトマトの缶詰とベーコン。それにでっかいオレンジが二つ。

    何があるかなと覗き込んだ冷蔵庫の中身は、マフィア幹部の部屋にしてはやたらと平凡で質素な品揃えだった。
    そもそもこの部屋は滅多に使わないはずなのになんで食材が揃っているのか……不思議に思ったが、ベルナルドは専属のハウスキーパーを雇っていたらしい。言われてみれば当然だ。ベルナルドみたいにあちこちに別宅を抱えている奴が、全部の部屋で家事をこなしていたらほかの事してる暇なんてなくなっちまう。

    「あんたの部屋って、要するにCR:5の最高機密の集積所だろ? この部屋はそうでもないかもしれないけど、そこを任せる家政婦手って探すの大変なんじゃね?」
    「まあね。だが、やり方はあるよ。例えばこの部屋には書類の類は一切保管していないし、出入りの家政婦は耳が聞こえない人間を選んでいる。電話がかかってきても、聞こえなければ出られてしまう心配は無いだろう?」
    「ナルホド」

    ふと思いついた疑問への答えに、俺は頷いた。何事にもやりようがあるってコトか……でも、家政婦一人の人選にまで気を配るなんて大変だ。
    本部にもコックやらメイドやらが働いているが、俺は気になんてしたことも無かった。よく考えればあそこで働いてる連中も、念入りな身辺調査を受けているんだろう。それを統括しているのは誰なのか……隣で手際よくトマトのオムレツを焼いているベルナルドを見上げると、奴は気恥ずかしそうに笑う。
    やっぱお前かよ……ほんと、どんだけ働いてんの?
    ボス就任に当たって、俺はまずベルナルドの後ろを雛鳥よろしくぴよぴよと着いて回って仕事を覚えた。GDとの戦争が終わり、平時のお仕事は戦争中よりは少ないだろうと思っていたら、大間違いだった。最初はマンマのお仕事ぶりを見るのが楽しくてご機嫌に啼いてたヒヨコの俺は、次から次へとベルナルドの元に駆け込んでくる仕事の束に圧倒されて段々と静かになり、一日が終わる頃には軽口一つ叩けないほどぐったりしていた。正直、あの日からちょっとだけ実はコイツ火星人なんじゃねえのかと疑っていたりする。そのくらい、ベルナルドの仕事量は人間離れしていた……そんなトコまでやってりゃ、そりゃ仕事の量も嵩んでいくわ。

    「本部の使用人ということは、お前の身の回りの世話をする人間と言うことだろう? 身辺調査に手を抜けるもんか」
    「アンタのことだから、尻にあるほくろの数まで調べてそう。目移りしちゃヤーヨ、ダーリン?」
    「それは安心していい。仕事と、それからお前の事を考えるのに忙しくて、他人の尻に興味を割いている時間はないからな。ああ勿論、お前の身体中のほくろを数える時間なら役員会の非常招集をすっぽかしてでも作って見せるけど」
    「数えるだけで我慢できるほどお利巧さんじゃなさそーだからオ・ア・ズ・ケ。……ホラ、隙を突いてケツ撫でようとしないでフライパンに気をつけろって。卵焦げちまうぞー」

    オレンジの皮を剥く手を止めて、欲望に忠実な手のひらを叩いた。火を使いながら、変なこと考えるなっての。
    俺がこいつのシャツを着ちまっているせいで、着るものがないダーリンは素っ裸……だったら本当に変態だ。ちゃんと下はズボンを穿いている。肩を越える髪は邪魔になるからと後ろで括られ、尻尾のように垂れていた。素っ裸の状態よりも、こんなラフな姿を見るほうが珍しいって気がする。一日中家でだらりとしていられるって日でも、ベッドから出たベルナルドは大抵が糊の効いた新しいシャツを着こんでいた。ブラックのコーヒーを片手に新聞を読んでいる姿を見るのが実はこっそりと好きだったりするが、今更ながらにこんなのも新鮮だ。
    シャツを奪って着ちまうってのは意外といい手段なのかもしれない。
    なんだか上機嫌になって、ついつい顔がにやけだした。作業中に捲り上げたシャツの袖がずり落ちてきて、それを口で咥えて引きずり上げる。その途中、ふと目に入った袖のボタンにチュッと触れるだけのキスをした。
    ガチャン――! とデッカイ音がして、見られたか!? と思わず振り向く。だがそこではベルナルドがフライパンの扱いを失敗してオムレツを潰していただけだった。
    見られてたら恥ずかしかった。……危なかったぜ。
    ふうと息をついた俺の横、なぜかベルナルドも一緒に溜息を吐いていた。

    ふわりと焼きあがったオムレツを、ベルナルドが皿に盛り付ける。中をトロットロにさせた焼き加減は俺好みだ。ベルナルドはわざわざ、俺のためにこの焼き方にしてくれた――それを俺は知っている。まあ、愛されちゃってるからね。
    「ん、んまい」
    「そりゃ良かった」
    行儀悪く指でつまみ食いをした俺に、ベルナルドが笑う。どれ、俺も味見を……なんていいながら、ベルナルドは俺の指を咥えた。
    「ほんとだ、旨いな」
    いやいや、そこもう残ってませんから? まったく、このエロ親父は……。
    朝起きてから……いや、一緒にいる間中ずっと、隙あらばエロい方向に物事を持っていこうとする、ほんとどうしようもないダメ男。そのダメっぷりを……可愛いんじゃねーのかとか思っちまうあたり、俺も相当頭がイってるんだろうなぁ。普通ならドン引きするような言動を見せられても、乾いた笑いを上げながらも付き合っちまうのがその証拠だ。
    そんでもって、今二人並んで仲良く朝飯の準備をしている――そんな些細なことも、惚れた弱みかやっぱり楽しい。
    家政婦を雇っていると聞いたとき、ただの使用人だとわかっていても、こいつのメシを準備する女がいるってことになんか、こう……ヤな感じが、した。

    つまるところ、俺は嫉妬をしたんだ。

    顔も知らない、ベルナルドとも滅多に顔を合わせることもないだろうその家政婦に。
    我ながらアホだなと思う。レストランのコックに嫉妬なんてしない……それと同じだってわかってるのに、根っこの部分で納得できない。
    ベルナルドとこういう関係になるまで、こんなどろどろとした感情とは縁が無かったっていうか……イイナ、って思うオンナノコがいたり、そのコと付き合ったりしてみても結構ライトな付き合いばかりだった。去るものは追わず? なんとなく気持ちが離れてきたな、と思ったらお別れの準備を始める。あっさりと終わった関係にも、今回も修羅場にならなかったぜラッキー、とか思っていた。
    本気で……そいつの隣に俺以外がいたら嫌だ、なんて思うような恋愛をしてこなかった。
    だから、こういうときには戸惑う。背中がムズムズと痒くなって、意味もなく大声上げて誤魔化したくなる。
    いきなりそんな変なことし出したら、本気で頭の心配されちまうからやらないけど。俺は何事もない振りをして、ざくざくと房を分けたオレンジを皿に盛り付ける。隣のベルナルドはフライパンに油を敷きなおして、ベーコンを焼いていた。熱された鉄の上にスライスされたベーコンを投入すると、ジュワっと香ばしい匂いが広がって食欲をそそる。
    バチバチっ、と高温の油がはぜる音がした。

    「うわち」

    適当に羽織ったままだったシャツの、大きく開いてる首元に油が飛んだ。鎖骨の、ちょうどCR:5の刺青を入れている辺りに熱を感じて、思わず肩を跳ねさせる。バタバタと袖で擦って、火傷なんてしてねえだろうなと覗き込む。
    別に他の部分なら気になんてしないけど、ココだけはやばい。
    休日に恋人と並んで料理をしてて、はねた油で刺青が崩れちまいました……なんて、言えるはずがない。つか、ボスとして言っちまって良い内容じゃない。
    ぐいと襟首を引っ張って覗き込むが、目を眇めて見ても刺青のあたりはちょうど死角になっちまってて、自分じゃ見えなかった。

    「火傷とか、してねえよな? ちょっと見てくれよ。どうだ?」
    「……、ああ……だい、丈夫……みたいだよ……」
    「マジで? よかったわー、……ってどうかしたのけ? お前にも油飛んだ?」
    「いや……なんでも……」

    なんか、はっきりしねえな……?
    微妙に眼も逸らしてきやがるし。
    なにかあったか? と頭をひねってみても、特に何が思いつくわけでもない。すっきりしない態度に眉根を寄せながら、俺はCR:5の刺青を指でなでた。ちくりと刺すような熱と痛みはすぐに消えて、ほんのちょっとのむず痒さだけが残っていた。その痒みも、なんどか擦っているとすぐに掻き消えていく。
    いや、無事でよかったね。
    ほっと息をついて、それから自分の指先が、さっきまで剥いていたオレンジの果汁で汚れていたことに気がついた。その手で触っちまったせいで、刺青のあたりもなんだかべとついちまってる気がする。ぺろりと指先についた汁を舐め取って、そのまま一緒に舐めちまえ、と自分の首筋へ舌を伸ばした。届くだろ……と思ってやったけど、あと少しだけって距離で届かなかった。
    舌を出したままの間抜けなツラを上げるとベルナルドと目が合って……

    「見てんなよ、馬鹿……」

    間抜けヅラしてて恥ずかしいだろ。睨むと、ベルナルドはああともうんともつかない変な声を上げて、なぜか大きく深呼吸をした。
    「メシに、しようか」
    焼きあがったベーコンをオムレツの上にひょいと乗っけて、その皿を持ってベルナルドは一人さっさとテーブルへ向かう。剥き終わったオレンジを抱えて、俺は揺れる緑のしっぽを追いかけた。
    変な奴――腹が減っていたのかね?



    「なあジャン。俺はこの数十分で随分自信を取り戻したよ」
    「は? いきなり何だよベルナルド」

    会話の脈絡がまったくわからん。
    オレンジを食い損なって、手首まで汁でべたべたにしちまった後始末で忙しかった俺は胡乱気に動きを止めた。
    バターを塗ったパンに熱々のオムレツ、熱いモノを腹の中に入れると一気に身体が目覚め出す気がする。ベルナルドの分まで喰っちまわないように、と気をつけていたがそれでも少しばかり俺の方が多く喰っちまった。ベルナルドは笑いながら皿をひょいと俺の方に差し出して、喰わねえのかと尋ねるとお前が食べてる姿を見るのが好きなんだと少しばかりずれた返事をした。あんたももう少しちゃんと喰え。フォークで串刺しにしたベーコンを口元に運ぶと素直にぱくりと喰いついたが、やっぱり総量から見れば俺のが沢山喰っている。だってのにベルナルドは満足そうに食後のコーヒーで一息ついて、俺はまだ腹に余裕がありますよとオレンジにかぶりついていた。その様子をベルナルドは言葉通り楽しそうに見ていて、なんだか恥ずかしいなと思い切りかぶりついたら果汁が零れた。房の薄皮が破けて柑橘類の爽やかな香りと一緒にボタボタと果汁が零れだして、手首を伝い落ちていく水滴を慌てて舐め取った。
    ベルナルドが口を開いたのは、そんなときだ。

    「お前と出会ってからというもの、すっかりと自信喪失していたんだが……、俺もまだまだ捨てたもんじゃないな」
    「だーから、何がだよ。いきなりンな事言われても、わかんねえって――ぅわ、また零れた……!」
    「……所詮精神は肉体の奴隷……だが、俺は耐えた……耐え抜いたぞ……」
    「もしもーし? ベルナルドー?」

    本気で意味のわからない台詞をしみじみと吐いて、ベルナルドは頷いている。
    会話ってのはキャッチボールが成り立つからこそ会話なんだぞ? そうじゃないならただの独り言だ。置いてきぼりにされるのは楽しくないぜと、俺は呆れて肩を竦める。すると、さっきからちょっと動くたびにずり落ちたり捲り上げた袖が戻っちまったりと悪戦苦闘していたシャツが、またずるりと肩を滑り落ちる。
    刺青がまるまる出ちまうくらいに肌蹴たシャツ――ああ、もう面倒くせえな。最初にボタンの穴を盛大に掛け違えたのがいけなかったんだろう、さっきから何度も直している。ボタンを直しちまえば良いんだろう。面倒がって後回しにしていたが、さっさと直しちまった方が早かった。
    いい加減直すか――でもその前にこの手をどうにかしねえと。毛繕いをする猫になった気分で舌を出したら、テーブルの上に上半身を乗り出したベルナルドが首元のボタンに手を伸ばした。

    「お、サンキュ」
    「どういたしまして。……最初からこうしておけば少しはマシだったのかね……いや、着ている時点で変わらないか」
    「だーかーらー!」

    意味がわかるように喋れっての!
    焦れて声を荒げると、ベルナルドは心外だなと肩を竦める。

    「ジャン、お前・・・・・・本当にわからないのかい?」
    「わかるように喋ってないだろーが。あー、つか、どーせまたエロい事だろ? ったく、これだからエロ親父は困っちまうぜ」
    「……困ってしまうのは、俺の方……なんだけどね……」

    だから、意味がわからねえってば。
    いい年して拗ねんな、筆頭幹部。上から順に、ボタンを留めなおす自分の手元を見つめていたベルナルドの頭をかき混ぜる。
    長い指は器用に――そして綺麗に動いて、この指に着せてもらっただけでサイズの合わない大きなシャツも、オートクチュールの誂え品のように変わった気にさせた。下までひとつひとつとめていって、最後にちょいちょいっと襟を正す。ペンギンみたいに胸を張って、綺麗なカッコにさせてもらうのをイイコで待ってた俺の頭を大きな手がわさりと撫でて完成。
    ――の、はずが。

    「なんでまた外すのけ?」

    せっかくとめてくれたボタンを、同じ指が今度は上から外しだす。
    もしもし? ベルナルドさん?
    最早完全に置いてきぼりの疑問顔を余所に、ベルナルドは黙々とボタンを外していく。
    おいおい、こっちが手を使えないからって勝手に着せ替えごっこを始めるなよ。言うとベルナルドは俺の手を見て……お姫様にするみたいに恭しくその手をとって、清純可憐なお姫様相手にやったら卒倒されちまうだろうってくらい……ヤらしく、舐めた。
    「お、おいっ……!?」
    自分でやんのと人にやられるんじゃぜんぜん違う。
    つか、こいつの舐め方は絶対に意図が違う。くちゅくちゅと音を立てて指をしゃぶり、熱い舌が思う様撫で上げていく。時々尖らせた舌先で指と指の狭間をつついてくすぐっては、爪の先を吸い上げていく。
    明らかに、何かを思い起こさせようとする舌使いに、まんまと乗せられかけて身体がゾクリと震えた。
    慣らされて行くって、怖いねホント。

    「このエロ親父。年がら年中エロい事ばっか考えてっと、そのうち言動全部からエロオーラが漂うようになっちまうぞ?」

    今だって結構危ない領域なんだから。自覚を持て、そして自重を学べ。ただでさえ、デイバンで一番存在そのものがエロいヤツで賞の受賞に一番近いのアンタなんだから。
    溜息をつくと、ベルナルドは「多分もう手遅れなんだと思うよ――俺がじゃないけど」などと良く分からんことを言って、首筋に刻まれた刺青へと舌を這わせた。
    言ってる傍から……。
    そこは俺の中で一番魂に直結した場所で、吹きかけられた吐息一つが心臓を煽り立てて熱を全身へと運ぶ。ほわんと皮膚の内側から熱が生まれる、知りすぎるほど良く知っている感覚が湧き上がって喉を鳴らした。腹を減らした身体がメシを喰いたいと主張するように、疼きだした下肢が満たされたいんだと強請り始める。
    ベルナルドが何をもって「手遅れ」と言ったのかはやっぱりいまいちわかんなかったけど、この衝動は一度生まれちまったらもう止まらない。そういう意味では確かに手遅れだった。
    舌が熱い。離れてしまうとひゅうと冷たくて、それが嫌だ。冷気を感じる余裕もないほど、内側から湧き上がる熱に浮かされて震えたい。

    ――本当に……こいつと居ると、いつでもどこでもエロい雰囲気になって困っちまう。

    煽られて流されちまう自分も自分なんだけどな……と、俺はベルナルドの首に両腕を回し引き寄せながら苦笑して、皮膚をすべる熱い感触に意識を研ぎ澄ませた。








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