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    serisawa

    ふるやさんとしほちゃんがSUKIです

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    serisawa

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    4/4はいい降志の日ということで。
    付き合いたてでピュアな志保ちゃんと降谷さんの小噺。

    #降志
    would-be

    first name「ふるや、れい」

     自分以外誰もいない空間に、その声は零れ落ちた。

     発生源は疑うまでもない、自分自身だ。
     高すぎるということもないが、低くもない。
     高低差など声帯の振動数によって決まるものだから、そこに性格的な意味を内包することなど無い筈だが、どこか冷たく聞こえると自分では思っている。
     けれどもそんな自分の声が紡ぎ、静寂に包まれた部屋に満ちた響きは、とても綺麗だと思った。

     眼前にかざしたスマートホンの登録者名のひとつに、その名前はある。
     連絡先を交換したのは、随分と前の話だ。
    「本名で登録して問題は無いのかしら」と尋ねると、「僕はできないけど、君はご自由に」と返されたのを思い出す。
     立場上、近しい知人を本名のまま登録しておくことは、彼が危機に直面した折に巻き込む可能性があるからだろう。
     因果な商売ね、と呆れてみせるも、彼は困ったように笑うのみだった。そんな彼は志保の名前と電話番号を、何か違う暗号めいたもので登録したらしい(流石に人の携帯を覗き込むようなことはしないので、見たことは無いが)
     志保の方にそんな制限はないので、他の数少ない登録者と同じようにフルネームで登録しようとして、それまでは彼を「フルヤさん」と音の響きでしか認識しておらず、漢字を知らないことに気がついた。
     そのときに初めて教えてもらった、彼の名前。

    『雨が降るの降に、谷。漢数字のゼロで、零。降谷零。これが僕の本名です』

     まるで公安警察に所属することが約束されていたかのような名前だな、とは思ったが、同時に綺麗な響きだとも思った。
     何かの折、ハーフなのだと聞いたことがある(聞かずとも外観だけで察していたが)その名を授けたのであろう彼の両親の血縁を由来とした異国でも発音しやすいように、という意味もあったのかもしれない。
     ふるや、れい。
     そう音の響きを確かめるように呟いて、アドレス帳に登録する。
     同じように志保の番号を確認している降谷の精悍な横顔を見れば、その流麗な音がよく似合う気がしたのだ。


     降谷零、とフルネームで登録されたその名前。
     その名の持ち主がいつしか知人から心憎い片恋の相手になり、信じがたいことに交際の申し込みを受け、晴れて恋人同士となったのはつい先週の、話。






     カチコチと針を回す時計が指し示す時刻は、11時少し前。
     空気の入れ替えにと開け放たれた窓から覗く空は薄いアクアブルー。
     春らしく爽やかな風がそよいでいる。

     自室のベッドには、ばかばかしくも単独ファッションショーを開催した名残の衣服が散乱していた。
     迷いに迷って結局、淡いラベンダーカラーの生地に小花模様を散りばめたマーメイドスカートと白のトップスという、シンプルながらも清楚な印象を与えるコーデに落ち着いたのが、10分ほど前のこと。
     髪はハーフアップにして整え、必要なものを鞄に詰め込み終えて、今は迎えを待っている状態だ。
     空も麗らかな週末。
     今日は『恋人』となった彼と、初めて二人で出掛ける予定となっている。
     約束の時間までは、あと少しだ。
     彼は、志保の私服をどう思うだろうか。
     今までは殆ど仕事として携わるばかりだったから、白衣にワンピース姿でしか接したことは無い。
     降谷もカッチリとしたダークグレーのスーツ姿ばかりだったが、それがまたよく似合っているのだから憎らしいと思う。
     大体男の方はフォーマルも兼ねたスーツ姿のデートも様になるのだからずるい。
     今日の行先は格式高いレストランでもなんでもないただの映画だし、休日をまさかスーツでは過ごさないと思うが――いや、急な仕事が入ったと予定を見据えて仕事着で現れないとも限らない。
     降谷零という男は、典型的なワーカホリックなのである。

     期待と不安を胸に、自室から階下のリビングへと降りていく。
     博士は発明品の納品があるとかで不在だった。
     まだ彼との交際を告げてはいないのだが、今日は出掛けるという旨を朝食の席で話したときには嬉しそうに『楽しんでくるんじゃぞ』と笑っていた。最近の志保の浮足立った気配をよもや感じ取っているのだろうか。
     正直、そこまで色恋沙汰に鋭い感性を持っているとは思えないのだが、志保を娘のように思ってくれているらしい彼が『娘の心境の変化』に気がつくということは、あるかもしれない。親心というものは、まだ志保には知りえない感情の一つだ。
    (こちらとしては早くフサエとの恋を成就してほしいとヤキモキするばかりなのだが)
     そうなると嘘のつけない博士の様子から、隣家の工藤にも伝わることは明白で、いっそこちらから打ち明けてしまった方がいいだろうか。しかし交際を始めたばかりで、結婚の約束をしているわけでもないというのに―――と答えのない迷路に迷い込みそうになって、やめた。

     ぽすんと、広いソファに腰を落とす。
     今はともかく、迎えを待つばかりだ。
     チクタクとやけに大きく聞こえる時計の針に気ばかりが急かされるようで、落ち着かない。
     手持ち無沙汰にスマホを取り出して、登録されているアドレスをなんとなく眺めてみる。
     番号を交換するような知人はそう多くはないが、博士や工藤、小さな親友たちに加えて、職場である研究室の同僚達のものが並んでいた。
    「は行」に登録されている氏名は、3人。
     研究室の上司である羽崎に、同僚である穂刈。それに……降谷。

    「降谷、さん」

     待ち人の名を紡いで、指は強化ガラスでコーティングされた画面の上を、なぞる。
     よどみなくスクロールしていくアドレス帳に、「ら行」に登録される名前はひとつも無い。
     志保は、苗字と名前を日本人の読み通り、ファミリーネームを先頭に登録している。
    「ら行」の苗字は日本にそう多くはないので不思議はない。
     ない、のだが―――。



    「……零、さん」



     音にすれば、たった二文字の響きを自身の声に乗せるのは、思ったより緊張した。
     光を意味する英訳に、漢字の意味を持たせたならば。
     光が零れ落ちるさまを連想したとしても、過剰ではない、だろうか。

     先週。
     このリビングだった。
     日中の話だ。博士は今と同じように不在で、降谷は依頼の解析結果を受け取るために志保を訪ねていた。ここまではよくある話だったのだが、何がきっかけだったのだろう。
     それまでは和やかに話していた二人の間に、不意に流れた静寂。
     コーヒーでも淹れるわね、と立ち上がった彼女の手を掴んだ降谷は、話がある、といつもは強い光を宿す瞳に、緊張の色を乗せていた。

    『宮野さん。僕は君のことが好きだ。僕と付き合ってくれないか』

     驚きのあまりできたことは、ただ頷くのみで。
     慌てて、よろしくお願いします、とだけ告げた志保に明らかにホッとして、嬉しそうにくしゃりと相貌を崩した彼の金色の髪が、窓から差し込む陽光を受けて光を零していた光景を思い出す。

     眩しくて、綺麗で。
     握られた手は、とても暖かくて―――



    「―――はい。降谷零、ですが…」


     突然響いた声に志保は驚愕のあまりヒッと声を上げて、立ち上がった。
     いつの間にやら開け放たれた窓の外。庭先に思い描いていた男が立っている。
     チノパンに無地のシャツ、七分袖のテーラードジャケットというカジュアルな装いは、ドタキャンの懸念をアッサリと払拭してくれた。
     庭先に佇む彼は、どことなく落ち着かない様子でぽりぽりと頬を搔いている。

    「ちょっ……! あ、あなた、どこから…!」
    「チャイムは鳴らしたよ。反応が無かったから、こっちに回ったんだけど……ずいぶん可愛いこと、してくれるね」

     そう大きな声ではなかった筈だが、窓を開けっぱなしだったこともあり、庭先に居た彼がその声を拾うのは十分可能だったのだろう。
     立ち尽くす志保を覗き込んでくる降谷の瞳はくしゃりと細められ、眦は柔く緩んでいた。
     掃き出し窓のサッシに膝をかけて、反動のままに靴を脱ぎ捨て侵入してきた降谷に、志保は慌てて背を向ける。


    「だ、誰も聞いてないと、思ってたのよ! あなたいつも、急すぎるし―――だから、その、まって、」


     頬に集まる熱が鬱陶しい。見せられたものではないし、見せたくもない。聞かせたくもなかった。
     ……ただ、ちょっとだけ。
     その名前を呼ぶ練習をしたかった、だけなのに。



     支離滅裂なことを言いながら照れ隠しにぶんぶんと頭を振る度に、可愛らしく結わえた髪がふわふわと揺れるさまを見せられている降谷が、同じように顔を真っ赤にしているなんてことには、気がつくはずもない。



    「―――君の好きなように呼んで。『志保』」



     彼と同じ。
     たった二つの、音。

     自身の名を紡ぐその声が、とくんと志保の胸に降り注ぐ。





     伸びてきた彼の腕に捕まえられ、その顔を覗き込まれて。

     朱に染まった互いの頬に揃って吹き出すまで、あと少し。
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    serisawa

    DOODLE2023.12.17にダズンローズフェス内で開催された降志オンリー、
    「零時の闇に星や降る」の参加レポートです。
    というか、参加までの道のりです。
    まあまあ内輪向けなので、ご興味がある方のみどうぞ~。
    2023.12.17れいやみに参加して■発足〜参加確定までの話

     全ては昨年12月、僭越ながら主催させていただいた降志WEBオンリーイベントの翌日、突発アフタースペースを開いたことから始まった。
    「新刊カード50枚集め、募ってみませんか?」と、スペースをご一緒していた某amrさんが提案してくれたのである。
     赤ブー主催で新刊カード50枚集めるとカプオンリーを開いてもらえることは知っていたが、50枚なんて夢のまた夢…と思っていた(でも「もしも」のために新刊カードはきっちり保管していた。えらいぞわたし)

     次の投票っていつなの?今ここにいる人は何枚カード持ってるの?と、スペースそっちのけで調べ始め、なんと翌月1月のインテが投票日だということが判明。しかもそのスペース参加者の内2名はインテ参加組!やれるだけやってみよう!と正式に募集を募り…するとどうでしょう。みるみるうちに挙手の手が上がる。他ジャンルの友人に声をかけてくれた方もいらっしゃいました。ありがたや…。
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    黒護にゃちょこ

    MAIKINGかきかけの降志小説から抜粋解毒薬が無事必要在るべきところに渡った後は、私は恐らく然るべき処分を受けるだろう。そうなる前に、母からのテープを最初から最後まで聞かなければと思い、部屋で一人、ベッドに横たわりながらカセットのスイッチを付けた。

    古ぼけた音が途切れ途切れに響き渡る。このテープは、そろそろ限界なのだ。眼を瞑りながら母の音にひたすら集中すると、この世とあの世が繋がる感覚に陥る。途切れる度に現実に押し戻されるので、まるで「こちら側にくるにはまだ早いわよ」と言われているようだ。音の海に流されていると、ふと「れいくん」という単語に意識が覚醒させられた。

    「れいくん」

    その名を自分でも呼んでみる。誰だろう。巻き戻して再度テープの擦る音を聴くと、どうやら母に懐く近所の子どもらしかった。

    「将来は貴女や、日本を護る正義のヒーローになるって言ってたから…もしかしたら、もしかするとかもしれないわね」

    もし、叶っていたら、その「れいくん」とやらは、警察官にでもなっているのかしら。…いえ、きっと、そんな昔の約束なんて…白鳥警部じゃあるまいし。それに、今更だわ。

    「もう決着は着いちゃったわよ…れいくん」

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