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    _karokarokaro

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    硝子の目から見た夏五の乙骨視点。
    死滅回游の始まる前、五条の部屋で写真を見つけた乙骨は、硝子の元を訪れる。
    「五条先生の親友って、夏油傑なんですか?」

    #夏五
    GeGo

    生者の孤独生者の孤独

    「死ぬ時は一人だよって、五条が言ったの?」
     はは、笑える。
     家入硝子は最初から最後まで一言一句真顔で言った。言った後で、口角を吊り上げてにやりと笑った。それはまるで少年みたいな、悪ガキみたいな笑顔だった。あの人みたいな笑顔だった。


     ▽


     憂太が息せききって医務室の扉を開けた時、家入はもう全然テングビーフジャーキーを食べていた。憂太は大人の女性(それもクールで憧れる)が、仕事中にがっつりジャーキーに噛み付いている姿をあまり見たことがなくて狼狽えたが、ひとまずの礼儀として「あ、お食事中、すみません」と言った。
    「ああ、乙骨。仙台行くんだろ?」
    「あ、はい。ひと足先に回游に参加してきます」
    「そうか。腹壊すなよ」
    「えっ? なんでですか……拾い食いしてみたいな?」
    「そうそう」
    「しませんよ……そもそも、腹痛って反転術式で治せないんですか?」
    「さあ。五条は治してたな」
    「あっじゃあ大丈夫か」
     憂太がホッとして頷くと、家入は一度きょとんとした顔をした後で、アハハと笑い出した。一体どのあたりがツボだったのか全く分からなかったけど、なんとなく恐縮して縮こまった。正直言って、歳上の美人で知的でクールな女医なんて、男子高校生が太刀打ちできる相手ではないと思う。
    「あの……、」
    「ああ、ごめん。何か用?」
    「家入さんに、お伺いしたいことがありまして……」
    「なに? かしこまってるね」
    「いえ、その、……」
    「ま、座れば?」
     促されて患者用の診察椅子に腰掛ける。家入はジャーキーをごくんと飲み込んだ後で、手を伸ばして小型冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出すと、憂太にハイと渡して自分は缶コーヒーを呷った。憂太は受け取ったペットボトルを御守りみたいにぎゅっと握り締めて、膝の上に置いた。
    「あの、」
    「うん」
    「五条先生のことなんですけど」
    「えー」
    「エッ」
    「いや、いいよ。なに?」
    「あ……はい。あの、五条先生の、唯一の親友って……夏油傑のことなんですか?」
     家入は持っていた缶コーヒーを置くと、ゆっくりと憂太に向き直った。憂太は丸まりそうになる背筋を意識して伸ばして、その黒いまなざしを見つめた。きっと不躾な質問だから、なるべく誠実な態度でいなければいけない、と思ったのだった。
    「さあ、私は五条じゃないから唯一かどうかは知らないけど。どうして?」
    「その、写真を見つけて……」
    「へえ。どんな写真」
    「これです」
     ポケットから写真を取り出しながら、今、家入さん、「唯一かどうかは知らない」って言ったな、と思った。つまり、二人が親友だったという事実は、第三者の目から見ても明らかだっったのだ。
     ズン、と重くなる心を脇に置いて、写真を手渡す。
    「どれ。おお」
     家入は、ネガフィルムを光にかざすみたいに写真を見た。
     三人の学生が写った写真だ。学生服の、若い頃の五条先生。おかっぱの家入さん。それから、お団子頭の、夏油傑。
     三人は肩を組んで、快活に笑っている。いや正確に言えば笑っているのは二人で、夏油は眉間に皺を寄せてしかめ面をしている。でも、家入と五条は今じゃ考えられないような、あっけらかんとした、含みのない、全開の笑顔だ。家入なんか、大口開けて笑う口から煙草が落っこちそうな。この頃から喫煙者なのか。五条は見たことのない丸いサングラスをかけていて、でも、その奥の瞳がきらきらと輝いているのが分かる。今の五条も大笑いすることはあるけれど、こんな風に挑戦的で、こんなに、何にも負けないと信じきっているような顔は、しない。
    「こんなの、どこにあったの?」
    「五条先生の部屋に……」
    「へえ。不法侵入」
    「ち、違うんです。天逆鉾の在処のヒントでもないかなって探してて……そもそも、僕にその存在すら教えてない五条先生が悪いんじゃないですか?!」
    「はは。違いない。個人主義も大概にしろって今度言っといて」
    「…………はい」
     憂太は顔を俯けて、自分の人差し指のささくれを見た。その今度が、一体いつになるのかも分からない。憂太は、目の前の女性が、同期の一人は死に、一人はいつ会えるかも分からない、そういう立場にあることに初めて気が付いた。自分の無神経さにますます肩身が狭くなって、出て行こうかと腰を上げかけた時、声が掛かる。
    「その写真の夏油、ブッサイクな顔してるよな」
    「……はい?」
    「それ、ゲームに負けてむくれてんの。バカだよねー」
    「はあ……」
    「私が五条の勝ちに賭けてたからさ。二人分マック奢らせれて、その顔だよ。高級取りのくせに、ケチくさい」
    「えっ、はい……」
    「負けず嫌いのバカだったから。君と戦ったのも、その延長戦」
    「…………」
     憂太はもう一度写真を見た。
     三人組の高校生が写っている。一般的な高校生かと言われると見た目が派手すぎるが、パンダがいるうちの学年に比べれば、普通だ。夏油は五条のことを悟と呼んでいた。五条も傑と呼んでいた。たった三人の同級生。ゲームの勝敗にマックを賭けるような。その後で、肩組んで自撮りするような。僕の親友だよ。たった一人のね。たった。ひとりの。親友。愛は呪い。
     五条悟は、たった一人の親友を、自分で殺した。
     高専の路地裏で、死に掛けの夏油傑に、五条悟は呪力でトドメを刺した。
     なぜ?
     僕が、殺さなかったからだ。
    「五条先生、一人は寂しいよって言ったんです。僕を高専に入学させる時に」
    「へえ」
    「五条先生は、……一体いつひとりになったんですか?」
    「知らないよ。本人に聞け」
    「……答えてくれますかね」
    「うーん、ものすごい眠い時とかなら、あるいは?」
    「あの人眠い時あるんですか?」
    「ないね。ないない。睡眠が肉体的に必要なのかもわからん」
    「精神的には必要?」
    「さあ。二十四時間正気で居続けたら狂うくらいの可愛げはあるんじゃないか」
    「それは、可愛げなんですか……」
    「愛嬌で寝てるんだとしたら腹立つけどね」
    「……反転術式でどうにかしてるんですか」
    「安易に真似するなよ。死ぬから」
    「……」
     ……でも、先生は死んでないじゃないか……。
     あの人は、人間だ。化け物じゃない。生きて、息をして、起きて、ご飯を食べて、寝て、そういう生活のサイクルから脱しているわけじゃない。思想があって、感情がある。この、写真の中の、すべて自分の思うがままに世界を動かせると信じきった顔で笑う少年は、大人になって教師を目指したのだ。一人で誰よりも強かった彼は、未熟で役に立たない子どもを、教え導く道を選んだ。そこにどんな葛藤があったのか知らない。何を思い、何を選択し教師になったのか、知らない。でもきっと、何かを守ろうとしたことは間違いない。
     あの人に散々守られていたのだと、あの人がいなくなって実感する。
     今度は僕の番だ。
    「僕が、夏油を……羂索を殺します。あの人に、もう一度親友を殺させません」
     憂太が宣言すると、家入はぱちくちと鳩に豆鉄砲の顔をした。それから三秒して、はは、あははははとツボにクリーンヒットしたように大笑いし始めた。憂太はポカンとそれを眺めたあとで、なんとなく恥ずかしくなってきて、軽く憤慨して言った。
    「な……なんで笑うんですか?!」
    「いや、悪い。はは、頼もしいなと思って」
    「馬鹿にしてますか」
    「してないよ、本当に。いいよ、力いっぱい殺して、ちゃんと私の元に死体を持って帰ってくるように」
    「……わん?」
    「ハハ! いい子。しかし、君はあれだな、案外五条に似てるな」
    「え……ええ? どの辺がですか?」
    「イヤそうじゃん」
    「嫌じゃないですよ?! え、どこが似てます?」
    「うーん……傲岸不遜なところ」
    「……誰の話してます?」
    「君だろ」
    「えー……?」
    「はは。友達を大切にしなよ」
    「はい、……勿論」
     今度こそ憂太は立ち上がると、写真を置いたままぺこりと一礼して立ち上がった。ドアに手をかけた後で、胸の内をぐるぐると回転しているもやもやを、不躾ついでに吐き出した。何を言っても、怒らないのではという傲慢な気持ちになったのだった。
    「友達とずっと仲良くいるコツって、なんだと思います?」
     家入は憂太をチラリと見ると、缶コーヒーをぐいっと煽った後で、ニヤッと笑い空いた手でピースを作って言った。昔、学生服を着ていたのだとわかる笑みだった。
    「アルコール」
     全然未成年にするアドバイスじゃない……。
     この人も、五条先生の友達なのだ、と思いながら部屋を出た。暗く沈む窓の外を見ながら、指輪を撫でる。足取りは軽く、刀は重かった。


     ▽


    「まあそっちは硝子に頼んだしいっか」


     ▽


     死ぬ時は一人。死ぬ時はひとりね。
     夏油が死んだ時は、オマエが隣に居た。きっと最期の言葉も聞いたんだろう。観客の七割が泣くような、感動的な言葉だったに違いない。
     それで、よくもまあ生徒に「死ぬ時は独りだよ」なんてご高説垂れ流せたものだ。死ぬ瞬間まで隣に居てやって、何が一人だ馬鹿野郎。
     独りなのは、死んだ方じゃない。夏油を見送った、オマエの方がひとりになったんじゃないのか。
     死んだら孤独も消えて無くなるけど、死なれた方はこれから先、誰かの居た痕跡を嗅いで生きていく。
     孤独なのは、生き残った人間の方だ。
     なあ、そうだろう、五条。
     硝子は、もううんざりするほど見慣れた同級生の、見慣れない死体を縫いながら呟いた。
     あー、早く、酒飲みたい。
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