シロップはお好みで。偶然手に入りましたの。
そう言って差し出されたのは、白い紙箱。両手で受け取ると、予想よりも軽い。ケーキではなさそう。
「これは……?」
「購買に珍しいものが入っていたものですから」
いつも通りの笑顔で神琳はお茶を飲んでいる。購買で買ったということは、お菓子ではあるのだろうけど。
二人きりのお茶会は、いつもどおり自室で行われていた。
窓辺の机を囲むそれは、すぐ目をやれば私の好きなテラリウムが見えるし、神琳の好きなお茶を飲んで神琳と過ごすことができる。
私にとってはかけがえのない時間。
そんなお茶会がはじまってから15分。
唐突に渡された箱から神琳へ視線をあげると、色の違う目がじっと見つめ返してくる。
「……あの、神琳」
「雨嘉さんが開けてくださいな」
目尻を下げる微笑み。自分で開ける気は一切ないらしい。
神琳が持ってきた物を私が開けていいのかと考えたけど、他ならない神琳が私に開けてと言うのだからと思い直す。
開けるところを見られていることにちょっとした緊張を覚えつつ、静かに箱を開ける。
白い箱の中でそれぞれの色を主張しているのを視界に入れると、思わず声が漏れた。
「わぁ…! マカロンだ…!」
「ふふ、驚きましたか?」
「うん。マカロンが入荷するって、本当だったんだね」
「わたくしも初めて見ました」
世界的に見れば食糧事情は厳しいけれど、リリィを養成するガーデンには、潤沢な食糧が届けられる。だから、ケーキやクッキーなどのお菓子も、購買に行けば買うことはできる。
けれど、その中でもマカロンはなかなか入荷しないもので、入ってもすぐに誰かが買っていってしまうレアなもの。
買うことができたら運がいい、なんてレベルではないくらい。
そんな珍しいものが手の中にあるのだ。まるでUFOが実在したような気分。
紫、青、水色、緑、黄色に赤。
6個のマカロンは窓から差す日光を反射してツヤツヤと輝いている。
「雨嘉さんはどれになさいますか?」
「えっ?」
思ったよりも大きな声が出て、自分でもぎょっとした。
幸いなことに神琳はそんな私に対して悪く思うことはなかったらしい。
摘んでいたクッキーを小さく齧って、僅かに口角を上げている。
せっかくの空気が台無しにならなかったことへの安堵を頭の片隅をよぎる。
それよりも、神琳の言ったことの方が気にかかった。
「でも……これ、神琳が買ってきたものでしょう?珍しいものだし、私は……」
「わたくしは雨嘉さんと一緒に食べたいと思ったから買ってきましたのよ?」
何かおかしなことでも?
不思議そうな表情で小首を傾げるのは、美人の神琳には大変様になっている、のだけれど。
顔が熱くって、とてもじゃないけど神琳の顔を見れない。俯いて自分のカップを見れば、琥珀色をしたお茶は全然減っていなかった。
そんな恥ずかしいこと、よく顔色を変えずに言える。多分、神琳は恥ずかしいなんて思っていなくて、いつも通り思ったことを伝えてくれたんだけど。
私のためにだなんてぶつけられると、どうしたらいいか分からなくなる。
「……わ、分かった。神琳、ありがとう。とっても嬉しい」
口で神琳に勝てるわけがない。それはよく分かっているし、もらった言葉も気持ちも本当に嬉しいから、気後れする自分は無視してもらうことにした。
「そうですか。わたくしも、雨嘉さんに喜んでいただけて光栄です」
言葉も表情もいつもと同じなのに、ほんの少しだけ満足そうに見えるのは、きっと気のせい。私の都合の良い錯覚。
「神琳、先に選んで」
「……あら、雨嘉さんが先に選んでよろしくてよ?」
「ううん……それはだめ。神琳が買ってきてくれたんだから」
私を優先してくれたのは嬉しいけど、神琳が先に選ぶべき。
予想よりもあっさり納得した神琳が3個取ったから、残りが私の分。
「召し上がりませんの?」
「あ、いや……その、何だか勿体ないなって」
小さくて丸くてカラフルで、フォルムは可愛いのに綺麗だから。
…これは建前だけど。いや、これも本当だけど。
だって神琳が私のためにって買ってきてくれたんだもの。それだけで嬉しくって。
でも、神琳が買ってきてくれたから食べないってわけにもいかない。それに、そんな理由で食べたくないだなんて、神琳に知られたくない。
「険しい顔になっていますわよ」
「あ……」
いつのまにか考え込んでしまったのか、あの表情になっていたらしい。
神琳が自分の眉間を突いて笑う。
「召し上がらない方が勿体なくてよ?」
「それはそうなんだけど……」
「雨嘉さんが召し上がらないなら、先にいただきますわ」
パッと水色のマカロンを摘んだ神琳が、やっぱり小さく一口齧る。
歯形が綺麗だな、とか、様になりすぎて絵を見てるみたい、とかどうでもいいことばかり頭に浮かんでは、日の光に当たってしゅわしゅわ消えた。
「甘いですわね」
不服そうな感想に対して、表情も声音も柔らかい。お気に召したらしい。
水色、次いで紫のマカロンを食べ終えた神琳を見て、私もようやく食べようと思った。
青色のマカロンを摘んで口に入れると、さっくりした軽い食感。それから中に挟まれたクリームの香り。これはなんだろう、アーモンド?
「……おいしい」
「そうでしょう?」
日に照らされた神琳のオッドアイ。笑みで細められた拍子に長い睫毛が伏せられて、その赤と黄色に影がかかる。
ふと、残りのマカロンを見やる。あ、と思った。それから、しまった、とも思った。
……マカロンの色、神琳の目の色と同じだ。
気がつかなきゃよかった。これじゃ、何だか食べづらい。
神琳のことを意識してしまう。
頭の中から何とか追い出そうとしても、全然出ていかない。
マカロンを見ることもできない。神琳の顔はなおさら。
私が安心して視界に収められたのは、やっぱり自分のカップだった。
……早く落ち着かなきゃ。神琳に変に思われちゃう……。
「…あら」
「ど、どうしたの、神琳」
声が上ずる。いきなり神琳が声を出すから。
動揺してるのが伝わったのだろうか。
顔を見ることは今の私にはできそうにないから、せめてとその首元を見つめる。
くすくすと笑いながら、神琳は口を開く。
「残っているマカロン、わたくしたちのお互いの目の色をしていますわね」
……あぁ、もう。