リンゴが好きな人に悪い奴はいないと思うから ゴルトオールの城下町には、ゾンビドールの子供三人と、一人の吸血鬼の少年が住む家があった。
そんな家にある日、赤い頭巾が目立つウェアウルフのキュオーンが、ゴルトオールの西にある森からはるばるとやってきた。
「ふん……まだいないじゃないか」
「遊びにいらっしゃったのはいいですが、三人は買い物に出かけてしまいまして……その、キュオーンさんはあの子たちと時間を決めたりはしたんですか?」
吸血鬼の少年エウ・エウは、キュオーンを家の中に招いて聞いた。
ブレラ、エイダ、ルチアの三人は揃って家に戻っていなかった。
「いや……特に」
「そうですか。まあ、三人ともすぐ近くの雑貨屋さんに行っただけのようなのですぐ帰ってくるでしょう。それまでゆっくりしてていいですよ」
「わ、わかった……ありがとう」
キュオーンは緊張したような様子でそう言って、エウ・エウに案内された席に座った。
「あ、そうだ。キュオーンさんはリンゴが好きですか? 良かったらこれでも食べてください」
エウ・エウはそう言って、キッチンで切ってきたらしい、半個分のリンゴを出してきた。
そのおいしそうなリンゴを見て、キュオーンは嬉しそうな気持ちになったが、表情を頑なにしていった。
「あ、ありがとう……ございます」
「すみませんね、ちょっと待たせるようなことになっちゃって」
「い、いい……ぼくがいつも早く来るから」
「そ、そうですか」
キュオーンはじっとリンゴを見つめる。
「あ、リンゴ……嫌いですか?」
「い、いや……そんなことはまったくない。むしろ……だいすきだ」
「ほっ。それはよかったです。僕もりんごは大好物なんですよ」
「そ、そうか……」
特に他愛もない、とキュオーンが思っている会話が続くがすぐに止まってしまう。
ブレラたちにとって、この吸血鬼は保護者のようなものらしいが、あまりあの三人と彼との関係について詳しいことは分かってない。
この吸血鬼とは一度だけひと悶着があった。
一度彼はブレラたち三人にとっての保護者のように見えたが、お互いそんなに変わらない子供なのかもしれない。
しかしゾンビドールという形での魔女の眷属であった彼らにとって、エウ・エウはとても大事な存在であったようだ。
一体魔女というのはなんなのか、よく理解できていないキュオーンではあったが、迷いの森で拾われてからしばらく魔女と過ごし、魔女に恋し、そして魔女の有り様に絶望した彼にとっていろいろと考えることはあった。
常々キュオーンは、あの絶望の魔女のことや、シュトラールが言っていた記録の魔女のことも考えて思ってしまう。
なぜ魔女はみんなただ魔女であることにとらわれ続けてしまうのだと。
結局、魔女の力は強いが、その力が魔女自身の心身に負担をかけ、ツタのように絡み付けてしまう。
エウ・エウが当時抱えていた魔女の遺物は、三人の存亡に強く関わっていたようだ。
後からちらっと聞いたことだが、エウ・エウの抱えていた、三人の存亡に関わっていたそれもまた魔女の強い意思と願いによるものだったらしく、エウ・エウ自身にもまた強い負担をかけていたようだ。
にもかかわらず、彼に負担をこれ以上かけたくない三人はエウ・エウの無事を優先し、彼本人と強く衝突することとなってしまったようであった。
キュオーンも村のみんな、そして最後まで自分の想いを聞いてくれなかったシュトラールを殺め、混沌とした思いと共に落ち着かないまま森に潜み続けていた自分を、相談役になってくれるとブレラは言っていた。
ある日、ロージィという自分より魔女に詳しい、あの首を二つ持っている亡霊に三人の当時の状況を聞かされたが、その時キュオーンは、今度は自分の番なのだと、あの花の街まで駆けつけることとなった。
もしかしたら、ブレラに会うのは最後になるのかもしれない……と知っていても。
「キュオーンさん」
「な、なんだ?」
「いつもありがとうございますね。あの三人……特にブレラがキュオーンさんのことをすごく仲良くしてくれてるようで」
「……どうも」
キュオーンはリンゴの方ばかり視線を俯きつつも、小さな声で言った。
「ぼくも……あいつと話してて楽しいと最近思ってるから……」
「それは本当によかったです」
「……」
キュオーンは、エウエウが家事をしている姿を眺める。
「……そういえば、僕も、あなたたちはいろいろとありましたね」
いろいろと思考を巡らしていると、エウ・エウの方からそう言ってきた者で、キュオーンはびっくりした。
「ど、どうしたんですか?」
「いや……なんでも……」
「なんだか……あの時はあなたも、マミーさんやロージィさんにも結構迷惑をかけちゃったみたいで申し訳ないですね。突然あそこであなたたちが来たものですから僕もびっくりしましたが、あの時あなたたちが来なければ、僕たちは何をしていたのやら……」
「ぼくは……」
キュオーンはなんとか、自分なりの言葉で言おうとした。
「ぼくは……こんなぼくのことを大事に思ってくれてる友達を守ろうとしただけだ……」
「そうですか」
「あいつは……ぼくの話を聞いてくれたんだ。放っておけるわけにはいかないだろ……たとえ、あいつがいなくなるって思っても」
「キュオーンさん……」
エウ・エウは、自分とそんなに変わらないくらいの若さに見えたが、胸に手をあてて礼儀を正しくするように言った。
「ブレラたちも、本当にいい友達を持ったようです」
「あ、あいつに言わないでくれよ……」
「ふふ……大丈夫です。僕が言うことなのかは分かりませんけど、これからも、あの子たち仲良くしてあげてください」
「……」
「むしろ、僕のことで、あなたにも傷をつけてしまったんじゃないかと思ったんですが……」
「その心配はない。ぼくだって……あいつ……ブレラとまた会えたのは嬉しかったから……」
「キュオーンさん……」
「そ、それに……」
なんだか照れくさくなって、キュオーンは言った。
「リンゴが好きな人に悪い奴はいないと思うから……」
そう言いながらキュオーンはリンゴをかじってるのを見たが、エウ・エウは困惑していた。
「う、うーん、それはどうなのでしょう?」
キュオーンはどうしても、リンゴを見ると彼女を思い出してしまう。
シュトラールが自分にいつもくれたリンゴが好きだったからだ。
キュオーンにとってこの甘い果実こそ「希望」の象徴だと言えると思っていた。
彼女がロクでもない村で捧げていたものは「希望」ではないなら、これが「希望」だと考えていた。
彼女からもらったリンゴの味を思い出すと、それだけで自分は幸せ者だと感じていた時代だった。
ブレラと友達になった後、あまりに身勝手な形でそれを消し去ったと思わなくもなく、ただあの村も彼女も放っておくわけにもいかず、悶々としてしまう。
しばらくすると、扉の開く音が聞こえてきた。
「ただいまなのだー!」
ブレラが先を切って、元気よく、大きな声であいさつした。
エウ・エウはそんな彼に呆れながら行った。
「おや、帰ってきましたか。あなたたちってば、キュオーンさんならもう来てましたよ」
「キュオーンもう来てたのだ? それはごめんなさいだったのだ」
「いや、別にそれはいいよ」
「エウエウと仲良くしてたのだ?」
「ま、まあ……ちょっとだけ話をしてた」
「どんな話なのだ? のだのだ?」
ブレラはキュオーンに接近してきたが、キュオーンは困惑して言った。
「別に、特になんかあったわけじゃないよ。僕もエウエウも、リンゴがすきだね、ってくらいで」
「おお、そういえば二人ともリンゴが大好きみたいなのだ」
「でも、マミーやロージィもそうだけど、僕たちとエウエウは……」
「僕が言うのもあれなのですが、その辺りの話は大丈夫ですから、ルチアさん」
「そ、そうか?」
エウ・エウは少し心配そうにしていたルチアに行った。
それに続いて、キュオーンも小さくうなずいて言った。
「そうだ、それに、リンゴが好きな人に悪い奴はいないと思うから……」
「そ、そうなのだ? それはブレラもはじめて知ったのだ。ということはブレラもリンゴは大好きだからいい子なのだ」
「いや、ブレラさんはいい子かもしれませんけど、それは安直かと……」