アベンチュリン・タクティックス ルート1 第4話:本音を飲み込んで 文化祭準備が始まってから数日後のこと。今日は特に文化祭の準備はなく、アベンチュリンも用事があるため、即座に帰るつもりでいた星。
「練習?」
「うん、そう!」
授業を終えた放課後、大量の参考書が入った重いバックを持って静かに教室を出ようとした星に、出し物リーダーの女の子が呼び止めた。
「カフェと言っても、普通のカフェじゃないでしょ? 相手に喜んでもらえるような接待が必要だと思うの! だから、ホストになる子たちは全員接客の練習をしてもらおうと思って!」
「なるほど……」
男装ホストとして出動する予定の星だが、バイト経験のない彼女に接客スキルはもちろんない。外見はいいとはいえ、何もせずお客を相手にすれば、怒って帰るか、ドン引きして帰ってしまうかのどちらかだろう。
「いいよ」
自信がなかった星は間髪をいれずリーダーの誘いにコクリと頷く。そうして、そのまま練習に入ることになったが、ホスト服に着替えることはなく、制服のままお客役の子と向き合った。
今日は会場の確認ということもあり、当日とほぼ同じように物が設置されている。個室もできていており、星は狭い空間でお客役の子と2人きりとなっていた。
「よろしくね」
「は、はひ……よろしくお願いしまふ……」
相手は女の子であり、星自身あまり緊張はしていない。だが、目の前にいるお客役の子の挙動がおかしい。「ひぇ……」と小さな悲鳴を零したり、星をまじまじと見つめて頬を赤く染めていた。
違和感はあるが、彼女は本番と同じように緊張しているお客様を演じている……なんと真面目な子だろう。星も気合を入れ、ホストらしく振舞った。
いつしかなのかが貸してくれた漫画やドラマのセリフ、そしてアベンチュリンからの甘い言葉を思い出しつつ、星はノリノリで口説き始める。
予想以上にスラスラと言葉が出てしまうので、星自身も驚いていた。
しかし、話しているだけではいけない。こちらも商売だ。ドリンクやお菓子など商品も薦めていく。気配り上手な星に落ちていた。
「恐ろしいわ……星ちゃん……あなたの魅力が恐ろしい………接客は完璧ね」
最後には、こっそり覗いていたらしいプロジェクトリーダーちゃんから、拍手まで送られていた。星の自信は爆上がり、No.1ホストを目指すことを決意する。
これなら、アベンチュリンを超えることも容易かもしれない。もっと色んな女の子を口説き落としたい。
「ねぇ、リーダー」
「ん? どうしたの、星ちゃん」
「練習の相手してもらったし、私も誰かの練習に付き合うよ」
「ほんと!? 嬉しいわっ!! じゃあ、誰の相手をしてもらおうかしら……」
本当はアベンチュリンに相手をしてもらいたいところだが、残念ながら今は生徒会の仕事で不在。後でいくらでもアベンチュリンの姫になるとして、今は誰かの練習台となりたい。
みんなにはアベンチュリンに負けないぐらい人気のホストになってもらわなければ、このままではアベンチュリンが人気になって変な虫がつくかもしれない。それは避けたい。
また、他の人がどんな風に接客をしているのか気になっていた星。No.1ホストを目指している星はいいところは全て奪っていこうと考えていると。
「星ちゃんが空いてるのなら、ぜひ俺の客になってほしいな」
後ろから聞こえてきた声。振り向くと、星よりも背の高い黒髪の男子が立っていた。
「あんたは………」
「雅樹。もしかして、名前覚えてなかった?」
「ごめん」
「いいよ、謝らなくて。俺たちそんなに話したことないし」
こうして、星がこの男とちゃんと話したのは初めてのこと。入学してから半年が経とうとしていたが、挨拶ぐらいしかしたことがなかった。顔はたぶん見たことがある……はず。
第1印象は気がよさそう。いい人そうではある。が、ホストには向いていなさそうに思う。練習してほしい気持ちも分かる気がする。
「いいわね! 雅樹も練習が必要だしね! 星ちゃん、よかったら雅樹の練習に付き合ってくれない? その…アベンチュリンと付き合ってるし? きっと星ちゃんにはいいアドバイスしてもらえる思うのよね!」
確かに、先ほどの星はアベンチュリンを参考にしつつ接客した。が、お客役となればきっとろくなアドバイスはできないだろう。率直な感想を言ってしまうかもしれない。
でも、それでもいいのであれば、ぜひとも練習相手になろう。できる限りアベンチュリンが他の女の子にモテないようにするためにも、他の男子たちに頑張ってもらわなければ。
他の男子が頑張ってくれれば、アベンチュリンの出番も少なくて済む。
断られると思った彼は、星に申し訳なさそうな顔を向け懇願してくる。そんな顔をすれば、すぐに女子はころりと落ちるだろうに。星は疑問を抱きつつ、コクリと頷いた。
「俺、あまり女の子には慣れてないんだ……」
「私が相手でいいのなら、いいよ」
「本当? 嬉しいな。星ちゃん、ありがとう。よろしくね」
快く了承した星は個室に入り、雅樹の前に座る。個室であり、カーテンを閉め切られたため、他の人から視線を感じない。2人っきりも同然だった。
よく考えれば、全て個室なのはおかしい気がする。星の中では、ホストはみんなでシャンパンタワーをして大騒ぎして、ボトルを空けまくる……そんなイメージでいた。
カフェだから、少し落ち着けるように個室にしているのだろうか? 個室もVIP感が味わえていいと思う。しかし、改めてお客さんとして入ると、少しだけ緊張してしまう。
男子と2人きりになるなど、アベンチュリンや家の人以外でなったことはない。星は慣れない状況にがちがちになっていたが、いい練習相手になろうと気合を入れた。
「名前聞いてもいい?」
「名前? 私の?」
「うん、君の名前」
なぜ名前なんて聞くのだろうか、先ほど自分の名前を呼んでいたではないかと思った星。しかし、客役なら彼と自分は初対面だ。
だが、ただ名乗るのも面白くない。星はいたずらっぽく口角を上げ、勢いよく右手を胸に当てる。
「我が名は銀河打者だ! ひれ伏すがいい!」
「………」
エコーがかかったように、個室に響く星の声。先ほどまで騒がしかった他の個室もシーン静まっていた。
しまった……ふざけすぎた。ここはボケる所ではなかったか………。
いたたまれなくなった星はぺこりと頭を下げる。
「ごめん、ふざけました……星です」
「ふふっ………星ちゃんもふざけることがあるんだね」
「練習止めてごめん」
「いいよ、じゃあ練習に戻るね………星ちゃん、今日は来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
星が雅樹はなぜかふっと笑い、肩を震わせる。何かおかしいところでもあったのだろうか?
そうして、そのまま星はお客役になりきって、休日は何をしているのか、好きなものは何かなど彼に尋ねられたり、逆に聞いてみたり……いたって普通の会話を交わす。
雅樹は巧みに言葉を扱い、星の気持ちをおさえつつ商品を勧め、隙あらば注文させようとする。「俺も飲んでみたいなー」と時にはあざとく、「これきっと星ちゃんも好きな味だと思うよ」と時には甘く薦めてきた。
「やっほー! みんな元気にしてるー!? あたしちゃんパフェ作ってきたけど、誰か食べたい人いるー!?」
練習中に外から聞こえてきたハイテンションな女の子の声。どうやら試作したパフェを持ってきたようだ。
正直食べてみたいが、他の人がきっともらうのだろう。星は返事をすることなく、練習を続けようと雅樹に向き合う。
「こっちにくれないかー!」
「はいよー!」
彼はパフェを持ってきた女の子を呼び止め、星のところへせっせとパフェを運んでもらった。
「はい、星ちゃんのだよ」
「え、私の?」
「うん、食べたかったんでしょ?」
ほぉ………なるほど、相手の気持ちを察して、先回りで動く。ホストとしては素晴らしい対応。スタンディングオベーションだ。
だが、そこまでできるのであれば、自分のアドバイスなど必要ないのではないだろうか。
テーブルに置かれた1つのパフェ。ふんだんに使われたカット苺に、純白のクリームとバニラが香るアイス。グラスの下にはクリームやコーンフレーク、ゼリーなどの綺麗な層ができていた。
お腹を空かしていた星には輝いて見えていた。
このパフェは試作。だが、パッと見る限りは店にあるものと変わらない。むしろ店以上のクオリティかもしれない。待ちきれなくなっていた星はごくりと喉を鳴らす。
すると、雅樹はスプーンを受け取り、一すくい。星の口へと運んだ。
「はい、星ちゃん。口開けて?」
「えっ、食べさせてくれるの?」
「もちろん」
ちょっと距離が近いように思うが………まぁ、これも練習の一つなのだろう。客役を全うしなければ。
「アベンチュリンにこうして食べさせてもらったことはある?」
「うん、結構な頻度であるよ」
「へぇ………らぶらぶなんだね」
らぶらぶ……そう言われてみれば、そうかもしれない。休み時間は一緒だし、放課後だって何も予定が入ってなければ、一緒に下校。傍からみれば確かに熱い恋人にしか見えない。
この前だってキスだけをするのかと思ったら、その先までしてしまったし………。
思い出してしまった星の頬はほんのり赤くなる。
「………本当に好きなんだね」
そんな星を見逃さなかった雅樹。彼の黒の瞳は凪のように冷たく、同時に好奇心が疼いていた。
「ごめん、話が脱線したね! はい、じゃあ目を閉じて。俺が食べさせてあげるから」
「え、目を閉じる必要ある?」
「じっくり味わうのなら、味覚だけを集中させた方がいいでしょ? はい、目を閉じて」
「………」
これも練習……なんだろう、きっと。
相手だってろくに話したことのない女の子に食べさせるなどしたくないだろう。ここは無情でいなけば。星よ、心に虚無を持て………。
「はい、あーん」
「あーん」
星は渋々目を閉じ、スプーンを待つ。
「……………?」
が、一向にスプーンがやってくることはなく、空気の味がするだけ。星はまだかと虚空をぱくぱく食べる。
あまりの遅さにさすがに待てなくなった星はそっと片目を開けると、目の前にスプーンを持つ雅樹の手があった。しかし、星からはずっと離れている。
見れば、彼の手首は他の手に掴まれていた。見覚えのあるその指と指輪。星はその手を沿って見上げる。
「————ねぇ、何してるの?」
星の視線にいたのはアベンチュリン。彼は手首を握り、雅樹の手を止めていた。半円を描く瞳は鋭く雅樹に向いている。これは一体どういう状況だろうか。
「アベンチュリン、そんなに怒るなよ。ただの練習だろう?」
「………」
怒りがにじみ出る不気味なアベンチュリンの笑顔。この前もホスト姿で調子に乗って怒られたが、あの時とはレベルが違う。激怒しているのは明確だった。
「星は僕の恋人なの分かってるよね? 雅樹?」
怪しく光る冷酷な瞳。隣に座っていた雅樹もごくりと息を飲んでいた。
絶対に怒っている………だが、どうすればいいのだろうか? 練習に付き合っていただけで何をどう説明すればアベンチュリンが落ち着いてくれるのかが分からない。
星がどう切り出そうかと悩んでいると、アベンチュリンに素早く手を掴まれ、引っ張られる。雅樹を1人残し、星はアベンチュリンと一緒に教室を出ていく。
「ア、アベンチュリン………?」
「………」
「ねぇ、アベンチュリンってば」
声をかけても彼は黙ったまま。星の手首を握る手は強く振り払うことも、彼の足を止めることもできない。
そのまま教室を出て、中庭のベンチに座らされ、アベンチュリンと向き合う。彼は座ってからも星から両手を離そうとはせず、ぎゅっと握ったまま。
「星、男と……特に彼とは2人きりになっちゃだめだよ」
「でも、アイツに練習相手がいなかったから………」
自分がしなければ、今頃彼は困っていたはずだ。それに彼には頑張ってもらわないといけない。
「雅樹は大丈夫だから。練習なんか必要ないよ」
「で、でも……私も他の人に練習付き合ってもらったし、相手をしてもらったのに、お客さん役しないのも申し訳ないよ」
「星の練習相手、雅樹だったの?」
「ううん。別の人…女の子」
「そっか」
ほっとした顔になるアベンチュリン。なぜそこで安堵するのだろうか。別に練習をしていただけというのに。
アベンチュリンは愛おしそうに星を見つめると、手を引いて抱き寄せた。その抱擁はいつにも増して強く、胸が苦しくなる。
それに気づいたのか、彼は少し腕の力を緩める。そして、星の頬に手を沿わせ、額にちゅっと小さなキスを落とした。
「次から個室で男と2人になるのはだめだよ。いくら練習とはいえね……それに、練習なら色んな人に見てもらってアドバイスをもらう方がいいだろう?」
「確かに」
「ともかく雅樹には練習はいらないよ。ムカつくけど、アイツは女の子の扱いは上手だから」
「そうなんだ」
手慣れている感じは薄っすらあった。今までに何人もの女子と経験がありそうな感じはしていた。ただ本人が女の子に慣れていないと話していたので、今回は彼の不安の解消とともに練習を付き合った。
でも、女の子への接客ができるのなら、彼に練習は不要。次から別の人と練習することにしよう。
「…………今日は僕がいなかったから、星に近づいたんだろうな……もう少し警戒しておかないと……」
「………? 今なんて?」
聞こえるか聞こえない声で独り言を零すアベンチュリン。彼の呟きははっきりと聞こえず、星は聞き返していた。
「なんでもないよ」
しかし、彼は教えてくれないまま。問い詰めても恐らくはぐらかされるだけで、言ったことも大したことない内容。星はそれ以上聞くことはなかった。
「ねぇ、星。次は僕の練習相手になってくれるかい?」
「それはもちろん」
アベンチュリンの練習相手ならいくらでもしたい。正直上手くなられては困るが、彼に接待してもらえるのなら、毎日でも付き合おう。
「アベンチュリンの練習相手………他の人にしてほしくないしね………」
教室へと戻ろうと、2人並んで廊下を歩いている中、星はアベンチュリンに聞こえない小さな声で呟く。
本当はずっと自分だけを相手してほしい————そんな本音を、星はぐっと飲み、アベンチュリンとともに教室へと帰った。