夏、降りるバス停を間違えて迷子になった小5モブ君を迎えに行く24歳師匠の話「……遅いな、モブ」
とある夏の日、除霊の依頼を受けていた霊幻は弟子の茂夫を待っていた。
しかし、集合時間になっても茂夫が姿を現すことはなく、刻一刻と依頼の時間が迫っていた。
「依頼人を待たせるわけにはいかなかいが……もうちょっと待ってみるか」
今回の依頼先は茂夫の通学範囲から離れていたため、一度相談所に来てから二人で向かう話だったがそれでは茂夫が遠回りになる。
昼間過ぎて気温上昇が著しい夏場に小学生を出歩かせるわけにはいかないなと考えていた霊幻は、依頼先へ向かう手段をいくつか考えていた。
その中のバスを使うという話に茂夫が一番顔を輝かせていため、路線を調べた霊幻は少し多めのバス代と乗降時のバスの停留所と時間を記したメモを渡していた。
「モブがバスを乗り過ごしたかはさっきのバスの時に聞いたが、だったら降り間違えたか……ありうるか? いや、でもまだ小学生だからな」
そんな小学五年生の茂夫は年齢のわりにしっかりとしているように思える。
霊幻は当時の小学生だった頃の自分を振り返ると、傘を使って空を飛びたいと思ったらその他は全部忘れやすくなっていたため、すっぽかされてもしかたないのかもしれないと思っていた。
だが、霊とか相談所に来て超能力について相談したり霊幻に弟子入りという形で超能力の扱い方を学んでは超能力で除霊したりと極めて柔順だった。
「今までこんなことはなかったんだがな……おっ、ちょうどバスが来たか」
そんな時に茂夫が降りてくる停留所にちょうどバスがやってきた。
バスの時間帯からして茂夫が降りる予定から数本後になる。
「もしかすると、このバスに乗っているもしれないな……降りてこなかったら聞いてみるか」
バスが止まり、中から何人かの客が疎らに降りていくのを確認していた霊幻はそこに見覚えのある弟子を見つけることができなかった。
乗車する客も居ないかと確認していたバス運転手に、霊幻は降車側からバスの車内に入り話しかけた。
「運転中すみません。あの、このバスに小学生の男の子は乗ってませんでしたか?」
「いやー、乗っていないね」
運転中はバックミラーで乗客を確認し、運転中は車内をマイクで呼びかけたが周りの客も首を横に振っていた。
「……そうですか、ありがとうございます」
霊幻が降りるとバスは次の停留所へと向かって行った。
それを見送っていた霊幻に残された選択肢はわずかしかない。
「前のも、その前のバスにも乗っていなかったとすると……降り間違えたか?」
だとしても、この炎天下だ。道がわからないであろう小学生が一人で出歩くには厳しいものがあった。
「あー、モブに連絡手段が必要だな……俺の携帯の電話番号も教えていなかったし」
どこに居るか、ちゃんとバスに乗ったのか、指定した停留所で降りたのかと知りたかったが、今の霊幻は茂夫との連絡の取りようがなかった。
それまでは茂夫が相談所へ来たり、霊幻と共に依頼先へ向かったりと二人で行動していたために特に必要とは思わなかった。
とはいえ、今後は茂夫が小学生だろうがまだ早かろうが関係なく携帯電話を持たせようと霊幻は心底思った。
「これは俺のミスだな。モブを捜すか……と、その前に……」
霊幻は携帯電話を取り出すとメモしていた依頼人へ電話をかけた。
「はい、こちら霊とか相談所の霊幻と申します……はい、本日はお客様のご依頼のために向かっていたのですが……はい、大変申し訳にくいのですが、いきなり強力な悪霊が来襲してきたので除霊してからそちらへ向かうには非常に時間がかかるため明日またお伺いしますがよろしいでしょうか? ……はい、この度はご依頼の件でお客様に大変貴重なお時間を取らせていただいたのに、このような結果となり誠に申し訳ありませんでした。……明日、またお伺いしますが本日と同じ時間で……はい、了承致しました。それでは、除霊にまだまだ時間がかかりますので失礼します」
電話口で鬼気迫るように話した霊幻に慄いた依頼人からすぐに了承を得た。
「こっちはこれで良しとして……モブを捜すぞ」
通話を終えた霊幻は、停留所からこの辺りを走るバスの路線図を携帯電話のカメラ機能で撮影した。
それを確認しながら停留所からバスが向かって来た道を逆走するように走る。
路線が違えば厄介だが、霊幻が茂夫に乗るように指定したバスは幸いにも同じ路線を走っている。
停留所や乗るバスを間違っていなければ、いずれ降りた先の停留所の先に茂夫が居るはずだと霊幻は見ている。
「……居た、モブ!」
そして、それが見事に当たった霊幻は三つほど前の停留所近くのベンチに座っていた茂夫を見つけた。
落ちこんでいるのか、具合が悪いのかまではわからないが霊幻が声をかけるまで茂夫は頭を伏せていた。
「……れいげんししょう、ごめんなさい……」
「良かった、ここに居たのか」
「……」
「……どうした、モブ? 暑かっただろ、ベンチよりそこの木陰で涼んでいいか?」
「はい……」
停留所のベンチには陽よけがあっても時間帯によって陽射しが当たってしまう。
霊幻が辺りを見渡すと、近くの自販機に奥には涼し気な木陰とベンチという好条件が公園の中に見えた。
茂夫がなぜここに居るか話を聞くためにも二人はそちらに移動することにした。
危惧していた炎天下だが茂夫の歩きは普通だと判断した霊幻は、公園の木陰にあるベンチを二人分取っていてほしいと話してから自販機へ向かった。
走っていた霊幻に今必要な栄養素が入った清涼飲料水を二人分買うと茂夫が先に座っていたベンチへ足を急いだ。
「ほら、モブ。ジュースじゃないが水分補給だ」
「……あ、ありがとうございます」
「飲めるか、ゆっくりでいいからな」
「はい、だいじょうぶです」
「俺も飲むとするか……」
夏場で思っていた以上に喉が渇いていたのか、お互いにペットボトルの中身を減らしてから一息ついた。
「……ごめんなさい、ししょう」
「何があったんだ、モブ?」
「ぼく、ししょうが書いてくれたメモをどこかに失くしちゃって……バスおりる所もわすれちゃったし、バス乗るお金もちょっと多かったからよくわかんなくて……」
そう話す茂夫は今にも泣きそうな顔をしてペットボトルを握りしめていた。わずかにその中身が宙に浮いているような気がしたが、霊幻はそれに構わずに茂夫の話を聞いて反省していた。
「あー、それは俺が悪かった。余計なことしてたんだな……」
「……ごめんなさい」
「良いんだ、モブは悪くない。メモはどっかにいっても後からひょっこり出てくるかもしれないし、お金だってこうやって飲み物が必要かと思って少し多めにしていたんだ」
「でも……」
「今日みたいなことがないと俺とモブには連絡手段がないと困ることもわかった。これは大事なことだぞ、モブ。どんな失敗しても、そこで知ることは失敗だけじゃなくて次の成功に繋げることだからな」
「……?」
「俺の言葉だとちょっと難しいか……失敗は成功の基ってことわざがあるんだが」
「失敗は成功の基は習いました」
「習ったか。なら、今がその時じゃないかと思わないか?」
「……ほ、本当だ」
霊幻の話に茂夫は目を輝かせた。いつの間にか、宙に浮いていた水分は落ち着きを取り戻していた。
「だから次の成功に繋げるために必要なことはわかるか?」
「……わかりません」
「これだ」
そう言って霊幻がスーツの内ポケットから取り出したのは二つ折りの携帯電話だった。
霊幻がよく使うものだが、茂夫の両親は持っていないために触ったこともない未知の機器だった。
「俺とモブの連絡手段を獲得しよう。これだと電波が届く限りはどこからでも電話ができるからな」
「……」
「……モブ?」
「こういうのは子どもが持ってちゃいけないんじゃないんですか?」
「校則はそうなるかもしれんが、最近は公衆電話が減ってきたから塾とかで帰りが遅くなる子だと持ってる子の方が多いぞ」
「……」
「嫌か? だけど、持たせるかどうかはモブのご両親から話を聞いてからだからな」
「そうなんですか?」
「ああ、契約上は俺が二台分持つことにして、新しい方をモブにやるつもりだがそれでも携帯電話を持たせるかどうかは保護者の同意が必要だ」
「……そうなんだ」
「まぁ、これは後から俺がモブのご両親に
話をしておくよ。今日はその辺でたこ焼きでも食べて帰るか」
霊幻から出たたこ焼きの言葉に心躍らせてしまいそうになった茂夫だが、今日は何のためにバスに乗ったのかを思い出して顔を青ざめる。
「あっ、あの……ししょう。今日のいらいはだいじょうぶなんですか?」
「ああ、そのことなんだが……明日に変更してもらったんだ。だからまた明日もなんだが予定は空いてるか?」
「だいじょうぶです」
「明日は俺と一緒に行こうな」
「……はい!」
「じゃあ、たこ焼き屋を探すか……ここからだと帰り道沿いが良いが……」
「……」
明日はモブと一緒にバスに乗ることにした霊幻は携帯電話で周辺のたこ焼き屋を探していた。
その隣では、茂夫が空中に向かってくるくると指を回すとあらぬ方向へ飛ばしていたが霊幻はそれに気がつかないでいた。
「……よし、ここから歩いてちょっとのところだな」
「……」
「モブ? これ飲んでから、たこ焼き屋に行くぞ」
「はい、ししょう」
それから二人は公園で水分補給してからたこ焼き屋へ向かうことにしたが、その足取りは夏場にもかかわらず軽やかなものであった。
後日、両親から無事許可を得た茂夫は霊幻から同機種の携帯電話をもらったのだった。