アシュヨダが花を咲かせる話 「枯れ木に花を咲かせましょう!!」
ステージの上で旦那が大げさな身振りで花吹雪を撒くとマスターが笑い声をあげた。
桜の木の役の子供サーヴァント達が手に持った枯れ枝を素早くピンクの花が咲く枝へと切り替える。
その様に旦那は楽しそうに笑った。
「うむ、弟達よ! 見事なチームワークだ」
「見事と言わざるを得ない」
隣の家の爺さん役のカルナが言うと、子供たちのひとりが「だから僕はあんたの弟じゃない!!」と桜の枝が振り回す。
その様子にも観客席のマスターは笑った。
アヴェンジャー達が退去してこの旅の終わりが見えてきた。どのような最後になるかは分からないがサーヴァント達とマスターとの別れは確実だろう。
別れの品を渡すもいいが、南極からの脱出を知るメンバーが無くならない思い出を贈ろうと言い出したのだ。
それがこの『新春かくし芸大会~新春って新しい春のことだよね。冬じゃないよね?~』。要はサーヴァント達の出し物だ。
様々なサーヴァント達が歌を歌ったり踊ったり劇をする中で、何故か旦那が選んだのはマスターの故郷の『花咲かじいさん』だった。
主人公の爺さん役は当然旦那。隣の家のいじわる爺さんはカルナ。そのカルナが旦那に難癖をつけるシーンでは普段との落差とあまりの棒読みにマスターだけでなく他のサーヴァントも笑い転げていた。
その笑いが更に爆笑に変わったのは。
「ポチ!! カーテンコールだ!」
旦那に呼ばれて犬耳をつけたままの俺は舞台袖から出た。また笑いがあがる。
「──忠犬アシュ公」
マスターが痙攣のような笑いをあげながら何かを呟く。聖杯で検索するが該当単語がなくて俺は顔をしかめた。
「ったく、なにがおかしいんだよっ」
「おまえ、犬耳が似合いすぎておるのではないか?」
白い付け髭をつけた旦那に犬耳をひっぱられ、俺は大人しくその横にならんだ。
アナウンスのマシュが役名と真名を読み上げる。それに合わせて俺も頭を下げると大きな拍手が起こった。
◆
「いやー、大成功だったな。さすがわし様」
満足げにベッドの上に腰を下ろし、酔がまわっている旦那は足を伸ばした。その足先から靴を脱がしてやるとくふくふと笑い声が降ってくる。
「アシュヴァッターマン。おまえ、犬耳をつけたままだぞ」
言われて俺は頭に手をやる。やわらかい布の感触がそこにあった。
舞台が終わってからの宴会。そしてこの旦那の部屋に来るまで俺はずっと犬耳だったことになる。
旦那の世話にかまけていて気に留めなかったが、どうりで何人かのサーヴァントが俺の方を見て笑いを堪えていたわけだ。
ふたりきりの部屋で酒が入っているせいもあってか、旦那はするすると肩布を外すとベッドの端に放り投げてしまう。
俺がそれを片付けようとベッドに身を乗り出すと、また犬耳を軽く引っ張られた。
「そんなに犬役が気に入っておったのか? ん?」
「わざわざ役にならなくても俺は旦那の犬みてぇなもんだろ」
そう言って旦那の手に頭をこすりつけると両手で顔を挟まれる。それこそ動物相手みてぇにぐにぐにと頬を揉まれて俺が笑うと旦那も笑い声をあげた。
「おまえがあのポチだったら、わし様は貸し出したりなどせん。ずっとわし様だけのために働かせたものを」
その言葉に俺は旦那の体に腕をまわした。
強欲な旦那なら財宝を見つける犬なんてものは必ず独り占めにするだろう。──それはなんて幸福なことだろうか。
そうでなくとも、あのポチは幸福だっただろう。惨たらしく殺されて灰になっても飼い主に富を与えられたのだから。
俺の腕の中で旦那が体を傾ける。ふたりしてベッドに倒れ込んで俺達は笑いあった。
──独り占めにして欲しい。
どれほど惨たらしく殺されてもいい。富も栄誉もなんだって捧げるから俺をあんたのものにしておいて欲しい。
そう願うが。勝利も五王子の首もこの命すらも捧げることが出来なかった俺は、旦那に合わせて笑う事しか出来ない。
「アシュヴァッターマン」
何かを思いついた顔で旦那が笑う。
「おまえ犬になれ」
予想通りのろくでもない提案に俺は黙って旦那を見つめ返した。
「コノートの女王が言っていたが、犬プレイは燃えるらしい。──ほら、待てだ。待て」
「──わん、」
このくらいのわがままなら国が欲しいだのなんだのに比べれば可愛いものだ。俺がベッドの下でジャパニーズセイザをすると旦那は満足そうに頷いた。
「よしよし動くなよ」
体を起こした旦那は酔っ払い特有の上機嫌さで自分の服に手をかけた。
「枯れ木に花を咲かせましょう!! ──わし様は断じて枯れ木ではないが」
旦那の衣装が光の粒となって消える。そして、露わになった旦那の体には。
「………」
弁解のしようもなく俺は額の宝珠を床にこすりつける。
旦那の体には、舞い散る花びらのように処々に赤い鬱血痕が散らばっていた。
心当たりしかない現象にジャパニーズドゲザする俺に旦那が声を掛ける。
「ほらポチ。おまえの出番だ」
意味が分からず俺は顔をあげる。
見つめる俺の視線の先で、旦那の手が花びらのような鬱血痕を撫でた。
「ポチは花を咲かせるものだろう?」
旦那の言いたい事を理解した俺はその体をかき抱いた。
あなたが望んでくれるなら、いくらでも花を咲かせよう。