鳥籠は見ていた「旦那。もしかしなくてもここにサイコロを入れるつもりか?」
黄金の鳥籠を前に俺が言うとソファーに座っていた旦那は顔を綻ばせた。
「分かっておるではないか! アシュヴァッターマン!! …あとはこの前で上手いことマスターに召喚陣をまわさせれば。ぐふふふふ」
悪巧みをする旦那に苦笑して俺はあたりを見渡す。
ドバイで買い上げたふたりで使うには広い屋敷は黄金で飾り立てられ、中央の噴水を囲むように美しい布が書けられている。花や果物を盛った籠が台座に載せられ、天窓から光がさんさんと差し込んでいるというのに、燭台には贅沢にも火が灯されている。
そこに置かれた脈絡のない大きな鳥籠。
──生前鳥の名を持つ人がいた。旦那達の叔父のシャクニだ。
鳥籠に旦那が持つサイコロ。それはあの人を喚び出す触媒になるだろう。
「わし様がいて、カルナがいて、ドゥフシャーサナもわし様の中にいる。後は叔父上が来ればカウラヴァは完成だ」
上機嫌に笑って旦那は腕を動かす。出現したサイコロを握り込んだその手を俺は掴んだ。
「なぁ、旦那。…すぐに喚ばなくてもいいんじゃねぇか?」
今、カルデアに召喚されているカウラヴァは旦那と俺とカルナ。昨日ここに訪ねてきたカルナはマスターの護衛でホテルを拠点としている。
ふたりきり、だ。
生前、王族である旦那には侍従が何人も付き従っていた。本当にふたりきりになれたのは数えるほどもない。
貴重な時間を、奪われたくなかった。
花のような色の瞳を黙って見下ろしていると、不意に旦那が笑い出す。
「分かった、分かった。そのような目で見るな。シャクニ叔父の件は後回しにするし、ドゥフシャーサナにはもうしばらく我慢してもらおう」
ほっと息をついた俺を、旦那は引き寄せた。
唇が重なる。
軽く触れたそれはすぐ離れたというのに旦那はちろりと舌を舐め。表情を変えた。
「だが、戦力は欲しい。幸福カウンターという怪しげなものを誇示する奴など信用出来ん。──頼りにしているぞアシュヴァッターマン」
「俺はカウラヴァに入ってねぇんだろ?」
わざとらしく顔を背けると、旦那の指が髪を梳く。
完成するカウラヴァに俺の名前を挙げなかった旦那のご機嫌取りに俺は唇を引き結んだ。
カルナは旦那の養子だし、ドゥフシャーサナは実の弟。シャクニは叔父だ。その血縁の中に俺が入っていないのは仕方がない、と頭では分かっている。
「アシュヴァッターマン。アシュヴァッターマン」
旦那が歌うように俺の名前を呼ぶ。
その指が旦那の片手を掴んだままの俺の腕を伝った。
「おまえはわし様のものだ」
「ああ」
それは日が昇るように当然のことだ。
旦那がにやりと笑う気配がする。
「おまえはわし様だけのものだろう?」
「…ずるい」
否定出来ない問いかけに俺は白旗を上げて振り返る。
また引き寄せられて唇が触れる。
今度もすぐにそれは離れたが、代わりに額が触れ合った。
至近距離で旦那の瞳が光る。
「わし様はもっと欲しい。おまえやカルナだけではまだ足りない。この街にある黄金すべてを集めてカウラヴァの威光をここに打ち立てるのだ」
俺には理解出来ない強欲さを湛えた旦那の瞳。欲しいと願えるその強さも俺は好きなのだ。
「──頼りにしているぞ、アシュヴァッターマン」
そうしてその強欲さに俺も含まれていることが。この上もなく俺を満たす。
「任せてくれ」
息をするように請け負った俺に旦那が満足げに微笑む。そんな俺達を空の鳥籠が見守っていた。