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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    pixivより引っ越し。原作リト師弟が出会う話後編。
    「浴びるは称賛、仰ぐは空。意にかけるは己のみ。その英雄サマを引っ張り出せたんだ。目に留まる程度には見込みがあるってことだろう?上々だ」
    リーバルとテバに師弟してほしかった夢の跡。

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #リーバル
    revel
    #テバ
    teva
    ##リト師弟

    リトの戦士は生意気である 後編諸注意

    ※捏造200パーセント。
    ※キャラも設定もふわふわしてる。正気を失って読んでください。
    ※リトの戦士達で師弟してほしい願望だけでできています。


    「運命なんかに捕まるはずもないと思っていたけれど、これが中々。一つ進めば右と左がひっくり返るような有り様だ。飛べども翔べども風が肺をねじ切り、空気の膜がゆるりと頭をうだらせる。──光を見ただろ。空を裂き、海に溶け落ちる永遠さ。不思議と思うか、悪夢と思うか、どっちにしろ女神は微笑んだままなんだよ」

     そういって、若い戦士は弓を手に取りチラチラと燃える火に斜めに横に透かしてニッと笑う。幾何学的な模様が月明かりに光った。
     彼が知る限り、気取った様子を崩したことのない屁理屈屋はいつでもこの調子。
     はじまりはいつも晴れたゆきの夕暮れ。終わりは道連れにするかされるか、空の果て。
     立ち上がると、遠く向こうの星が瞬いた。

    「あんたも俺も、幸運と信じ込んだ馬鹿野郎というわけだ」

     気取り屋のスカーフが揺れる。

    「馬鹿は、君だけにしてくれよ!」


    「なんだか、最近楽しそうですね」

     声をかけてきたのは、テバが愛情と引け目と、最近は少しの怯えとを持っている、美しい妻、サキである。無論、自宅での食事中なのだから話しかけてくるといったら息子のチューリか、妻のサキであることは限られているのだが。
     先日の一件から、夕食の度に一寸身体がこわばるようになってしまったテバである。風が吹けばぽっきりと折れてしまいそうな、たおやかなサキにもしたたかな一面がある。女こそは侮れないということだ。
     奥では先に帰っていたチューリが大事そうに弓を抱えて眠っている姿が見える。堅い木製の弓は抱き枕には向いていないだろうが、力いっぱい抱きしめている寝顔は穏やかだ。
     今の時刻は日がとっぷり沈んで、空が夜色に青みがかる頃。チューリよりは遅れたとはいえ、今日の夕飯はきちんと間に合ったので、テバも少し心に余裕をもって席についている。
     いただきます、と手を合わせてから、テバは食器を手に取った。

    「楽しい、か」
    「帰ってくると、昔のハーツさんと散々無茶を企てた時のような目をしていますよ」
    「……そんなにか?」

     一足先に食事を終えていたチューリの食器と膳を片付けて、サキが向かい側に座る。手には湯気の立ち上るティーポットを持って、二人分のカップにハーブの香るとろりとした雫を注ぎ込んだ。差し出された片方を礼を言って受け取る。

    「また危ないことをしているなら、」
    「してない、……してないさ」

     妻のしゃらりと重い瞼が伏せられる前にあわててテバは嘴を挟んだ。
     心配性の妻は息子を戦士に育てることに否定的であり、テバ自身が戦士として有事に嘴を突っ込んでいくことにも日々、顔を曇らせている。
     まだ戦士になりたての頃から無茶の末にあちこちに怪我を作っては、泣かれ、怒鳴られ、きまり悪くぶすくれていれば、お前だって家庭を持てば大人しくなる」と先輩戦士に笑われたテバにとっては、食事中に続けられるには耳の痛い話だった。

    「最近、飛行訓練場に顔を出すヤツがいるんだ。空……というより、朝焼けに染まる湖のような群青色の羽のヤツだ」
    「珍しい色。リトの村の出身者ではないのかしら」
    「態度は良いとは言いがたいが、戦士としてのセンスが驚くほど良い。下手をすれば……いや。きっと、弓を取れば俺よりも上だろう。ただ……」
    「ただ?」

     自分の分のカップを置いたサキが首をかしげる。

    「ただ、クソ生意気、、、、、だがな」
    「貴方が言うんですか?」

     くすりと笑った妻に、何だか照れ臭くなってテバは話すのをやめた。
     戦闘技術の訓練を通していくらか律する術を身に着けた今でも、テバの血の気の多い性格は変えられなかった。ひとり激情して突っ込んだ挙句意地を張って皆の不安を大きくしてしまった反省は身に新しい。
     代わりの話題を探して、妻の手料理が並ぶ膳を見つめる。キノコのスープ椀にポカポカ草の実の和え物、麦がゆ、そして主菜のサーモンのバタームニエル。

    「そういえば、最近……これ、、ばかりじゃないか?」

     テバは赤々と焼き目のついたサーモンムニエルを指さした。油分とカロリーとに比例した贅沢なおいしさを誇る一品である。あまり知られてはいないが、リトの村周辺はマックスサーモンの名産地でもある。雪山に近いため、温度の低い水流で育ったマックスサーモンは、脂が乗っていながらも引き締まった身が絶品であると、知る人ぞ知る名品だ、とは、ガイドブックに名のある名所からマニアも知らぬ僻地まで世界の隅々までを食い尽くした……もとい、歩き尽くした健啖家の友人の力説である。

    「あら、貴方、お好きでしょう?」

     にこりと笑った美しい妻の顔に、しかしテバは何故だか抗いようのない凄みを感じ取って、冷や汗が流れるのを感じた。特段変わった台詞ではない。だのに……なんだ、何をまちがった?もしやこの間のことをまだ……。
     食事の手も止まってしまってぐるぐると考え込むテバに妻は「大体考えていることで合っていますよ」と笑顔を崩さずに言った。いつの間に妻は超能力を手にしたのだろうか。好意的な言葉なのか、含みのある言葉なのか、テバには判別がつかない。ただ、背中は冷えている。

    「貴方も、最近は重い料理を食べるのが苦になってきたと言ってましたから。でも、好物のサーモンムニエルなら食べるでしょう?」
    「……」
    「無茶は、控えてくださいね」

     妻は少し億劫そうに、ほう、とため息をついた。テバは余計な嘴を滑らせないよう、しっかと咀嚼をして飲み込むを繰り返し、綺麗な顔で微笑む妻の向こうの星空を見つめた。曇り空が近づいている。質量を感じさせる重そうな雲が連れてくるのは雨か、雪か。散り散りに輝く星々を飲み込もうとする暗雲のようなバターの味わいが、いつまでも舌に残った。


    「こないだあいつ、、、が来ていたね、何かおかしなことを言わなかったかい?」
    「……あいつ、、、?」

     重いバターのような夜空が明けて数日。日の出てすぐという頃の朝も早くから、リノス峠の飛行訓練場には戦士が二人、顔を付き合わせていた。
     脈絡なく自分の都合で話を始める耳慣れた声に、火の側で弓の弦を張り直していたテバは、のろのろと顔を上げる。

    あいつ、、、だよ、村の広場で毛玉まみれになっていた、ね」

     そう言いながら来訪者の戦士は降り立ったバルコニー部屋の内へと歩み寄って来る。
     いつもならギイギイと鳴る木の板が、来訪者の爪に蹴られた軽い音だけを吐いて黙った。テバの胃と心持ちの現状に添うように、どんよりと曇っている空が湿気を連れてきているせいだ。雪を降らさないどころか、雨を降らすような雲はへブラにおいては晴れ間よりもさらに珍しい。

    「烏滸がましくも空の色を目に宿す、とっときに変人なくせに堅物野郎な能天気の大食らいだよ。まさか魔物まで食うなんて」
    「……リンクのことか?」

     青空の瞳の大食らい。たっぷり10秒ほど、ぼんやりする頭で考えて、テバは友人の名を口にした。
     村の恩人、何より自分の友人に対してのあんまりな暴言を許容するわけではないが、魔物(の臓物)を食うような知り合いの訪問者は、彼以外に思い当たらなかった。
     いつだったか「鍋を借りたくて」と言いながら訓練場にやってきて、明らかに鍋の容量を越えた材料を切りもせずにぶち込み(その中に未だ脈動するサイケな色合いの臓物があったのをテバは確かに見た)、なぜだか目視で輪郭を認識できない料理のような何かを作り上げたリンクが、失敗しちゃったや、と言いつつ形容しがたい見た目のそれをためらいなく食べた様は、今でも強烈にテバの脳裏に焼き付いている。
     焚き火を挟んでテバの向かいの柱に寄り掛かって立つ青羽の戦士は黙ったままだったが、いい加減慣れたテバは沈黙を肯定と受け取った。

    「お前、村まで来ていたのか?まったく気が付かなかったぞ」
    「別に。ここからでも見えるだろ」
    「そんな無茶な理屈が通るかって……」

     テバは呆れて言ったが、ちびは心底意味が分からないと言うかのような、きょとんとした様子だったので、途中で嘴を閉じた。

    「と言っても……リンクが来たのは少し前の話だろう。今さら、何かあるって言うのか?」
    「ああ、いや何。君は此処しばらく大変そうだったねえ?ってさ」

     くつくつと喉の奥で笑いながら面白がるように青羽のちびがテバを見据える。
     テバはここ最近の妻からのや慌ただしい朝の事を思い出して、気を重くしながら「お前、そんなもんまで覗いてるのか?」とため息をついた。
     慌ただしい朝、その原因は息子のチューリであり、さらにチューリの動く原因を遡ればそれは話の通りリンクに帰結する。 
     先日のリンクとゼルダの来訪後、何かと珍妙な逸話の多い剣士から新たな武勇伝でも聞いたのか、しばらくの間チューリが異様にやる気にあふれ、連日のようにテバをたたき起こす朝が続いたのだ。
     その意気や良し、と初めは師として父親として情熱を燃やしていたテバであったが、定期的に設けている休みさえ鼻息荒く訓練を急かすので、サキの視線が背中に突き刺さるのを感じながらチューリを宥めた。
     今朝も、より天井に近く吊り下げられたハンモックのようなリトの寝具に横になっていたテバの上に、チューリがわざわざ助走をつけて飛び込もうとしていたところを寸でのところで目覚めてキャッチした。気づかないと思ってたのに、と首をひねるチューリを抱えたテバは、メドーに打たれて落ちていく幼馴染を見た時と同じくらいに肝が冷えた。
     そうして妻を起こさないようにそっと寝具から降り、まだ眠っていたハーツのところに駆け込んで「今日はハーツおじさんに弓の作り方を教えてもらえ、モモちゃんが出来栄えにかっこいいって言うまでな!」と言い残し、自分の弓だけをひっつかんで飛び出してきた。
     テバは、娘の名前を出したことで半ば寝ぼけていた幼馴染が目の色を変えた姿も、すぐさま元気よく返事をしたチューリの勢いに呑まれて上がった情けない声も、飛び出す背中に投げつけられた恨み節も、訓練場に降りて火を起こす間に奇麗さっぱり忘れた。忘れたと言ったら、忘れたのだ。
     覗きの謗りを受けた青羽根のちびは「君は自分の声の大きさを自覚した方がいいんじゃない」と言い返して、今は焚き火にかけられた鍋の中身を覗き込んでいる。
     テバが衝撃的な目覚めで食べ損ねた朝食は今、目の前の鍋にぐつぐつと煮えている。そこらで狩ったの獣肉を処理し、備品のハーブや木の実と一緒に放り込んで待つだけのシンプルな料理だ。爆発もしないし、妙な煙も出さない。

    「それでリンクがどうしたって? 」
    「君が余計な事をしてないかって確認さ」
    「余計な事……?」
    「まあそんなに心配ってわけじゃないけど一応ね。一応、確認するけどさ、あんな不器用で無愛想で無頓着で野生の動物より野性的な蛮人なんかに、くれぐれも大事な英傑サマの日記、、、、、、なんて渡さなかったよね?」

     常に加えてさらに辛辣にたたみかける物言いに、テバは鍋の蓋をかぶせながら欠伸を噛み殺して短く答える。

    「もう見せた」
    「は?」

     たった一字に洗練され抜いた素早い応答だった。心底理解できない、という表情を作り上げるよりも素早く、どんな言葉よりも複雑な重さを備えた反射的な返事だった。あまりの速さに一瞬呆けたテバが、どう答えたものかと迷って、沈黙が残る。
     嘴を開いたのは青羽のちびだった。

    「ふ、ざっけるなよなに考えてるんだ馬鹿か?馬鹿なんだな?馬鹿だろ!?いや!紛れもなく・・・・・馬鹿だ!! 重要文化財は重要文化財らしく厳重保管しておきなよ!!!」
    「馬鹿の一つ覚えのように馬鹿バカ言うな」

     一息に謂れの無い非難を浴びせられたテバは、眉をひそめて反論する。しかしそれよりも重大な鍋の火加減も確認しながらだったので、どうにも締まらない語調になった。

    「リンクは英傑の末裔だ、数少ない関係者だぞ。見せない方がおかしい。第一、リーバル様の日記にはリンクの先祖・・の騎士や、その騎士の仕える姫の話が出てくるんだ。先祖・・の影を探す彼らに協力しないわけにもいかないだろう」

     リンクだって喜んでいた。それはもう、とっておきのおもちゃを貰った時の子供のようだった。
     ゼルダは終始神妙な顔をして内容を写し取り、ハイラルの史書再編の参考にする、とぎこちなく微笑んでいた。
     テバは次の機会に彼女のハイラル史書を見せてもらうことを約束した。
     そんな風にたき火を枝先でつつくテバの説明が進むにつれて、ちびは手で顔を覆ってしまった。

    「ハハッ……あんた、覚えておきなよ……」
    「なんだ……ご機嫌だな。」

     薄く笑いながら暗いオーラをまとい始めたちびを不審げに見つめて、テバは座したまま気持ち距離を取った。煮込みの完成までもう少しだ。食器の用意が要る。

    「ああ、最高だよ。最ッ高に最悪だ。何しに来たんだっけ……そう、そうだ。君に、ひとつ警告を、と思って」
    「警告?」

     テバは焚き火をつついていた枝をそのまま火に放り込んで、背後の棚からお玉を取り出した。蓋を少し開けて中をかき混ぜると、食欲をそそる匂いが香る。
     青羽のちびは数回息を吸ったり吐いたりして調子を落ち着けてから話を再開した。

    「もうすぐ嵐が来る。この集落ごと山一つすっぽり呑みこむ大嵐がね」
    「まだそんな時期じゃないだろう。平原の黒霞が消えて、東の空はむしろ例年よりも穏やかだ、海風も大人しいと聞くぞ」
    「違うよ。山から来るのさ。あの、はた迷惑な嵐はね」
    「山から?」

     お玉に付いた水滴が鍋の外に零れないように何度か振り落とし、テバは再び鍋に蓋をした。
     山から降りて来る嵐も少なくはないが、それにしたって季節外れだった。特に、ヘブラの山々は毎日リトの戦士達が巡回をして嵐や雪崩の兆候が無いかどうか記録を付けている。このところの当番が誰だったかは忘れたが、記録に異常は無かったはずだ。
     そのはずだが、今のテバには記憶をたどる気力が無い。朝の事件がかなり応えて、、、いる。
     空腹と寝不足で、先ほどから相手の言葉を繰り返す程度にしか頭が回っていないテバのことを、ちびは特に気にせずしゃべり続ける。

    「そうとも。うろうろと人の頭上、、を彷徨った挙げ句、吹雪に嵐に雷まで連れて管を巻く。ちょっと警告してやれば恨み100年、止せばいいものを毎年毎年、卑近に睨みに来てはまた射たれ、泣きべそかいて帰るんだよ。泣いたってどしゃ降り雨を寄越されちゃ可愛くもなんともない」
    「嵐が恨みなんぞ持つものか」
    「持つとも。───はね」

     したり顔でちびはそう言った。テバは飛びかける意識を手繰り寄せてその単語を繰り返した。

    「龍……」

     ハイラルの“龍”は女神の御使い。空の支配者リトの民が唯一空路を譲る相手。
     龍は縄張りを見回るように、毎日決まった時間に虚空から降りてきてはハイラル各地を巡る。近づくものは善なるものも悪しきものも全て、焼き払い、凍りつかせ、感電させる。魔物も人も平等に。殺すことはかなわず、傷つけることもかなわず、ただ龍に対峙して生き長らえる勇気と強さあるものには、その証として世界で最も堅牢な強度を誇る自らの身体の一部を授けるという。
     女神の畏怖を体現する、世の理から外れた生き物。それがハイラルの龍だ。
     そろそろ空腹が寝不足の頭をぐらぐらと揺らし始めたテバは棚から深皿と匙を取り出して、座りなおした。

    「そう。───英傑リーバルが撃ち抜いた龍。そして、まだ・・君には射抜けない、龍だ」

     鍋の蓋を取る。何やら決め台詞を吐いたらしいちびに、ぶわりと湯気が被った。暖気が広がり、湯気が晴れ、沈黙はなまぬるい。テバはお玉を持った。

    「……朝飯、お前も食うか? 」

     ──返事はため息と、飛び去る翼の羽ばたく音だった。


     テバが慣れぬ料理をして数日後。
     予想通り物の散乱している訓練場の有様を見て、テバは唸った。
     テバの持つランプの頼りない明りだけが照らす飛行訓練場の東屋の室内は暗い。一歩足を進めると、じゃり、と音がして、二歩三歩進めば何かに足を巻き取られてつんのめりそうになる。踏みつけた感触からするに、どこかの機飾りが転がっていたのだろう。足元が見えないのなら中央の囲炉裏に火を焚けばいいのだが、今回はそうもいかない。
     原因は暴風。訓練場の谷から吹き上げる上昇気流さえそよ風に思える強風を連れてきた大嵐が、へブラ地方タバンタ域を一呑みにした。
     風の吹き抜ける作りのリトの家屋では、寝具から落っこちるに始まり、壁掛けの飾りが顔に張り付き、皿が割れ、書物が頭をたたき、矢が首元をすり抜けるように風に舞うなど、悲鳴が響き渡る有り様で、いち早く冷静さを取り戻した族長の常にない緊迫した指示によって、ようやく皆てんやわんやで風に飛ばされる家財を封し、少量の荷物をまとめて、広場に寄り集まった。
     その際テバは自ら言い出して飛行訓練場の確認を請け負ったのだ。人がいるわけでなくとも、リトが誇る英傑の愛した場所が荒れるのを分かっていて放置することはできない、として村の総意が決まったからだ。自ら名乗り出たテバの心の内には、普段から入り浸っている責任感と、青い翼があった。
     ぎしぎしと揺れる建物に、ぎちぎちと不吉な音を加える今にも千切れそうな梯子を見下ろして、テバはいつも通りに現れた気配に顔を向けることもなく声をかけた。

    「おい、お前どこに住んでるんだ」
    「僕のプライベートが気になるのかい?」

     きゃあ、と色もつかない平坦な声を挙げるちびに、落ちている薬草や割れた皿を拾って袋に入れながら無言を突きつける。非常事態に茶化しに乗ってやるほどの不真面目さはテバは持ち合わせていなかった。
     流石にこたえたのか、ちびは一段低くなった声で無機質に「で、何?」と話を促してくる。

    「近いうちに嵐が広がる。お前が言った通り、へブラの山を中心にな」
    「へえ……」
    「位置も出来方もおかしければ、規模だって今まで見たことないくらいの大きさだ。いったいどうなってるのか、観測役のリトも大わらわで過去の記録簿を調べちゃいるが、詳細は分かってない。とにかく被害が出ないように避難誘導をしてる」
    「そりゃあ、そうだろうね。もう100年もこんな嵐は来ていないもの」
    「お前は、この嵐について何か知っているのか?」
    「知っていると言えば知ってるよ。でもそれは伝説みたいなものだ。山からくる嵐に怯えた後から人が理屈をくっつけたおとぎ話。被害の規模がどうなるか、どうやってあの雲や気流ができるのか、そういう正確な話は僕でも知らない」

     伝説、とテバは胸の内に繰り返した。伝説の神獣メドーの帰還。伝説の勇者の末裔。そして赤く染まった空の下、ハイラル平原に放たれた神獣の目映い光。それらが目まぐるしく記憶によみがえる。
     テバは、リトの英傑の伝説に憧れて戦士になった。いかにおとぎ話と言われようとも、その憧れた物語を空想の夢と思っていたわけではない。だが、まさか本当にこの目でその縁ある出来事たちを目にするとなってみると、まるで現実感がないのも本当だった。

    「……おとぎ話の伝説と言っても、伝え継がれてきたことには何かしら意味があるものだ。そんなものでも何かの足しにはなるだろう。気が向いたら観測役のリトに伝えてくれ」

     テバは床に転がっていた鍋を拾って、棚の奥に片付けた。普段あまり整理しないせいか、ぎゅうぎゅう詰めになった棚の戸を力づくで押さえつけて閉める。
     ──おかしな大嵐が現れたのは、つい今朝方のことだった。今日、月の光の消え切らない朝一番から、へブラ山脈、その頂からとぐろを巻いた蛇のように、重たい雲が渦巻き状に広がった。
     その発達の速さは凄まじく、前夜、星空を見上げて眠りについた空の支配者リトの民が何の予兆も読み取れずに荒れ狂った風のモーニングコールを受けた程、短時間でへブラ地方全体の空域を厚い雲と強靭な風が覆い尽くした。幸いまだ降雪降雨は弱いが、いかんせん風が暴れている。
     今朝のテバが、突風に倒れる大木のめきめきと裂ける音で目が覚めた猛威は今なお、山を轟かせている。リリトト湖の中央に存在するリトの村と街道とをつなぐ吊り橋は風にねじ切られ、無残に垂れ下がっていた。
     空を行くリトの民は一部の翼を持たない住人を背に乗せて対岸の馬宿に退避したが、強風に薙いだ馬宿のシンボルは天幕を潰して横たわり、からがら這い出た人々も途方に暮れていたという。

    「君は、聞かないのかい?君の好きそうな伝説だろう」とちびは煽るように言った。

     テバだって気にならない話ではない。ちびは先日「この嵐は龍と関係がある」のだと言った。そしてテバはこの間、新しくリトの英傑とヘブラの龍の縁について知った。それらを合わせて考えれば、このちびの言う伝説の話も聞いて一考の余地があるとテバも思っている。

    「聞きたいのは山々だが……それは、俺が聞くよりももっと活かせるやつがいるだろう。俺には、俺にできる仕事とやり方がある」

     だがそれはテバでなくてもできることだ。今のテバには、戦士として優先するべき務めが他にあるのだ。

    「このへブラ・タバンタ一帯の人間は皆、谷を越えて避難することが決まった。そろそろ伝令が回り始めるだろう。お前もこのあたりに住みついているなら……今回ばかりは意地を張るのはやめとけ。アテがないなら、俺と一緒に来い。適当に言いつくろって面倒見てやる」

     テバの申し出に、ちびは意外そうに首を伸ばして尋ねる。

    「君って、お人よしって言われるだろ?」
    「そういうのはどこぞの“便利なハイリア人のにーちゃん”みたいな奴のことを言うんだ。……知らねえガキにもお節介を焼くほど、とんでもない化け物嵐ってことでもあるがな……ほら、もう直にここも危険だ」

     テバが指さした先では、ヘブラの山にとぐろを巻くように、曇天の中でも一際暗い雲の一団が不気味に流れ動いている。
     山道とは少しずれているとはいえ、雪崩にでも巻き込まれたならば、せっかくの処置も無駄になるだろう。リトの木造建築がそうそうに壊れるとは思いたくないが、雪と土砂とに埋もれて凍りついた飛行訓練場を復興することは考えただけで大変な苦労だ。飛ぶことに特化した身体を持つリト族では、大工仕事は難しく、職人の数もかつてからずいぶんと減っている。
     何とか保ってくれよ、と祈りながら、テバは次々と固定具を取り付けていく。

    「で、どうするんだ」
    「どうって?」
    「一緒に来るのか、来ないのか」

     ばちんと最後の棚の戸口に固定具を取り付けたテバは手の埃を払って、いつもの定位置に背を預けて立っているちびに振り返った。問いかけに答えないままちびは小さくごちる。

    「……あいつら、躾がなってないくせに執念深いんだから、いやになるよ。メドーが止まった・・・・・・・・と見たらすぐコレ・・だもの」

     一人言の大きい奴だ。まとめた荷を肩にかけて、テバは持ち込んだランタンを消そうと覆いを外した。風に揺られて変則的な膨張をする炎が一瞬室内を明るく照らす。褪せた青色の羽毛は明かりで濃くなった暗がりに溶けていきそうだった。
     唯一光る翡翠の目が、すう、と細くなってへブラの白い山陵をにらみつけたまま、こう言った。

    「──来るのは君の方だ」

     どこへ、と問う前に屋内の明かりがすべて消えた。
     強すぎる風が覆いのはずれたランプの炎を吹き消したのだ。
     風には冷たい水粒が混じり始めた。

    「もし君が。英雄の影を追って空を征くために、この愛すべきリトの故郷を護る為に、その命が惜しくないって言うなら──来なよ、伝説のつづきを教えてあげようじゃないか」

     暴風に混ざって吹きこんでくる雨だか霙だかに、テバが目をつぶって、再び開けたとき。
     そこにはもう誰もいなかった。



    「全員、行ったか? 」

     槍を持った衛兵が、リトの馬宿の天幕の中をぐるりと見渡した。
     現在、リリトト湖をぐるりと囲んだ道沿いにあるリトの馬宿では、へブラの山周辺を覆い尽くさんとする大嵐を見かねて避難退去を決定した人々のための臨時案内所が開かれている。馬宿といっても、元々の天幕は先の暴風で倒壊したために、小さなテントがいくつか集めて建てられている程度だが。
     嵐が本格化して身動きが取れなくなる前に、リトの村と、馬宿、またへブラ山脈に居を構える奇特な人物も含めて、へブラ地方に住む人々はタバンタ大橋を渡り丘陵地帯へ移動を始めた。馬宿連盟の災害対策規定に則して、最寄りのタバンタ大橋の馬宿が天幕を増設して避難者の待合所を提供している。
     豪雨の中では自慢の翼も存分に力を奮えないリトの兵士たちは避難道中の魔物の討伐、護衛を引き受け、互いに協力しながら嵐をしのぐ準備をしている。

    「しっかし、変な嵐だよなァ……」
    「突然山の上に起こって広がったかと思えば、谷より東は嘘みたいな青空だもんな。いったいどうなってんだか」
    「魔物も大人しくなっているのが、救いでしょうかね」

     落雷まで始まって災害と括るにふさわしい被害を出している空を衛兵たちは険しい目で見上げている。
     避難者たちを護衛していたリトの戦士が出くわした魔物などは、奇声を上げて飛び掛かった直後、魔物の持っていた金属武器めがけて落ちた雷によって黒焼きになったという。その場であわてて避難者全員の荷物を確認して、管理の甘い金属製品は置いていかせた。

    「子供は?」
    「ちびたちはまとめて先に行かせた。ハーツと詩人殿が付いている。道中の露払いに行った帰りに見たぜ」
    「族長は大丈夫か?足を悪くされていたろう」
    「さっき馬宿の集団と一緒に出発したところだ。荷馬車の荷を半分俺らで請け負って、乗せてもらった」
    「じゃあここにいる面子で最後だな。念のため、村の確認を……」
    俺が行こう・・・・・

     衛兵たちが自分たちの荷をまとめながら避難者の確認をしている間に割り込んで、テバは声を上げた。
     飛行訓練場から戻ったばかりのテバは風雨に揉まれて羽毛がはりつき、普段よりも一回り小さく見える。
     ぽたぽたと雨雫をたれてテントの中に入ってきたテバに、案内所に詰めていた衛兵たちは揃って顔を見合わせた。

    「テバ……お前、訓練場の様子見だって行ってきたところだろ?」
    「子供ほったらかしてまでお前一人で背負うこたァ無いって」
    「ずぶぬれて冠羽も萎れっちまってよぉ、そのままじゃいくら何でも風邪ひくぞ?」
    「橋も落ちてるし、この風じゃ飛ぶのはきつい。ついこの間も無茶をして奥さんやハーツに絞られたんだ、意地っ張りも程ほどにしておいた方がいい」

     濡れたとさか頭にタオルを投げつけながら、口々にたしなめて準備を進める仲間に、テバは待った、と手を伸ばした。

    「今のヘブラの空は危険だ。それは分かってる。だからこそ・・・・・俺が行くのが、一番安全・・だ」

     きっぱりと言い切ったテバを前に、また衛兵たちはそろって顔を見合わせた。
     そのうちの一人、バレーがすっと翼を上げる。

    「ほら、年下に気ぃ遣われてるぜご老体」
    「そういう言い方やめろよ!!悲しくなるだろ!つうかお前もだから!」
    「いや、あっしはまだ若ェもんで……」
    「お前が若いで通るなら俺だって若いの!」

     互いに指を指し合って、やいのやいのと若さ論争に盛り上がっている二人に置き去りにされたテバの肩がぽんと叩かれる。見ると、ナズリーが笑いをこらえるような微妙な顔をして頷いた。

    「なんか間違ったか?俺は」
    「いや、気にしなくていいぞ」

     困惑を隠せないまま、そうか、と頷きかけたテバの肩をハックががしりと掴む。

    「そりゃな!お前に比べたらな!?そうだけど!?ッでもよぉ、はっきりトシだって言われるのも……!こう、悔しいっていうか、なぁ?」

     それまで静かに傍観していたギザンは、両腕を振り回しながら言葉にならない何かを訴えるハックに同意を求められ、「私に聞かれても困りますよ」と首をかしげながら肩をすくめた。ハックはこぶしを握り締めて唸る。

    「ちくしょう、ギザンてめえクールぶりやがって……!」
    「オッサンって自分で言ってたのは誰だってぇの」
    「だってよぉ~!!自分で言うのはまた別だろ!」
    「面倒な奴だな」

     駄々を捏ねるような言い方をするハックに冷ややかな指摘をする仲間二人の眼差しは白い。
     おいおいと泣き真似まで始めたハックを放ってバレーとギザンはテバを気遣う。

    「お前ならこの空でもまだ飛べるか?無理はすんなよ」
    「雲で見えにくいが、もう昼をだいぶ過ぎてる。遅くなれば飛ぶどころか歩くのも危険です。……余計なことはしなくていいからな」
    「分かってるさ」
    「じゃあ……任したぞ、テバ」
    「ああ」

     最後にハックに「荷物くらい持ってってやる、先輩、、だからな!」と手元の袋をふんだくられて、ばしばしと肩や背中をたたかれる。やけに先輩の部分を強調された。妻子を持つ身になっても、未だ若造扱いをされているのが、こういう時ばかりは、なおさら面映ゆい。
     軽口をたたきながら大嵐への応対に忙しく動いている仲間たちと別れて、村へ向かおうとしたとき、後ろから腕を引かれて引き留められる。

    「あなた、」
    「──サキか。まだ行ってなかったのか」

     サキはチューリについているとばかり思っていたテバは驚いて、振り返った。チューリのことを尋ねると、詩人殿の奥方が世話を預かっているらしい。ハーツが気を回して、サキは残るように言ったようだ。親友は相変わらずだ、とテバは気づかれないように笑った。

    「また出るんですか?」

     先ほどの話を聞いていたのだろう。荒れた空を気にしながらサキは心配そうに問いかける。

    「ああ、大丈夫だ。すぐ追いつく」
    「本当に……用はそれだけですか」
    「それは、」

     ちらりと青色がよぎり、素直に口ごもってしまったテバは気まずげに下を向いた。伝説のつづき、そして何より故郷を護る為に、とあの不思議な青年は言った。それを聞いておいて向かわないという選択が、テバにはできない性分だった。
     ふう、と目を伏せてからサキはテバの手を放す。

    「あまり無茶をすると、私、泣きますからね」
    「あんたが泣くのは結納の前日以来、見てないな」
    「……貴方が言ったんでしょう。慰めるのは苦手だから、泣くのだけはやめてくれって」
    「そうだったか」

     わざとらしくそっぽを向いて見せた妻に、テバは手を伸ばしてその頬を撫でた。
     ──何も英雄に追い付きたい、と自分の夢を追い続けるだけで戦士になったわけではない。大事なものを守るには相応の強さが必要で、テバに向いているのは算盤を弄くったり、弓を造ったり歌を奏でたりではなく、空を駆けて弦を鳴らすことだったのだ。
     ごうごうと響く空の荒れ模様に、言おうとしていた言葉を引っ込めた。言い訳染みたことは性に合わないし、嘘は相手を騙せたことがない。

    「朝までに戻る」

     それだけを口に出して、テバは脚を一歩、後ろに下げる。
     勢いをつけて飛び出したテバは、翼に雨粒が当たる音の中で、確かに彼女の声を聞いた。



     橋の落ちたリリトト湖を飛び越え降り立った先で、村の入り口の女神像が変わらない微笑を浮かべているのを見て、テバは少し肩の力を抜いた。幾分か奥まった場所に祀られた像は嵐の影響が少ないようだ。花瓶は破片と化し、いつも子供達が供えている花冠も消えて、決して無事とは言い難いが、見慣れたままのものがあることに少し安心した。
     再度息を詰めて、風に吹き付けられる髪を押さえながら、木張りの螺旋階段を登る。
     雨粒が容赦なく入り込むリトの家屋は、中身を抜いてガラガラになった棚や机が濡れて、色彩が死んだように静まり返っている。
     人の賑わいの消えたがらんどうの村を見るのは初めてで、ぴりぴりとうなじを這う悪寒を押し込めて仕事を果たすべくひとつひとつ家屋を確認していく。
     万屋は、仕舞い損ねたのかレシピ台帳がバラバラに離散して壁や床に張り付いている。防具屋紅孔雀は、鎖をかけられたトルソーが風に抗って不気味な影を作っている。広場には折れた枝や看板、岩石の欠片などが落ちては飛ばされていく。
     姉妹の家、調理場、そして自宅の前までやってきて、テバは足を止めた。
     ちらりと背中を見る。今、背負っているのは取るものも取り合えず嵐への対応に駆けまわり飛び回る中、手近にあったものを取ってきたツバメの弓だ。護身用には十分の取り回しの良い、一般的なリトの弓。このまま戻るなら、わざわざ厳重に仕舞った引き出しを開けて、装備を変える必要はない。

     ──このまま、嵐を眺めて、いつか代わりに闇を打ち払ってくれる誰かを待つだけならば。

     ざわりとした胸騒ぎがした。あの時に似ている、とテバは思った。かつて空を回遊する暴走神獣メドーを前に「誰かあのバケモノと戦う者はいないのか」と言って、結局自分一人で村を飛び出してきたときにも感じた胸騒ぎだ。
     誰もが無茶だと言って怖気づいた中で、テバは抗いたかった。そうしなければ、何も護れないと思った。たとえ無茶無謀でも、そうせずにはいられなかった。

     ──だが、今ならわかる。あのときの俺もまた「誰か」を待っていたんだ。

     あの絶望的な状況を打破してくれる「誰か」を。村人たちはその誰かに救ってもらう事を待っていた。テバは、共に立ち向かってくれる「誰か」を待っていた。

     ──抗いたかったのは、その「誰か」に顔向けができる自分でいたかったからだ。

     ただ救ってくれと頼り縋るのではなく、その隣で脅威に立ち向かえる者だと知らしめるために。
     それはプライドだ。意地だ。大切なものを護る為に武器を取るリトの戦士として、誇り貫くべきものだったから。
     テバは机に手をついて少し考え込む。物のなくなった机の端には、誰のものとも分からない落書きが見える。小さな子供の落書きだ。弓を手にして間もな年頃の、リトの男の子のものだ。雷が光るごとに影ができて、その落書きをちらちらと消しては現す。

    「……よし」

     息を吸って、しっかりと目を開けて、テバは弓を背負いなおした──いつも、一人で弓を引く時に携える、あの鈍色にびいろの弓を。
     伝説のつづきを聞いてやると決めた。この故郷のために、飛び果てる戦士でありたいと思った。

     ──今度こそ、だ。

     人々の動揺の跡が残る家屋を後にして、テバは階段を登り進める。最奥の族長の家屋までたどり着いて、テバは空を見上げた。

    「あれは……」

     村の最も高所。神獣ヴァ・メド―のお膝元、とでも言うべきか。村の中心部にそびえる巨石のてっぺんに、暗い空にまぎれそうな青色をみつけて、琥珀色の細い瞳孔が開く。考える間もなくテバの脚は屋根を踏みつけた。
    「おい、……お前! なにやってるんだ!!」
     メドーの翼ぎりぎりまで飛び上がり、岩肌に着地をすると同時に怒鳴る。
     呑気に空を眺めている馬鹿の名前を呼ぼうとしたが、考えてみれば互いに名乗りもしていないのだった。
     今更、このタイミングで、とも思われたが、名前も知らない相手に気を許していたことにテバはようやく疑問を持った。

    「馬宿に臨時の避難所が解放されている。お前も……」

     避難しろ、と言うはずだった声は雷の轟く音にかき消されて、テバは舌打ちした。
     もう一度言い直そうと嘴を開いたところで、先んじて返事が返される。

    「僕はいい」
    「いいって……そんなわけないだろう。下手をすれば死ぬぞ!」

     雨、風、雷。山の付近ではただでさえ吹雪が絶えないものを、尖った氷が身を切り刻むように降り注いでいる。魔物さえも鳴りを潜めて怯える嵐は、既に災害だ。

    「ああ、そう言った・・・・・。そして君は来た」

     青年はぐるりと視線をよこした。不機嫌そうな声色は、言葉を出すのが億劫だと言わんばかりに重い。

    「──だから、君も気に入らないんだよ」
    「……なに?」

     青年が身体ごと振り返る。
     笑っているのに、苦痛に耐えるように眉は寄せられていた。

    「命を競る前に、──その重さを背負うことになるヒトのことを考えたかい?」

     不自然に気づいたのは妙に空が明るんだ時だった。
     ──風雨に加えて落雷の轟音が飛び交う中、俺は必死で怒鳴っていたのに、あいつの声は全く普段と変わらなかったのだ。



    「『来い』と言ったのは、お前の方だろう」
    「ああ。そうだ。空を正すのはリトの役目。空を制すのはリトの誇り。ならば、君がちょうどいい・ ・・・・・かと思って」
    「ちょうどいい?」
    「でも、気が変わった。君にはまだ無理・・・・だ」

     彼はじっと嵐を見上げたまま一方的に言い放った。聞き返したテバの言葉に答える気は無いらしかった。
     翡翠の髪飾りで留めた大層立派な三編みは暴風真っ只中にも関わらず、少しも揺れていない。
     テバが無言で促すと、やれやれ、と横目でテバの方を見て、嘴を開く。

    「待ってればあいつ・・・が何とかするだろう。少しでも目に入った異変は放っておけない、自分にできることならば、命の果てるまで何でも尽力してしまう。あいつはそういう奴さ。それ・・が僕には気に入らない」

     あいつ。テバは以前にも一度、この青い羽の戦士が言う“あいつ”という言葉を聞いた。類い稀なる戦技術を備え、伝説の勇者が携えたという退魔の剣を背負った、ハイリア人の剣士とも

    「──だから、君を呼んだ。君はあいつに似ていて、でもあいつよりも少しだけ、僕に近い・・から。──で、気が変わった」
    「なぜ?」
    「リトの戦士ならわかるだろ? メドーを鎮めたのだってあいつ。ハイラルを救ったのもあいつ。空でも地上でもしてやられちゃ、空の支配者の名が廃る……」
    「それで?」
    「それで、って……」

     淡々と聞き返すテバに彼は怪訝な表情を浮かべた。彼自身では、それ以上の理由などない、と信じ切っているようだった。
     だが、テバは知っている。名前も知らないこの青年のことで、唯一知っていることは──彼はテバと同じで“そう簡単に自分の意志を曲げる事などない”、ひどく意地の張った人間だということだ。

    「本当に、それだけか? だったらお前は、ここで止めたりなんかしない。最後まで振り回す。まさか怖気づいたとは言うまい。答えないなら、そう受け取るけどな」

     ぐ、と珍しく言葉に詰まった黄色い嘴は下を向く。初めて見る顔だ。
     だって、と再び嘴が開いたのは、びしゃりびしゃり、とテバの足元の水たまりが何度かはねてからだった。

    「……だって、それではアイツに負けっぱなしだ。このリトの伝説においてまで負けるだなんて。そんなの……悔しい・・・だろ」

     ──悔しい。
     テバは脱力して笑った。そんな理由ならば、もっと話は簡単・・だった。
     ごく個人的な理由で彼が言葉を躊躇するならば、その個人的な理由こそがテバには必要だ。
     彼が悔しいと言って、そこにリトの戦士としての役目があって、ならば、否定なぞあり得ない。

    「命ぐらいかける。戦士の一人だと言うお前が──あんたが、[[rb:リトの誇り >・・・・・]]を語るならな」

     テバがそう答えると、彼は思いっきりしかめっ面をした。

    「俺は、リトの戦士として何をすればいい?」
     
     だから、気に入らないんだ。そう言って彼は大きくため息をつき、片手で顔を隠して笑った。それは視界には見えなかったが、テバにはそう感じられた。

    「この嵐を止めること」
    「嵐を止める?」
    「君、この嵐の原因が分かるかい?」

     ひらりと片手を上げて、気障ったらしく問いかける姿は、実によく似合っている。さっきのいじけた顔よりずっと気に入った。そんな青年の調子に自分が呑まれていると理解しながらも、テバはそれが悪くないとも思った。ぞわぞわする首元に手をやって考える。胸に閃くのは一つ、──伝説のつづき、だ。

    「──龍、とでも言うつもりか」
    「そう!」

     嵐が来る前に、飛行訓練場で交わした会話を思い出してそう言えば、冗談のつもりが強く肯定される。
     よくできました、とでも言いたげな笑顔はテバの眉を寄せた。

    「知ってるかい? 龍って、女神の御使いらしいじゃないか。無神論者とは言わないが、神様をそうそう信頼はしていなくてね。よく知らずに龍を射ぬいてしまった。だからこそ英傑に選ばれたのだけど」

     テバはゼルダの話を思い出した。龍を射抜いた噂を訪ねて英傑リーバルに会いに来たハイラルの姫巫女。
     ハイラルの神話に残る存在──龍さえも現世に引きずり下ろす、英雄の逸話。

    「僻地の……彼らにとっては意識するにも満たないらしいちっぽけ・・・・な少数民族が、女神の龍を射抜いた──そんな噂を聞きつけて、あの姫は遠路はるばるやって来たのさ。神獣の繰り手、その資格を得るための儀式に最も近い位置・・・・・・にいる、異例な戦士を尋ねて、ね」
    「英傑様の逸話とこの嵐と、いったい何の関係がある?」
    「君はへブラの龍を見たことがあるかい?」

     問いを問いで返されて、テバは戸惑った。
     ヘブラの龍、と言ったら思い当たるのは夜中になると決まってククジャ谷の奥から現れ、悠々と谷を泳ぎ空を登ってどこかに帰っていく火炎の龍・オルドラだ。先日は何やら角が光りだすなど妙な動きをしていたため、族長の判断で見張りが付いたが、数日もしないうちに異変は収まって、実害なし、と見張りも撤収した。

    「……ヘブラの龍は火焔の龍だ。それも渓谷を通りすぎるだけの、無害な存在だ。魔物を追い払ってくれる利こそあれ害を受けることはない。」

     ゼルダが語った英傑リーバルの逸話でも、登場するのは火炎の龍だった。神獣の繰り手として必要な力。それを手に入れるために行われた三つの儀式。その内の一つが、“炎をまといし龍の角を射抜く”、すなわち、火炎の龍・オルドラの角を打ち抜くこと。
     青い羽の戦士は「それでは足りない」と言って一つ指を立てた。

    順序が逆・・・・だ。──
    ─確かに英傑リーバルは火炎の龍を射抜いた。聖なる力を求めて。[[rb:だから >・・・]]、姫巫女は英傑リーバルを神獣の繰り手に、とやってきたんだ」
    「なに?」
    雪山・・であるヘブラに火焔の龍・・・・がいるなんて、おかしいと思わないかい?雪にふさわしく氷雪の龍がいる方が自然だろう。東のラネール山のようにね」

     ラネール。伝承の姫巫女と勇者に力を授ける知恵の神ネールが守護する泉があるとされる山脈。ヘブラ同様、雪と氷に覆われたラネール山では、夜明け前、オーロラの向こうに白く光る龍が現れるという。

    「100年の間に……もう、“あの詩”は無くなってしまったのかい? ま、それも、分からない話じゃないけど──……」

     ──ヘブラの山には龍が棲む。
     音を吸い込む白さ。この世ならぬものが覗いていそうな透明さ。
     さあ龍を見てやるぞと、揚々やってきた心をぽっかり食べてしまう鈍色の。
     寒気怖気のヘブラの雪山。

     命知らずの旅人は言った。
     ヘブラの山には登れない。ヘブラの山にゃ龍が棲む。
     青い青い龍に一目見られたならば、つまの先から心の底まで凍りつく。

     悪運のつよい不幸者は言った。
     ヘブラの山には登れない。ヘブラの山にゃ女神に仕える龍が棲む。
     白い白い龍が一息風を吹いたならば、向くも返るも銀灰の闇。

     信心深い学者は言った。
     ヘブラの山には登れない。ヘブラの龍は、女神の手元を離れし聖なる獣。
     道理も祈りも通じぬ天災そのもの。
     ひかる光る龍の怒りに触れたならば、ただではすまぬが唯一の道理。

     リトの英雄は言った。
     ヘブラの山には登らない。ヘブラの龍はハイラルに生かされし我らが女神の使い。
     女神の眷属に害なすなど愚の骨頂。
     だがしかし、リトの英雄は笑った。

     わざわざ居城を出てきておいて、ヒトの頭上に居座るなんて無礼千万。
     たいそうな図体をしておいて、迷惑だ。その唯一柔らかそうな目は飾りかい──……

     ──そのように彼は歌った。物心ついた時からずっと、族長にリトの英傑の伝承をたずねて育ったテバでさえ、聞き覚えの無い詩と伝承だった。
     しかし、その詩は不思議とテバの胸にえもいわれぬ懐かしさを呼び起こした。
     耳に馴染んで離れぬ旋律が、憧れる心をとらえて離さぬ言の葉が。沸き立つ翼のリトの血潮が。
     彼の詩が真実だ、と胸に騒いでいた。

    「──へブラにも、氷雪の龍がいたというのか?」
    「昔はね──わざわざ立派な居城お山を出てきておいて、ヒトの頭上に居座るんだぜ、奴ら。おまけに雨に吹雪に雷に暴風に、散々連れてさ。迷惑ったらないよ。ああ。当然リトの戦士として、村を守るものとして、放ってはおけない事態だ」

     彼はやれやれ、と両手を広げて肩をすくめる。テバはがしがしと頭を掻いた。理解はできても納得はできない。女神の遣いが人に仇なすとはにわかに信じがたい。この村にだって女神を祀る祭壇がある。だというのに、祀る者がいなければ、信じる者がいなければ、神になんの意味があるというのか。

    「この嵐は氷雪の龍が原因だと? ならば、なぜ今のへブラに氷雪の龍はいない? いや、そもそも龍なんて、どうすりゃいいって言うんだ」

     呑み下しきれない混乱をそのままぶつければ、簡単さ、と妙に節を付けて陽気に彼は言い放った。

    「かつて、伝承に名高いリトの英傑は。火炎の龍の聖角の欠片から削り出した矢じり、迷いの森の聖なる神木から切り出した木軸、サトリ山の主のタテガミからつくった矢羽。この3つを以て完成させた特別製の矢で、龍の目を射ぬいた」

     彼は大きく腕を広げた。雷が影を落とす。テバは少しあとずさった。
     演説家の口上が続く。

    「とぐろを巻いて鎮座ましましていた氷雪の龍は突然目玉に走った熱さに驚天動地。ひっくり返ってのたうち回ってよじれ狂って黒い涙を流した。無慈悲で無機質だからこそ慈悲なる生命・神聖な女神の龍にあるまじき、濁り凝った感情が溢れた呪いの涙だ。“なぜ。どうして。わからない。許せない。あれだけは。お前だけは。逃さない。”と、どろどろ醜い偏執に呑まれることとなったのさ。あの、お奇麗な生き物はね」
    「偏執だと?」
    「そう。このハイラルにおいて最も女神のおわす天穹に近くあるものたち。あれこそは龍の身をけがした仇敵だと、よほど悔しいのか怒ってるのか、飼い主の女神に諭されても下しきれてない呪いが、機をみるごとに、ここによどむ。雨風雷わんさか連れて。躾がなってないよねぇ。しかし、何度こられようと、邪魔なものは邪魔だ。ルールを破ったのはあっちだ。──なら、何度でもわからせてやるしかないだろ?」

     ぎらり、と翡翠が好戦的な光を宿す。

    「じゃあ、英傑リーバル様が龍を射抜いた、という言うのは──」
    「直接龍を止めてくれればいいのに、追い払うための力を与える試練を寄越すなんて、なかなか神様ってのも不親切だ。しかも、ちゃっかり一纏めにしちゃってさ」

     答える代わりにそう言って、彼は笑った。テバは視線を鋭くした。
     この嵐を止めるなら、と彼はテバを指さした。

    「今度も同じことだ。いやもっと簡単かな。かの英傑の放った、最初に龍を突き刺さした矢が、龍の“残りかす”の目玉を串刺しにして残っている。それをそのままぶち抜けばいいのさ」

     あれ。と彼が翼の先を向けた上空。
     ちかりちかりと、こいつの言によれば鏃とおぼしき光点が見えないこともない。テバは丸い目を針のように細くして睨んだ。曇り空で暗いとはいえ、リト族でも辛うじて周りを視認できる程度だ。
     問題なのは、それだけでにとどまらない。

    「空中に浮かんだ矢をそっくりそのままぶち抜くだと?」

     この暗さ、暴風、大雨のなかで!たったの欠片のような的を!テバは、がなるように吠えた。

    「どんな無茶だ!」

     弓矢は環境の煽りをを大きく受ける武器だ。いかにリト族が風を操る力を以てその軌道を補正したとしても、これほどの悪天候でまともな射を成立させようとする方が間違いなのだ。
     テバの反応が分かっていたかのように彼は呆れを声に滲ませた。

    「だから言ったろう。君には……まだ、早いよ」

     その声音がかちりとテバの意識を逆撫でる。テバは彼のことを名前すら知らない。だが、彼だって、テバのことをすべて知っているわけではない。
     それなのに、何もかもを悟ったような嘴は、いけ好かない。

    「またそれか。さっきから……一体どういう意味なんだ」
    「この時代に、僕が龍を鎮めても意味はないんだ。中身のない空虚な抜け殻、同じようなモノ・・・・・・・だから。あの怨念を沈めるには、今の……今を生きている人間にやってもらうしかない。けど、僕は」

     彼は言葉を切って、かぶりを振った。

    「ちがうな。まだ、その域に行かせたくない。僕と同じように空に翼を奪われるのは見たくない。汐合いを待つ時間があるなら、待つ時間が許されるなら。それに越したことはないんだよ。──それが僕らにはなかったものだからこそ……」

     どこか宥めるような響きを持って続けた彼は、テバの弓を見る。いつかの日に、いい弓だ、と懐かしげに呟いた鈍色にびいろの弓。

    「僕の弓は、もう無いんだ」

     呟くと同時に、ふいっと彼が目をそらす。
     相変わらずごうごうと嵐は唸っているし、テバの髪飾りは暴れているし、目の前の彼の肩には雨粒一つ付いてやしない。
     ただ、それらのどれもがテバの意識には介さなかった。
     ただ、聞かせる気もなかったのだろう声を拾い上げた。
     ただ、ほんの一瞬で隠された彼の心を翡翠の瞳の中に見た。
     彼の表情を。遠く、近く。逆光で薄暗くなる彼の面差しを見て、テバは自分の意志がとうに固まっていることに気付いた。

    「……なあ、お前は以前、英雄とは悲劇の最後を飾るものだと言ったな」
    「うん」
    「肯定しよう。凄惨な争いに包まれた100年前を、命を賭して戦い抜いた勇姿は、今でも語り継がれ、唄い継がれ、リトの民の心に高揚を、憧憬を、悼みを与えている」

     それこそ、悲劇の終幕が心に深く刻まれるように。
     生きる英雄が華々しい程に、平等に無慈悲な終わりが凄惨さを極める。

    「ああ」
    「ただ、“それだけ”では誤りだ。彼の人は鮮烈な歴史を遺した。生命が息づく世界を遺した。全て、彼の人がいたおかげで俺たちの生きている今が形作られているんだ。つまり、だな」

     如何に悲劇の終幕に塗り込められてしまっても、輝くような日々があった事実が消えることはない。

    「今ここに、かの英傑は生きていない。だが、彼の人を追い、誇りを受け継ぐリトの戦士がここにいる。無茶だとは言った。お前は無理だと言った。──だから何だ? 人の身で、リトの翼で不可能でないと証明されているならば、為せぬ道理はない。リトの誇りと言うならば、為す道理あるだけだ。彼の人が開いた世界を、彼の人がつないだ未来に生きる人間を、あまりなめるなよ」

     彼の言葉を言い直すならば。
     テバはぎらりと目に力を込めて彼を見据えた。

    「悲劇を悲劇で終わらせないのが、英雄だ。俺たちは、その意志を継ぐために、彼を英雄と呼ぶんだ」
    「──、」

     彼はゆっくりと琥珀を見た。テバは真っ直ぐと翡翠を見つめた。

    「──ああ」

     もう一度、ため息に音が付いたように彼の嘴から声が溢れた。

    「ほんと、……余計なところで嘴が達者なのは、気に入らないな」

     曇り空と夜の暗がりはただでさえ少ない表情を隠してしまっている。テバにはやはり、彼が笑ったような気がした。

    「お前が言えることじゃあないだろう」

     違いないね、と答えた声には今度は確かに小さく笑いが混じっていて、暗がりに光が煌めいた。

    「一つだけ、遺されている矢があるんだ。……君に、貸してあげるよ」
     
     彼がぱっと手を握り、開くと、そこには一本の光る矢があった。白い指先にくるりと弄ばれる矢は曇天の暗がりにおいて霧を纏ったようにぼうっと淡い輝きを放っていた。

    「ただ、本当に一つ限りしかない。──100年も経ったからね。とにかく、チャンスは1度。まあ、これは、あくまでも君のチャンスは、の話。期待もされていないから不安も抱えなくていい。失敗してもあいつが何とかしてしまうだろうから。けれど」

     彼が一度言葉を切って、覗き込むようにじっとテバを見た。

    「けれど、誇りある戦士はソレを許容するほど意気地なしじゃないだろ?」
    「当然だ」

     ようやく、言葉の奥にあった何かがそっくりつながった。テバは一分の間も置かずに返事を返す。

    「……うん、君のそういう意地っ張りなところは嫌いじゃないよ」
    「そりゃどーも」
    「せっかく褒めたのに。もっと喜んだらどうなんだ」
    「俺もあんたの素直じゃないところは嫌いじゃないぜ」
    「……そりゃどーも」
    「ほらみろ」

     互いに半眼で相手を睨み付け、テバは肩をすくめ、彼は眉根を上げた。

    「案内くらいはしてあげようか。──遅れるなよ?」
    「上等だ。俺はリトの戦士テバ!飛ぶ事に関して、右に出る者はいない!」

     ぴかりと轟く雷に照らされて。テバの返答を上機嫌に聞き届けた青い鳥は、にやりと嘴の端を吊り上げた。

    「さて。君。龍に弓引く覚悟はあるかい!」

     その言葉は酷く心をざわつかせて、テバは両の翼を広げた。


    「しッ…かしなァ……! 」

     勢いよく啖呵をきったものの、テバには何か勝算があるわけでもなく。勢いと意地と、あとはテバ自身にも判断のつかない衝動が身体を動かしているだけであったので。雨粒に混じった雹に翼を打たれ、暴れ馬に乗っているように風に翻弄されては、多少の諦観が顔を出すのも無理のないことだった。
     テバは熱い意思に反して、戦士としての保つべき冷静さを欠くことはない。引き際を心得ている分、無茶の限界も分かるというものだが、今は考えてどうにかなる状況ではないと承知している。承知しているのと実行できるかは別である。

    「真上に上がろうとしちゃだめだ、よく見ろ!」
    「ぐッ!?」

     横殴りの風に転がされそうになりながら暴風の隙間を縫って飛ぶテバの真上から、押し戻すような圧力がかかる。

    「落ち着いて風を見極めるんだよ!飛ぶことに関して右に出る者はいないなんて豪語するんなら、それくらい出来て貰わなくちゃね!」
    「この、気流は……!」

     思わず咳込みそうになるのをこらえて、己を呑みこもうとする空をにらみつける。

    向こう、、、だって気が荒れてる、空がいつでも自分に味方するなんて思わないことだ!」
    「分、かっているッ!」
    「まだ高度が低いぞ!」

     テバに檄を飛ばしながら先を行く彼は、時折後ろを確認しながらもブレることなく空を制している。
     何度目かの向かい風以上の明確な意思を感じさせる強風に姿勢を崩したテバは自分の無様さに舌打ちした。

    「っく、!これ、以上とは……ッ!」
    「おいおい、今更できないって言うのか?笑わせないでくれよ!」
    「そんなわけあるかッ!……ちッ!」

     テバは無意識に下を見た。雲にすら届かぬ高さからの視界には、自分から伝い落ちる雨粒が揺れる。風のせいだけではなく、テバの体自体がぐらついているのだ。揺れる視界に、逆巻く空に、はじめて空の上で意識がくらみかける。
     ちくしょう、と悪態が漏れた。そして暴風に煽られながら怒鳴り合うような会話がぴたりと止んだ。どこだ、あの導はどこへ。テバが一寸惑っている間に、──すぐ後ろから囁くような声がした。

    「──きみって、馬鹿だろ? 」
    「な、………! 」

     なんだと、と続ける前に「風を見失うな!」と激する翡翠に射竦められる。呼吸は荒れすさぶ風に流されていった。

    「いったい君は今何をすべきで、今何をしようとしてる?お上品な射的か英傑サマの真似事か?ちがうだろ。英傑サマがいくら華麗に飛んだだの正鵠を射るだのと言って、君が同じことを出来る道理があるかい? いいや、ないね。あんまり調子に乗るんじゃないぜ!」

     言葉を返す間もなく反語的に断言される。暴風に視界を揺らされながら、やはり多く敵を作りそうな言い方だと考える。

    「君が、君の飛び方で、君のやり方でやるんだよ!」

     開きかけた嘴が完全に開いたまま、言葉を失う。

    「僕はどんな風だろうと自分に従わせられる。優雅に羽ばたき、滑空は華麗に、スマートに。けれども君は、君の飛び方は自然のままに荒くて、剛情っぱりで、無駄が多いし荒唐無稽、その癖どんな風でも乗りこなす、そういう柔軟さを備えているんだろ。中々、生意気なことに!」

     最後の方では小さく舌打ちが聞こえた気もする。

    「言ったはずだよ。君が英傑リーバルの代わりになるんじゃない。なれるはずもない。だって僕は僕で。君は君でしかないんだから。ただ……」
    「ただ、?」
    「君、言ったろう? “自分こそはリトの戦士が誇りを継ぐものだ! ”ってさぁ! ああ、ああ、大見得けっこう! 気に入らないが好ましい! 君はきっと僕にはなれないだろう、だが、100年モノの誇りを背負って僕を越えた別の何かを掴もうというのなら、そんな厚顔無礼な暴言を吐くって言うんなら、──期待してやる!」
    「!」
    「そう、言ったはずだ。君こそが旧きに新しいリトの英雄になる、君にその覚悟があるかってね!」
    「……ッつまり!」
    「初めから言ってるだろ、“それ”が君に似合いの飛び方だってさ。だから──僕が合わせてやる。僕の風が君を飛ばせてやる。下手な小細工をするんじゃなく、そのままの君らしい荒っぽくて無作法で自由なやり方が“ベスト”ってことだよ!」

     相変わらず褒めているのか貶しているのか分からない言い方だ。明らかに余計な言葉が混じっているだろう。まぁそれはいい。だが。

    「そんなことたった今初めて聞いたぞ!!」
    「はぁ!?こんなときまで、相変わらず君は人の話を聞かないね!!」
    「いいや!絶対にそんなことは言ってなかった!!」
    「いいからさっさと矢を構えろ!僕の風は、落ちていく奴を掬いあげるなんてダサい真似はごめんだよ!」
    「誤魔化すな!!……っと!」

     怒鳴りながら、切り裂くように流れる突風に身をよじる。

    「そらそら、いつまで踊らされてるつもりだい!そんなへっぴり腰の千鳥足じゃ見世物にだってならないぞ。きっちり主役がスポットライトを取らなきゃ、風の方だってだってそっぽ向いて拗ねちゃうぜ!」

     発破をかけて、彼は一気に高度を上げた。暴風を意に介さず、一息に。
     テバは渦巻く風の流れを追った。上昇るのに一番適当な風の流れ、凪を避ける風、渦に巻き込まれない風向き全ての“空”の構成を見極める。雷鳴が轟く度に行くべき風が光の筋に見えるような、身体の動くままに空を駆け上がる。
     風を捕まえる。
     意識するよりも速く、予測するよりも高く。
     手繰り寄せた風に身体を委せて、空へ。
     風に捕まえられる。
     引き戻されるより速く、弾き出されるよりも遠く。
     新しい風に乗り、空へ。

    「さぁ、君のプライドで撃ち抜いて見せろ!」

     蠢く黒雲は、なるほど確かに牙を向く龍のようだ。
     雷が怒っている。唸り声が聴こえる。
     まとわり付くような音の震えを振り払い、上空へと突き抜ける。
     括り紐を投げ捨てる。──リトの木弓は少しの風でも浮く程に軽いのだ。
     風に奪われるより早く、空に浮かんだ弓をひっつかむ。
     そして、一切の音が消えた。
     ただ手元の弓がぎしりと鳴き、荒れ狂う眼差しと視線がかち合った。
     呼吸が消える。
     空の支配を全て捨て、空がひっくり返るその瞬間。
     翼の腕が弦を引く。暗雲に閉ざされた空に月を描くように、弓弦が引き絞られる。
     そう、月だ。ここに月を撃ち貫くんだ──そうと決めた瞬間、視界がクリアになった。雨粒、落雷、それよりも小さく強く、鏃がきらめき。

    「……ッ獲ったァ!」

     叫ぶと同時に、鳴弦の音が耳の奥を通りぬけていった。放たれた矢は、見えないほど遠く疾く飛び翔けていき、そして。

     龍が落ちる。涙をこぼすように雨がとどろき。雷がゆがむ。
     龍が沈む。時が止まったように氷雪が消沈し。雲がよどむ。
     龍が溶ける。空が輝き。風が、渦巻く。

     ──最後に見たのは、弧を描く銀色だった。


     世界中のどこよりも高い空にいる。
     そんな確信を持って、落ちるように翔んでいた。
     羽ばたくのも忘れて惚けていたにもかかわらず、リトの村は遥かに下だった。

    「上出来だ」

     ぶわりと全身の羽がそばだつ。宙に吊られるように背骨が浮いた。煮えるように熱い身体を冷たい血がたぎる。羽毛を纏う種族が何を、とも思うが身体の全てが羽のように軽い。
     ──たった一言だ。それだけで良かった。
     ──一言の内に俺が憧れた全てが何もかも詰まっていた。身を焦がす熱と夢がきらめく光との嵐がいっぺんに自分を呑み込んだ。

    「上出来だぜ、テバ!」

     空。嵐のたち消えた空は朝日に白んでいて、薄い雲が覆っている。白い空に一ヶ所だけ、青空が見えた。
     目の前を飛んでいく彼の群青色が、いつになく眩しく青く空を切りとっていた。

    「やぁ、いい空だ!」

     昇りゆく太陽に目を細めて、青空がぐっと遠く滑空する。
     風が、渦巻く。まるで空がようやく彼という中心を見つけたようだった。
    「餞別だ」と一言、その一瞬で白い空を支配した青い鳥は大きく翼を広げた。

    「さぁ、翼を広げ!胸を張れ!顔を上げろよ、我が同胞!」

     空の全てに響き渡るように朗々と、彼は詠い上げる。

    「存分に誇るといい。この僕が、きみを認めるんだ。君はそれだけの仕事を成し遂げたんだ。かの英傑と同じように。たとえ観客のいない辺境の小舞台、捨て置いてもいずれは名を覇す勇者が正す些末事だとしても。ひとりのリトの誇り高き戦士がいることを、この僕が。きみを称えよう」

     すこうしだけ振り向いて、笑った。

    「──リトを、頼んだよ。後輩」

     優美なまでの羽ばたきに音が吸い込まれて、ただ焼け付くような青に見入っていた。

     ──俺はいつ名乗っただろうか。そういえば彼の名前を俺は知らないままだ。

     気づいたことと言えば。不遜で無礼でどこか愛嬌があって、何故だか懐かしくて、でもどこまでも遠い、あの男を──存外に俺は気に入っていたようだった。

     ──だって、彼の言祝ぎがこんなにも胸を満たすのだ。

     その日、どうやって帰ったのかをテバは覚えていない。気が付けば慣れた寝床の天井を見つめていた。
     嵐が明け、帰ってこないテバを案じてやってきた村の仲間が声をかけてくる気配がしたが、ろくな返事は返せなかった。
     鴇の声に目を見開いた瞬間が嘘のように気分が浮かされていたが、悪い気はしなかった。
     心配する家族の声を遠くに聞きながら、沸き上がる高揚感に浸って、ぼうっと、見慣れた白い満月が浮き上がる空を眺めたのだ。
     ──白い、白い月だった。


     ヘブラ全域を騒がせて、一時ハイラル中の噂の的となった化け物嵐は、騒ぎの規模に対してたった一晩で幻のように掻き消えた。
     嵐が過ぎ去った後、リトの村は一部を除いて元の平穏な日々に戻りつつあった。その除かれた一部には、テバ自身が含まれていた。いつもなら飛行訓練場に籠って訓練をしている時間、珍しくテバは自宅にいた。
     そこへ来訪者が一人、足音を立てて近づいてくる。

    「テバ、起きてるか?」
    「ハーツか。どうしたんだ」

     ひょこり、と柱影から顔を出して声をかけてきたのは幼馴染のハーツだった。行儀悪く寝具の上で寝転がりながら書物を開いていたテバを見て、元気そうだな、と一人頷いている。
     嵐の中出ていったと思えば一人寝こけていた奇行を疑われ、大事をとって、と、謹慎を言い渡されたテバは、家で留守番をしていた。ヘブラ山脈一帯を覆った大嵐、その詳細を知る者はテバ以外いないどころか、テバ自身でさえよくわかっていない。そのらめに、嵐の中、一人で村を確認しに行くといって帰って来なかったテバを心配する声は異様に多かった。
     特に怪我をしたわけでも、頭をやられたわけでもないテバとしてはきまり悪いことこの上なく、大人しく家に籠っている。チューリはサキがおつかいにやった。普段チューリが真似したらよくないでしょうと嗜めるはずのサキは女たちに誘われて、井戸端ならぬ炉端会議である。

    「族長が呼んでる」

     寝癖は直しとけよ、と言ってさっさと引っ込んだハーツもどうやら呼ばれているらしい。足音が上へと昇っていくのを聞きながらテバは寝具を降りて、水場へ向かった。
     ──思ったよりしつこそうな寝癖だったのだ。



    「おお、テバ。来ましたね」

     先日の嵐の奇行から、ハーツを含め村の者たちから口々に体調を気遣われることに若干の辟易を感じながらテバは族長カーンの前に立った。

    「なんです、族長」

     身体は大丈夫ですかな、と、やはり体調を尋ねてくる族長に、見てのとおりで、と憮然と返事をした後で用件を聞く。
     昔から族鳥への態度が大きいと叱られることが多かったテバだが、当の族長が笑って気に留めないために、今でも口ぶりはぞんざいだ。ハーツも慣れたもので形式的に嗜めはするものの強く止めるでもない。

    「お前は昔からいっとうリーバル様への憧れが強かったでしょう。きっと見たがると思って待っていたのですよ」
    「いったい何を?」
    「先日、末裔殿がお持ちになってな。ハイラル王家に仕えたシーカー族の古代技術……というもので、100年前の英傑がたの絵姿が見つかったそうだ」

     ほら、と青く光る石板のようなものを投げて寄越される。これまた族長に無作法をたしなめられているハーツを横目に受け取った板きれをまじまじと眺める。絵姿、と言われても真っ黒な板きれには鮮やかな色の気配すらない。

    「こいつはカラクリの一種らしい。その目玉みたいなとこ、押してみな」
    「ん、……おお」

     光輝いた板には不可思議な模様が浮かび上がり、世界をそのまま切り取ったように鮮明な絵が写し出される。ハイラルの王城とおぼしき豪奢な建物。固い表情で隣り合う蒼の男女。

    「こいつは驚いた。リンクはまさに生き写しだな……」

     女性の方が伝説の姫巫女様だろうか。ゼルダの方もまた生き写しのように似ている。彼女は王家の末裔だったろうか。
     ロイヤルブルーと呼ばれる青に身を包んだ女性は品位を感じさせながらも、どこか親しみを思わせる。傍に控える剣士は女性よりも薄い青を纏い、愛想もなく唇を引き結んでいる。いくつかの城の様子が写った後は、ハイラルのあちこちの風景が記録されていた。火山燃え盛るオルディン地方。水のめぐみ栄えるラネール地方。フィローネの大森林。砂塵に熱のひしめくゲルド砂漠。人々の集落、笑顔、なんの変哲もない日々の営み。大橋。石柱群。ヘブラの山々、馬宿、シマオタカ、リトの村。
     リトだけでなく、ゴロン族、ゾーラ族、ゲルド族、噂に聞く火山や湖、砂漠の地に住まう種族の生き生きとした日常が写されている。村の一角に残る遺跡、のようなものと同じ類いの建造物を写した絵姿も多くあった。そして、神獣。巨大なからくりの傍らに揃いの蒼い布を身につけた者たちが写っている。この方々が英傑だろう。
     メドーの絵姿も見つかった。リトの守護神と呼ばれた時代のメドーとその近くに佇む、蒼布を身につけた一人のリト族。
     この方が。名高いリトの英傑、の──。
     テバは目を見張る。

    「あおい、羽……」
    「おお、これじゃこれじゃ。」
    「ああ。珍しい色のリトだよなあ、この青の深さはそうそうお目にかかれない」

     ──群青色の、翼。

    「その立ち姿からして、皆の目を惹きつけてやまない、まさしく英雄さまでありましたな」
    「しっかし英雄様は見目も整ってるもんなんだな」

     ──翡翠の目、翡翠の飾り、赤の刺し、白の隅。

    「若い、な」
    「おーそうだな、俺たちより5、6は下ぐらいか。まだまだ完成しきってない体躯であのばかでかい強弓を扱ってたとは驚きだ」

     ──一見では子供のように、未成熟な体躯。

    「お、なんだよ。憧れの英雄さまが実はこんなガキンチョだったんで、ショックでも受けてるのか?」

     ──やはり。とそう思ってしまったのは、目を背けていた自覚があるからだろうか。

    「──俺は、」
    「な、なんだよ……そんな怒ることか? 悪かったって。」

     黙り込んだテバにたじろいだハーツが肩をたたく。

    「俺は──!」

     ──知ってしまったら、もう、目を閉じることはできない。
     ならば、彼に。だからこそ、彼は。
     驚きというよりも安堵に近い何かが胸を掠めた。
     テバは目を見開いた。

    「ッ……!」
    「テバ?おい、どこいくんだ!」

     飛び出した。という言葉そのままに部屋を飛び出した。
     階段を下りる時間さえも惜しくて息が荒ぐのも構わずに全速力で踏みきり、広場に飛び降りる。
     いつものように飛行訓練場に飛び立とうとして、へりの先、人影が立っていることに気付いた。
     ──ここは、リーバル広場。
     今は亡き、誉れと風の英傑、リーバルの名前を冠する広場だった。
     見慣れた青い姿だ。ついさっきも動かぬ絵姿に見張った目に焼き付いたのと同じ、夜の藍を朝日に焼いた群青色。物言わぬ絵と同じようにちらりと視線をやるだけでそっぽを向いたままの、青年だ。

    「ここ、“リーバル広場”って言うらしいね。僕がいた頃は、名前なんか無くってただの広場だったから。ちょっと驚いたよ」

     青年は背を向けたままぽつりと語りだした。

    「訓練場の方も……僕が頼んで作ってもらったのは弓の練習をするための訓練場だったけど、今じゃ飛行訓練場って呼ばれてるんだって? 空中戦の練習って意味じゃ間違ってないけど、なんだかおかしな具合だ。見る分には変わってないか、とも思っていたけど……やっぱり、僕がいた頃とは違う」

     飛行訓練場は、リトの弓術大会での勝者の要望で建設された。そう伝承に残っているとテバは記憶している。昨今のメドーの暴走が始まり、弓術大会が中止される前は、ずっとテバが勝者だった。テバが弓を持つ、その前は、村の戦士たちが入れ替わり立ち替わり勝っては負けて、賑わった。さらに前は、魔物の活性化の対応で、祭り事を行う余裕がなかった。そのずっとずっと前──100年も前には、英傑リーバルが何度も何度も素晴らしい腕を見せて、勝者となり続けたという。

    「あの頃の僕は……飽きもせずに弓を引いて、空を駆けて。僕の邪魔をできるものは何一つ無かった」

     100年前、飛行訓練場の建設を要求したかの英傑はしばらくの間、自己修練に明け暮れていた。
     そして自分のことが噂になっていると知れば間もなく子供たちと、向上心ある戦士たちのために、と飛行訓練場を開放したという。

    「認められるのも、悪くなかったね。ただ、自分の望むままに自分の翼が伸びていくのを確かめたかった。僕の理想はまだ先にいけると、もっと高く鋭い空がみたいと」

     リトの民だけでなく、リトの村を訪れた他種族さえも足を運ぶようになったあの飛行訓練場を、最も愛したのはかの英傑だった。彼に会いたいならば夜まで村にいても意味はない、と案内されるほどに。

    「そして、魔を打ち払う弓の腕と空を支配する風の御力、二つを宿して昇りに昇りつめて、世界の一端を担う英傑にまで辿り着いた。……ほんとうに悪くない気分だったろうよ。それが、神話に名前のないちっぽけな鳥の果てとも知らずにね」

     一つ、息を吐いた彼はようやく振り返った。

    「やぁ、今を生きる同胞。随分、懐かしい・・・・ものを持ってるじゃないか」
    「………“リーバル”、様」

     からからの喉は直らず、些か不機嫌じみた声が出てしまって、テバは少し視線をそらした。

    「いっそ驚きがないほど似合わないね、君」

     英傑リーバルは皮肉っぽい笑みを浮かべて、自信に裏打ちされた挑発的な所作をするようだ。
     なるほどな、と思考の定まらないままテバは納得した。

    「今更、自己紹介は必要ないだろうけど。いかにも、僕はリーバルだ。リト史上最高の戦士、リトの誇るハイラルの英傑!──100年前の大厄災で、まったく無様に死に果てた、英傑リーバルだとも」

     正確に言うなら、その幽霊ってところかな。そうおどけながら英傑リーバルは吐き捨てるように続けた。

    「感激のあまり泣いてもいいんだぜ。──失望でもね」
    「それは……」
    「──実際、青かったんだ。自分が思うよりもひどく。他人に見えているよりかはマシな程度には。結局、世界を救うのは運命を背負ったお姫様と勇者の役目で、そして僕には僕にできる役回りがある。憤懣や悲嘆をぶつけるようなことじゃなくって、歩いている道が違う、そういう理がある。たったそれだけのことだ。でも、それを理解するのに、まあ長いことかかったものだよ」
    「あなたは……」
    「だから。失敗した。ああ。間違いなく失敗だった、と言えるよ。油断であり、驕りだった」

     テバは何も言わなかった。彼の言う失敗が何を指しているのか。厄災か、神獣か、英傑か。そのどれでも、テバが“そんなことはない”と言えることでは無かったから。ただ、「幻滅したかい?」と笑う青い鳥は夢想の中に見たハイラルに名を馳せる英雄の姿とは、違っているのだろうか。その問いには確かに応えられる。何故なら──……。

    「おや……言葉もでない程ショックだったかな。まぁ、無理もないか……」
    「……ちがう、あんたの言ってるようなのは、違うんだ」

     ──そんなことは、もう[[rb:分かっている> ``````]]のだ。
     テバが憧れたリトの英傑は自虐的な台詞が欠片も似合わない不遜で不敵で気高い風の英雄だった。
     目の前の彼は、傲慢にそれを肯定してなお、それが神話を彩るただのお飾りにしかならなかったと言う。

    「その程度で、幻滅するか、だと!」

     テバは、盛大に笑い飛ばした。だって可笑しいものはおかしい。歴史に誇る傑物だと自負していながら、自分のことが何にも伝わっていないとでも思っているのだろうか。そんなことは知っている。
     だからこそ、テバは英傑リーバルを越えると決めたのだ。
     その上で、テバは英傑リーバルに憧れた。
     憧れたから、越えなくてはならない。

    「もう忘れたのか? 鳥頭はどっちだ。いいさ、何度だって言ってやる」

     テバは息を吸った。

    「──なめるなよ・・・・・

     まるで昔の自分みたいだ、とテバは思った。親友と、村中を引っ掻き回した悪童のような悪戯っぽい気持ちで嘴の端が吊り上がる。

    「そんな簡単に憧れを棄てられるような“いい大人”はなァ、こんな無茶も、馬鹿も、やらねぇんだよ」

     言ってやらなくてはならない。この素敵にひねくれた真っ直ぐすぎる客人は器用に人を振り回す癖に自分のことに不器用すぎるのだ。不器用さ加減ではテバが言えたことではないのだが。
     これでもか、と分からせてやらねばなるまい。

    「よく覚えておけ。英傑リーバル様に否定される程度・・で、俺がリーバル様への憧れを諦めることはない。そういうメンドウなヤツに声をかけちまったってことをな!」

     そう、面倒な性分なのだ。番と添うて、子供を生み育てて、それでも、弓を引くために費やすような日々を止めないような野郎だ。そいつに、水を与えるがごとく、逆鱗を踏み抜くがごとく“喧嘩を売った”のだ。そんなら、覚悟をしてもらわなくては困る。こちらは青い羽が赤く染まったって止めてはやる気はない。

    「リトの英傑に憧れて弓を取った。彼の人の瞬きの歴史を思い唄う彼らに育てられた。彼の人の芸術とまで呼ばれた技術を語り継ぐ彼らに師事した。100年が経とうともこの村に、愛したリトの英雄の存在を忘れ去ったものは一つとしてない。空も地も営みも、そのどこかしこに、英傑の影を見つけて、あなたを夢見て、あなたを追い掛けて、俺は今、ここにいるんだよ!」

     そうだ。とテバは気付いた。ずっと感じていた違和感。

    「俺は──俺は、ずっとあなた、、、を追いかけてきたんだ」

     それは彼が世界を救った英雄だからか?
     ──いいや。テバは間違いなくその問いかけを否定する。
     それは彼が“リトの戦士リーバル”であったからだ。
     俺は世界に己を証明するために弓を引くんじゃない。
     俺はただ一人リト最強の戦士リーバルを越えるために弓を引くんだ。
     その彼が世界の頂点を目指したというなら、ああ、越えて見せてやろうとも。
     世界の頂点の先に彼がいるんじゃない。彼を目指して追い付いて追い抜いた軌跡に、そういえばと見下ろしてみりゃ、世界の伝承そんなものがあるのだ。

    「いいか?あんたが英傑になったのは、あんたが負けず嫌いのどうしようもない意地っ張りのガキだったからだ。あんたが空で負けたのはあんたが延びすぎた竹みたいに驕りにしなだれたからだ。あんたがハイラルに翼を預けてやったのは、あんたが神から運命を賜ったんじゃない。戦士リーバルの敗北を決めて、命を奪ったのは、まかり間違っても神サマだとか運命だとかの、よく分からないもんのせいじゃない。──あんた自身だろう?あんた自身が、伝承を、神の意思を、背負った世界の行く末を傲慢にも選んでやったからだ。リトの戦士リーバル・・・・・・・・・は己の全てをかけて戦うことを選んだんだ!」

     英傑リーバルは英傑だったからこそ死んだ。看取る者はおらず、苦痛にあえいで、ひとりきりで死を迎えた。
     たとえば古代兵器を繰る任務に就かなければ、彼は命を賭して戦う必要なぞ無かった。彼が英傑にならなかったならば、果たして彼は生きていただろう。
     姫巫女の要請なぞ知ったことかと跳ね除けて、修練に明け暮れて、リトの民は彼の力を称え、空を翔るのだろう。
     たとえば彼が悲劇の起きた任務を放り捨てて逃げ帰っていたのならば、彼は生きていただろう。
     世界の命運の前に命を無くしてはお仕舞だ、と皮肉って、来たる“次”のために歯を食いしばって、皆の前では笑って見せるのだろう。
     生き続ける彼は、その生が尽きる瞬間まで新たな逸話を残し続けて、未だ果ての見えぬ空を切り開いていったのだろう。
     生き続ける彼は、今以上に多くを得て、多くを失い、笑って、泣いて、美しいだけではない世界を語っただろう。
     そんな世界でもまた、テバは戦士リーバルに憧れたことだろう。英傑になった、世界を救った、そんなことは、今このときもテバが手を伸ばし続ける英雄の、その英雄たる理由の一部・・に過ぎない。

    「──俺は、リトの戦士として生きたあんたが好きなんだ、それ以外の理由も、名誉も伝説も、それはあんたの姿を確かめるためのよすがにすぎない」

     戦士リーバルは姫巫女の声に耳を傾けた。
     戦士リーバルは死を見据えてでも英傑の任を果たした。
     戦士リーバルはその瞬きの生の間、ただの一度もプライドを捨てずに、戦い抜いた。
     伝承の姫と勇者のために犠牲になったのでもなければ、女神に定められた運命とやらに食われたのでもない。
     ただ、戦士リーバルは世界で最も高い空を駆け、誰よりも鋭い矢を放った男であり。
     戦士リーバルは最後まで気高い誇りを忘れぬ男だった。
     ──だから、テバは今、ここに立っている。

    「──そう証明してやる。知っているだろう?神の獣だって、龍だって、矢を放てば貫けるんだ。世界にあんたの名を撃ち込んでやる。伝説を作るのは神様でも世界でもない。過去かつてを思い、現在いまを語り、未来さきを夢見る俺たちだ」

     テバは少し上を向いて黙った。目が熱い。けれど目蓋を閉じることはできない。

    「伝承なんか無くたって、あなたは人々を救い、世界を見下ろし、ただそのあるがあままで、俺たちを導いたんだ。あなたがいたから、リトの民は今も空の支配者と誇りを歌い、見果てぬ空の先を目指して翼を拡げていられるのです。──リーバル様」

     閉じたら、こぼれて消えてしまいそうだったから。

    「……あーあ!どうして君がそんな情けない顔をするんだい」

     口調とは裏腹に困ったように眉を下げて、視線がゆれていた。

    「……貴方だって、らしくない。リーバル様」
    「フン、知ったような口をきくねえ……」

     表情が読めないのは、相手の感情が入り乱れているのか、自分の視界が滲んでいるのか。
     本当に、らしくない。俺も、彼も。

    「だって、なぁ──……」

     言うなら全部ぶちまけてしまおう、と思った。
     こんな機会が二度あるかなんてわからない。
     彼に伝えられることを、持ち得るすべてを伝えてしまおう。と。

    「──だって、可哀想だろう?」
    「可哀想、……?」

     予想だにしていなかった唐突な言葉に理解の追い付いていないリーバルを置いて、テバは吐き捨てるように言った。

    「ああ、可哀想だとも。空に還れず、故郷に還れず、ただその身は朽ちて、名誉も、名も、朽ちていく。時が過ぎ、それでも語り手が入れ替わり立ち代わり彼を語るだろう。その悲劇を。その雄姿を。忘れえぬ姿はいつか“世界の命運に、伝承に巻き込まれた哀れな英雄”と!そんな詠い文句をつけられる──ふざけんじゃねェって話だ」

     テバはこぶしを握りしめた。

    「俺の英雄を語るのに、そんな言葉がふさわしいものか!」

     戦士リーバルはそんな弱い人間じゃない。そんな堕落した人間じゃない
     そんな哀れな英雄に、してはならない。
     ──俺たちがさせない。
     戦士リーバルは誰より気高く、強く、運命に抗い抜いた英雄だと。
     ──彼は、運命をひっくり返した英雄なのだと、俺は証明してやりたいんだ。

    「縋るのも伝承なら、苛まれるのも伝承。俺たちは伝承ゆめを依る辺にしなければ立っていられないんだろうよ。ああ、情けないことにな。伝承の運命に殺されたお前は可哀想だ。──けれど、俺は知っている。追い続けた影が確かに己の意思で空を駆けていたことを。俺は。お前が運命に殺されたのではないと、お前は運命に抗い抜いたのだと世界に証明したい」

     ───だって、俺はみたのだ。
     その詩草の向こうに。空の果てに。風の隙間に。弓を鳴らす弦の音に。
     胸を焦がし、血に焼き付き、翼を燃え上がらせる、あの英雄を。
     それは、誰かの心を折るのでも、誰かの心を封ずのでもない、誰もの夢を輝かせる流星のような物語だ。
     だって俺はそこに全てをかけてもいいと思うほどの輝きを見たのだから。
     なら、夢を追わずにはいられない。いられるはずもない。
     あの輝きを目にして俯くほど、俺は腑抜けじゃない。
     その輝きを見えぬ振りして空を背負えるほど、俺は強くない。
     幾度、空が落ちただろうか。
     幾度、弓がないただろうか。
     足りないことに歓喜した。届かぬことに歓喜した。
     届き得ぬことに焦燥した、足り得ぬことに慟哭した。
     ──だから俺は空を翔るのだ。
     俺が越えるべき影を。俺が目指すべき光を。
     ──俺が、俺自身の誇りを信じ続けるために。

    「俺の先の先を飛んでいった馬鹿みたいにかっこいい英雄が、運命に殺された負け犬だなどと残るなんざ、誰よりも俺が、我慢ならねえよ」

     あっけらかんと、テバは言いきった。
     リーバルは一度目を瞬いて、はぁ?と気の抜けた声か、ため息かもわからぬ息をこぼした。
     頭が理解を拒むほどの驚愕にすっとんだ思考が戻ってきて、寄った眉根にぎゅうっと目を閉じて、額に手を当てて、ぽかりと開いていた嘴を閉じて。じわじわと呑み込んだ理解にはやはり呆れ返って天を仰ぎ、ふつふつと湧いた苛立ちには深いため息に引きずられるように顔を伏せた。
     対して相変わらずテバは、英雄を軽んじる意図も、好意を照れ隠すような素振りも何もみせず、当然のことのように平然としている。

    「こ、の……!」

     だからこそ。怒りによく似た、けれど異なる不透明な感情に、わなわなと肩を震わせ、行き場のない力が入った手が上下し、リーバルはぎろりと顔を上げた。

    「誰が、だれが傲慢だって? 凡百の君が! 英雄の僕を! 憐れむって、理解するって言うのか。──冗談じゃない! 君の方がよっぽど傲慢で見栄っ張り、身の程知らずの無礼者だよ!」
    「確かには馬鹿が付くほど意地っ張りだとは、よく言われるな」

     ほとんど怒鳴るように言葉を叩きつけられても、歳かさを着た戦士は、ふむ、と顎に手を当ててズレた返事をするばかり。たったの十にも満たない差だ、100年を見てきた青年には遠く及ばない筈なのに。
     リーバルはますます憤り、昇華できない衝動に手が空をかき、地団太を踏む。

    「ああまったく!100年も待ったっていうのに……シャクに障る奴らばっかりだ!」

     大いに目を尖らせ嘴を尖らせ、ついでに威嚇するように羽毛が尖り、かの英雄リーバルは年端もいかない子供のように機嫌を損ねて文句を言っている。
     ああ、可笑しい。テバはふっと笑ってもう一度嘴を開いた。

    「いくら俺が気に入らなくたって、どうか忘れないでくださいよ。リトの民はあなたへ感謝と憧憬を忘れたことはない。間違いなんかじゃなく、あなたのおかげで今のリトがある」
    「当たり前だ!」
    「そして、あなたが守ったこのリトを、今度は俺たちが守っていく。今までもこれからも、ずっとそうだ。あなたを追いかけて、あなたに追い付いて、そんでいつか……──あんたを、越えてやる」
    「できるものならやってみせろ!」

     挑発的な台詞に、何とか乱暴な笑みを浮かべることが出来たと思う。
     最後に。言わなきゃいけないことがある。これが、いちばん大事なことだ。
     この青年は、自己中心的な考え方をする癖に、何かと他人の機微に聡く、気を回す節があると、テバは知っている。自分を知らない相手、自分の居場所のなくなった時代に甘えてはいけないと一線を引いて、律儀に線の向こうの遠くから懐かしそうに眺めている。
     テバにこうしてつかまっているように、時たま手が出るようだが、心の柔さというものを100年前に置いて来たっきりなのだ。
     この100年、いや100年が経ってなおどれだけ多くの人々が、その線を越えてはくれないか、と奇跡を願ったかも知らないのだろう。

    「──おかえり、リーバル」
    「! 」

     息を呑んだ。

    「あなたは、俺が、俺たちが愛し憧れたままのリーバル様だ」

     幽霊に触れるかどうかはよく知らないテバだったが、そうっと触れた群青の羽からは温かい何かが流れてくる気がした。

    「安心してくださいよ、俺が──……」

     だから──だからこそ。
     テバは、いつかの青い英雄そっくりの、自信が充ち満ちて溢れっちまっているあの顔で、にぃっと笑ってやった。

    「──俺が。あんたの名前をもう百年、いや千年先まで遺してやる。“リト史上最高の戦士”が“生涯憧れ続けたおとこ、英傑リーバル”ってなぁ!」
    「なっ……!」

     塗り替わる名前と伝説、そんな簡単な皮肉に、テバよりずっと賢しく口の回る幽霊が気付かない筈も無く。
     翡翠の目が小さな点のように感じられるほどに目が見開かれ。血の通ったみたいな黄色の嘴が赤くなったり白くなったりして。

    「……生意気だ!!」

     ぴいきゃら青い鳥が跳ねた。白い鳥は、吹き通る風のように、からりと笑った。

    「ああ!……生意気な奴だよ、本当に!」

     雪が踊り、花が笑い、風が歌い、日輪の輝き尽きぬ今日。
     ──どうにも、空は青いままだ。


    「おれたちも、こんな風になれるかな」

     心からそう思ったのは本当だった。
     ただ、普段はたった数ヵ月の生まれた年月の違いを大人ぶる幼馴染みが、自分と同じような顔をして憧れを隠さないのが、何だかつまらなかったのを覚えている。

    「──でも、リーバル様は死んじまった。こうやって伝説の物語になって、そこで終わりだ」
    「そりゃそうだろ。なに当たり前のこと言ってんだ」

     はた、とテバは考えを止めた。そうだ。俺たちは今、生きている。
     華々しい歴史を遺して瞬きに時を止めた、村の誇る英傑が守った世界で、時間を進めているのだ。

    「……そうか」
     ふっつりと黙りこんだ白い羽毛の少年を黒い羽毛の少年が覗き込む。

    「テバ?どうした?」
    「なれるか、じゃない。ならなきゃなんねえんだよ。リーバル様よりずっとずっと凄い戦士にだ」
    「はぁ?」

     突然顔を上げて、強い口調で断言したテバをハーツが胡乱げに見つめる。

    「もしもリーバルさまが、生きていたら。この続きはもっともっと長かったはずなんだ。神サマなんかに気に入られて、まだまだ弓も空も満足していない途中で放り出すことになっちまったリーバルさまの気持ちなんて、なあ。俺でも分かるぜ。──悔しい。リトの気高い誇りが、どこぞの伝説なんぞに呑まれるなんて。そうだ、”死んでも死にきれねえ”ってやつだよ。ああ、きっとな」
    「……そんで?」
    「じゃあおれたちは。リーバル様のおかげで今を生きているおれたちは、何をしてやるべきか?って」

     ハーツは黙って眉を寄せた。テバは腕を振り上げて訴えかける。
    「この伝説の続きを、俺たちが継ぐのさ。英傑リーバル様が、女神のでんせつ何かに負けっぱなしじゃなかったって、リーバル様の誇りを受け継ぐ俺たちが証明してやるんだよ」
    「……どうやって?」
    「つまりだな、100年前のリーバル様じゃあ、ちょおっと足りなかったんだ。なら、“リーバル様を越えりゃあ、おれたちと、おれたちの信じる英傑様の勝ち”だ。」
    「リーバル様を越えるゥ?おまえがァ?」

     ハーツは呆れて素っ頓狂な声を上げる。テバは気にせず話し続ける。

    「おれたち、って言ってるだろ。弓を引いてこそ、リトの戦士だ。オオワシの弓よりずっとすげえ弓を持った、英傑リーバルよりもずっと強い戦士が、“英傑リーバルの伝説ここに在りし。”と刻めば、ほらな?リーバル様の伝説は続くんだ。おれたちの作る新しい伝説と共に、ちゃあんとあの人の勝ちが残るんだ」
    「おまえが越えちまったらリーバル様の負けも残るんじゃないか」
    「そこはひつようなギセイってやつだぜ。ハーツ。大人になれよ」
    「調子いいなお前……」

     力を込めて語るテバにびしりと指を突きつけたハーツだったが、出所の知れない自信に任せてぴんぴんしているテバの様子にしんなりと腕を下げた。全く疑いも憂いもない目を向けられて、ついでに小馬鹿にした態度が気に入らずハーツはぐりぐりとテバの頭をなでる。

    「それで、おれに弓を作れって?」

     ハーツの家は弓に秀でるリトの中でも代々、名工と呼ばれる弓師を育ててきた家系だ。空を制して戦うリトの戦士が用いる木製の弓に、金属製の弓に引けを取らぬ威力、飛距離、耐久度を実現させた功績は、リトの村を越えてハイラルにも知れ渡る。かの英傑が愛用したという弓の原型を作ったのもハーツの先祖にあたる弓師であり、現在もオオワシの弓の製法を受け継いでいるのは彼の父親である。

    「そうだ。おれたちで越えなくっちゃ、意味がない」
    「……お前はほんとに。リーバル様大好きだよなァ。……仕方ねえ、手伝ってやるよ」

     頭をこねくり回されるのを嫌がって身をよじり脱出したテバがじっとハーツの目を見つめ、ハーツはやれやれと肩をすくめた。

    「……ま、おまえが戦士の役をやるとはかぎらねえけど?」
    「なんだと?」

     分かりやすい挑発に、テバが太い眉を釣り上げる。
     ほんの少し高い背を存分に使って見下ろすようにハーツが笑う。

    「お前がおれに勝った試しがあったか?」
    「これから先は分からんだろう!」
    「どうかな……」

     余裕ぶった態度を崩さない幼馴染みに抗議すべく、テバが大きく嘴を開こうとした時。

    「──いたぞ! こっちだ! 」

     怒号に、バタバタと足音がついてくる。悪戯小僧たちを捕まえんと、あちこち走り回ったリトの大人たちが、とうとう戻ってきたのだ。

    「やべぇ!」

     弾かれたように黒い毛玉が駆けていく。怒り心頭のリトの大人たちが、真っ先に飛び出した黒い毛玉に目を奪われている隙に、白い毛玉は慌てて紙束をまとめ上げる。
     焦って手がもつれる中で、ふうわりと風に撫でられて振り向くと、さっき飛び去ったはずの紙切れがくるくると近く空を渦巻いていた。
     手の届きそうな距離に、もう一度、紙切れを捕まえようと手を伸ばして──翡翠と、目があった。

    「テバ!何やってんだ!はやくしろ!」

     はっと幼馴染みの声に正気を取り戻すと、紙切れはとっくに遠のいて、足音はすぐそこまで近づいていた。紙切れの中の翡翠の目と視線があった、なんて思い込みはパッと頭から消えてしまう。
     けれど、駆けだす寸前。翡翠の色が思惑の外へと流れていくその瞬間。
     心の内側をたぐるように喉元から言葉が零れ落ちる。

    「……おれが、越えてやる」

     なんとなく、そう言うのが正しい気がした。未だ視界に残る、日輪に届かんと高く渦を巻いて飛ぶ紙切れを振り切って、急かす幼馴染みを追った。


     ずっと風が吹いている。
     100年前も今も、同じ風が、我々リトの民を導いている。
     もしも風が止んでしまったなら。
     渦を巻いて翔ぶ“彼”の姿に倣えばいい。
     あの誰よりも気高いリトの同胞と同じように、自らが風になるのだ。

     しかし風に煽られ過ぎるのは禁物だ。
     憧れは憧れのまま、胸の内に火を灯す程度で十分。目の前まで近づけば、火傷する。
     俺のすっからかんに血の昇る頭にも確かに刻まれた。

     ──風に揺れる青色が見えたら?
     迷わずUターンしてお家に帰れ。まだ間に合う。間違っても好奇心に引かれて追いかけるなどしてはいけない。声をかけるなんてもってのほか。好奇心はネコをも殺す、というハイリア人の言葉があるらしいが、この青は殺すよりもタチが悪い。生涯忘れ去ることが出来ずに残り続ける瑕になる。

     ──月明かりに濡れている群青色が見えたら?
     見惚れて思考が止まる前に湖にでも飛び込んでおけ。大丈夫だ、落ちている間に正気に戻る。
     我々の“翼”では泳ぐことは難しいが、死にはしない。空でも飛んでみろ、飛んで火に入る夏の虫ならぬ、飛んで夜に入るリトの鳥、だ。鳥目だしな。

     ──ふたつ翡翠の輝きを見てしまったら?
     そいつは、もう、手遅れだ。飛んでも走っても目を瞑っても、もうだめだ。あんたは逆らえない。俺がそうだったように。にやりと笑ったその顔は何故だか上品に収まっていて、“嘴”から放たれた言葉は幾分か魔法のように過激だった。
     少なくとも、ガキのように夢を大事に閉まってる青臭い大人にとっては致命的な鮮烈さだった。

     ──美しい夜明けの空色の鳥の口車に乗ってはいけない。
     星明かりを頼りに空を駆け、女神の龍に弓引く勇気が無いのなら。

    改稿:リト史録〔第△△代編者の記〕より
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