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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    pixivより引っ越し。リト師弟がリトの仲間からかわいがられている話。 「末っ子が他所ん家の末っ子相手に兄貴風吹かしていやがる!」 リトの村の文化に多大な捏造があります。モブ戦士たちがよく喋る。

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #リーバル
    revel
    #テバ
    teva
    ##リト師弟

    末っ子誰だリト師弟がリトの仲間からかわいがられている話。
    厄災の黙示録メインストーリー7章2節ハイラル城奪還戦までの間のモラトリアム期間のゆるい日常の幻覚。
    ※リトの村の文化に多大な捏造があります。
    ※モブ戦士が良く喋る。





     ひょんなことで伝説に聞く100年前の過去の世界にやってきてからというものの、リトの戦士テバは大きく二つの悩みを抱えていた。
     その悩みの一つは、ずばり“めしを食べ過ぎていること”である。
     テバは戦士であるから、もちろん身体は第一の資本だ。身体づくりのため日々の食事には気をつけている。基本は一日三食、好き嫌いはせずに肉野菜に穀物をバランスよく食べるし水分だって欠かさない。もちろん暴飲暴食などご法度だ。
     それならどうして飯を食べ過ぎてしまうことになるのかというと、理由は簡単。
     100年前のリト達がみんなして、テバに食い物を寄越してくるせいである。 
     経緯としてまず、厄災復活の夜に神獣ヴァ・メドーへと馳せ参じたテバは、リーバルと共に厄災の化身と戦った事実に、何やかやと尾羽飾り羽がついて、リト達の間でテバは結構な恩人・・としてかつがれた。
     そのせいなのか、テバは同族リトのいるところならば、あらゆる場所で「ああ、リーバルの・・・・」と説明なしに良くしてもらえてしまう。
     それだけでも畏れ多さで困惑し通しなのだが、その良くしてもらう内容が、とにかくをたくさん恵まれることに偏っているのだ。 
     これが食べ過ぎの原因である。
     今日も、テバが少しリトの村の商店街を歩いただけで、両手いっぱいに食べものを抱えることになった。
     ハイラル中の果実を集めてその果汁で風味付けをした色とりどりのハチミツアメ。
     ミルクのやさしい甘さとふわふわの生地が魅力的なメーベスフレ。
     濃厚なタマゴの味わいにバターの塩気と砂糖のバランスが深いコクをつくりだしているエッグタルト。
     甘いものだけではない。
     脂したたる皮までカリカリに焼き上げた極上トリ肉にポカポカ草の辛みのアクセントが食欲をそそる極上チキンのピリ辛串焼き。
     山のキノコの風味かおるホワイトソースをふっくらしたタバンタ小麦の生地に閉じ込めたタバンタ焼きに、青菜の緑とニンジンの橙とカラフルな見た目に栄養も満点な野菜オムレツ。
     朝昼晩の食事の間の小腹を埋めるにはいささか多すぎる誘惑のかずかず。 
     笹の葉にくるまれたり紙袋に収められたりして携行できるように包装されたそれらの食べ物は、驚くことにすべてばかりなのだ。
     テバは1ルピーたりとも買い物をしていないのに、ゆうに三日は食いつなげそうなくらいの食べ物がテバの手にあった。

     ───今日はこれでも少ない方だと感じるのが、俺も感覚がマヒしてきたかな……。

     テバはストレスで頭痛がしてきたこめかみを押さえた。
     肉屋の前を通れば焼き立てのトリ串をさしだされ、魚屋の前を通ればフィッシュパイが、八百屋の前を通ればみずみずしい採れ立てのイチゴだのリンゴだのの青果が、菓子屋の横を通れば形の崩れて店に出せないケーキにクッキーだのを持たされ、門番に挨拶をすれば炊き出しのあまりの握り飯を投げてよこされ、散歩中のご婦人にすれ違えば袋入りのアメちゃんを渡される。
     そんな、どこを行くにも食い物が付いて回るのが、100年前の過去にやって来てからのテバの日常だった。
     端的に言うと、会うリト全員が「やたらと子供に食べものを奢りたがる親戚」状態だ。ああいうのはたまにの好意でさえ疎む子供がいるのだから、大の大人が、四六時中もやられたら新手の嫌がらせにも感じる。

     ───流石に、接待されるにしても度が過ぎている。

     はじめはテバも、荒廃を知らぬ100年前の豊かな生活水準に感心していた。未来から来たという異質な出自を持つ新入りのテバをも歓迎してくれる100年前のリト達の気前の良さかと納得していたのだ。
     しかし、こうも貰いっぱなしの日々が続くと、もしかして自分のことをガキか何かと勘違いされているんじゃないかと疑いたくなる。
     そんな右手も左手もいっぱいいっぱいに食い物を抱えてよたよたと歩くテバに、すっと近づいてくる人影があった。

    「おっ、今日もいっぱい持たされてるみたいだね、テバ」
    「リーバル様! 」

     声をかけてきたのはリーバルだった。
     テバも憧れるリトの英傑として伝説に名を残す優れた戦士であり、この過去の世界においてテバの暮らしの面倒を見てくれている後見人でもある。
     厄災が復活した当夜、混乱する戦いの最中に現れた新参者であるテバの存在は大いに物議をかもした。僻地の少数民族であり身内同士の結びつきが強いリト族の間では、同族の誰にも顔の覚えがないテバを厄災の一味ではないかと疑う声もあった。そんな不穏な状態から今の歓迎されすぎているまでの良い関係に至っているのは、ひとえにリーバルがテバの武功と人となりを保証してリトの仲間たちに受け入れてもらえるように便宜をはかってくれたおかげだ。
     そして現在は、彼の有する飛行訓練場の宿泊施設に同居する形で、テバは過去の世界でも不自由ない生活を送ることができている。
     100年後でも毎日飛行訓練場に入り浸りで訓練をしていたテバにとっては、暮らしぶり自体はあまり変わっていない。飛んで、戦って、飯を食って眠る。基本は同じだ。
     もちろん変化が全く無いというわけではない。
     寝食を共にするのが家族である息子と妻ではなく、お伽噺の伝説から生き人となった憧れの英雄になったこと。戦士として訓練だけではなく実戦の日々があること。
     これらの大きな非日常も、新鮮さは色褪せないが、日を重ねていけば慣れたものだ。

    「君も今帰りかい?」
    「はい。リーバル様の方こそ、今日はお早いお戻りですね」
    「今日の集合場所がちょうどシーカータワーの近くだったから、ワープ機能を借りて早く帰れたんだ」
    「便利なもんですねえ」
    「まったくだよ。僕が飛ぶより早いなんてのは、ちょっと気に入らないけど」

     言いながらテバとリーバルはお互いに少し顔をしかめた。
     古代シーカー族の技術研究が進んでいるこの時代では、同じ古代技術でつくられたシンボルが付近にありさえすれば、マップを開いて一瞬で移動することができる。戦うにはもちろん物資を運ぶにも便利な技術だが、テバやリーバルたち空飛ぶ翼を持つリト族には自分たちの機動力の優位性が失われるようで少しだけきまり悪いのだ。
     今日は戦闘任務の後にリーバルが英傑の集まりがあるとかで集合場所の別な拠点に向かったので、別れたテバは先にリトの戦士達の拠点であるヘブラ地方へと一人で帰ってきていた。テバは村で報告を済ませてから、あっちこっちで食い物を持たされてゆっくり歩いてきたとはいえ、それでちょうど用事を終えて戻ってきたリーバルと帰路につくタイミングが同じになるとは、シーカーワープはリトの翼で移動するよりも随分早い。
     「まあ僕だって便利に使わせてもらってるんだから感謝しないとね」とまったく納得のいっていない声音でリーバルが言うので、テバは苦笑した。

    「ところで、それだけ沢山おやつを抱えてると食いしん坊の子供みたいだな」

     テバの大荷物を目を移してリーバルが言う。

    「冗談きついですよ、俺はもう食べ盛りはとうに過ぎたんですから」

     テバは呆れて言い返す。リーバルは時折こうして子供のようなからかい方をする。
     戦士として認められているのだからこの青年もリトのくくりでは一人前の大人扱いではあるのだが、テバ自身よりも若く小さな青年が自らの後見人である事実は少し奇妙な感じがするとテバは思っている。

    「おや? もうお腹周りのぜい肉が気になるお年頃だって?」
    「いえ……そこまでは、言いませんけど」

     ぶすっとむくれた顔になったテバにリーバルは笑いをこらえた様子で「どうせ同じ道を帰るんだし、半分持つよ。で、これはまた、村の皆からかい?」 とテバの腕から荷物を取り上げながら尋ねてくる。重さはさほどではないが、一人で食い物を山と抱え込んでいる見た目が不格好だったので素直にありがたい申し出だった。

    「そうです。ちょっと村外れの柵を壊しちまって損害報告を族長にしようと商店通りを通ったら、あっちこちから持たされて……」
    「パンにアメにタルト、串焼き、これは……ジャムのビンか?あ、メーベ牧場の新作スフレもあるじゃないか。目敏い商人が仕入れたのかな。へえ、しばらく糧食には困らないね」

     リーバルは自分の方に引き寄せた分の荷物を覗き込んで、ひょいとてっぺんにあったハチミツアメを一つつまみ上げた。すぐ食べるのかと思いきやアメは腰元のポーチにしまって、テバが他に一体何を持たされていたのかと面白そうに見分している。

    「戦場にこんな日持ちのしないもの持ってけやしませんよ。リーバル様もお一つと言わず、消費を手伝ってくれませんか」
    「仕方ない、貰ってあげよう」

     言うが早いかリーバルは荷物を抱えたまま器用にエッグタルトとピリ辛串焼きの包みを開封して、もりもり食べている。その陰でささっとドライフルーツの袋をまたポーチに頂戴していった手際の良さはまるで待っていたかのような鮮やかさだった。
     テバが感心して見ていると、リーバルが指先に付いた串焼きのたれを舌先で舐めながら「君は食べないの?」と聞いてくる。

    「俺はさっき村で夕餉を馳走になってきたところなんですよ。『もう後は帰って寝るだけだから』とそれとなく言ってみても、皆、遠慮がなくってこれだけ持たされることになったんです」

     はあっと深くため息をついたテバを見てリーバルが不思議そうに首をかしげる。

    「そんなに困るんならハッキリと『こんなに沢山いらない』って言えばいいじゃないか」

     僕ならそうする、とリーバルは言う。

    「ですが、厚意でくれているものをわざわざ断るのも気が引けますし」
    「人が良いねえ、君は」
    「別に、人が良いってわけじゃありません。貰う数が多すぎて断る文句が底をついちまっただけですよ。それに、無理をすることにはなりますが、どうしても食べきれないというワケでもないですし……」
    「そうかい? 僕はもう毎度のことのように君から食べきれないおやつの消費を手伝ってくれってヘルプコールを受けてる気がするけど」
    「いやそれはリーバル様が、」

     言いかけてはっとテバは嘴をつぐんだ。

     ───『リーバル様が食べに来るからつい貰ってしまう』とは、ご本人にゃ言えないよなあ。

     毎度テバが食べ物に埋もれてあっぷあっぷしているところに、リーバルがやってきては喜んでそれらを食べていくのだ。
     それでずいぶんと嵩が減って、何とかテバでも食べきれる量になる。そうすると、次に食い物を渡されるときも、まあリーバル様がいるからいいか、と思ってしまって、ずるずると惰性で貰ってきてしまう。
     初めは何かを貰うにも、それをリーバルに食べて貰うにも恐縮しきりだったテバも、最近ではリーバルと一緒に何かと軽食をつまみながら駄弁ることが小さな楽しみになっているのは事実だった。
     だが、リーバル本人が「取っておいてくれ」と頼んできたわけでもないし、テバが勝手に英傑様と一緒に分けて食うのをちょっとした楽しみにしているだけなのだ。
     それでリーバルのことを断りにくさの理由としてあげるのは筋違いだ。
     何だかんだと迷惑ばかりではないのが、このたちの難しいところだった。
     
    「『僕が』、何? 」リーバルが片眉をはね上げて聞く。
    「い、いえ、なんでもありません! 」

     ハッハッハ! としらじらしい笑い声が響く。リーバルは何か言いたそうだったが、テバの底抜けの笑い方に免じてくれたのかそれ以上聞いてくることはなかった。テバはひとまず胸をなでおろす。

     ───もう一つの悩みというのが、これである。

     テバの貰って来たたくさんの食い物を、リーバルがまたよく食べるのだ。
     一方では「まだまだ若い盛りだから食欲旺盛なのは健康的でいいだろう」と思うし、また一方では「だが、間食ばかりさせては、リーバル様の身体を損なってしまうのではないか?」ともテバは思う。
     この二つの考えの間で迷って煩悶しているのが、このごろのテバの常だった。
     テバ一人が困るのならまだいいが、リーバルまで巻き込んで過食生活を強いてしまっては申し訳が立たない。

     ───でもなあ……。

     ちらり、とテバは隣を見やった。
     エッグタルトと串焼きをぺろりと平らげて、リーバルは先ほど注目していた新作スフレをデザートに取り掛かっているところだった。ほろほろと崩れやすいスフレを長い嘴の先で巧みに一口ずつかじっては、満足そうに目を細めている。

    「ん、おいしいなコレ! まったりしてるけど甘さがしつこくなくって丁度いい。今度村の方の商店でも取り扱わないか聞いてみるか……」

     嘴の端についた粉砂糖を舌でなめ取りながら、リーバルはスフレを賞味している。どうやら気に入ったらしい。

    「……リーバル様は本当に美味そうに食べますよねえ。見てると、さっき食べたばかりなのに俺も何か食べたくなってきます」

     テバは空いた片手で自分の腹をなでた。これも惰性のもとだ。リーバルは食事となると、普段のキザな振舞いとは打って変わって素直な感情をこぼす。見知らぬ食べ物には「これを食べるのかい?」と最初こそ懐疑的な反応を示すが、実際に食べてみる段となると意外なほど素直に「美味しい」と言うのだ。その様子が、未来に残したきりの息子のことを思い出すような純粋らしさで、テバも何だかついついアレコレ食べさせたくなる。

    「食べればいいじゃないか。元はと言えば君が貰ったんだから」

     軽々と言うリーバルにテバは微妙な顔をする。

    「胃の限界を越えて食うのが許されるのは十代までです……俺くらいの歳になると、食べた時は良くても後から体の方に不調がきますからね……」
    「ふうん……大変だね。テバ

     リトの子らの口調を真似たのだろうか、おじさんと呼ばれて、テバはまた少し元の未来の世界のことが懐かしくなった。

    「そうですよ、大変なんですよ。リーバル様も何とかしてくださいよ」
    「うーん……さっき君も『食べきれない訳じゃない』って言ったじゃないか。村のみんなだって悪気があるわけじゃないし……」
     もぐもぐとスフレを咀嚼しながら、リーバルにしては珍しく、歯切れ悪く返事を言い渋っている。

    「あ、そうだ、屯所に詰めてる戦士達にも配ったらどう? 食べる頭数が増えれば、いくら貰ったって平気じゃないか」
    「リーバル様、いま、はぐらかしましたよね? 」

     食い下がるテバに、リーバルは眉を寄せてきまり悪そうに言う。

    「だって、君が来た時、村の皆に『テバに良くしてやって』と言ったのは僕だしさ……頼んでおいて、その内容まで細かく全員にいちいちケチをつけるのは、気まずいし面倒だよ」
    「そう言われると俺も何も言えませんが……」
    「ひどい実害が出てるものじゃないし、諦めてくれ。はい、この話はこれでおしまい」

     スフレの最後のひとかけらをくちに放り込んで、リーバルは強引に話をきりあげてしまった。
     その後も、やれこの菓子は美味いだのこのトリ肉は良いものを使っているだのと話しているうちに飛行訓練場までたどり着いて、さっさとリーバルは寝てしまったので、テバが嘴を挟む隙がなかった。
     諦めて寝床に寝転がって、テバは棚に収めきれなかった食い物の山を眺める。
     リーバルはリトの民のお節介な厚意だと断じたが、テバにはどこか引っかかるものがある。

     ───リーバル様の説明は理は通ってるようだが……、リーバル様のの方が、何だか腑に落ちない。

     リーバルは、どちらかというと無駄をきらうタイプのにんげんだ。浪費、暴食、会議の沈黙に非効率的な業務体制などを見ていられなくてすぐに嘴を突っ込んでしまうような。その彼が、食べきれないほど食い物を貰っているテバを見過ごすのは違和感がある。
     それに、テバが直接とりなしてくれと訴えたことに対する煮え切らない態度もまた、彼らしくない。
     テバがハイラル連合軍のリトの部隊に仲間入りしてからというもの、住むところから何から何までテキパキと世話をしてくれたリーバルは相談事にも耳聡く、テバが何事か「困った」と言い出すよりもリーバルが気を回して解決してくれてしまう事の方が多いくらいだったのだ。
     それが、テバが困っていると言ってなお解決、改善を渋るというのは意外を通り越して変といってもよかった。

     ───やけに、この問題に言及するのを避けているような感じがする。

     世界を救う為に命を懸けて戦ったという英傑リーバルにかぎって、何かテバを陥れようといった意図があるとは思えない。100年前のリトの仲間たちだって、まさかテバをぶくぶく太らせて食べようなんて童話の魔女のような心づもりは無いだろう。
     だが彼らのうちのどちらか、あるいは両方が、何かしらの“事情”を隠していることを、テバは確信していた。

     ───このがまだまだ続くようなら……次のときは、きっちり問い正してみよう。
     
     そんな決心を胸に、テバもその日は眠りについた。







     さてそんな決意を胸にした夜から日は変わって、ある日の午後。
     相も変わらずテバは両手に食い物をわんさと抱えて街道を歩いていた。避難民を受け入れて作られた仮拠点であるベースキャンプの街々を歩いただけなのだが、まるで大量の買い物をしたように食い物の袋で手が一杯になっている。
     リトの戦士が文字通りその身で飛び回っていれば、どうしても腹は空く。任務先が離れていて飛翔距離が多い日には、一日に何度も食事を取ることだってある。リトの戦士が何かと甘いものを携帯するのは、急場にエネルギーが足らなくて飛べないなんてことが無いように、エネルギー変換効率の良い食物をあらかじめ備えているのだ。
     テバもそれは分かっているから、戦のただ中な過去の時代とはいえ、飯と寝床だけは遠慮せずにもりもり食べてしっかり寝ている。
     しかしまあこの100年前の世界では、それらを差し引いても食べきれない物量で食べ物を寄越されるのである。
     糖分脂肪分たっぷりの菓子に、脂ののった肉類に、新鮮野菜のおすそ分けに、パンに米に麺類に芋と炭水化物のオンパレードまで、甘いも辛いも苦いもすっぱいもそりゃあもう一分の隙も無く。
     だが人の胃には限度と言うものがある。
     いまだ十分に若者と呼ばれる括りにあるテバだったが、日に日に食べ残して積み上がっていく食い物の山を思い返すと、本当に若干の老けを感じそうになった。
     テバの本来生きている100年後のリトの村では、大厄災の爪痕を復興する余力すら蓄えられない細々とした暮らしをしていたものだから、たった一人で余るほど豪勢な食事にありついているとなると余計に罪悪感が募るのだ。
     荷物から幾つか未開封のままの品々を取り出してみて、テバはため息を吐く。
     こっちのきれいな飴玉はハーツの娘が好きそうだ。
     チューリはカレーが好きだから、ゴロンの香辛粉のカレーパイなんか飛びつくだろう。
     詩人殿のところの五つ子はよく菓子の分け前が均等だかそうじゃないだかでケンカすると聞いてたが、これだけ数も種類もあればどの子も好きなものを選んで食べられる。
     今ここに村の子たちが居たら大喜びして食いつくだろうにと無念に思って仕方がない。

    「そんなできないこと言っても仕方ないだろ。君にできるのは、なるべく食べ物を無駄にしないことだけ。さ、食べた食べた」
    「それはそうなんですがね……」

     隣歩く青年リーバルのにべもない物言いにテバはまた深々と息を吐いた。
     今日も今日とて、テバが通りを歩いてあっちこっちで持たされた菓子やら干し芋やらをリーバルと二人で分けて食べているところだった。
     正確にはリトの村から少し遠出して敵の拠点に攻め込む前の待機時間に、ベースキャンプの集落を見回っているところだったのだが、なんせタバンタ地域内に収まる生活区域ではどうしたってリトが多くなる。
     リトが多いとなると当然、テバが歩けば食い物が雨あられになって降ってくるというわけで、リーバルとテバは見回りと言うよりも二人して食べ歩きの旅客のような風体になっていた。
     テバは薬屋の店主に貰った乾物の詰めあわされた袋から干した芋や肉を取り出してかじっている。リーバルの方は屋台引きの菓子売りから貰ったアイスクリームを乗せたジュースを木べらでつついている。

    「村の外ならと思ったんですが、またこんなに貰っちまうとは……」
    「毎回毎回……そんなに気にすることかい? 理由のある厚意だって分かってるのに」

     肩を狭くしてちぢこまるテバを見やって、リーバルは木べらをストローに持ちかえアイスの溶け込んだジュースをあじわいながら不思議そうに言った。

    「そりゃ、まあ。タダより高いものは無いとも言います。善意厚意だからこそ引け目に感じることもあるでしょう」
    「それなら貰った分以上にお店で買い物してあげればいいんじゃない? 」
    「これ以上食い物を増やしたら本末転倒ですってば」
    「注文が多いね」

     やれやれ、とリーバルが肩をすくめたが、そう言いたいのはテバの方である。
     リーバルに曰く、テバがあちこちでこうやって食い物を貰うのは、テバの戦働きにリト達が恩義を感じてくれている礼品なのだという。
     それは厄災復活の夜のことに限らず、「街を守ってくれてありがとう」だったり、「助けに来てくれてありがとう」だったりする。もちろん「リーバルを助けてくれてありがとう」のものもいまだに根強くあるようなのだが。
     テバ自身も、あの伝説の英傑の命を救ってくれた相手がいたとするなら同胞リトの民が誇りとして感謝を尽くして止まないだろうと思うから、そのあたりに野暮なくちを挟むつもりは無い。
     しかし、やはり度が過ぎていると思うのだ。
     テバは手荷物を見やった。辻角の饅頭屋から栗饅頭の箱を貰うのはもう四回目、薬屋の爺さんから副業の干物商いの余りものを貰うのは、戦闘任務で怪我をする都度のことだから何と大台の十を越した。ふとテバは思いついてリーバルに尋ねる。

    「リーバル様がアイスを貰うのはこれで何度目でしたっけ?」
    「この間貰ったのがビリビリフルーツ風味で、今日のがヒンヤリスイカ風味だから、もうすぐフレーバー全制覇になるかな」

     あの菓子売りが扱っているアイスはハイラル古今東西の珍味甘味を網羅して全部で二十種類だ。それを制覇するということはテバが来てから数えただけでも、ほぼ毎日という計算になる。

    「いくらなんでもおかしいでしょう? 」
    「そうかい? だいたい皆いつもこんな感じだと思うけど」

     リーバルは何ともない顔をして言った。
     一方テバは頭にぴんと来た。また例のだ。
     やはり、リーバルは何かしらのを知っていて、しらを切っているのだ。
     これまで流され騙されてきたテバも今日という今日は譲らなかった。

    「英傑であるリーバル様だけならともかくも、俺まで貰うのはおかしいです。最初の一度や二度じゃなくて、ずうっと続いてるんですよ? 俺としては、そこが一番引け目を感じます」
    「君が任務で活躍し続けてることへの感謝の気持ちなんじゃないの? 」
    「感謝の気持ちはもう十分に貰ってますよ。報酬だってちゃんと出てるんですから。それなのに、此方が貰いすぎるばかりじゃいつかバチが当たりそうです。それに、いくら厚意だとしても、貰う側がこれほど気が滅入っちまってるんじゃ意味が無いでしょう」
    「まあたしかに近頃の君は貰うたびに顔を曇らせてはいるね」

     一理あるとリーバルが頷いたのを見て、テバは今日こそは押しきれそうだと踏んで、さらに言い募る。 

    「俺の意見で駄目ならば、リーバル様からもいい加減にするように言ってやってはくれませんか。そうでなかったら、きちんと俺にも納得ができる説明をしてもらわなければ、これから俺は皆から一切の物を受け取るわけにはいきません」
    「ふうむ……」 

     腕を組んで考え込むリーバルに対し、言ってやったぞ、とテバは内心どきどきしていた。次こそ問いただそうと決意はしたが、実際にその機会が巡ってくるかどうかはわからなかったので、きちんと言い切ることが出来たのがまずは一歩前進だ。
     からからよく乾いた芋を呑み込みながらテバは、いつも判断の速いリーバルがじっと此方を見て考え込んでいる様子を意外に思った。視線がじっと此方を向いているのも気になる。テバの食っている芋がほしいのだろうか。たしかにこのピリ辛風味の干し芋というのもなかなかイケる。今度同じのをもらったらリーバル様にもお分けしようか。いや違う。そこまで考え込むような複雑な事情がある話だったのだろうか。
     ───もしかすると俺が考えているよりも重大な問題だったのかもしれない、とひやひやしながら芋を食い続けるテバの指の先がざらりと袋の底を撫でた。考えながら歩いている内に芋を食べきってしまったらしい。
     そこまで時間が経っても、まだリーバルは考え込んでじーっとテバの方を見ている。いつのまにジュースを飲み終えて器ごとポーチにしまわれたようだ。もしかして本当に芋がほしいんだろうか。

    「ねえ、テバ」

     とリーバルが真顔でじっとテバの嘴元を見たまま呼びかける。表情の無いそれがぞうっとするほど綺麗な顔をしていたのでテバは動揺して「やはりリーバル様も芋を食いますか?」と嘴を突いて出た。

    「いや、芋はいらないけど」

     なんで? とリーバルがきょとんと瞬きするのを、こっちの話ですと誤魔化してテバは話のつづきを促した。リーバルはその綺麗な顔はそのままに、幾らか悪戯小僧のような含み笑いをしておかしなことを言う。

    「いやさ、君は、寂しんなんだね」
    「……何です、それは」

     テバは怪訝な顔をした。寂しん坊とは、直情的なテバをして妻にも幼馴染にも言われたことのない言い様だ。

    「君は、仲間想いで直情的だからこそ、大事に想ってる人たちの間で自分が仲間外れにされるのが面白くなくって拗ねるタイプなんだって」

     まるで怪しげな占い文句のような言いぶりだ。テバはいぶかしんだ。

    「一体何を読んだんです……いや、違うな、いったい誰がそんなことを言ったんです? 」

     リーバルはマユツバな雑誌の占いや心理テストを信用する人ではない。自分の目で確かめた事実を重視するタイプなのだ。
     となると何かを見た読んだというより、信用している誰かから聞いた話である可能性の方が高い。
     そう踏んでテバが問いかけてみれば、「プルアに聞いた」とリーバルはあっさりと白状した。以前に神獣の調整で顔を合わせたとき、テバが同乗することで出力が向上したことについて話していて、そんなことを言ったのだという。
     これまた意外な差し出口の出所だった。
     あのおちゃらけているようで優れた観察眼を持つ研究者の洞察であれば、テバの自覚が無いだけで、実は寂しがりだったということもあるのかもしれない。
     戦士ではないにんげんでありながらリーバルの御眼鏡にかなう人物というのはそう多くない。テバはまだよく人となりを知らないが、こうしてリーバルが伝聞の情報を信用するのならば、やはり一考の価値はある指摘なのではなかろうか。

    「で、リーバル様も俺のことを寂しん坊だと思って今おっしゃったんですか。それが、俺がこれほど食い物を貰ってばかりなのに関係が……? 」

     テバは意気込んで尋ねた。

    「いや? 別に、そこまで君のことは知らないし、これは特別関係のない話だけれど」

     これもあっさりとリーバルは言った。

    「ええ……? 」

     テバは肩透かしを食らった気分だった。こういう冗談もくちにする方なのか、という発見も嬉しくはあるが、騙されたような気持ちの方が大きい。
     「そんなショックを受けるほどのこと?」とリーバルの方も目を丸くしているのを見て、テバはむっとして嘴を開いた。

    「あのですね、リーバル様」
    「なんだい」
    「俺が本当に寂しんかどうかは置いといて、あんまり俺がどういうにんげんかって人の前で言いふらすのは止めにしてください。悪く言うのはもちろん嫌ですが、褒めるのでもダメです」
    「褒めるのも? どうして? 」
    「リトのみんなは俺も含めてリーバル様のお考えを信用していますから、自分の目で確かめもせずに『リーバル様がこう言ったならそいつはまず間違いない』って簡単に信じ込んじまうからですよ。それが実際の俺と全然違ってたりしたら、俺は赤っ恥です」
    「君のことなのに、信じ込んじゃうの」

     冷静な指摘だ。

    「そうです。俺は他のリトよりももっと、リーバル様を疑うようにはできていないんです」

     テバは大まじめに返した。

    「それ、危ないなあ」
    「でしょう。だから内緒にしてくださいよ」

     お願いをするテバの憮然とした顔が面白かったのか、くすくすとリーバルが笑う。その笑い方まで何だか綺麗に整っているので、遠巻きに見ている周りのリトにも笑いがりんりん鈴が転がっているみたいになる。
     こういうのを見ると、やっぱりリーバル様は人の輪の中におられる方が楽しそうに見えるとテバは思うのだが、そういうのは寂しがりとは違うのだろうか。今度プルアに会ったら、リーバルのことをどう評するのか聞いてみようか。
     テバがそんな余所見をしている内にリーバルはくすくす笑いを収めて真面目な顔をする。

    「わかったよ。ま……君がそういうタイプなら、ちゃんと事情を話しておこうか」

     テバ、とリーバルが呼んで、ちょいちょいと手で招き寄せるので、テバは首を傾げながら近くに寄った。
     リーバルの翡翠の瞳に覗き込まれたテバ自身の顔が見えるほどしっかり向き合うと、リーバルがその綺麗な顔をしてにっこりと笑って言う。

    「僕って、美形だろ」
    「は、? 」

     不意をつかれ、テバはぽろりと嘴の端から咥えていた最後の芋をこぼしそうになった。慌てて池の鯉のようにぱくぱくと嘴先くちさきで芋の欠片をおっかける。

    「美形だろ? 」リーバルは気にも留めずにっこりしている。
    「え、ええ。はい、えっと、そうですね……? 」

     一応頷いてはみるが、いまいちリーバルの考えていることが分からない。

    「うん。僕は美形で、それでもって弓の腕も良ければ飛ぶのも上手い。情だって厚いし人にもよく親切だ。武功めざましくて英傑なんて名誉な立場まで貰ってる傑物だ」
    「はあ、それはよく承知なんですが」

     自分自身でそこまで言い切るにはなかなか肝のすわった自信だし、実際にそれに見合う実力があるのはもっと大胆不敵だ。リーバルのそういう性格はリトたちに好かれるところでもあるし、人に誤解をさせるところでもある。
     しかしリーバルも脈絡の無い自慢話はそれほどしないはずだ。やはり考えていることが分からない。
     肝といえば、とテバは他所に思考がいった。近頃タバンタ大橋向こうの街の肉屋がシーカー族の狩人に新しい血抜きの仕方を習ったとか言って、ケモノの肝肉を扱った料理を売り始めたらしい。普通なら肉を捌くときに捨ててしまう内臓を食おうとは、なかなかテバ好みのワイルドさである。今度リンクか誰かを誘って食べに行ってみるのも良い。リンクの奴はそういう珍しい料理が好きらしく、食う事に限らず作る方にも興味があるようだから、何度か連れて行ったら作り方を覚えて連合軍の戦支度でも食卓に並ぶようになるかもしれない。

     テバがそんな画策をしているのをよそに、リーバルは「美形ってのはさ、人にんだ」と言う。

    「……リーバル様が人目を引く人気者であられることと、俺が皆から食い物を貰うことと、どのような関係が? 」
    「まあ聞いてよ。美形が見られるってのはね、ただ視線を集めるだけじゃないんだ。顔を覚えられるんだよ。普通の人が十ぺんも同じ店で買い物をしてようやく店主に常連だと覚えてもらえるなら、美形はたった二、三回で覚えて貰える。それこそ『おや、こないだの綺麗な顔のお客だ』ってね。その分サービスしてもらえたり、それこそ客の立場じゃなくって商売人なら、取引相手にすぐ顔を覚えて貰えて愛想のおべっかにも効果が上乗せだ」
    「そりゃあ得ですね」

     テバの感心したような言葉に、リーバルは首を振る。

    「ところがそう得だけでもないんだ。顔が覚えられるってのは、そのまま『足が付きやすい』ってことでもある。たとえば、どこかの店で窃盗をした犯人が美形の男だったとする。するとそいつは当然、窃盗を成功させるために普通の格好で何度も下見にいくわけだ。それで逃げ方だとかをしっかり計画して、勿論当日は身元がバレないように顔を隠していく」
    「結局、顔を隠すんですから、美形は関係なくなるのではないですか? 」
    「いいや、美形は顔を覚えられる、って言っただろ。君さ、何度も何度も何ひとつ商品を買わずに店の中をじろじろのぞくだけで帰っていく客がいたらどう思う? 」

     リーバルから聞き返されてテバは首をかしげながら答える。

    「そりゃあ、怪しいですよ。何か企んでるんじゃないかって思います」
    「うん、で、怪しい奴がいたら店員に報告するだろ?何て言う?」
    「そりゃ『綺麗な顔なのに怪しい客』が居たって……あ、そうか。下見のときにもう、顔を覚えられて犯人候補になっちまうわけですね」
    「そういうこと。まあ客のフリをしておいて買い物をしないほど極端に馬鹿な窃盗犯もそういないだろうが、美形みたいな分かりやすい記号は、そういう槍玉にあがりやすいんだ」
     
     もちろん僕はそんな後ろ暗いことをすることは絶対に無いけどね、とリーバルは補足する。

    「でも、僕も、ちょっと新しい弓を試したくって武器屋に行ったりすると、すぐそれが噂で広がって、あっちこっちから職人やら商人からセールストークが押し寄せて来るなんてことはしょっちゅうだ。それがこうして村の外に住まいを用意している理由の一つでもある」
    「商売人の内に美人の子が生まれると看板娘だの看板息子だのって話題になったり、商品の宣伝のために顔の綺麗な人気の役者を雇って広告にしてみたりってのも、そういう話ですか?」
    「そうだね、それはある意味で美形の有効活用ってやつだ」

     美形は人目を集める。そして顔と行動が人々の記憶の中で結びつきやすい。
     リーバルの言うことが本当なら、美形と言うのはそれだけで、常にゆるい監視のある中で生活をしているものなのだろう。何か悪さをしたわけでもないのに、あいつはどこそこで何をしていた、なんてひそひそ話されたり、その情報を元に勝手に分かったふりをして余計なお節介が飛んできたりする。
     自分がその立場だったらどうか、とちょっと想像してみて、テバは顔をしかめた。

    「……なるほど。それはちょっとばかしの得じゃ割に合わない大変さですね」
    「分かってくれて嬉しいよ」

     リーバルは大儀そうにうなずいた。美形の損で苦い思いをしているのはかなり年季のいった話らしい。この方も苦労なされているのだなあ、とテバは同情する気持ちになった。
     ここからが本題だ、とリーバルはテバと自身とを交互に指さしながら言う。

    「そこで、だ。そんな常に皆に見られている僕と一緒に居る時間が長くって、僕と揃いで覚えられてる君も、同じ大変さを味わっているんだとは、考えられないか?」
    「……つまり、俺も“見られる側”になってるワケですね。リーバル様は歩く監獄だってことですか」
    「せめて看守と言って欲しいね。でも言いたいのはそれだ」

     我が意を得たことに破顔しながら、リーバルはくるくると指先を繰って言う。

    「僕はリトいちの戦士。僕の目を盗んで滅多なことができる奴はいないし、僕の傍に居る限り、君はリト中の目に見張られてるのと同じだ。加えて、君があっちこっちで物を貰うのは、それに合わせてどこに行ったかって覚えられてる証拠にもなる」
    「そういえば、どれもその店の看板名物や包装に店名の印字のある食い物ばかりを多く貰っていたような……」

     あれは、テバが村や拠点のどこを通ったのかを知る目印代わりだったのか。
     テバの抱える荷物からそれぞれ渡し主であろう店に話を聞いていけば、テバがどこへ寄り道したかも、そこでどんなことをしていたかも筒抜けということだ。
     テバはにわかに得心がいった。テバが受け取っていた食い物は、厚意の証であると同時に、つぶさに動きを見張る警戒の証でもあったのだ。
     テバのたどりついた答えにリーバルも大きく頷いて同意した。

    「そう。それに食べ物は消え物だから君が受け取るハードルも下がるだろ。ま、そういうわけで君の持ってた疑念はあながち間違いじゃなかったのさ」
    「なるほど……おみそれしました」

     テバはすっかり恐れ入った。厚意ばかりだと思い込んで萎縮していたテバの方が考えが足らなかったようだ。100年前のリト達はもっと強かで、余所者への警戒心がしっかりしている。
     むう、と腕を組んで唸るテバを見て、リーバルがぷっと吹き出す。

    「なぁんて、あんまり気を悪くしないでくれよ。こんなのはようよう建前なんだから」
    「建前? 」
    「僕にとってはね。わざわざ君を見張るために一緒に行動してるわけじゃないし、君がそんな監視が要るような奴だとは思ってないよ」
    「それは……ありがとうございます」
    「でも、まだ戦場での君を見てない連中には、急に知らない余所者が大きな顔をして歩いてるんじゃ良い気はしないかもしれない。だからこそ僕が連れ回して、君がものの分かる奴だってしらしめてやるって面は多少あるかな」
    「さっきの美形の有効活用と同じ理屈ですか?」
    「そうだね。でもそれだけじゃない。僕は単に君が気に入ったからつるんでいるし、助けてもらった借りもあるから、色々と此方の生活での便宜をはかってる」
    「リーバル様……!」

     リーバルの言葉にぐらりと感銘を受けて、テバは目を輝かせる。

    「これは他のリトのみんなだって同じさ。僕の連れだから、見張るからってだけじゃない。みんな自分の目で君を見分して恩義を感じるに足る戦士だと判断すればこそ君にかまうんだよ」

     はい、説明終わり。と言って両の手を組むリーバルに、今度と言う今度はテバはすっかりと説き伏せられてしまった。

    「俺、次からは気を重くせずとも普通に貰い物を受け取れそうです」
    「そうしてもらえると、村のみんなも素直に喜ぶと思うよ」

     晴れ晴れとしたテバの言葉にリーバルも満足そうにうなずいた。
     こうして、テバの「100年前のリトの仲間達から食い物を貰いすぎる件」の悩みは、一旦の終着となったのだ。





    「───というわけで、これからは大人しく全部貰うことにしたんだ」

     リーバルからの種明かしをされたさらに翌日、テバはヘブラの戦士の屯所で連合軍上部へと提出する報告書の事務作業を手伝いながら、リトの仲間達にすっかりその話をした。
     入り口の受付スペースにテント一つ分を使い、さらに奥の事務スペースにテント二つ分をまたいで大きな長机を幾つも並べて、書類仕事に追われるリト達が顔を突っつき合わせて座っている屯所テントは、有事の際は会議の場所としても使われる広い空間だ。テント三つ分をつなげて魔改造した大きな施設……の筈なのだが、常にあちらこちらに確認待ちの物資の箱やら、書類の束やらが積み上がっていて、テバが訪れた時はいつも全くその広さを感じられない。

    「貰うって……この、いつもお前が差し入れだって配ってくるコレのことか? 」
    「そうだ。あんたが咥えてるそのイカ焼きは今日の客人護衛で寄った宿場町で貰ってきたやつだな」  

     作業を一時中断してわらわらと食い物にむらがったリトたちが、テバの話を聞いているのかいないのか、それぞれ好物を嘴に咥えた間抜け面で自分のデスクに戻っていく。
     テバもいつもはあちこちでおっつけられた食い物を配りながらこんなに食ったら太っちまう等とぶつくさ愚痴を言っていたのだが、リーバルから事情を聞いた今となっては話は別だ。文句を言わないどころか、むしろすがすがしい感謝の気持ちで満たされている。

    「俺だけじゃ食いきれなくなるのは目に見えてるから、こっちでもガンガン食ってくれ。店の名前が入った包装は持ち帰って捨てるし、どこで何を貰ったかは一応記録をつけてるから大丈夫だ」
    「記録をつけてるゥ? 」
    「だって、あっちこっちで食い物を押し付けられるのは、俺がどこへ行ったか監視する目的なんだろう? 」

     すると先輩リトたちは各々饅頭やらトリ串やらを咥えた姿できょとんとした顔をしてから、急に「あいつ、上手いことやがったなァ」と笑い出した。

    ? ……何の話だ? 」テバが首を傾げると、
    「リーバルだよ、ったく。オレたちが監視をつけようとするほどお前を信用してない筈ないだろ。一緒に死地を戦った仲間だぞ? 」
    「そもそもそんな穴だらけの方法じゃ監視なんて言えねえや。お前、リーバルの言うこととなると騙されるよなァ」と呆れた眼差しでさらに笑われた。

    「騙すって……何故リーバル様がそんなことをするんだ? 」
    「うーん、それはまあちょっとしたワケがあってなあ……お前もリトなら、“すえの戦士”の慣習は知ってるだろ? 」
    「ああ、たしか……新しく戦士になったばかりの若い同輩たちを歓迎して、援助する慣習だったよな? 」 

     末の戦士とは、戦士としてリトの仲間たちに認められた男たちの中でも、最近に戦士になったばかりの若い男たちのことを指す。いわゆる新米のリトの戦士のことだ。
     末の戦士と呼ばれる若い世代の戦士たちは、リトでも花形と目される。見習い戦士の後輩たちに憧れの目を向けられながら指導訓練をつけてやるとか、これからの村を護る者として村の仲間達から期待を向けられるとかはもちろん、先輩戦士達からもときに厳しくときにやさしく目をかけられる。
     下からは憧れを向けられ、上からはとにかくかわいがられるのが、末の戦士という初々しい盛りの時期なのだ。 

    「今、リトじゃ厄災との戦いと復興作業とで、戦士もそうでないのも生きるのにてんやわんやだからな。とてもガキどもに訓練つけてやって新しい戦士を育ててる余裕はえ」
    「戦士の認めを出すもな、お前が来るより前から……厄災の噂が立ち始めた頃から既に、しばらく開催できてなくってよ」
    「待て。新しい戦士が増えてないなら、末の戦士が入れ替わらなくってになってしまうんじゃないのか? 」

     テバの疑問に、ぱんと先輩リトが膝を叩いて言った。

    「そう! まさにそこだよ。オレたちが言いたいのは」

     末の戦士は普通、一年に一度入れ替わる。リトの村では毎年、新しい戦士の仲間を増やす認定試験が行われるからだ。戦士を目指すリトは、身近な戦士への数年間の師事の後にこの試験に参加して、審査官の先輩戦士たちが指定した競技を通して弓の扱いや飛行技術のレベルが戦士に要求される規定ラインを満たしているかどうか確認される。そこで合格成績を取って、族長からリトの戦士として認めを受けて初めて晴れて戦士を名乗ることができ、武装の所持や訓練場の利用が許可されるようになる。
     そういえば、とテバはリーバルと出会った時のことを思い出す。100年前のリトの戦士達の顔ぶれに混じっていても、リーバルは一つ飛びぬけて若いように見えた。年齢がそうさせるというだけでなく、戦士達の集団の中で彼を中心に戦士になり立てのリトをサポートしているかのようなぽんと浮いた感じがしていたのだ。待て───まるで、戦士になり立てのような、だと?

    「まさか……リーバル様が、そうなのか? 」

     テバが恐る恐る尋ねると、先輩リトは神妙な顔で頷いた。

    「半分、正解だ。お前が未来とやらからこっちに飛んで来た時、リーバルは末の戦士だった」
    「お若いとは思っていたが、まさかそこまでとは……」
    「つってもな。本当の本当になったばかりってわけじゃないんだぜ勿論。いくら実力があっても、そんな奴に指揮の責任をおっかぶせるほどオレたちだって落ちぶれちゃいねえや。リーバルはちょうど二年前に戦士になった。そんで次の年は合格者が出なかった。また次の年は厄災の噂が立ったり、神獣の発掘だったりでごたごたして試験が開催できなかった」
    「そんでもって今年もまあ……無理だろうな。お前らも頑張ってくれてるけどさ。試験なんてすっ飛ばして戦う気概のある奴には戦線に出て貰うなんて実情じゃ、いきなり試験だけ復活させても面倒が増えるだけだ。しばらくは復興が進むまで制度の見直しもかねて試験も、末の戦士のことも先送りだよ」

     厄災の手勢である暴走ガーディアンや魔物たちとの戦闘は日に日に激化している。来たる決戦に向けて、ハイラル連合軍も戦力を増強しつつ復興・討伐を進めているが、最近では、危険個体などと名称のつけられた手強い大型のものまで跋扈している始末だ。生活こそ安定してきているとはいえ、様々な文化的慣習まで元通りに行えるようになるほどにはまだまだ遠い。

    「つまり三年連続でリーバル様は末の戦士ひよっこ扱いされるというわけか……」

     それはあの自負心の強い青年には流石に気の毒だ、とテバが思っていると、ちっちっちと人差し指を立てて振った先輩リトが「それは違うな」と言う。

    「いいや、今年の末の戦士はリーバルじゃないぜ」
    「何だと? 」
    「オレは、今もリーバルが末の戦士だって言ったんじゃない。『お前が来たとき、リーバルは末の戦士』って言ったんだ」
    「だが、実際に試験は開催できなくって、認めを受けた新しい戦士は増えてないんだろう?なら今もリーバル様が末の戦士のままなんじゃないのか? 」
    「と、思うだろ? いや実際オレたちもそう思ってたんだけどなァ! 事実は小説より奇なりって言うが、ほんと何があるかわからんもんだぜ」

     話す前から面白くてたまらないというように先輩リトたちはにやにやと笑みを浮かべている。

    「勿体ぶるなよ。いったい何だっていうんだ」
    「リトじゃ新しく戦士の認めを受けた奴は増えてねえ、それはホント。ところがよォ、厄災復活の夜に何とも不思議なことに、“新入り”のリトがいたもんだからなァ? 」
    「降ってわいた新入り? 」 

     首をかしげたテバの間抜け面を、びしりと指さして先輩リトは言った。

    ! 」
    「……俺が?! 」

     困惑で開けた嘴がふさがらないテバに対して、ようやく言えてすっきりしたのか、先輩リトたちは堰を切ったように笑って嘴が回り出す。

    「リーバルのやつ、初めてできたなもんだから、浮かれてんだよ。元々身内には甘い奴だからなあ、面倒みてやりたくってたまらんのだろうよ」
    「お前もさあ、もう散々あいつにかわいがられてるだろ? どこ行くにも連れ回されて、村中で顔が利くようになってよ。今日だってこんだけ食い物貰ってるのも、お前が末の戦士だからだぞ? 」
    「は、なん、何だって? 」
    「リーバルがさあ『新しい末の戦士を良くしてやってね』って言ったんだよ、んで、来たのがコレだろ? みんな首傾げながらとりあえず何かってなってさあ」
    「テバが最初に村の方に入ってくるときなんか、すごかったもんな。一応の警戒だってんで関所でテバの身体検査してる間中あいだじゅう、リーバルがつむじ風みたいにあっちこっち駆けまわって『今日からのリトの戦士が来るからね。良いかい、だよ。僕よりに入ってくる戦士だ!』つってして回ってんの! 」
    「ひい、思い出したら笑いがぶり返して来やがる、オレあんとき入り口の見張り役だったからお前らが通り過ぎるまでホント笑いをこらえるのが大変で大変で、リーバルの奴にどつかれたんだよ、フハッ、アッハハハハ! 」

     そのときのことを思い出したのか、先輩リトたちは笑い転げているが、テバはまったく予想外の“事情”の暴露にさっきから目を白黒させっぱなしだ。

    「まさか、ガキと間違われてるどころか、本当に末っ子ガキ扱いされてたのかよ……! 」
    「ハハ! こんなでっけえガキとは皆思ってなくってびっくらこいてたろうな! 」

     リトの村の警備が稚拙だったわけでもないし、笑い事で済む話でよかったと言うべきか。
     しかし大の大人をして齢二十にも満たないガキ同然の扱いをされるとは、当事者であるテバからすればたまったものではない。

    「本当に勘弁してくれ……」

     テバは深々とため息をついてうなだれる。その肩をぽんと叩いて、先輩リトたちはあごをさすりながら嘴々くちぐちに言い聞かす。

    「ンまあ、オレらも戦士になったってのにリーバルの奴がずーっとガキ扱いされてるまんまでむくれてんのは前から悪ィなと思ってたしな」
    「慣習をいきなり変えるわけにもいかねえし、どう機嫌を取ったもんかと悩みの種だったところに折よくテバが来てくれたもんだから、正直助かったんだわ」

     一同うんうんと頷いて、じっと視線がテバに集中する。テバはにわかに嫌な予感がこめかみのあたりにピリピリ来たが、それよりも先輩リトがくちを開く方が速かった。

    「つーわけで、せいぜい“末っ子ぶり”をがんばって務めんのが、お前の役回りだぜ! テバ! 」
    「はあ?! 」

     テバは自分の声とは思えないほどすっとんきょうな声が出た。
     先輩リト達は構わず言い募る。

    「そうそう。リーバルの代わりにちゃんと皆からガキ扱いされてこい。お前の好きなリーバル様の御為おんためだってよォ! 」「よっ!名誉子役めいよこやく!! 」「童心に帰るってのはこのことだなァ!! 」
    「な、ちょ、このッ他人事ひとごとだと思って……ッ! 」

     明らかなおちょくりに文句をつけようとテバが椅子を蹴っ飛ばして立ち上がったとき、ちょうど屯所のテントの入り口の方から「テバ、いる? 」と呼び声がした。
     受付の奥にひょこりとゆれる青白のとさかが見える。どうやらリーバルがテバを探しに来たようだった。にわかにリト達が沸き立って、ますますテバへのからかいぐちがヒートアップする。

    「お、ウワサをすれば何とやらッてェ。がお探しみたいだぞ、のテバ殿? 」
    「お前ら……絶対に面白がってるだろ!? 」
    「そんなまさか! 末の坊ちゃん、にいやんへのおみやげにアメちゃんいるかィ?? 」
    「いらん!! 」

     にやにや笑いで差し出された飴玉の袋を机にはたき落としながらテバは叫んだ。
     それを見てまたリトたちが笑い転げる。
     もう箸が転がっても笑うんじゃないだろうかこのどもは。テバはほとほと呆れて肩を落とす。視線も落としたついでに、机の上に積み上がっている未処理の書類が目に入った。そこでふと散々からかわれたテバの悪童ごころがむくりと起き上がった。

     ───こんだけ笑いモンにされて黙って引けるかよ!

     好都合なことに、テバは幼い時分には幼馴染で親友の男と一緒にアレコレとヤンチャをしては叱られるような悪ガキだった。つまり大人を困らせる手練手管には困らない。さらにテバ自身が歳を食ったことで大の大人が嫌がることへの理解には磨きがかかっている。
     何とかこの目の前でひいひい腹を抱えて笑いやがるこいつ等に一泡吹かしてやろう。こうと決めたら一直線のテバの行動は早かった。
     まず、自分の周りにある書類束を全て集める。テバが手伝っていた途中かけのものも、このあとやっておいてくれと頼まれたまだ手付かずのものも全部だ。
     急に黙って書類をばたばたかき集め始めたテバを不思議そうに眺めるリトの仲間達を横目に、集めた書類をざっくばらんに複数の束に分けていく。束の数はこの場にいるリトの戦士の数の分で全部で七だ。テバが受け持っていた分の書類は他の戦士よりも多かったから、七つに分けてもそれなりの量があった。

     ───こういうやつらには仕事を増やしてやるのが一番んだ。

     そして束に分けた書類を素早く先輩リト達の机に押し付けていく。狭く散らかった屯所テント内をするすると巧みに走り回って書類を置いていくテバの動きはさながら高速のホバリング飛翔で花の蜜を吸うハチドリのごとき精密かつ迅速な配達だった。
     書類をすべて配り終えて、あっけに取られている先輩リトたち相手に、高らかにテバは宣言する。

    「リトの戦士の末席に並んだばかりの若輩の身には、まだまだ仕事が分かりませんで。頼りになる先輩の皆々様方、このかわいい末の戦士のことをもちろん助けてくださりやがりますよね? 」
    「あ、クソッテメエ一人だけサボる気か?!かわいくねえなこの末ガキ! 」「健気さが足りてねえぞコノヤロー! 」「純粋さもだァ!! 」
    「んなこと知るかァ!! 」

     開き直って“サボリ”という“末っ子ぶりっこ”をするテバに先輩リトの戦士たちからブーイングが飛ぶ。嫌そうな声があがるのを鼻で笑ってやって、テバは少し気持ちが晴れた。幼馴染の悪友さまさまである。最後の手心で、書類ごとの案件内容は揃えたままにしてやったので、テバという追加人員が減っただけで済むレベルの意趣返しだ。俺も丸くなったなあ。
     対して痛切な悲鳴をあげたのは事務仕事を専門に請け負うリトたちだ。

    「ああっ! 『リーバルのため』って言えば大人しく期日を守って書類仕事を片付けてくれる人材は貴重だったのに!! 」「ただでさえ仕事溜まってんのに減員とか勘弁してくれよ……!! 」「また7連勤は嫌だまた7連勤は嫌だまた7連勤は嫌だ……ッ!! 」

    「俺、意外と重宝されてたんだな……」

     痛ましい悲鳴を聞いて少しの同情心にかられたテバがしみじみと呟く。

    「座り続けるところからダメな奴らが多いからなリト族ウチのは」
    「好き勝手飛び回りたい奴ばっかりなんだよ。筆頭があの末っ子だ」

     ワッハッハと他人事のように笑う詰所の戦士達だったが、事務長のリトがぎろりと殺気だった目で睨みつけた。

    「テメエら責任とれ!! 今日は報告書類が片付くまで帰れると思うなよこの戦バカども!!! 」

     ゲェーッ!! と今度は先輩戦士たちから悲鳴があがる。しかし、も一度ぎろりと事務長から殺気が飛ばされると、一瞬でぴゃっと縮み上がってこそこそと机に向かい始めた。そこに受付と話が済んだのか、リーバルが事務スペースの中まで入ってくる。
     
    「テバ、ちょっと用が……って何この空気? 」
    「何でもありませんよ、リーバル様。 さ、俺は今仕事が終わったところです。お話なら外で伺いましょう! 」
    「う、うん? 」
     
     目をぎらつかせる事務のリト達と、静まり返った戦士達との異様な空気に疑問を呈するリーバルの背を無理やり押してテバは屯所テントを出た。そのまま話し声が屯所に聞こえないくらいまで距離を取ってから、やりきった達成感と外の新鮮な空気に晴れやかな笑顔を浮かべて、リーバルを振り返る。

    「それで、リーバル様。俺に何か御用ですか? 」
    「あ、うん」

     これ、とリーバルは何やら手に抱えた紙袋から小さな包みを取り出した。色とりどりの紙にくるまれたたまご色の生地の上に白い粉砂糖がまぶされたカップケーキか何かに見える。テバはその菓子に見覚えがあった。

    「これは、……こないだ食べていたメーベ牧場の新作だかのスフレですか? 」
    「そう! 土産物屋に話を持ってったら試験的にここいらでも取り扱うことになってね。発起人として幾らか買ってきたから、おすそわけだ。こないだ君に貰った分のお返しだね」
    「そんな、俺が食べてくださいとお願いしたんですからお気になさらずともよかったのに」
    「まあ、ちょっと多めに買っちゃったからね。お返しだと気がねするんなら、単に消費を手伝うと思ってくれればいいよ。流石に、同じのばっかりは美味しくても飽きる」

     そういうことなら、とテバも一つ受け取って食べることにした。一嘴ひとくちかじると、ふわりと乳の甘さがひろがり、舌の上で溶けるようになくなっていく。中ほどには甘酸っぱいソースが溜まっていて、酸味がアクセントとなってスフレの甘さを引き立たせていた。

    「たしかに、くち当たりが軽くて、美味いですね」
    「だろう。……甘い物食べたらしょっ辛いのも欲しくなってきたな。君は、今日はいっぱい貰ってきてないの? 」
    「ああ、今日はもう屯所の連中に配っちまってもう……」

     言いかけてテバはふと気づいたことがあって、続く言葉を変えた。

    「リーバル様、ちょっと……でも食べに行きませんか? 」
    ? 」
    「タバンタ大橋向こうの街の肉料理屋が、新しくケモノの肝肉を扱った料理を売り始めたらしいんです。もちろん内臓肉以外にも脂ののった良質な肉を揃えてる名店らしいですよ。きっと美味いものが食えます」
    「それはいいんだけど……タダってどういうこと? 」

     訝しむリーバルにテバはにっこり笑って言った。

    「いやあ、最近の俺の働きが目覚ましく良いからって、リトの先輩たちが『オレたちがツケで払っておくから、好きに食ってこい』と太っ腹なことを言ってくれたんです」

     もちろん先輩リトたちはそんなことは言っていない。完全にテバ悪ガキの嘘八百だ。バレたら大目玉は確実だが、その辺はテバだけが知っていればいい裏の後始末だ。

    「そいつはたしかに太っ腹だな。でも君へのご褒美なのに、僕まで一緒に奢ってもらっちゃって良いのかい? 」
    「普段から貰ってる食い物を思い出してくださいよ。俺って、あれだけの量を食うと思われてるんですよ? 先輩たちだって、きっと多少の大食らいは承知の上です。友人の分がダメなんてそんなケチなことは言いませんよ! なんならもう、知り合いを片っ端から誘いましょう!! リンクとか! ダルケル様とか!! 」
    「なんかピンポイントに大食らいの奴を推してくるね……でもま、そういうことなら、僕もご馳走になろうかな」
    「ええ! 存分に食ってやりましょう! 」

     息巻くテバに首を傾げつつ早速リーバルはシーカーストーンのスケジュール機能を遡って、誰の予定が空いていたか確認している。シーカーストーンには持ち主同士の間で簡単な連絡も取れるというから、そのまま誘いをかけてもらえばいいだろう。
     リーバルの視線が完全に自分から外れたのを見て取って、テバはほう、と息をついて肩の力を抜いた。
     土産物屋がリーバルの意見を聞き入れて、遠く離れたメーベ牧場のスフレの販売を取り扱うことにしたのは、何も商売的に利益を見込めると踏んだからではないだろうとテバは推察する。スフレはたしかに美味かったが、似たような菓子はヘブラの菓子屋にもいくらかあった。テバはここ最近色んな場所で食い物をもらってきたので、その辺りの記憶に間違いはない。
     土産物屋の店主の決断を押したのは、その提案が何よりも“リーバルから持ち掛けられた”からという理由に違いない。
     テバはようやく合点がいったのだ。
     最年少ともいえる若さでリト最強の戦士とまで上り詰めてしまった青年、リーバル。
     リトの連中はみんな、一人だけで早く大人になってしまったリーバルのことをまだかわいがりたくって仕方がないのだ。
     子ども扱いされることが不満なリーバルにそんなことを言ってしまえば機嫌を悪くするだけだろうし、かといって言わずにいても聡い彼はすぐ自分の扱いに気づいてしまうだろう。
     そのための言い訳だ。そのための隠れ蓑だ。
     だから、末の戦士として扱うのだ。リーバルを、そしてテバのことを。

     ───とばっちりで俺までガキ扱いは勘弁してほしいが。

     だがまあ、憧れた英傑様への人々の思慕の証なのだと思えば、この苦労もそれほど悪くはない。テバは一人かすかに笑う。

     ───リーバル様が気付かれない内は、俺も大人しく“末の戦士”の仕事をしてやるか。

     だからこれは、悪戯のつづきではなくって、一風変わった末の戦士のとして、あのからかい好きの先輩リト達に払ってもらうのだ。リーバル様の御為だと先に言ったのはあちらなのだから誰も文句も聞く耳は持たない。
     しばらくして、連絡を取り終わったのかリーバルがシーカーストーンから顔を上げる。 

    「ダルケルたちは駄目だったけど、リンクは来るってさ。姫とインパも一緒にね。あと予定が空いてるのはゾーラの姉弟と王立古代研究所の二人と……」
    「ゲルドの方にも声をかけましょうか。確か今日は近場で任務にあたってましたよね。ちょうど終わりに誘えるかもしれません。」
    「……ちょっと大所帯すぎて、店の方に断られないかな?」
    「なら先に報せを飛ばしておきましょう。今話題の英傑様方が来られると知ったら、きっと大喜びであちこち借金してでも支度を整えますよ」
    「流石に借金させるまで店側に負担をかけるのはなあ……そもそも奢りだし……やっぱりちょっと誘う人数を減らすか」

     渋い顔をしてぶつぶつと人数調整に勤しんでいるリーバルの様子を見て、テバはぷっと吹き出して笑った。

    「リーバル様は“良い子”ですねえ」
    「何それ、こないだ君を“人が良い”って言った意趣返し? 」
    「はは、そういうことにしといてください! 」

     怪訝そうな顔を浮かべるリーバルに対して、ますます笑みがこぼれて、テバは思う。
     ───このたびリトの末の子は、片方が悪童でも、もう片方が素直じゃないのに根は良い子で、ちょうどつり合いが取れているのだろう。



    了.
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