飛んでいったスケーリーフット◇
──まったく貝のような奴だ。こじ開けてもいいが、苦労に見合う中身があったものか分からない。空を飛ぶ小鳥を眺めていた方が幾分か有意義だろう。どうせ地べたに転がっているものなら空の支配者に敵う筈もない。と、英傑リーバルは近衛騎士を評した。
◇
某日、ハイラル城下町から徒歩でしばらくのハイラル式典場にて。
ゴロンの英傑の提案で、古の儀式の真似事に英傑一同が会した。連日古代兵器の研究に忙しい姫は慌てて覚えた儀式の祝詞もたどたどしく、黙って跪いているイケ好かない騎士との絵面だけが粛然としていた。公務のために城へ戻る姫に騎士が付き添って広場を離れ、残された英傑たちは各々散開することとなった。
姫と騎士を追って城下町へ戻る者も居れば、とっとと住み処まで帰る者も居る。自分はと言えば、日暮れも近くなり、タバンタまで飛んで帰るのは危ぶまれる為に城下町まで戻るか、鍛練ついでに野宿でもするかと思案して、式典場に留まっていた。
──ハイリア人だらけの宿に泊まるのも、城のムダに広い部屋を借りるのも、面倒だ。
やはり野宿にしよう。もしかすれば自分の速さなら日が暮れきる前にリトの村まで帰りつける可能性だってある。とにかく見ている方が気詰まりになるような茶番からは解放されたのだ、と伸びをして、さて出て行くかと辺りを見渡せば、自分の他にもまだ式典場に残っている英傑を見つけた。
「君は里に戻らないのかい、ミファー」
「戻るよ。でも、途中までは馬車で送って貰えることになっているから」
馬車の到着を待っているのだ、と少女は言った。ゾーラ族は水棲に適した身体構造を持つというから、長い陸路を歩くのは苦痛なのかもしれない。「翼が無い種族は不便だな」とリーバルは思ったままに言った。
「そうかな、自由な時間ができて丁度いいよ?」
「その割には何もしてないように見えるけど。今は何してるんだい?」
「少し。考え事」
「ふうん……」
少女は式典場をぐるっと回る堀の縁に腰かけて、時折水の中に手を入れている。湿地帯にあるゾーラの里に比べれば、中央平原は幾分乾いている。水を求めるのも仕方ないことかもしれない。
「さっきの儀式について考えてるのか?」
「半分くらい当たり」
「もう半分は?」
「皆、姫様とリンクを心配しているんだなってことが嬉しいなって。」
あの騎士を心配した覚えはないが、力を入れて否定する程でも無いので、リーバルは話題を儀式についての話に戻した。
「あの儀式が何の役に立つかは、正直疑問だな。僕らは完全に付き合わされた観衆だったし」
「そう?皆の色んな思いや様子が見えて、それだけでも良かったと思うな。私たちはまだ、お互いに知らないことが多いから」
「そんなに何か面白い反応が見えた?」
「うん、色々。リーバルさんが退屈で舌打ちをするところも見えてた」
「あっそ」
決まり悪さに、ち、と舌打ちをしそうになって、口許を翼で覆った。
さっさと立ち去りたかったが、何時までも彼女の視線が止まないのでしぶしぶ問い掛ける。
「……何だい? 」
「近くで見ると、その翼、スケーリーフットみたいだね」
「スケーリーフット?」
「海の、深い底の方に居る貝のこと」
彼女の説明によれば、シーカー族の研究者の言葉ではウロコフネタマガイ。巻き貝の一種らしい。そう言えばヘブラではタニシくらいしか見たことがないな、と思い返す。
「貝殻を守る翼、脚と一体になった翼、スケーリーフットには翼があるんだよ」
「へえ……水の中にも翼を持つ奴がいるとは驚いた」
リトの集落付近に海はない。海がある地域まで飛んで行くようになったのも英傑になった最近のことだ。未知の世界の情報に感心していると、彼女はくすりと笑った。
「……なんて。本当は羽毛じゃなくてウロコなんだけれどね。ウロコと羽毛ってよく似てるよ。水の中でぽーんと投げたときに見上げると、貴方の翼みたいに広がってゆらゆら、ゆらゆら揺れているの。綺麗だよ」
「……君も貝を放り投げるなんて子供みたいなことするんだね」
「そうだね、私はまだ王女だから」
「まだ?」
「まだ」
オウム返しに頷く少女を見て、彼女がゾーラの王となるときが来るのだろうか、と考えたが、あのゲルドの女傑のような女王として振る舞う姿は想像できなかった。
ゾーラはハイラル王国と同じに王政だと聞くが、ならば王として立つのは少女ではなく王族の血を引く男なのではないか。あの騎士を気にかけて止まない様子を見るに、その方が彼女は生きやすいだろう。
「ずっと王女のままでいたら?」
「そうなる未来は、きっと、悲しいことが起こってしまう証だよ」
「悲しいことだけ、とは限らないんじゃないか」
少女は返事をせず曖昧に微笑んだ。そのまま足元の水面に映るぼやけた像を見つめて、スケーリーフットはね、と再び貝の話を始めた。
「スケーリーフットは……固い貝殻からはみ出てしまう柔らかい部分もウロコが覆って、外からの攻撃を鎧で閉ざして、自分を守っているの」
「鎧ねえ……」
水面を見つめる少女の眼差しは、誰かさんを目で追っているときと同じだ。
「あの日、私が放り投げたスケーリーフットは、どこに飛んでいったんだと思う?」
「……さぁね」
ちゃぷ、と彼女の赤い指先が水面を叩いた。
赤い鱗が水飛沫を弾いているのはいかにも涼しげで、飯事のような儀式に鬱いでいた気分が晴れて、気まぐれを起こす気になった。
「──もし、空にソイツが飛んできてたら。空を飛ぶ貝なんて妙ちきりんなものがいたら。捕まえて君のとこに持ってきてあげるよ」
「……本当?」
彼女は考えを巡らせているように黙り込み、少し掠れた声で問い返した。ここまで素直だと可愛いげを通り越してもはや哀れにも思えてくる。ただの気まぐれにもう少しやる気を出して、「ああ、空の支配者が約束しよう」と手を差し出した。
「まあ、うっかりウロコの一枚二枚が剥げてても責任は取らないけど」
「私の力で治せるかな……」
「オサナナジミなんだろ、また放り投げて遊んでみれば?」
冗談混じりで言ってみたが悪くないアイデアではないか?と英傑リーバルは自分の機転の良さを評した。なにせ、おかしそうに笑った彼女は今日一番の笑顔だったので。
◇
あれから百年と色々があり、リトの村に空の護り神が帰ってきた某日。
神獣ヴァ・メドーの屋外デッキは晴天の下、英傑が二人。
「まさか、本当に貝が飛ぶとはね……」
上空の寒さで鼻を赤くしている目の前の男を見て、英傑リーバルは呆れ果てて呟いた。
「何それ?」
男は、ず、と鼻をすすって疑問符を浮かべている。
「おまけにウロコの一枚二枚どころかすっかり鎧が剥げてるときた!」
「ウロコ?」
ますます首を傾げる男の顔は無表情ながら、どこまでも呑気だ。まったく、死んでなおイケ好かないと臍を噛むことになるとは。ため息をつきたい気持ちも舌打ちをしたい気持ちも呑み込んで、英傑リーバルは嘴を開いた。
「おい、君、この後だか明日だか知らないが、あの子も助けに行くんだろう?」
「ああ」
「じゃあ手土産にひとつ、貝殻を持っていきなよ。ちゃあんと海で拾ってくるんだぜ。君が見つけた一番きれいな貝殻を渡してやるべきだ。厄災ガノンを倒すんだから、女の子にお詫びのプレゼントを渡すぐらいの余裕あるだろ?」
「お詫び……?」
「いいから、返事は?!」
大声で問い詰めれば、男は訳も分からぬ様子のまま慌てて「はい!」と返事をする。二人そっくりに素直なことだ。だが此方には可愛げも無ければ哀れみも湧かない。
───まあ、こじ開ける必要も無く見ることができた貝の中身は、苦労に見合うものだった。と英傑リーバルはハイラルの勇者を評した。