配達先のマンションに向かうと大きな鳥が見えた。白鳥程の大きさの翼だが、その色は漆黒でマンションの2階のベランダに降り立ったのがぼんやりと見える。ダチョウの群れはしょっちゅう見るがあの大きさの鳥が飛んでいるのは珍しい。もう一度見れないものかしばらくの間目を凝らしていたが、すでにどこかに行ってしまったようで諦めて仕事に戻った。11階建てのマンションは部屋に行き着くのも一苦労だ。最上階から順番に下の階へと移動してようやく最後の部屋までたどり着いた。配達物は衣類と書かれている。
チャイムを鳴らす。ピンポーンと間の抜けた音がしてすぐに中からドッシャーンガラガラと大きな音が響いた。おい、とかやめろ、とか男の人の声がドア越しに聞こえて、緊急事態が発生しているのかと焦ってドアをノックした。
「宅配便です!大丈夫ですか?」
だいじょうぶでーすと今度は女の人の声が聞こえる。それでも何かが床にばらばらと落ちている音は止まず、不安は募る一方だ。こっちの心情を見透かしたようにだいじょうぶなんでちょっとまっててくださーいと女の人が言う。二三分程玄関で待っただろうか。やっと玄関ドアが開いて女の人が顔を出した。
「こんにちは宅配便です…具合が悪そうですが大丈夫ですか??」
出てきた女性は顔を上気させ、息も荒げて苦しそうだった。真冬なのに汗ばんだ首すじが赤らんで胸元から垣間見える鎖骨はその彫りを強調するかのように汗で光っていた。女の人は「ああ、大丈夫だ。気にしないでくれ」と言う。
「野鳥が、部屋に入り込んできて、捕らえるのに難儀してたんだ」
「それは大変でしたね!僕の部屋にも鴉が迷い込んできて出るに出れなくなって大騒ぎした事がありましたよ」
女の人はにんまりと笑った。
「お互い苦労させられるなあ!鴉には」
「ええ!もう捕まえられたんですか?よかったら今日はもう上がりなので手伝いましょうか?」
鴉ともなると警戒心が強くて大変だろう。純粋な親切心からそういうと「大丈夫だ」と女の人は言う。
「同居人がいるから2人でなんとかする」
「それなら安心ですね!」
ちらりと部屋の中をみると薄暗い室内に男の人が座り込んでいるのが見えた。壁に背をもたれて疲弊した様子がみてとれる。よっぽど元気な鳥だったようだ。
「それじゃあハンコをお願いします」
「ああどうもありがとう」
「失礼します!」
タビコと書かれた伝票を受け取ると、僕は踵を返した。ドアの閉まり際に「早く…」と男の人の声が聞こえ、それから「良い子で待てて偉いぞ」と言う女の人の声も聞こえて不思議だった。マンションを出た後、そういえばあの部屋は2階だったことに気がついた。