いっぱい食べるきみが好き朝から忙しく食べる暇もなくてふらふらの曦臣が偶然入った居酒屋は思っていたよりも美味しく満足していた。
ほろ酔い気味で他のお客さんと世間話をしていたらお客のひとりが「そろそろハムちゃん来んじゃねえか?」と言い出し店主も「もうそんな時間だったかあ。準備するかね」と料理を仕込み始める。
ハムちゃん?なんだ?と思っていたら店に来たのは180cm越えの草臥れたリーマン。
よれたスーツを壁にかけている動作がどこか気だるげで艶っぽく見惚れてしまう。疲れた様子だがその顔はとても秀麗でとにかく目を引く。
「よお、いつものでいいかハムちゃん」
「ああ、頼む」
ハム。えっ。ハムちゃん…?あの人が?
目をぱちくりさせ他のお客さんを見ると、お客さんはうんうんと頷いた。ハムちゃんというには些かいかつ…強めな見目をしているが。と困惑していると、どかんと大皿がハムちゃんの前に置かれる。山盛りの肉、野菜、そして昔話のように盛られた白飯。
ハムちゃんは確かに体躯はあるが細身のように見える。そんなに食べるのかと驚く曦臣だったが、彼が食事をし始めるときゅんきゅん胸が高鳴った。
大口をあけてもりもり飯を食べていくその頬はハムスターのように膨らんでもぐもぐと動いている。な、なんて可愛らしいんだ。じっと食事するところを見守ってしまった。時折気になるのかちらちらと目が合う度にドキッとする。
ハムちゃんが綺麗にお皿の上の料理を片付けビールをぐいっと煽ったとき、横髪が邪魔にならないよう手で抑える仕草が色っぽい。ついついじっと見ていると唐突にハムちゃんはこちらを見た。
「あの」
「は、はい!」
「さっきからなんですか」
「いえ…すてきだなって…」
「酔ってるのか」
「あなたに」
曦臣とハムちゃんのかけあいにお客も店主もギャハギャハ笑ってお酒を追加する。話していただけなのにトントン拍子に他の人に2人揃って奢られてしまった。
「えっあの」
「いいんだ、若者に食わせるのが生きがいのじじい共だからな」
「なんだとハムちゃん!もっと食え!」
「デザート追加で。あなたはどうする?」
「えっ!?い、いただきます…?」
「なぜ疑問形なんだ」
失笑したハムちゃんの目尻の小皺になんだかドキドキした。
デザートのコーヒーゼリーの味はよくわからず、ハムちゃんはゼリーは飲み物ですというように曦臣が食べた倍量を平らげる。ごくごくと動く喉仏は立派な成人男性のものだがその頃には曦臣はもうハムちゃんの虜だった。
「あ、あの!」
「はい」
「私は、藍曦臣と申します。教師をしておりまして、○○高校に務めております」
「はあ」
「弟が一人おりまして、弟も業種は違いますが公務員をしております。両親は既におりませんが、親代わりとして育ててくれた叔父がおります」
「は、はあ」
「それで、その……ご趣味はなんですか!?」
「は?」
「いえっ、あの、すみません、えっと、ごめんなさいこういうときどう言ったらいいのか経験があまりなくて」
「……まさかナンパのつもりか?」
「ナッ、……そうなるのでしょうか?」「私に聞くのか。……あー、そうだな、藍さん。あなたは酔っているようだからもう帰った方が」
「いいえ!もう少しあなたとお話したいです!」
店内はもうドッカンドッカン笑ってハムちゃんがナンパされちまった!と大盛り上がり。曦臣は少し頬を赤らめて真剣な顔でハムちゃんに向き合う。ハムちゃんは面食らった後にぶはっと笑いだし、わかったわかったと手を振った。
「しゅ、しゅみ、趣味は……美味い飯を食べることと、水泳が好きだ」
「水泳…」
「ダイビングは機材が面倒だからあまりやらないが素潜りはそれなりに出来るぞ。あなたは泳ぎは?」
「かなづちです」
「それは残念だな。今度泳げるまで特訓してやる」
「はい、お願いしま……えっ!?」
「んふははは!」
まさか今度一緒に遊びに行ってくれるのか!?と期待に濡れた目でハムちゃんを見ると、ハムちゃんはたまらないというように腹を抱えて笑いながら曦臣に手を差し出した。
「江澄だ」
「江澄……曦臣です」
「ああ、知ってる」
色々脱線したけど行きつけの居酒屋でめちゃくちゃほほ膨らませてもりもり食うからお店の人と常連さんに「ハムちゃん」って呼ばれてる江澄が書きたかったんじゃ。