【无風】中秋節「今夜の月は格別だな。白く皓々と光ってる。すごくきれいだ」
「そうだね」
返事をしつつ、満足げに自分を見上げている風息を見下ろす。
虚淮はそこに座って。立っててもいいけど、座っている方が楽だろう?
そう言って岩の上に私を座らせて、自分は少し下の段に腰を下ろすと、風息は杯を片手に月見酒を始めた。見上げる視線の先には私の顔と満月がある。
「これじゃ私が月を見られない」
風息は満足そうだが、私は月を背にしている。見えるのは月ではなく、満足そうな風息の顔だけ。これはこれで悪くはないけれど。せっかくだから共に月を眺めたい。
「ああ、ごめん。もう少し横向きに座れば見えるか?」
「そうだね」
少し斜めにずれて座り直す。そうすれば斜め上に月が見えた。これなら月も風息の顔も両方見える。己の視界に満足し、手を伸ばして私にも杯を寄越せと促せば、笑って手渡された。
それからしばらくは黙って観月に興じた。
秋の夜空に皓々と光る満月。人の世では中秋節と呼ぶらしい。
龍游の街ではなく、離島まで来たのは夜空がきれいだからだ。余計な灯りはないほうがいい。澄んだ空のほうが月明かりは美しく映える。
「いい夜だ。月はきれいだし、空気も澄んでいて、虚淮の霊質も冴え渡ってる。絶景だ」
「私と場所を変わる気はないか?」
「嫌だよ、せっかく月と虚淮、両方並べて見ているのに」
「それを私もやりたいんだよ」
「俺より虚淮のほうがずっと月に似合う」
風息は笑って取り合わない。だから、それはお前の好みの話だ。私には私の好みがある。
月を背にしたお前の顔を見ながら酒を飲みたいんだ。その贅沢を私にもさせろと睨んだが、後でなとはぐらかされた。まったく、誰に似たのだろう。
「虚淮のほうがずっときれいだろ」
「お前は私の顔が好きだね」
「顔だけじゃないさ」
髪も目も、指先だって。全部きれいだ。満足そうに目を細め、杯に口をつける。酒に酔うはずのない風息だが、今日は随分と饒舌だ。こんなに口の上手い子だったろうか。
「誰の影響なんだか」
「うん?」
「別に。そういえば、あの男はいいのか?」
問えば、一瞬不思議そうに目を瞬かせ、ああ、と呟いた。
「一緒に月を見ようって言われたな」
「言われたのか」
「ああ。中秋節は家族と見るものだからとか何とか。それなら俺は虚淮と見るって言ったら黙り込んでたけど」
「……」
そうか、袖にしたのか。あの男は、おそらくは婉曲的に家族になろうとかそういうことを言いたかったのだろうが、あいにくとそんな言い方をしてもこの子には伝わらない。ざまあみろ。
どこか胸のすく思いを覚えながら、私もまた杯を呷った。
こうして二人で月を眺めるのはいつまでだろう。
洛竹は共に眺める相手を見つけたし、天虎は友達の動物たちと共に宴会をしている。
あの男はしつこいし、めげないたちのようだから、今頃は来年こそはと算段をつけているのかもしれない。この子もいつまでも気づかないままではいられないだろう。
「……」
癪だなとは思うが、それでも、そうなったらなっただと思うくらいには受け入れてはいた。決めるのはこの子だ。
「どうしたんだ? 虚淮。眉間に皺なんか寄せて」
「別に。少し不愉快な先を想像しただけ」
「うん?」
やめよう。せっかくの月夜だ。美しいものは素直に愛でるべきだ。
「風息。私と場所を変われ」
「ええ? もうか」
「もうも何も」
「わかったよ」
仕方ないなというように苦笑して風息が立ち上がる。だが、それは私のセリフだ。自分ばかりがいい思いはずるいだろう。
ふと、背後にカサリと落ち葉を踏む足音が聞こえた。招かれざる客の、予想よりも早い来訪に眉根が寄ったが、あの男はしつこく、めげない上に図々しいことを思い出し、私はため息をついた。