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    yuno

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    龍猫の曦澄。兄上、運命の子猫を見初めるの巻。江澄というよりはただの子猫です。抹額はしっかり勤めを果たしました。
    2023.01.08 21:09 up

    #曦澄

    【曦澄】運命の出会い「本年も何卒よろしくお願い申し上げる」
    「ええ、こちらこそ。どうぞよろしく」

    大世家同士、年賀の挨拶を恭しく交わす。藍曦臣は叔父に連れられ、雲夢に訪れていた。昨年は姑蘇に来ていただいたから、今年はこちらが伺う番だと聞かされ、楽しみにしていた。
    というのも、江夫妻に念願の男の子が生まれたからだ。
    将来は宗主同士、交流することもあろう。先に生まれたお前が何かとお支えしてあげなさいと叔父に言われ、藍曦臣はまるで新しい弟ができたようで嬉しく思い、会えるのを楽しみにしていた。

    一通り挨拶が済み、さて、いつご子息をご紹介いただけるのかと、藍曦臣は気持ちがそわそわし始めた。ついどこにいるのかと周囲の音を拾おうと聞き耳を立ててしまいそうになる。
    姿こそ青年になったが、龍の長命を思えばまだまだ幼いといえる歳。新しい友に会えるのが待ち遠しかった。

    「ご子息はお元気であられるか」

    そわそわする甥にこほんと咳払いをしつつ、藍啓仁が尋ねる。
    ああ、と江楓眠が頷いた。

    「あれはまだほんの生まれたての子猫でね。猫怪というのも憚られるほど幼い。お恥ずかしながら、ご挨拶はまだ難しいかと」
    「では、今日はお会いできませんか?」

    残念そうな顔をする藍曦臣に、虞紫鳶はおやと思ったらしい。

    「阿澄に会ってくれるのかしら?」
    「はい!」

    話を向けられ、藍曦臣は元気よく頷いた。

    「江楓眠が言ったように、生まれたばかりでまだまだ幼い子猫よ。まともにお話もできないけれど」
    「構いません」

    ぜひ。子猫を見るのも初めてですとにこにこする藍曦臣に、ならばと虞紫鳶は我が子を胸に抱いて戻ってきた。

    「阿澄、藍の若君よ。貴方の先達にあたる方。失礼のないようになさい」
    「ミァ」

    大きな目をぱちりと見開き、虞紫鳶の胸に抱かれた黒い子猫は、初めて目にする龍族の姿を興味津々に見つめた。

    「阿澄、はじめまして。私は藍曦臣、藍渙と申します。これからよろしくお願いいたしますね」
    「ムーゥ?」

    抱いてみる? と差し出され、藍曦臣は喜んで子猫を抱きとった。
    生まれたばかりの子猫はまだ尾も分かれておらず、細く小さなしっぽが一本あるのみだ。そのしっぽを藍曦臣の腕に絡ませながら、子猫はスンスンと鼻を動かし、初めて嗅ぐ匂いに目をパチクリさせている。

    「ふふ、姑蘇の匂いがするかな?」

    炊いているお香が違うからね。背中を撫でてやれば子猫は気持ちよさそうに目を細めた。

    「かわいい……」

    ほうっとため息をつく。初めて腕に抱いた小さくて温かい生き物。龍族の藍曦臣たちと違い、猫族の阿澄の体は小さくともまるで陽だまりのように暖かかった。

    「子猫とはこんなにも温かいのですね」

    ふかふかの毛並みは柔らかく、肉球もふにふに、ふくふくとしている。かわいい。なんと可愛らしい。藍曦臣は夢中になった。

    「もう少し育てば、お話しもできるようになるのだけど」

    今はあまりに稚すぎて、子猫のように鳴くことしかできないのだと虞紫鳶が苦笑する。

    「そうなのですね。お話しできるのが楽しみです」

    ね、と覗き込めば、子猫は頷くようにニーと鳴いてくれる。気持ちが通じ合ったようで藍曦臣は嬉しくなった。

    抱き上げて頬ずりしていると、藍曦臣の顔の横をひらりと抹額が揺らめいた。そのゆらゆらとした動きに子猫は興味をそそられたらしい。藍曦臣の腕の中でもぞもぞと動き出した。

    「阿澄? どうしました?」

    子猫はぐるぐると機嫌良さそうに喉を鳴らしながら藍曦臣の肩によじ登り、小さな前足を精一杯伸ばして抹額を捕まえようとする。

    「いけません、阿澄!」

    藍氏の抹額の意味を知る大人たちの顔色が変わる。
    だが、当の藍曦臣は、耳元で感じる子猫の息遣いとぐるぐると鳴る喉の音、ふわふわの毛並みにくすぐられて、先程からにこにこと相好を崩しており、子猫のいたずらを止めようとはしなかった。

    「ミァ。ニャアゥ」

    子猫もご機嫌で藍曦臣の頬を舐めては、どうにか抹額を捕まえようと、小さな手を伸ばしては空振りしてを繰り返している。

    小さな子猫と戯れる、いまだ若き藍曦臣の図。それは微笑ましい光景だった。

    まあ、抹額はしっかり結んでおるしな。それに子猫のすることだから。藍啓仁がそう己に言い聞かせて多めに見ようとした時。

    「ンニャ!」

    子猫はとうとう揺れる抹額を捕らえることに成功した。してしまった。

    「あ」

    子猫の前足が藍曦臣の抹額に触れた瞬間、固く結ばれているはずの抹額はあっさりと解けた。
    するりと藍曦臣の額から離れ、落ちていく。子猫は落ちていく抹額を追って藍曦臣の肩からぴょんと飛び降りた。

    「ニァ、ンニャゥ」

    子猫は己のしでかしたことの重大さなどつゆ知らず、夢中で抹額にじゃれついて遊んでいる。

    「あ、阿澄……?!」

    虞紫鳶は驚愕した。
    なんてこと! 我が子のいたずらを詫びようとすぐに藍曦臣に視線を向け、だが、彼女は絶句した。
    藍曦臣がまるで雷に打たれたかのように恍惚とした表情で、己の抹額と戯れる息子を見つめているではないか。

    「……」

    拙いことになった。
    虞紫鳶は無言で隣の夫に視線を移した。しかし、夫は驚愕するばかりで二の句も告げないでいる。
    だめだ、これは。虞紫鳶は次に藍啓仁を見た。彼は真っ青な顔で胃の腑あたりを抑えている。

    「……」

    呆然としているばかりの夫と、胃の腑を抑えている藍啓仁、そして、今や頬を赤く染めて我が息子をひたと見つめる藍曦臣。虞紫鳶は目眩がしそうだった。

    「ウニャ、ウニャウ! ミアー! ミアー!」

    大人たちが絶句し、藍曦臣が言葉もなくうっとりと見つめる中、黒い子猫の江澄は純白の抹額に絡まって身動きが取れないでいた。遊んでいるうちにどんどん絡まってきたのだ。
    ガジガジと噛んでも、後ろ足で蹴っても、抹額はびくともせず、むしろなんだかどんどん体に巻き付いてきている気がする。

    「ミヤァー!」

    助けて! ひとりではどうにもできず、阿澄は藍曦臣に助けを求めた。
    だが、さっきまであんなに優しくしてくれていたのに、今の彼は阿澄が抹額に絡まって身動きが取れないのをうっとり見つめるばかりでちっとも助けてくれそうにない。
    それどころか、貴方が私の天命なのですね……初めて見たときから愛おしさに心奪われた理由がわかりました……貴方が私の特別なひと……と譫言を零すばかりである。

    「ミゥ……」

    となれば、母上だ。母上ならきっと助けてくださる。
    阿澄は涙目で虞紫鳶を見つめた。だが、母は静かに首を横に振った。なんとも言えない面持ちで瞼を伏せ、何かに耐えるように震えている。

    どうして? 小さな阿澄には何が起きているのか、さっぱりわからなかった。


    *****


    「というのが、貴方たちの馴れ初めよ」
    「……つまり、俺がやらかしたんですね」
    「そうなるわね」

    あれから月日が経ち、小さな子猫だった江澄のしっぽはふたつに分かれていた。もう一本分かれて三本しっぽになれば、一人前の猫怪として藍曦臣と祝言を挙げることになっている。

    生まれてすぐに婚約者が定められたことが不思議だったのだが、なんのことはない、自分のやらかしが原因だったのだ。江澄は複雑な思いで二本のしっぽを揺らした。

    「まあでも、いいんじゃないかしら? 藍の若君は愛情深そうだし……ちょっと深すぎるかもしれないけど、きっと貴方のことを生涯大事にしてくれるわよ」
    「ええ、まあ……そうですね」

    自分のことを文字通り猫可愛がりする藍曦臣を思い出して、江澄は顔を赤らめた。今でこそ、子猫扱いはやめろと怒るものの、小さな頃はそれこそ目に入れても痛くないような溺愛をされたものだった。愛情表現を厭わない彼に愛されて、江澄はすくすく育ったのである。
    艶々の毛並みにすらりと長く伸びた手足にしっぽ。大きな瞳。江澄は美しい黒猫に成長した。銀に輝く龍の伴侶として相応しいかどうかについてはまだ少し気後れしてしまうところもあるが、彼の愛情は少しも疑ってはいなかった。

    「輿入れするあともう少しだけ、私たちの阿澄でいらっしゃいな」

    虞紫鳶が江澄の頭を撫でる。背中にそっと添わされたしっぽのぬくもりに思わず涙が込み上げてきそうで、江澄は小さくはいと頷くのがやっとだった。
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     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
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    1437

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    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
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     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050