門司駅からJR鹿児島本線で小倉駅に向かい、そこからN700系のぞみに乗る。窓際の席を取り、景色を眺めて約三時間。気付けば膝を指でコツコツと叩いていた。
名古屋支部との合同訓練が決まったのはつい先日。N700Sの運転士が決まったという報告と一緒に持ちかけられた。また名古屋支部であの男と切磋琢磨できると喜んでいたが、すぐにその期待は裏切られる。N700Sの運転士はあの男ではなく、その弟だというのだ。僕は信じられなかった。あの男は僕よりも優秀なのだ。それなのになぜシンカリオンに乗らないのか。僕が納得できる説明をしてもらわなければ気が済まない。そのことを考えていると、自然と眉間にしわが寄る。
悶々としながら名古屋駅につけば、肩から下げていた荷物が改札に引っかかった。苛立ちを含んだため息を吐きながら、力づくで引っ張って無理やり改札から出る。そうすると、お土産が入った紙袋がぐしゃりと潰れる音がした。それにもげんなりして、先程よりも大きなため息が出た。どれもこれもいつもの自分と程遠い。それを自覚しながらも、自分ではどうすることもできなかった。
あおなみ線に乗り換え、名古屋支部に向かう。名古屋支部に訪れるのは二回目だ。初めてきたのは半年ほど前。まだシンカリオンの運転士候補生で、研修の一環で訪れた。正式にシンカリオンの運転士になってから訪れるのは初めてだ。
「遠いところから悪いな」
名古屋支部で出迎えてくれたのは、臨時指導代理である清州リュウジさん。研修でもお世話になった。
「いえ、新幹線ですぐだったので」
思ってもいないことが口から出る。本州の端っこから三時間ならすぐなのかもしれない。しかし、もっとかかっている気がするし、思った以上に疲れていた。
「これ、うちのおきゅうとです。みなさんで食べてください」
差し出したお土産の入った紙袋は、かなり痛んでいた。先程、名古屋駅の改札を無理やり出たとき、ぐしゃりと音がしたことを忘れていた。こんな汚い紙袋をお土産として渡すのはまずいと手を引こうとしたが、みんな喜ぶよとリュウジさんに取られてしまった。
「長旅で疲れているだろう。ミーティングルームで少し休んでくれ。今日の合同訓練は十四時からだ」
「わかりました」
ペコリと頭を下げて、リュウジさんと別れる。
勝手知ったる他人の家。ミーティングルームの場所くらいわかるので、名古屋支部の廊下をズンズンと進んでいく。たぶんそこに僕が会わなくてはいけない男がいる。その男に確かめなければならないことがある。僕のただならぬ雰囲気に、名古屋支部の職員たちが道を開けてくれる。しかし、目の前に現れた一際小さなその人は道を譲る選択肢はないらしい。むしろ手を振りながら走ってくる。
「ヤマカサ、久しぶりだな!」
そう笑顔で迎えてくれるのはナガラだ。
「またおきゅうと持ってきてくれたのか?」
目を輝かせているナガラに、持っていた紙袋を押し付ける。ナガラに渡す紙袋は、多少ぐちゃぐちゃでも問題はないだろう。
「ヤマカサ、なんか怒ってるのか?」
ナガラのことだから他意はない質問だろうが、カッと僕の体温が上がる。怒ってないと声を荒げて答えると、ならいいけどさとナガラの興味は紙袋の中へ移った。なんとなく気まずくて歩き出せば、ナガラもぴょこぴょこついてくる。
「なぁ、なぁ、昨日の戦国武将の特集見たか?」
ナガラは特に気まずいと思っていないらしく、背後からそう話しかけられる。それに見ていないと答えれば、究極面白かったんだぜと勝手に話し始める。織田信長がどうとか、伊達政宗がどうとか、後ろで話し続けるナガラに、適当に相槌を打ちながら進んでいく。はたから見たら、滑稽な状況なのだろう。通りすがる大人たちは道を譲りながら何事かと好奇の目で見てくる。しかし、そんなことはもうどうでもいい。ミーティングルームの扉の前にたどり着けば、問答無用で僕はそれを開けた。
「安城シマカゼっ!」
「ヤマカサ、いらっしゃい」
僕が会わねばならない男、安城シマカゼはそこにいた。しかも呑気にお茶を飲んでいる。僕が眉間に深いしわを作っていると、横にいたナガラがシマカゼに駆け寄っていく。
「またおきゅうともらったんだぜ」
上機嫌に紙袋を掲げるナガラを押し除け、僕はシマカゼの前に立つ。僕の乱雑な態度に戸惑っているシマカゼを見下ろすと、眉をハの字に垂らしていた。
「なぜシンカリオンに乗らないんだ?」
単刀直入に言えば、そのことかとシマカゼは長いため息をついた。この反応から散々同じ質問をされたのだとわかる。しかし、僕の納得のいく説明がなければ気が済まない。
「ナガラのほうが適合率が高いからだよ」
「高いと言っても数パーセントの話だろ?」
「その数パーセントが、シンカリオンにとって大きな差になるんだ」
「それを補えるだけの運転技術と戦闘センスがシマカゼにはあると思うが」
「かいかぶりすぎだよ」
そう言ってのけるシマカゼに、僕は近くにあった机についこぶしを叩きつけていた。いつの間にかお土産のおきゅうとを開け、食べていたナガラもビクリと身体を震わせる。しかし、目の前の男は少しも動じることはない。
「訓練で僕はシマカゼに一度も勝ったことがない。そんな僕がシンカリオンに乗って、僕に勝ったシマカゼが乗らないなんておかしな話だろ?それとも僕を馬鹿にしているのか?」
デュアル・グランパス・システムでシマカゼとナガラは過去最高の適合率を叩き出した。それは僕の適合率を遥かに上回る数字だ。それに加え、研修中にシミュレーション訓練で、僕は一度もシマカゼに勝つことができなかった。客観的に見ても僕よりも優秀であるこの男がシンカリオンに乗らないなんて、そんな馬鹿げたことがあっていいわけがない。
「そんなことないよ。800の力を一番引き出せるのはヤマカサだ」
言い争いをしているつもりだったが、シマカゼからそう評価され、語気がひるみそうになる。それを誤魔化すように、じゃあと無理やり声を張り上げる。
「N700Sの力を一番引き出せるのはナガラだと言うのか?」
そう吹っかければ、そうだよとシマカゼは断言する。
「ナガラの空手は僕よりも実践型だ。局地戦を得意とするN700Sと相性がいい」
シマカゼとナガラが違う流派の空手をしていることは聞いている。それがどうN700Sとの相性に関わるかは僕にはわからない。
「そんなことを言っているが、本当はシンカリオンに乗って戦うのが怖くなったんじゃないのか?弟に押し付けて、逃げただけなんじゃないのか?」
そう挑発すれば、僕はっ!とシマカゼが掴みかかってくる。珍しく感情的なシマカゼにゾクリとする。
「逃げてないっ!」
シマカゼは僕を睨みつける。目と鼻の先にあるシマカゼの瞳は怒りに満ちていた。そこに僕が映っていると思うと、妙に高揚感が湧いてくる。
「逃げてないなら、シンカリオンに乗るべきだ」
「それとこれとでは話が別だ」
「矛盾している」
「そんなことない」
「シマカゼ」
僕たちの堂々巡りの言い争いは、リュウジさんの凍てつく一言でピタリと止まる。