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    #キラ門
    Kirawus/Kadokura

    その次の日の朝のこと/キラ門 見慣れない天井だったのに、なぜかすぐに門倉の家だとわかった。カーテンの上の隙間からぼんやりした冬の光が滲んでいる。朝だ。隣から聞こえてきた寝息に、畳へ落ちていた脚を布団の中へ引き込みながら身体を横へ向ける。門倉が眠っている。枕のぶん少し高い位置にある横顔が、薄暗い中でもよく見えていた。おそらく門倉も半身がはみ出ている。狭い布団に中年男が二人、身を寄せ合うわけでもなく同衾していたのだと思うと少しおかしかった。冷たいシーツに頬を擦り付けたまま、視線だけで横顔の線をなぞる。額、鼻、口。薄く開いた唇があまりに無防備で間抜けだ。下唇が心なしか腫れているのは、キラウㇱが散々吸ったからだろうか。
     昨晩この人とセックスをした。
     セックスと呼ぶには拙いものだったかもしれない。服だってほとんど脱がなかった。布団の中で必死に門倉の身体を抱きながら、懐かしい暗闇が瞼の裏に浮かんでは消えた。おれのあなぐら。触れた箇所からどろどろに溶けてしまうようで、早く上り詰めたい一心だったのに、寝起きのすっきりした頭ではもっと味わっていたかったと惜しんでいる。気持ち良かったし、ずっとしたかったし、またしたい。触ると柔らかいあの皮膚に触れたまま春まで眠りこけていたい。
     門倉が身じろぎをしたので、なぜだか咄嗟に寝たふりをしてしまった。閉じた瞼の向こうの気配に集中する。固い枕の中身がざりざりと擦れる音がして、次いで掛け布団が少し引っ張られる。どうやら門倉は上半身を起こしたようだった。それから「なんで寝たふりなんかしてんだ」と、前髪を掻き上げるように数回撫でられた。瞼がぴくりと反応する。がさごそと布団から立ち上がる気配がして、畳を歩く足音、炬燵のスイッチを入れる音、洗面所からの流水音が続いた。目を開ける。残された枕が門倉の頭の形にうっすら凹んでいた。昨晩の出来事を門倉がどう思ったのか、キラウㇱにはわからない。裸の額を撫でられたのは嫌じゃなかったからか。昨晩もやはり酒を飲んでいたから、酔った勢いだと思われただろうか。急いで身体を起こした。鉢巻を巻く時間も惜しく布団から抜け出て門倉を追いかける。
     門倉は洗面所で歯ブラシを咥えていた。口の端から泡が溢れそうになっている。朝だからか余計に姿勢の悪い背中に立ち、歯磨きの邪魔をしないよう静かに腹に腕を回した。分厚いスウェット生地に皺が寄る。この下にある身体を知っている。おそらく、今は、自分だけが。歯磨き粉のミントの香りと頭皮の匂いを深く吸い込む。されるがままになっている門倉が口を濯ぐのをしばらく待った。
    「謝らないぞ」
     意を決して口を開いたつもりだったのに、ぼそぼそと気弱そうな声が出て恥ずかしくなった。
    「昨晩はほとんど素面だった」
     門倉はしばらく鏡越しにキラウㇱを見ていた。日焼けしていない額に前髪は垂れているし、後頭部には酷い寝癖も付いている。そんな男がしがみついているのはいかにも必死で滑稽に映っただろう。やがて門倉はふっと眉尻を下げ、腹に回ったキラウㇱの手を力なく叩いて、俺もだよ、と言った。
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    calabash_ic

    MOURNING
    早く家に帰りたい/キラ門 昨年の言葉が耳に残ったまま新年を迎えた。葉の落ちた枝に雪が重く積もっている。長く真っ直ぐな道の両脇の林から時折エゾシカが顔を覗かせるので、その度に軽くブレーキを踏む。峠が吹雪いていなければ無事に帰り着けるだろう。自然と気が急くのを落ち着けようと冷めてしまった缶コーヒーを啜る。今夜帰ると伝えておいた。冷蔵庫の中身は減っただろうか。酒ばかり飲んでなければいいが。そんな事ばかり考えている。アパートから運んできた炬燵のある我が家。きっと今も門倉が背中を丸め、テレビを見るか、本を読むかしているのだろう。我が家、と心の中で思う時、キラウㇱは切ないような誇らしいような気持ちになる。
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