3 はい、あーん ダイ×アバン 夏の新作が出たのだと、こちらの言い分も聞かずに引っ張っていかれて、気が付けば駅前のカフェで教え子たる生徒と向かい合わせでドリンクを飲んでいる。
ダイくんが頼んだのはオレンジのトッピングがいかにも夏らしい、エスプレッソフローズンドリンクで、私が赤いスモモがアクセントとなって可愛らしい、スモモシェイク。
すると、目の前の教え子が、スプーンでオレンジジャムの掛ったクリームをスプーンですくって私に差し出し、屈託のない笑顔で「あーん」してくる。
「先生?」
「いやですね、ダイくん。いくら何でもこれは」
「興味ない? どんな味かなって。ほら、美味しそうだよ?」
スプーンの上にはスッキリとした真っ白な生クリームが乗っていて、そこにはオレンジジャムが乗っている。きっと、このオレンジはそんなに甘くないだろう。生クリームにアクセントになるように少しばかり酸味の濃い、夏らしい味に決まっている。
どうしようかと少しばかり逡巡した後に、私は観念して口を開けた。だって、気になるじゃないですか! ぐずぐずしていたらクリーム溶けてしまいますし!
口を開いて差し出されるスプーンを待っている姿なんて、その上、相手は年下の教え子だなんて、年長者の矜持はとか色々考えてしまうけど、冷たい金属の触感に霧散させる。
美味しい!
やはり酸味の利いたジャムに生クリームの甘さが相まって美味しいし、クリームの下にあるエスプレッソも一緒に乗っていたようで、、後からコーヒーの香りと苦味で口の中が幸せで一杯になる。
さすが、美味しいと絶賛していると、目の前にいるダイくんが当たり前のように、あーん、と口を開いてくる。……多分、でなくとも、私の注文したスモモシェイクを一口食べさせろと言うことなんでしょうね。
「先生?」
生徒の飲み物を勧められたとはいえ、一口、口にして、自分の飲み物は差し出さないだなんて、教育者として、そんな真似は出来ません。仕方ありませんね、と、こんもりと盛られたクリームにクラッシュされたスモモを絡ませて、ダイくんへと含ませると、幸せそうな満面の笑みで「美味い!」と声を張り上げた。
胸の中でほっかりと暖かい火が灯る。何故だろう? 人が喜ぶ姿を見るのは嬉しいです。それが私の手によるものなら余計に。
でも、今、私の胸の中にあるのは甘くくすぐったい、嬉しいような痛いような感情。
いや、私はこの感情の名前を知っている。
知っているけど。
にっこり、と私の可愛い生徒は無邪気で、しかし裏のある笑顔を見せて自分の注文した飲み物にストローを指して吸い上げている。
「これも美味い」
ああ、本当にどうしよう。