2021.12.11「不死身の長兄」web拍手お礼画面③ 俺が先生と旅をしていたのは、1年ほどの間のことだった。
先生は俺を連れて、あっちこっちの街へ行った。故郷のランカークスからほとんど出たことがなった俺は、見るものがみんな目新しくて、新しい街に行くたびに心を躍らせていた。
それぞれの街ごとに気候や風土が異なり、特色があって、何より旨いものが違う。
先生と一緒に街の食堂やバルに入り、その街ごとの郷土料理を食べるのが、俺にも楽しみになっていた。
その日は、ギルドメイン大陸の外れ、ベンガーナの南の街に泊まり、俺たちは、翌朝、ここからホルキア大陸に渡ろうとしていた。
入ったバルでは、店主が俺を見るなり、ひとこと言った。
「坊主、いくつだ?」
「あ、この子は15歳です。私が保護者です。お酒は飲ませませんよ。」
すかさず、先生が間に入った。
「あんたたち、どこの者だ?」
「カールです。」
すると、店主が注意をした。
「ベンガーナでは、18歳未満は未成年だ。カールとは違う。気を付けてくれ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
先生は、バルの店主にそう言うと、俺を連れて、店の奥に入った。
言われなくてもわかっているよ、と俺は心の中で毒づいた。子ども扱いされたことが気に入らなかったが、仕方がない。
世界の大勢は、成人年齢が16歳になっていた。だから、15歳くらいでは、ごまかして酒を飲むやつもいる。
しかし、俺の故郷のランカークス村があるベンガーナ、それとその隣国のリンガイアは、何故か、成人年齢が18歳だった。商業の盛んな国だから、というのがその理由らしい。リンガイアは、ベンガーナと親交が深いから、だと聞いていた。
そのため、このベンガーナでは、15歳の俺は、完全に子ども扱いだった。
俺は、先生と一緒に店の奥のテーブルにつき、少しすると、料理が運ばれてきた。俺は。テーブルの上に出された肉の塊に歓声を上げた。
「アイスバインじゃないですか!やった!先生奮発しましたね!ごちうさまでーす。」
俺が喜んでいると、先生は、目を細めて嬉しそうに笑った。先生の手にはビールのグラスがあるが、俺はレモン水だった。
「あなたも成長期ですからね、ポップ。どうぞ、たくさん食べてください。」
俺は、柔らかく煮込まれた塊肉を崩して口に運びながら、先生に話しかけた。
「俺の故郷でも、これはあったんですけど、地方によって、またちょっと味が違いますね。」
すると、先生も、少しずつ、肉を味わいながら、考えるような顔をしていた。
「そうですね。使っているハーブの種類とか、塩の分量も違いそうですね・・・。マスターにレシピを聞いてみましょうか。」
「先生、作ってくれるんですか?」
「できそうなら。」
「やった!野営のメシも豪華にしてくださいよー。肉も、干し肉ばっかりじゃ飽きますって。」
俺は、食べながら、さらに先生に話しかけた。
「この前の野営のときのスープはうまかったです。外でもあったかいもんが食えると、やっぱ、嬉しいですよね。」
だが、いつもなら、すぐに返ってくるはずの返事がなかった。
「先生?」
俺は、首をかしげながら、目の前の師に声をかけた。見ると、先生は、右手の方向をじっと見つめていた。そして、立ち上がろうとしたが、すぐに何か、がっかりしたような顔をして、また座り直した。
俺は不思議そうな目で、先生に尋ねた。
「先生?どうしたんすか?」
「・・・いえ・・・。なんでもありません。」
先生は、そう言って笑顔で返事をしたが、なんとなく、俺には、とって貼り付けたような笑顔に感じられた。
俺は不審に思って、先生の見ていた方向を振り返った。
そこには、4~5人の男が、グループで酒を飲んでいた。男たちのテーブルに剣が立てかけられていたから、冒険者なのだろう。その中で、ひときわ背の高い銀髪の男が、こちらに背を向けて、酒を飲んでいた。
その男の横顔がちらりと見えた。
「あの人たちも、明日、街を発つんですかねー。冒険者っぽいですよね。」
何の気なしに、俺は独り言のように言った。
「あ、もしかして、知り合いでした?」
「・・・いえ。」
そのとき、先生は、どことなく寂しそうな顔をしていた。
このときの俺は、銀髪の男なんて珍しいから、それで先生が視線を止めたんだろうとしか思っていなかった。
俺が先生と旅をしていた間、こんなことは何度もあった。
時には、先生が人ごみに向かって走り出したこともあった。
先生が視線を向けた先、駆けつけようとした先。
その先には、いつも、銀髪の男の後姿があった。
その先生の行動の意味に俺が気付いたのは、腹立たしくも、パプニカで、大敗を喫した後だった。
俺は、隠れ家の寝床で、寝返りを打った。
俺の隣では、すでにダイが寝息を立てていたが、俺はなかなか寝付けなかった。
明日、俺たちは、地底魔城に行く。
もちろん、怖い。
今度こそ、死ぬかもしれない。
そう思うくらい、アイツは強かった。
不死騎団長ヒュンケル。
ハドラーやクロコダインを退けてきた、ダイの剣が、あの男には、まったくと言っていいほど通じなかった。
悔しいが、剣に関しては、天才だ。
できれば、二度と戦いたくない相手の一人だ。
だが、地底魔城には、あいつが・・・マァムが捕まっているんだ。逃げるわけにはいかない。
それに、もう一つ。
俺には、あの男から逃げたくない理由があった。
俺は、首に下げた卒業のしるしをつまみ上げた。その磨き抜かれた薄青色の表面に、俺の顔が映った。
俺は、心の中で、師に語り掛けた。
―先生・・・。
俺の脳裏に、見慣れた師の、飄々とした笑顔が浮かんだ。
―・・・アイツ、生きてましたよ。
先生が探してたの、あの男でしょ?
俺は、声に出さずに呟いた。今はもうどこにもいない、俺の師に語り掛ける。
答えはなかったが、俺は確信していた。
一緒に旅をしていたころ、先生が、人ごみに視線を止めることがあった。
時には走り出してしまうこともあった。
そんなときには、その視線の先には、いつも、同じような姿があった。
銀髪の戦士の姿が。
先生は、探していたのだ。ずっと前に失った一番弟子を。
昨日、パプニカ神殿跡で、あの男に初めて会い、そして、やっと、俺は気が付いた。
俺より少し年上の、銀髪の、戦士。
アバンのしるしを最初に受け取った、先生の一番弟子。
先生が探していたのは、この男なのだと。
俺は寝返りを打った。目がさえて眠れなかった。
―ちっくしょう!なんでそいつが不死騎団長なんだよ!!
俺は、腹立たしくて仕方がなかった。
先生がずっと探していたというのに、あの男は、その気持ちを察することもなく、魔王軍に加わり軍団長にまでなっていたのかと思うと、腹が立って仕方がなかった。
―なにやってんだよ・・・アバンのしるし、受け取っておきながら・・・ずっと、先生が探してたってのによ・・・!
俺は、きつく唇を噛んだ。
―ぜってー先生に謝らせてやる・・・!ふざけんな!
俺は、心の中で、あの男に悪態をついた。
この時は、俺はまだ、あの男に、力で立ち向かうことしか考えられなかった。
だが、あの男の心を開かせたのは、俺たちの魔法でも、ダイの剣技でもなく。
マァムの温かさだった。
ポップ