2021.12.11「不死身の長兄」web拍手お礼画面⑦ アバンは、破邪の洞窟から出ると、手近な街を訪れた。
カール王都は壊滅していたが、辺境の地方都市は難を免れており、この街も、その一つだった。
特に、ベンガーナ国境付近は、被害が少なかった。おそらくそれは、魔王軍の進軍計画によるところも大きかったのだろう。ベンガーナ領かあるいはカール領なのか、魔王軍にとって曖昧であったこの地域は、侵攻の空白地帯になっていたようだった。
アバンは、旅装のまま、塀に囲まれた街の中に入ったが、そこで彼は異様な光景を目の当たりにした。
「大魔王が攻めてくる!」
「逃げよう!!」
「どこに?逃げる場所なんかないよ。」
「大魔王は、世界を滅ぼすって・・・。人間はみんな殺すって・・・。」
「ただ、殺されるのを待つしかないのか?」
人々が、口々に絶望の言葉を発していた。
誰もが、不安と恐怖に満ちた顔をしていた。
皆、何をしたらいいのかわからなくなっていた様子で、ただ集まって、口々に恐怖を訴えていた。
アバンは、眉をひそめた。
―・・・私が潜っていた間に、深刻なことになっているようですね・・・。
すると、アバンの耳に、衝撃的な言葉が飛び込んできた。
「勇者様もやられてしまったっていうんだろう?その仲間も。」
「そんな・・・!じゃあどうすれば・・・。」
その言葉を聞き、アバンは青ざめた。
―まさか・・・ダイくん?ポップ?あの子たちは、どうなって・・・。
すると、今度は、大きな声が響いてきた。
「おおーい!なんか、鏡に変な文字が現れたぞ!!」
「何?」
「どこだ?」
「集会所のホールだ。大鏡に、読めない文字が浮き出てきたって!」
「まさか・・・それも大魔王の・・・。」
「行こう!」
人々は、声を掛け合い、街の集会所に足を向けた。
―・・・鏡に、読めない文字・・・?魔族の通信では・・・?
かつて同じものを目にしたことのあるアバンには、その事態の予測がついた。
アバンも、人ごみに混じって、街の集会所へと足を進めた。
集会所内のホールは、すでに大勢の街の人々でごった返していた。
だが、状況を理解できている者は、誰もいないようであった。
「なんだこれ?」
「誰の仕業だ?」
「大魔王に決まってんだろ!この状況だぞ!!」
「なんて書いてあるんだよ・・・?」
「さ、さあ・・・。」
街の人々は、青ざめた顔を突き合わせていたが、誰も、事態を理解できていなかった。解決する手段も持っていなかった。
すると、彼らの間をかき分けて、見たことのない旅姿の男が姿を現した。
「すみません、通してください。」
「・・・誰だ?」
「旅の者です。」
「よそ者が入ってくんなよ!」
不安に駆られていた街の者たちは、旅の者だと名乗った彼に攻撃的な態度を示した。
しかし、髪を外にくるりと巻き、眼鏡をかけた奇妙な風体のその男は、街の者たちに、きわめて紳士的な態度を示した。
「鏡に読めない文字が現れたと聞きました。
それは魔族の通信かもしれません。
私は学者です。魔族文字も読めます。
その鏡と文字を、見せていただけませんか?」
アバンは、端的に要望を口にした。
学者、という言葉は便利だ。大概のことはこの肩書で解決する。妙な知識があることも不審に思われずに済み、また、知識層であることを示すことで、ある程度の信頼も得ることができるからだ。
アバンの言葉に、街の者たちは、顔を見合わせた。誰もが読めないこの文字を読めるというのなら、何か、事態の解決につながるかもしれない。
一縷の望みをこの見知らぬ男に託すことで、その場の総意は固まった。
中心付近にいた男が、アバンに答えた。
「あ、ああ・・・。
鏡はこれだ。
読めるんだったら、内容を教えてくれ。誰も読めなくて困っていたんだ。」
その男が体を退けると、そこには、このホールに置かれた大きな姿見があった。みると、その大きな鏡には、上からびっしりと、文字が浮き出ていた。
アバンは、その正面に立つと、眉をひそめた。
―・・・やっぱり、魔族文字。
かつて、魔王ハドラーからの挑戦状が、カール王国の元に、この形で叩きつけられたことがあった。あのときも、その文字を読んだのは、アバンだった。
鏡の横に立つ男が、アバンに不安げに尋ねた。
「・・・どうだ、読めるか?」
「はい。やはりこれは魔族文字ですね。大魔王バーンの声明です。」
「大魔王!!」
アバンの言葉に、ざわめきが起こった。
「しっ、静かにしろ!」
だがすぐに、それを誰かがたしなめた。
皆の視線がアバンに集まり、その挙動に注目していた。
アバンは、途中まで読み、その内容に衝撃を受けた。そして、それを告げるかどうか、逡巡した。
アバンは、声を落として、街の者たちに尋ねた。
「・・・かなり、衝撃的な内容です・・・。」
「なんだって!?」
また、街の者たちに動揺が走った。
アバンは尋ねた。
「・・・読まない方がいいかもしれません。」
「いや、読んでくれ!何も知らないままなんて、その方が不安だ!」
「・・・わかりました。」
アバンは、ゆっくりと唇を開いた。
「全世界の人間たちに告ぐ。
我ら魔王軍は数日のうちにこの地上を消し去る。
もはやそれを防ぐ手立てはない。」
その無慈悲な言葉に、街の者たちから悲鳴が上がった。
「そんな・・・!」
「もう駄目だ―!」
「黙ってろ!まだ続きがあるだろ!!」
鏡の横の男が、アバンを促した。
「続けてくれ。」
アバンは、うなずいた。
「これを祝し、全滅した勇者一味に加担した裏切り者の処刑を行う。
裏切り者は、獣王クロコダインと魔剣戦士・・・ヒュンケル?」
アバンは、文字を追い、衝撃を受けた。そして、再度、呟いた。
「・・・ヒュンケル・・・?」
自分のつぶやきが耳に入り、音となる。その言葉に、アバン自身が衝撃を受け、そのまま呆然としていた。
声を止めたアバンに、鏡の横の男が先を促した。
「それで終わりか?」
その言葉に、アバンは我に返った。
「あ、まだ少し。
処刑は、明後日の正午。場所は、カール王国北部の山脈地帯。以上。
ここで終わっています。」
街の者たちからは、悲嘆にくれた声が上がった。
「やっぱり、勇者様も全滅してたんだ!」
「裏切り者の処刑って・・・これでもう、俺たち人間に味方して戦ってくれる人もいないんだ!」
「もう何もできないのか?ただ殺されるのを待つしかないのか?」
アバンの脳裏を、様々な言葉が渦巻いた。
全滅した勇者パーティとは?
裏切り者の処刑?
一体、この数か月に何が起きていたんだ?
そして、何より・・・「ヒュンケル」の名。
十数年ぶりに耳にしたその名に、アバンは、ひどく心を揺さぶられた。
―・・・まさか・・・あの子なのか?
だが、裏切り者とはいったい・・・。
アバンは、思い切って、街の者に声をかけた。
「あ、あの、すみません!」
すると、鏡の横にいた男がアバンに目を止めた。
アバンは尋ねた。
「勇者パーティの全滅って・・・何があったんですか?」
「何って、あんた知らないのか?あんなに大騒ぎになっていたのに。」
「・・・私、しばらく洞窟の調査をしていたもので。」
「ああ・・・そうなのか・・・。
数日前に、大魔王に勇者様が仲間と一緒に挑んだらしいんだ。だか・・・負けてしまったって・・・。そのあと、なんだか大きな柱が、あっちこっちに降ってきたって、話題になってたんだ。」
「勇者様はまだ小さい少年だったって聞いたよな。仲間たちってのも、みんな、少年少女ばかりだったって。」
「それが全滅なんて、おかわいそうに・・・って言ってたんだよ。」
「勇者の少年、というのは?」
「なんでも、前の勇者様のお弟子さんだって。勇者様のお仲間には、その前の勇者様のお弟子さんが多くいるって聞いたよ。」
その言葉に、アバンは衝撃を受けた。
「前の勇者の弟子である勇者の少年」と言えば、アバンには、一人しか心当たりはなかった。
―・・・ダイくん・・・!
まさか、ポップ、マァムも?
街の者たちの言葉がさらに続く。
「なんか、魔王軍のお偉いさんだったのに、勇者様の仲間になったって人が何人かいたってのも聞いたよな。」
「それがこの『裏切り者』ってやつだろう?向こうから見たらそうだろ。」
「ああそうか。」
アバンは、そこではじかれたように、街の者たちに食って掛かった。
「あ、あの!その魔王軍から仲間になった人っていうのは何者なんですか!?
獣王クロコダインと魔剣戦士ヒュンケルって、ここにありますけど、この人たち、何者なんですか?人間なんですか?」
「い、いや、さすがに、俺たちも詳しくはわからないよ。」
「あ、でも、ロモスかパプニカならわかるんじゃないかな?」
「ロモスかパプニカ?」
「どっちも、魔王軍の侵攻を受けて、撃退したか持ち直したかしただろう?魔王軍の詳しい情報があるんじゃないのか?」
「ありがとうございます!」
「あ、あんた・・・!」
集会所を出ようとしたアバンは、街の人々に振り返った。
「希望を失わなければ、必ず道は開けます。
まだ時間はあります。
皆さんも、お気をつけて。
できることをやりましょう。」
それだけ言うと、アバンは、街の集会場を飛び出した。
後に、この街では、大魔王侵攻の際、街の者たちを鼓舞した旅の学者がいたと語り継がれることになる。
アバンは、すぐにルーラでロモスに飛んだ。ロモスの方が近かったからだが、そこでは、獣王クロコダインの情報しか得られなかった。
だが、参考にはなった。
魔王軍の六大軍団長の一人で、ロモスを攻めた百獣魔団の軍団長。
クロコダインと戦ったのは、まだ幼い勇者の少年と、年若い魔法使いの少年、不思議な銃を持つ少女の3人だったと聞き、アバンは、ダイ、ポップ、マァムであると確信した。
アバンは、すぐさまパプニカに飛んだ。
アバンは、いつものように学者を名乗り、情報を集めていると言って、パプニカ王都の者たちに声を駆けて行った。
すると、そこで、パプニカ解放戦争に参加した兵士の紹介を受けたのだ。
アバンは、その兵士を尋ねに、詰め所に向かった。
「すみません。お伺いしたことがあります。」
アバンは、息を切らして、兵士詰め所に駆け込んだ。そこには、先の魔王軍との戦いに参加した者が大勢いた。
アバンは尋ねた。
「大魔王からの通信を読みました。
私は学者です。
この事態の情報を集めて打開策を考えています。
教えてください。
あの大魔王の通信にあった『魔剣戦士ヒュンケル』とは、何者なんですか?」
兵士たちは顔を見合わせると、アバンに答えた。
「・・・あれって、不死騎団長のことだよな?」
「たぶん。名前一緒だったし、裏切り者ってあったから。」
「不死騎団長?」
アバンは尋ね返した。
兵士はうなずいた。
「パプニカを攻めた不死騎団の軍団長だよ。パプニカ解放戦争のときに、こっち側についてくれて、勇者様の仲間になったんだ。」
「その人は、人間、だったんですか?」
「人間だよ。」
すると、別の兵士が口を開いた。
「うん、人間。しかも、すっげー綺麗な顔した男。」
「あ、お前、見たことあんのか。」
「あるある。イメージ違ったんで、びっくりした。
黙ってたら、絶対、元不死騎団長ってわからないよ。」
「あの、その人の顔がわかるものってありますか?」
「あ、俺、絵を描いたよ。勇者様一行の。その中に入ってる。」
「何だよ、お前、そんなことやってたのか?」
「戦いが終わったら仕上げようと思ってさ。何枚も描いたんだよ。絵物語みたいにしようと思って。
・・・でも、もう無理かもな・・・。」
そう言って、その兵士は、寂しそうに笑った。
「取ってくる。」
そう言って、しばらく席を外した。
やがて、その兵士は、何枚ものスケッチを持ってくると、アバンの前に並べた。
少年たちの表情が生き生きと描かれている。笑いあう姿。人々の前に出て、手を振る姿。兵士たちの治療に当たり、ふれあい、談笑する姿。
絵を描いた兵士が説明をしてくれた。
「こっちは勇者様。あと、魔法使いの男の子と、武闘家の女の子。この女の子は、前は服装も戦い方も違ってたけど。」
聞かなくてもアバンには分かった。
―ダイくん・・・ポップ・・・マァム・・・。
みんな、世界のために戦ってくれていたのか。
しかし、そこに悲壮感はなかった。こんなに生き生きと、楽しそうに、彼らの姿が描かれていた。
兵士は、スケッチをめくると、別の作品をアバンに示した。
「獣王と・・・あった、この人が不死騎団長だよ。」
そこには、秀麗な面の戦士の姿があった。
十数年を経たその姿は、もはや少年のものではなかった。
だが、その眼差しに、浮かべる表情に、あのころの面影が残されていた。
―ヒュンケル・・・。
アバンは確信した。
見間違えようもない、失ったはずの一番弟子の長じた姿がそこにはあった。
アバンは呟いた。
「・・・ずいぶんと、かっこいい人ですね・・・。」
「でしょ?」
絵描きの兵士が、嬉しそうに笑った。
アバンは、心の中で、亡き友に語りかけた。
―ほら、ロカ、私の言ったとおりじゃないですか。ヒュンケルは、びっくりするような美男子になるって。
アバンの脳裏に、友との会話が思い出された。
―あの子は絶対、将来、びっくりするような美男子になりますよ。女の子が放っておくわけがありません。
ロカ、そのときに後悔しても遅いですよ?
―後悔するわけないだろ!
マァムだってなあ、絶対に美人になる!今だってあんなにかわいいんだぞ!
懐かしさに、愛おしさに、視界がにじみかけた。
すると、兵士の一人が、意外なことを言った。
「救出作戦、やるみたいだよな。」
「カールの女王様とうちの姫様が、だって?」
「勇者様たちも、見つかったんだよな?」
「しっ、それ、内密って話だろ。」
だが、アバンの耳はその言葉をはっきりととらえた。その上で、聞こえないふりをした。
アバンは、晴れやかな笑顔で、スケッチをした兵士に礼を述べた。
「ありがとうございます。
とても・・・いいものを見せていただきました。
この絵は、きっと、素晴らしい英雄譚になりますよ。長く語り継がれるような、ね。」
そう言って、アバンは片目をつぶった。
だが、兵士は、複雑な笑みを浮かべた。
「ありがとう。でも・・・。」
「大丈夫。
この戦い、勝ちます。」
アバンは、立ち上がると、最後に兵士たちに礼を述べた。
「また平和になったら、その絵を見せてくださいね。」
「あ、ああ・・・。」
そういうと、アバンは詰め所を出た。その面は、迷いなく澄み渡っていた。
「さてと。私ももう少し頑張りましょうか。
救出作戦は、フローラ様とレオナ姫にお任せしましょう。
私は、できることをやりましょう。
私にしかできないことを、ね。」
アバンは、詰め所の前でルーラを唱えた。
再会は、すぐそこだった。